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「ちょ、ちょっと……、ま、まだっすか……?アタシ、マジヤバイんすけど……。い、いつまで歩くんすか……」

「リ、リーサさん……。頑張ってください……。き、きっともう少しで着きますから……」

「ハッ!だらしないねぇ。アンタらより年下の狗巫女でさえ、ピンピンしてるってのに。もう少し頑張りなよ」

「リルさん、さすがに犬神と人間を比べるのは……。ほ、ほら、二人とも頑張ってください。もう少しで着きますから」


 俺のすぐ後ろからは、弘美ちゃんとリサリサさんの荒い息遣いが聞こえてくる。時おり振り返ってみれば、その足取りはフラフラとしており、いつ倒れてもおかしくはなさそうだ。

 だが、それも仕方ないだろう。二人とも都会育ちの普通の人間だし、更には女の子だ。幼い頃よりここで育った俺はともかくとして、他の面子は皆妖怪だし、体力的なことは比べるまでもないだろう。もっとも、だからこそ二人の保護を急いだのもあるのだが。


 あれから、電車を乗り継ぎ近くの駅で降りた後、麓までバスに乗り、そこから山道を歩くこと一時間あまりだ。せめてもと、二人の荷物は他の皆で分担して持っているとはいえ、さすがに二人には限界だろうか。

 

「どうします?やはり今からでも、クーコと夜叉丸におぶってもらいますか?」

「ぐっ……、我が背に乗せるのは緋色様のみ。だが、ご命令とあらば……。くっ、この屈辱にも耐えてみせましょう」

「だ、大丈夫ですからクーコさん。私は歩けますから」


 露骨なまでに屈辱に顔を歪めるクーコを見ては、さすがに弘美ちゃんも頼み辛いのだろう。疲労した顔に無理やり笑顔を作って、自分を誤魔化している。

 

「え、ええと、夜叉丸は……」

「私は構いませんよ。しかし、お二人となるとこの姿では運べませんし、本来の姿に戻ってもよろしいでしょうか?」


 夜叉丸の方を見れば、そんなことは意に介せずという感じだ。しかし、その言葉を聞いた瞬間、二人が引きつったような笑顔を浮かべる。

 

「い、いや~、でも、夜叉丸さんイケメンだし、センセー以外の男の人にくっついたら、浮気になっちゃうっすから。あ、アタシはいいから、よかったら弘美がおぶってもらったら?」

「え!?い、いえ、そんな……。わ、私は大丈夫ですから。ま、まだまだ全然元気ですから」

「ほほう、お二人とも何と奥ゆかしい……。それに、己の力で道を切り開こうとする意志の強さ。やはり、どちらも緋色様のお相手に相応しい……」


 何を勘違いしたのかは知らないが、夜叉丸の中で二人の株が上がったようで、何やらぶつぶつとつぶやいている。だが、俺は真実を知っていた。

 

 それは、山道を歩き始めて10分もしたころだろうか。少しばかりお洒落な靴を履いてきたリサリサさんと、普段運動とは無縁の文化系である弘美ちゃんが、早くも音を上げ始めたのだ。

 そこで俺は今と同様に、クーコ達に運んでもらう案を提案したのだが、クーコの態度は全く持って今と同様だった。それを見た夜叉丸は気をきかせ、ならば自分の背に二人を乗せて運ぼうということになったのだ。

 さすがにこの場での変身はどうかと思ったが、普段から御門の土地である、この山に立ち入る人も稀である。急いでいることもあり、その案で行こうかと思ったのだったが……。

 

「「ひぃっ!!」」


 だが、変身した夜叉丸の姿を見た二人の顔は、あきらかに引きつっていた。理解したつもりであっても、いざ怪異を目の前にしては、やはり受け入れられないのだろうか……。そう思った矢先に、俺はあることに気付いた。それは、女の子の嫌いなものといえば……。

 俺は二人にそっと尋ねる。

 

「もしかして二人とも、虫とか爬虫類は……」


 俺の問いに、真っ青な顔で二人は首を縦に振る。

 

「ご、ごめんなさい。夜叉丸さんがダメってわけじゃなくて……」

「ア、アタシも蛇と蜘蛛とGだけは……。せ、背中に乗るなんて、とても……」

「なるほど……。なら仕方ないですね。しかし、どう説明を……」

「あ、それならアタシにいい考えが」


 リサリサさんは何か言い訳を思いついたようで、夜叉丸に声をかける。

 

「気持ちは嬉しいんすけど、今後のことを考えると、自分で登れるようになっておいたほうがいいと思うんすよね。だ、だからほら、さっきのイケメン状態に戻ってもらっても……」

「はて、今後のこととは?」

「ほ、ほら。もしかしたらこの先、何度もここを通るかもしれないじゃない。『旦那の実家に里帰り』的な意味合いでさ」

「ちょ、ちょっとリサリサさん!?何言い出すんですか!?」


 突然とんでもないことを言い出す彼女に、一瞬その場の空気が凍りつく。だが、夜叉丸的には好印象だったようだ。

 

「なるほど、将来のために今から準備を……。見上げたものです。坊ちゃま、やはり花嫁はこの方に……」

「やっ、夜叉丸!今は無駄話をしている時間も惜しいし、早いとこ家に向かおう!さあ、お前も人の姿に戻るんだ」

「はぁ……?かしこまりました」


 そんなこともあり、おんぶ計画は失敗に終わったのである。そしてその結果として、現在の息も絶え絶えな二人の状態に繋がるわけなのだが。

 だが、一見足手まといだったかと思われるリサリサさんに、俺は感謝していた。

 ここに来る道中の当初は、まさにお通夜のような状況だった。夜叉丸は、説明は御門に到着してからのほうがいいだろうと言うし、いつもならムードメーカーであるはずの銀華さんも、やはり先ほどまでの出来事がショックだったのだろう。無理に明るく振舞おうとはするものの、いつもの元気はなく、それを見たリルさんも憎まれ口を叩き辛い状況になっていた。

 そんな中で、いつもの銀華さんの役割を担ったのがリサリサさんだった。

 もちろん、詳しい事情を知らないからこそというのもあるだろう。だが、それでも何か異変を感じ取り、気を使ってくれたのだろう。ここへ向かう列車の中では、随分と場を盛り上げようと頑張ってくれていた。リルさんもいつものツッコミを銀華さんではなく、リサリサさんにしていたくらいである。

 俺は、少しばかり歩く速度を遅らせ、リサリサさんの横に並ぶ。

 

「ありがとうございます。危険な目に遭わせてしまうのは申し訳なく思いますが、リサリサさんが来てくれてよかったです。感謝してます」


 リサリサさんは、小声で囁いた俺の言葉に目を丸くしたかと思うと、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 

「そ、そんなこと急に言われたら……。ど、どう反応すればいいんすか……」

「え?い、いや、そんな深い意味ではなくて……」


 その女の子らしい仕草に、普段とのギャップも相まって、ドキリとしてしまう。


「アンタら……、何してんだい?」


 だが、俺は周りからの冷たい視線に気付いた。周りを見渡せば、女性陣が何とも言えぬ視線で俺達を見ている。


「な、なにって……。べ、別になんでもありませんよ」

「そそ、そうっす。センセーはアタシの心配をしてくれただけで……」

「ふ~ん、その割には、随分と親密そうな感じだったけどねぇ」

「い、いや、今のはその……」


 ここでリサリサさんが、いつものごとく俺をからかうような態度を取ってくれれば良かったのだろう。だが、俺の言葉が予想外だったのか、なぜか随分としおらしくなっている。おかげで、余計に妙な雰囲気になってしまっていた。


「やれやれ、どれだけ落ち込んでるかと思えば……。相変わらず騒々しいヤツらだな」

「え?」


 突如として聞こえてきた声に、全員の動きが止まる。そして声のしたほうを振り返ってみれば、そこにいたのは……。

 

「よっ、久しぶりだな。何だ?しばらく見ない間に、可愛い女の子が増えてんじゃねーか」

「なっ、成田警部!?」


 そこにいたのは、警視庁特犯課警部、成田三樹夫だった。相変わらずのスーツ姿に革靴で、この山道を登ってきたのだろうというのに、息を切らせた様子も見せない。優男に見えて、相当に鍛錬をしている証拠だろう。

 

「これは成田殿、お久しぶりです。なるほど、蒼月様が連絡を取りたいと言っていた御仁とは、成田殿でしたか。しかし、なぜ……?」

「いや、そいつは残念ながらハズレだよ、夜叉丸。俺は、たまたま事件の依頼で連絡をしただけさ。そしたら、それどころじゃないって聞いてな」

「成田警部……。じゃあ、俺達のために……」

「おいおい、勘違いすんなよ。だいたい、俺がお前らの妖怪大戦争に加わって役に立つと思うのか?早いとこカタが付いたんなら、頭領(おやじさん)に仕事の依頼をしようと寄っただけさ」

 

 そうは言うものの、俺は幼い頃から成田警部という人物を知っている。一見すかした男のように見えて、実は非常に情の厚い男だ。なんだかんだと俺達を心配して来てくれたのだろう。

 

「しっかし、この子が例の狐憑きの子か……。いや、実に綺麗だ。いかなる時でも女性という立場を忘れない身だしなみ。うん、素晴らしいよ。キミは世界で二番目に美しい」


 だが、そちらのほうは相変わらずのようだ。それに対し、リサリサさんはどんな反応を示すのかと思いきや……。

 

「あの、すいません。アタシ、チャラい男はちょっと……。できれば、アタシだけを見てくれる人がいいんで」


 成田警部は、あっさりと玉砕していた。

 

「それにアタシ、心に決めた人がいるんで……」


 そういって、チラリと俺を見る。そしてそれを、複雑そうな目で見る面々。そんな様子に成田警部は俺達の関係を覚ったようだ。

 

「かぁ~、青春だねぇ。あの鈍感だった緋色も、ようやくかぁ。ま、俺としちゃあ嬉しいような、凛子のことを思えば、そうでもないような……」」

「鈍感って……。ほっといてくださいよ。それより、凛子ちゃんがどうかしたんですか?」

「はぁ……。そういうとこは変わってないんだよなぁ。それよりもほれ、無駄話の間にご到着だぜ」

「え?」


「「「お帰りなさいませ、坊ちゃま」」」


 話に夢中で気付かなかったが、声の方を向けば、すでに屋敷のすぐそばまで来ていたようだ。石造りの階段の上には門下の者達がずらりと並び、俺達を出迎えるように立っている。そしてその奥、中央に佇む(いかめ)しい顔をした男こそが……。

 

「親父……」


 今回の騒動の鍵を握る男。御門蒼月、その人であった。

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