倒されたダンジョンマスター
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私は今、救急車の中にいる。
全身が痛いし、寒い。
出血が酷い、と救急隊の人が言っている。
このまま血が止まらないとどうなるんだろうか。
圧迫止血とかいうのをされながら、大学病院へ搬送されている。
意識が途絶えないようにか、ずっと声をかけてくれているのだが、だんだん声が小さくなってきている。
何でこんなことになってしまったのだろう。
○○○
ラジオ体操の後、小林くんから「マリさんがおかしくなったから気をつけろ」と言われた。
小林くんの顔は、真剣そのもので、ふざけている感じはない。
確かに、私の家に来た時もおかしかった。
それに、彼女の家族からの電話も変だった。
自分の都合が悪いことは“嘘”や“なかったこと”にしようとしているのではないだろうか。
彼女は、そうやって生きてきてしまった。
精神的に追い詰められたのに、自分の都合の良い改竄が出来なくて、おかしくなってしまった......、そう思ってしまいそうになる。
「マリさんが家に来たから、アイナちゃんに教えるための幾何の本を図書館に借りれなかったの、思い出したよ。今日、一緒に借りに行こう」とアイナちゃんに提案する。
「図形問題の本?街角の白いポストに投函しようよ」と、真顔で言うアイナちゃん。
「だんだん分かってきたんだけど、天田さん、意外と残念だよね」
「小林くん。首絞めるよ?」
「あ、ごめん」
朝からコントを見て楽しめた。
そうだ。
この幾何の本を借りに、図書館へ行ったのが、この惨事の元だったのだ。
○○○
昼前に勉強会は解散し、私とアイナちゃんは図書館へ向かっていた。
その途中で、クラスの女子を数人見かけたが、別に話しかけては来なかった。
ただ、遠くから監視しているような感じだった。
アイナちゃんも「何だろうね」と言っていたが、それ以上の反応はなかった。
図書館に着く。
アイナちゃんと分かれて、本を探していた。
数学系の本は、受付のカウンターからも、他の人からも死角になるところにあった。
幾何の本を見つけたタイミングで、私は高野さんのグループに囲まれた。
恐喝で警察呼ばれてまだ日も浅いのに、再挑戦だろうか。
高野さんを睨みつけながら、私は聞いた。
「何?」
「アンタに謝ろうと思って」
!?
これは驚いた。
まさか、そんなセリフが出るとは。
いや、そうだとするなら、睨むのは失礼だ。
目つきを普通に戻すことにした。
「他にも謝りたいって子がいるの」
「そうなの?」
これも驚きだ。
何か心変わりするようなことがあったのかも知れない。
いや、警察沙汰や学校が動く、と言うのは、心変わりするのに充分か。
私のダンジョンマスターとしての日々の終わりも近いかもしれない。
......なんて思っていた。
「図書館の別の階で、みんなで勉強会をしているから、悪いけど来て欲しい」と言われ、ついて行った。
今思えば、迂闊だった。
この時に、アイナちゃんと一緒に来れば良かったのだ。
○○○
部屋に入るとカスミさんを中心に、クラスのだいたいの女子がいた。
少しだけ嫌な空気を感じ取ったのだが、気づくのが遅かった。
謝ってくるのを待っていたら、別の言葉が、私にかけられた。
「やっぱり、コイツ。全然怪我してない」
「みんな、こんな目にあってんのに、ブス子だけ何にもないなんておかしい」
「やっぱブス子のせいだったんだよ」
謝罪で無い言葉に、キョトンとする私。
だんだん飲み込めてくると、つまりは半袖から覗かせている私の四肢に傷一つないことが気に食わない、と言った感じだ。
「夢の中のアンタの机から、鬼の首が出てきたってのも変だったのよ」
「あの夢、アンタの呪いでしょ」
「アンタの呪いのせいで、私、読モ下されたんだけど。どうしてくれんの?」
「責任取りなさいよ」
ああ。
これは弾劾式か。
ご丁寧に個室まで借りて。
やっていることは1学期と変わらない。
まぁ、“呪いをかけた”ってのは正しいのだが、議論になっていない。
自分たちに不都合な現実を人に押し付けようとしているだけだ。
「私が呪いをかけたって証拠あるの?藁人形?ヒトガタ?謎の魔法陣?大鍋?こんだけ、私を囲んで暴言をぶつけるんだから、私が呪いをかけているって証拠はあるんでしょうね」
そう言うと、黙る。
ただ、目はこちらを強く睨んでいる。
「1学期、あれだけいじめてくれたんだから恨む権利も呪う権利もあるとは思うんだけど。あくまで権利だけどね!でも、それを何の証拠も無しに弾劾って、セイラムの魔女狩りそのものじゃない!夢の証明とか無理だし。私をいじめて楽しみたいのは分かるけど、変なこと言わないでよ!」
私が答える。
「私がほとんど怪我してないのは、早い段階でクリアしたから。足の引っ張り合いも無かったし、日頃から物事に対して注意と観察を行っているからスムーズにクリア出来たのよ。それを羨ましがって妬むなんて馬鹿馬鹿しいわ」
扉の方へ向きなおる。
「もし私の呪いって言うんなら、1学期のことを謝るべきだったんじゃないの?こんなことされたら、また恨むに決まってるじゃない。呪いが強くなるんじゃないの?」
扉を開けて、外に出る。
「じゃあ、頑張って悪夢を見ないように気をつけられて下さいな。私の呪いだと思っているのに、私を脅そうなんて考えているうちは無理だと思うけど
パンッ!
扉を出ようとした私の頬をおもっきり桜田さんが張った。
ジンジンと頬が痛む。
「黙りなさいよ!小林くんの呪いを解いて、自分の側に置いとこうとしてるようなブスビッチが!騙されないわよ!」
ブスビッチと来ましたか。
そして普通に叩かれて、ほっぺが痛い。
私が言ったことに関しては、何も理解出来ていない。
桜田さんが叩いたのを皮切りに、他の人も私を叩く。
転けたところを踏まれたりもした。
「やめてほしいなら、呪いを解け」なんて言い方をしてくる。
もちろん、解くつもりは無い。
だが、このまま叩かれ続けるつもりもない。
私はそこにいた人たちを跳ね除け、扉の外へ駆け出した。
○○○
勉強会の部屋から抜け出した私へ、彼女たちが色々なものを投げてきた。
そして、その一つが、私の足元に飛んできた。
鉛筆のキャップだ。
それが私の靴の下に投げられたので、私は前方向へと姿勢を崩し、頭から階段を転げ落ちた。
転落中、全身を階段で打った。
図書館は古い建物なので、コンクリートの階段は固く、鋭で、打った頭がぱっくり割れ、血が止まらなくなった。
私は動けず、助けも呼べない状態だったが、冷静ではあった。
転げ落ちた私を見に来た彼女たちと目が合い、その後、彼女たちの悲鳴が聞こえた。
それにより、大人が集まり、救急車を呼んでもらえた。
アイナちゃんが、私の携帯を使って家族に連絡をとってくれるらしかった。
気づいたら、私を叩いて階段から落とした女子たちはいなくなっていた。
○○○
真っ暗な空間。
薄ぼんやりとした灯りを持った何かが、私の近くにやってくる。
「あら、アバドゥン」
気づいたらアバドゥンが私の前にいた。
酷く悲しそうな顔をしている。
「お嬢さん。君が死の淵にいるから、呼ばれずとも会うことになってしまったのだ」
とても寂しそうなアバドゥン。
「死......?私、殺されたの?」
アバドゥンに聞く。
アバドゥンは、黙って首を縦に振る。
自殺をせず1学期を乗り越えたかと思ったが、結局こうなったのか。
悲しくて涙が出る。
「そうだ。慈悲の心が届かない者たちの身勝手な行いによって、今、君は死につつある」
「そっか......。悔しいなぁ。......死にたくないなぁ。アバドゥン。死にたくないよ」
そう言いながら、私の目からポロポロと涙が出る。
「お嬢さんを助けてあげたいとは思うのだがね。そのためには、“こちら側”へ来てもらわなくてはいけない。つまり、人間を少し止めることになるのだ。人間のまま死ぬ、というのも選択肢なんだよ」
アバドゥンが優しく言葉を選んでいるのが分かる。
「どういうことなの?」
「失った血や命のカケラを“他者から得る存在”へ変える」
「吸血鬼的な?」
「直接ならば、そういう類いの者だ。君が変わるのは、ダンジョンマスターとしての格だよ」
「ダンジョンを通して、他人から血や命をもらうってこと?」
「そうだ。君のダンジョンで人が傷つけば、その分、君は回復する。他人の力や命を奪えば、強くなり美しくなり、長く生きることになる。そういう者に変容する」
「“魔王”だね」
「そうだな。形容するならば、“魔王”と呼ぶのが相応しいだろう。人間の命を糧にすることになるダンジョンの支配者。それ以外の名称があろうか」
「分かったよ、アバドゥン。
私、“魔王”になる。
私の“いじめられっ子ダンジョン”で、アイツらの命を奪い取ってやる」




