ダンジョンキーパーを任命しよう
「ムーちゃん!」
私はアバドゥンが見えるようにした巨大青虫に声をかけながら、手を振った。
ムーちゃんとは、投げつけられた青虫のうちの1匹。
不幸にも私のカバンの中に入ってしまい、我が家にやってきた桃色の可愛い青虫である。
自宅の虫カゴにいれ、葉っぱをあげたらむしゃむしゃと食べ、スクスクと大きくなった。
サナギとなり、最後は立派なオガサワラシジミとなり羽化して飛んでいった。
そんな初めてのペットの青虫である。
そんな幼虫時代のムーちゃんが、私に気づいてノソノソとこちらに近づいてきた。
虫カゴに入れていた時も、呼びかけると餌が貰えると思ったのか、近づいてきてくれたものだ。懐かしい。
ただ大きな違いは、あの頃と体格が入れ替わってしまっている点だ。
踏み潰されては、お互いにショックなので、十分に距離を開けて、声をかけた。
「ムーちゃん!また会えるとは思わなかったよ。ムーちゃん!君を投げたりして意地悪した子を一緒にやっつけよう!」そう言うと、ムーちゃんは楽しそうに身体をクネクネさせた。
おそらく私の言いたいことは伝わったはずだ。
しばらくクネクネした後、ムーちゃんは霧の沼地の方へ姿を消した。
○○○
“桃色龍蟲 ムー”
全長60mのダンジョンワーム。舗装された道路以外の場所に足を踏み入れた際に、地下から近づき捕食する。人間ではまず太刀打ち出来ない。
“ワームに倒された時のペナルティ”
現実世界で下肢に対して何らかの不幸が訪れる。最初はタンスの角に小指をぶつける程度かもしれないが、倒され続けると不幸の度合いが徐々に増す。そのうち車に撥ねられ下半身が動かなくなる、などの不幸に見舞われるかもしれない。
“ワームの攻略法”
舗装された場所以外を踏まない。
「お嬢さんと青虫の気持ちが一致したのだろう。物凄いモンスターが生み出されたな。まさかダンジョンワームとは」
「まるで龍みたいだったわ。ワームって言われると釣り餌みたいで嫌だから、ムーちゃんのままにするわ」
「呼び方はお好きに。しかし、これで運動場も公園も一気に危険地帯と化したわけだ。些か難易度が高そうであるな」
「正規ルートの裏門は舗装された道路だからムーちゃんは出現しないし、無意味に作った公園に罠的な要素を加えられて良かったわ」
「“火喰いグールの群れ”に、“2柱のジャイアントスライム”、“ドラゴン級のダンジョンワーム”であるか。モンスターの配置は他のダンジョンよりも豊富とすら言える」
「他にもダンジョンってあるの?」
「勿論だ。この街には、お嬢さん以外にも悪夢の迷宮のダンジョンマスターはいる。海外では宗教団体でダンジョンを運営している場所もある。そのいずれもが強いキーパーを保有している」
「へー」
「ふむ。本来ならばダンジョンマスターを守るために、ボスとなるダンジョンキーパーを生み出しておく必要があったのだが、あのダンジョンワームをダンジョンキーパーにする方針で良いか?」
「そのダンジョンキーパーって何?」
「ゴールを守るボスのことだ。ゲームでも、魔王と戦う前に暗黒騎士と戦うシチュエーションがあるだろう?アレだ」
「ムーちゃんをボスにしたら、誰も攻略出来ないと思うから却下だわ。あくまでムーちゃんはムーちゃんとして運動場や公園、沼地に足を踏み入れた奴にエンカウントしてもらうようにするわ」
「ふむ。では改めてダンジョンキーパーを生み出してもらわねばならぬな」
○○○
「アバドゥン。私の学校にも“7不思議”があるのよ」と私はアバドゥンに話しかける。
どこの学校にもあるらしい7不思議。
歩く二宮金次郎像や人体模型、一人でに鳴るピアノ、笑うモナリザ、段数の増える階段、トイレの花子さんなどだ。
裏門に戻ってきた。
アバドゥンにダンジョンの拡張をしてもらい、よくゴミ出しをしていた焼却炉を作ってもらった。
「うちの学校の7不思議の1つがこの焼却炉なの。中断したコックリさんの紙を燃やしたから、コックリさんが怒って、呼び出した人を焼却炉に引きづり込んで焼き殺すって話」
「想像力豊かで、我が輩としては申し分無いぞ。ではこの焼却炉に宿るものを見えるようにしよう」
すると、焼却炉に火が灯る。熱を帯びるようになると炉口が開き、中から燃える人型が姿を現した。
「鬼火、いやウィッカーマンに近いな。戦力としては十分にダンジョンキーパーを任せられるであろう。姿も性質もあるようだが、後は名前だけだ。もちろん、名前がないからこその恐怖や強みもあるのだが、配下にするのであれば、名前をつけてやるのも支配者の務めであるぞ」
「そういうものなのね。どうしよう。7不思議のセブン?燃えたコックリさんだし、バーンとか?いや、断罪をする、という要素を加えるなら」
「コンヴィクタ、とかであるか?キツネだけに」
「えっ、オヤジギャグ?ウソでしょ」
「悪くはないと思うのだが」
アバドゥンがしょんぼりと言う。
「カッコいい名前の方がいいと思うのよ。私が戦うことはないから、実質ラスボスなんだし。ラスボス、炎、断罪者。決めたわ」
私は燃える人型を見つめて言う。
「君の名は
○○○
“スルト”
ゴール直前の歩道橋で戦うことになるキーパー。私に対して行った嫌がらせの分だけ、身に纏う火の勢いが強くなる。手に持つ赤銅色の火搔き棒は“レーヴァテイン”と言う名前にした。
“スルトに倒されるペナルティ”
現実世界で火にまつわる不幸に見舞われる。ただし、これまでのモンスターのペナルティと異なり、倒されるたびに不幸が増えるわけではなく、負けた時点で、ダンジョンマスターが抱く怒りの程度に応じた火災が襲いかかる。指先の火傷程度なのか、小火騒ぎなのか、自宅の全焼なのかは本人次第。
“スルトの攻略法”
奈落の底へ突き落とすことで戦闘を終了させることが出来る。近寄れるかは本人の犯した嫌がらせの程度による。近づいてくる者に対しては一応レーヴァテインでも攻撃してくるため、防ぐ物は必要だろう。
「アバドゥンはどのくらいの温度で感じるの?」
「人肌程度であるな。これだけ赤々と燃えているのに熱を帯びないのは、不気味である」
「つまり、私はアバドゥンを敵だと思っていない、ということね」
「これで灼熱を帯びていたらショック以外の何者でもなかったぞ」
○○○
スルトには歩道橋へ移動してもらった。
これで私のいじめられっ子ダンジョンは完成だ。
「この後はどうすれば良いの?」
「何。我が輩の配下に命じ、魂をこのダンジョンに放り込ませるだけだ。クラスメイト全員と担任の教師で良いのだな?」
「ええ」
「解呪の呪文を授けたが、一応“迷宮への誘いの呪文”も授けよう。何としたい?」
「それも決めれるのね。『タノシイユメヲミレルトイイワネ』にするわ」
「皮肉以外の何物でもないがな。では倉庫の鏡の前に戻るとしよう。他に気になることはないか?」
「ダンジョンを改造したくなったらどうすれば良いのかしら?」
「うむ。その時はまた我が輩を頼るが良い。自分自身に迷宮への誘いをかけ、夢の中で我が輩を呼ぶのだ。特に忙しくなければ、お嬢さんの迷宮に立ち寄ることも出来よう」
「わかったわ。ありがとうアバドゥン」
「うむ。では戻るぞ」
○○○
気づけば私は美術室の倉庫の前にいた。鍵がかかっており、開けることは出来ない。
時計を見ると、終礼から10分も経っていない。
アバドゥンとしたダンジョンメイキングは濃密だったが、あっという間だったようだ。
教室に戻り、ランドセルを肩にかけ、廊下に出た。階段を降り、下駄箱で靴を変える。上靴はカバンの中に入れた。靴の中に入れられていた砂を出した後履き、裏門から外に出る。
しばらく歩くと六地蔵が見えてきたので、首が取れているお地蔵様に手を合わせて、その場を立ち去った。
お堂の前にある看板をみると、肩車をする手と足の長いおじさんのイラストがあった。全然違う泥のタコになってしまったことを謝り、お堂から立ち去った。
歩道橋を登る。渡る。降る。こっちでは3分くらいで終わるが、向こうでは長い長い吊り橋の様になっていた。頑丈さも違うことを確かめる。満足したら家に向かって歩き出した。
家に帰り着いたら、お母さんが麦茶を入れてくれた。
明日からおばあちゃんの家へ新幹線に乗って旅行だ。
お父さんが帰ってきたら、一緒に忘れ物がないかチェックした。
寝る前に、ムーちゃんの入っていた虫カゴにサムズアップをしてから布団に入った。
「クラスのみんな、先生。タノシイユメヲミレルトイイワネ」




