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「さて、以上がかの大妖と呼ばれた九尾と、その子孫……。緋色様の母君との、悲しき物語にございます。皆様のご清聴に感謝いたします」


 片手を胸に当て、深々とお辞儀をする夜叉丸の、やや芝居がかった話が終わった後も座は静まり返っていた。いや、静かに聴いていたというよりは、誰も言葉が出なかったというのが本当のところだ。

 だが、仕方のないことだろう。そんな何千年も前から続く因縁話など、誰が一朝一夕に信じられるだろうか。当事者の俺とて、簡単に納得できるというわけでもない。

 だが、かすかな記憶の中の優しい母様と、あの俺を殺そうとした姿がどうしても一致しない以上、とり憑かれているというのが一番信憑性があるし、事実なのだろう。いや、それは俺の中で、事実であってほしいという願いなのだろうか……。


「つ、つまりは、その翡翠って妖狐の魂が、ヒロ君のお母さんにとり憑いてるっていうのかい!?だからヒロ君にあんなことを……」

「にわかには信じられねえ話だが、たしかに九尾の狐ってのは、昔から皇帝やら天皇やらに取り入って、后になったって言い伝えもあるしな。それに俺の担当する事件にだって、憑依系のものは時々あるしよ。ただまあ、緋色の才能を思えば、九尾の血を引いてるってのも納得はできるけどよ」

「だけど、意外なのは御門の頭領が九尾と結婚して、子供までもうけてたってことさ。アタシらが伝え聞いてる噂を信じるかぎりじゃ、そんなことはありえないだろうし、正直それが一番驚いたところだよ」

「でも、緋色さんとリルさん達も、こんなに仲良しじゃないですか。それって、そんなに不思議なことなんですか?」


 弘美ちゃんは首を傾げるが、それも無理はないことだろう。

 

「ああ、アンタは知らないだろうけど、アタシ等怪異の中じゃあ、『御門』ってのは死神にも等しいモンなのさ」

「し、死神……、ですか?」

「ああ。御門ってのは、人に害成す怪には容赦しない。徹底的に叩き潰すことで有名なのさ。だからこそアタシが緋色に最初に会った時も、簡単に信用するなんざできなかったのさ」

「でも、それって悪さをする妖怪を退治してるだけっすよね?フェンリルさん達みたいな人は何もされてないし、妖怪相手の警察みたいなものなんじゃないっすか?別におかしくはないと思うんすけど」


 リサリサさんも同様に、不思議そうな顔をする。その疑問はもっともだろう。だが、そうではないのだ。それこそが、俺が御門を出た理由……。

 

「ああ、別に悪いことじゃないし、いうなれば成田のオッサンみたいな、怪異相手の警察かもしれないね。ただ、御門の怖さってのは『災いは種から潰せ』ってとこさ。弘美は以前、蛭に乗っ取られたんだろう?」

「は、はい……」

「あれだって、緋色だからこそあそこまで策を巡らせて、アンタに被害が及ばないことを第一に考えたのさ。けど、あれがもし御門のやり方だったら、まずは蛭を倒すことを優先しただろうね。ちなみに、好きにしていいって言われたら、アンタだったらどうしてたんだい?」

「フン、そんな小物など、喰ってから考えるわ」


 急に話を振られたクーコは、つまらなそうに答える。


「そ、そんな、まさか……」

「もちろん、むやみに人を傷つけるようなマネはしないさ。でも、アンタが心まで乗っ取られ、人を襲うようになっていたら?自我を取り戻す方法がないとしたら?アンタを助ける方法を考えている間に、二人、三人と被害者が出たら?御門は、次に起こり得るリスクを最大限に減らすことを考える。アタシの考えは間違ってるかい?」


 そこまで言うと、リルさんは源爺を見る。しかし、源爺の苦い顔つきとその無言の態度は、それが事実であることを雄弁に物語っていた。


「そんな……」

「少しばかり大げさに言ったけど、本当の緊急時にはそれだけの覚悟がある集団ってことさ。けど、口惜しいのはアイツ等の目は恐ろしいほど的確ってことさ。特に現頭領、緋色の親父さんは、御門史上五本の指に入る逸材だって言われてるしね。本来なら、アタシ等がここにいて、あまつさえ風呂までよばれてるなんてのはありえないことなんだよ」

「ま、待ってくだされ!」


 リルさんの話を遮ったのは、それまで黙って話を聞いていた源爺だった。

 

「た、確かに、蒼月様が容赦なく怪を退治していたのは事実です。で、ですが、ですが……」

「いいんだ、源爺」


 まるで、我が子を守ろうとするかのごとく取り乱す源爺の肩に、俺はそっと手を置く。

 

「今ならわかるよ。親父のしてきたことは、全て俺を守るためだったんだろう?」

「ど、どういうことさヒロ君!?」


 俺は御門の家を出てから、そして俺の血筋を知り気付いたことを話す。それは、箱庭の中で甘えて育っていた時には、絶対に見えなかったものだった。

 だが、今なら解る。

 九尾の血を引く俺は、大妖の血を引く銀華さんと同じ。つまりは、常に怪に狙われていたであろうということ。理想を追求し、甘えた考えの俺のために、あえて泥を被ってくれたこと。そして、俺が友達だと思っていた『彼等』。その友達が、本当は何のために俺に近付いたのかということ。

 そして、最後の最後まで、怪退治を俺のために我慢していてくれたこと……。

 

「そこまでお気付きでございましたか……」


 俺の言葉に、夜叉丸は深いため息を吐く。

 

「仰せのとおりにございます。翠様という存在も大きかったのですが、本来蒼月様は、怪異と人間の共存を望む心優しきお方。人の世に災いを成すという、私めを式として使ってくださっているのもその証拠にございます」

「ヒロ君のため……。そっか、やっぱり以前に会った時に感じた暖かさは、間違いじゃなかったんだね」

「そ、そうですよ。今見たかぎりですけど、悪い人には見えませんでした」

「そ-っすよ、あんな渋い人が悪い人のわけないっす。それに、センセーのパパだしね」

「アンタはちょっと黙ってな」


 にわかに賑やかになった広間の片隅では、源爺が涙ぐんでいる。あえて泥を被ったとはいえ、我が子同然の親父の誤解が解けていくのがよほど嬉しいのだろう。


「あ、あのっ!」


 しかし、不意にあがった声に、その場は静まり返る。

 

「は、はわっ!?」


 注目を浴びた声の主……。狗巫女ちゃんは視線に臆したのか、その場で俯いてしまう。

 

「どうしたんですか狗巫女ちゃん。何か言いたいことでも?」

「は、はいっ、あの……」

「じれったいね。さっさと言っちまいな!」

「はわわっ……」

「ちょっとリル!クミちゃんが怖がってるだろ。まったく、これだからデリカシーのないやつってのは……」

「ハッ!誰に向かって言ってるんだい!?」

「わかんないのかい?この駄……」

「ま、まあまあ!ほら、狗巫女ちゃんも何か意見があるみたいだし、ケンカしないで、ね」


 俺は狗巫女ちゃんの発言を促す。

 

「あ、あの、緋色さんのお母さんは、自分の先祖の九尾にとり憑かれてるんですよね?だったら、緋色さん達が除霊をすることはできないんですか?わ、私を助けてくれたみたいに……」

「……」


 そうだ、狗巫女ちゃんの意見はもっともだし、それ以外に方法は考えにくいだろう。九尾の妖力は強大とはいえ、白骨婦人を退治した時のように、うまくいくかもしれない。

 だが、そんなことは親父だってわかっているはずだ。なのにそれをしなかった理由。それこそが、今回の鍵を握るのではないだろうか。

 そして、全員の視線が夜叉丸に集まる。

 

「むろん、それは一番に考えました。だが、蒼月様が不可能であると……」

「お、親父の力を持ってしても効かなかったってのか!?」

「はい。あ、いえ……。私は直接見たわけではありませんが、蒼月様は無駄だからよせと」

「そうか、それで封印を……。なら、今回もそうするしかないのか?封印している間に、翡翠を引き離す方法を考えるしか……」


 母様を救えないのは確かに辛い。しかし、これ以上皆を巻き込んで、危険にさらすわけにはいかない。だからこそ、親父も時間を稼ぐ方法を選んだのだろう。

 

「わかった。夜叉丸、親父を呼んでくれ。封印について詳しく聞きたいし、急いで準備しなければ……」

「フン!貴様、いったい何を隠しているのだ?」

「え……?」


 一瞬、声の主もその意図もまるでわからなかった。だが、俺は燃えるような瞳で俺を睨みつけるクーコの視線に気付く。

 いや、正しくはその視線は俺を通り越し、部屋の隅に遠慮がちに座る源爺へと向けられていた。

 

「お。おいクーコ。いったいどうしたっていうんだ?」

「緋色様に失礼を承知で申しますが、しばしお静かに願います。夜叉丸が蒼月様に仕えたのは、緋色様の母君と出会われた後のはず。ならば、我等を騙している可能性は薄い。しかし源左よ。ヌシは五十年以上ここに仕えておると言ったな。ならば知っておるはずだ。隠しておることを正直に話せ」

「わ、儂は……」

「言えぬか?ならば我が言ってやろうか。そもそも、『翠』様とは誰だ?」

「え?クーちゃん、翠さんはヒロ君のママだって聞いたじゃないか」

「フン、翠様か……。そもそも我等が会ったのは、本当に緋色様の御母君、翠様(・・)で間違いはないのか?」

「ええ、彼女は間違いなく蒼月様の妻にして、坊ちゃまの母君です。私が保証しますよ。もっとも、私の目を欺くほど変化の術に長けた怪異である可能性も、否定はできませが」

「フン、夜叉丸の目を欺けるモノなどそうはおるまい。ならば、本人に間違いはないのであろう。だが、我が言っておるのはそういう意味ではない。わかるな、源左よ」


 クーコの意味不明な問いかけに、源左はなぜか真っ青になって震えている。それはまるで、何かに怯えるように、何かを耐えるかのように。

 

「まだ言えぬか?ならば言うてやろう。我はあの女をずっと昔から知っておる。それも、この地でではなく、まだ大陸におる頃からな。それが緋色様の母君とは、いかなる理由だ」

「なっ!どういうことだ、クーコ」


 だが、クーコは珍しく俺の質問にも答えず、じっと源爺を見据えている。

 

「もうよい、空狐よ。それくらいで源左を許してやってくれ。源左は儂の頼みを聞いてくれたに過ぎん。元はといえば、儂がまいた種だ。説明するも、決着を付けるも、全て儂に責任がある。

「お、親父……?」

「蒼月坊ちゃま……」


 突如襖を開けて入ってきたのは、ここへ戻ってきて以来、姿を見せなかった親父だった。

 

「蒼月様、今のはいかなる理由か。もしも、それがゆえに緋色様の身に危険が及ぶようであれば……」


 その言葉に、親父の式である夜叉丸から殺気が溢れ出る。それはそうだろう。主に敵意を向けられ、黙って見過ごす式などいない。

 

「よさぬか、夜叉丸」


 だが、親父の一言でその気配は一瞬で霧散する。あまりのことに、俺も含めた皆は誰も話しについて来られないようだ。

 

「これは儂の責任だ。翠……、いや、翡翠(・・)に固執するあまり、今の状況を産み出してしまったのだからな」

「では、やはりあ奴は……」

「うむ……」


 親父とクーコ。そして源爺との間でしか通じない話が続く。

 

「いい機会だ。緋色には母親のことでもあるし、いつまでも嘘を付き続けるわけにもいくまい」

「う、嘘って……。どういうことだよ!?」


 親父は俺の焦りなど意に介さぬように、まるで周りに誰もいないかのように、障子を開けて山桜を見つめる。少しばかりそうしていたかと思うと、やがてこちらへ向き直った。

 

「そもそも、翠という女はこの世に存在せぬ」

「は!?」


 一瞬意味がわからず、少し考えた後に俺の母は幽霊なのかという、突拍子もない考えが頭に浮かぶ。

 

「むろん、お前が会ったのは本物の母親に間違いはない」

「ど、どういうことだよ!?」

「つまり、あれは翠ではあるが翠ではない。世を忍ぶために儂が付けた仮の名だ。彼女の本当の名は『翡翠』。偽者でも同名でもない。二千年以上の長きを生き続けた大妖。かの伝説にうたわれる、九尾の狐だ」

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