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「どっ、どういうことなのさ?ヒロ君のママは亡くなったって聞いてたのに。そ、それが、何でヒロ君を、その……」
言葉を止めた銀華さんは、俺を盗み見るように横目で見る。銀華さんといえど、その先の言葉を口にしていいものか、ためらっているようだ。
それはそうだろう。にわかには信じられぬはずだ、実の母親が息子を『殺そうとした』などとは……。
「夜叉丸よ、どういうことだ!?緋色様が九尾の血を引いておるなどとは……。我は聞いてはおらぬぞ!いや、それよりもあやつ、どこかで……」
「まあまあ。お二人とも、まずは落ち着いてください」
興奮する二人を夜叉丸がなだめる。とはいえ、簡単に納得できる状況ではないだろう。
母様が去った後、その場は騒然としていた。幸いにも周りに人はおらず、夜叉丸も今は人の姿へと戻っている。おそらくではあるが、先ほどまでの現場を目撃した人は誰もいないはずだ。
いや、いないのではなく、誰も近付かないようにされていたが正解か。
むしろあれだけの騒ぎだ。商店街に近いこの場所で、誰も気付かないというほうが不自然だろう。
母様は親父に見つかる前に、事を荒立てずに済ませようとしていた。つまりは間違いなく、外から気付かれぬように結界を張っていたはずだ。
言い換えれば、容易に巨大な結果が張れるほどの力を持っているということになるが……。
「待って下さい」
俺は痛む体を動かし立ち上がる。緊急を要するために吹っ飛ばされたとはいえ、クーコがあえて俺を傷つけるような真似はしないし、出来る限りダメージの無いようにしたはずだ。痛みはあるとはいえ、実際には軽い打撲程度だろう。
「ヒロ君……」
俺を心配そうに支える銀華さんだったが、今はそれより優先すべきことがあるはずだ。俺は銀華さんの腕をそっと離す。
「ありがとうございます、銀華さん。もう大丈夫ですから。それより夜叉丸、親父はどこに……」
「申し訳ございません。あれは嘘でございます。ですが、翠様を騙すには最も効果的かと思いましたので。蒼月様は、今は別の方法で解決を模索しております」
「そうか……」
何となく予想していた答えだけに、俺に落胆はない。
「一つだけ確認させてくれ。今の母様は、俺達に危害を加えようとしている……。で、間違いないんだな」
「……、はい。今のあの方を、翠様と呼ぶのなら……ですが」
奥歯に物が挟まったような言い方をする夜叉丸だったが、今は事実だけわかればいい。
「ならば、今は母様のことを詮索している場合ではありません。自分のこともわからない、俺が言うのも何ですが……。ですが母様……、いえ、九尾はこの後、皆を狙うはずです。リルさん達はまだしも、弘美ちゃんとリサリサさんが襲われたら、ひとたまりもありません。早急に保護しないと」
「た、確かに……。でも、どうやって……」
俺は、クーコと夜叉丸を見据える。
「クーコ、夜叉丸!」
「……。はっ」
だが、これから命令される内容に気付いたのだろう。二人はわずかながらに渋い顔をし、それが一瞬の遅れとなった返事に表れる。
「二手に別れ、それぞれ彼女達の元に向かってくれ。
「しっ、しかし、私は緋色様を守るのが努め……」
「そうです。私も蒼月様より、坊ちゃまを守るように仰せつかっております」
式として、主の守護を絶対とする彼等の反応は予想通りだ。だが……。
「すまない。お前達の意に反することはわかっている。けれど、あの二人は俺にとって大切な友達だ。銀華さんももちろんだけど、あの二人にもたくさんの大切なことを教えてもらったんだ。それなのに、俺のせいでもしものことがあれば、俺だけのうのうと生きていくわけにはいかない。つまりは、二人を守ることが俺を守ることにも繋がるんだ」
「……」
我ながら、ずるい屁理屈だとわかっている。クーコ達が離れた隙に、もう一度母様に襲われたら防ぎきれないかもしれないことも。
だがそれ以上に、俺はもう大切な人達を失いたくない。
「すまない、だが時間が無い。俺と銀華さんは黒狼探偵社へ向かう。無理やりでもかまわないから、とにかく二人を猫猫飯店まで連れてきてくれ」
「かしこまりました……」
不承不承ではあるが、クーコ達は動き出そうとする。だが、それを止めたのは銀華さんだった。
「待ってよ。いきなり行って信じてもらえるのかい?それに、弘美とクーちゃんはともかく、リサリサはどっちも知らないだろ?それを無理やり連れていったら、誘拐事件かって大騒ぎになるよ」
「そ、それはそうですが、時間が……」
「まったく、いつも冷静なヒロ君らしくないよ。ちょっと待ってて」
そう言うと銀華さんは、携帯電話を取り出しどこかへかけはじめた。
「ああ、弘美?実はね……。うん、そう。だから、僕とヒロ君を信じて、クーちゃんについてきてほしいんだ。うん、よろしくね」
そして、電話を切ると、再びかけなおす。
「ああ、リサリサかい?うん。久しぶり。単刀直入に言うけど、リサリサの身が危ないんだ。うん、ヒロ君がらみのことさ。だから、今から行く迎えの人を信じて、猫猫飯店まで来てほしいんだ。……。ああ、ありがとう。よろしくね」
電話を切った銀華さんは、こちらを向き直るとクーコと夜叉丸に声をかける。
「さあ、これで大丈夫。二人を猫猫飯店までお願い」
「銀華さん?いつの間にリサリサさんの連絡先を……」
「フフ、友と書いてライバルって奴だからね。女同士、いろいろあるのさ」
どこかの漫画のようなセリフを言いながら、銀華さんは笑う。だが、銀華さんの機転はじゅうぶんにありがたかった。
「さあ、急いで。僕達もリルとクミちゃんを迎えに行こう。数は多いに越したことはないからね。二人とも頼んだよ!」
「ククク、これはこれは。この機転、統率力、やはり次期御門家頭領夫人に相応しいのは……。いやいや、まだ決まったわけではありませんか。いずれにせよ、これは面白くなりそうな……。いえ、今はそれより優先すべきことがありましたね。承知しました、銀華殿!」
「ぐっ……、猫又風情が、我に命令など……」
楽しそうな夜叉丸と、対照的に口惜しそうな表情のクーコだったが、さすがというべきか、その言葉と共に素早くその場から消え去ったのだった。
「いや、話はわかったんだけど……。ホントなのかい?」
「はわわわ……。緋色さんのお母さんが、きゅ、九尾の狐……!?」
黒狼探偵社に到着した俺達は、リルさん達へ先ほどまでの出来事を説明していた。仕事柄、不思議の出来事には慣れているはずの二人だが、あまりに突拍子も無い話に少しばかり混乱しているようだ。
「すみません、正直俺にもわからないことが多すぎて……。とにかく、皆が揃えば夜叉丸が説明してくれると思います」
「ああ、信じてないわけじゃないよ。アンタの力を思えば、むしろただの人間じゃなかったってことに納得さ。ただ、あまりの突拍子のなさにちょっとばかり驚いただけさ。わかった、少し待ってな。ほら、狗巫女も早いとこ支度しちまいな」
「はっ、はいっ!」
女性とはいえ、時には急な泊りがけの仕事も請け負うリルさん達だ。普段から旅支度の用意はしてあるらしく、ものの10分程度で身支度を終えると、猫猫飯店へと向かったのだった。
「弘美ちゃん、リサリサさん、無事でしたか!」
事務所の前には、こちらは慌てて荷物を詰め込んだのだろう。リルさん達とは対照的に、パンパンに膨れ上がったカバンを持つ二人がいた。
「は、はい。大丈夫です」
「無事も何も、わけわかんないし、ピンチですらないんすけど……。ま、あの時みたいにセンセーが助けてくれるんなら、それも悪くないっすけどね」
「ま、まあそれは、ホントに危なくなったらってことで……。それより、クーコも夜叉丸もよくやってくれた。本当に感謝する。ありがとう」
「も、もったいなきお言葉を……」
「私ごときでお役に立つようであれば、いつでもお使いください、坊ちゃま」
俺はホッとしつつも、これからの懸念を口にする。
「しかし、よく校長……、いえ、お父さんが納得してくれましたね。大丈夫だったんですか?」
そう、リサリサさんの父親にして、彼女の通う女子高の校長でもある彼は、娘を溺愛している。それがよく娘の外泊を許可したものだ。
「それなんだけど、こっちに来る前に、弘美に家に寄ってもらったんす」
「弘美ちゃんに?」
俺が理解していないのに気付いたのだろう。リサリサさんは少しばかりバツが悪そうに言う。
「ほら、アタシってこんなんだから、周りにいるのは結構派手めというか、学校では問題児的な子が多いんすよね。だからちょっとばかり、弘美を利用させてもらったっていうか……」
「つまり、弘美ちゃんの……」
その言葉に、俺は何となくだが理解した。
「そーゆーこと。パパからしたら、満月庵のお嬢様で、なおかつ真面目な優等生の友達ができたって大喜びってことっす。ほら、ちょうど受験の年だし、幸い春休みだから弘美の家で勉強合宿って言ったら、泣いて喜んでたっす」
「なるほど……。それで、弘美ちゃんの方は大丈夫だったんですか?」
「ええ、うちは母が物凄く乗り気で、リーサさんのことは口裏を合わせて協力してくれてます。私は、そ、その、せっかくのチャンスだから頑張れって、お尻を叩かれました……。あ、もちろんお父さんには内緒ですけど……」
「な、なるほど……。それはまた、あのお母さんらしいですね……」
顔を赤らめて話をする弘美ちゃんだったが、何がチャンスなのか、いったい何を頑張るのかは、今この場では聞かぬほうがいいだろう。だが、思ったよりもスムーズに事が運び、正直助かった。
あとはこれからどうするのかを、早急に決めなければいけない。だが、一つ問題があった。
「夜叉丸」
「何でございましょう、坊ちゃま」
「皆が無事なのはいいんだが、正直この猫猫飯店で、母様……、九尾に本気で攻撃されたら防ぎきれるのか?」
「それは……、難しいと言わざるを得ないでしょう」
「だったら、これからどうすれば……。いや、そもそも安全な場所なんて……」
言いかけた俺は、はたと気付く。そうだ、確実とは言わないが、少なくともここより安全な場所があるじゃないか。
おそらく、俺が気付くのを待っていたのだろう。俺の表情が変わったのを見た夜叉丸が、かすかに微笑む。
「私は賛成ですよ。何せ、空狐殿を除けば、蒼月様にお会いしたことがあるのは銀華殿のみ。今後のことを考えれば、さすがにフェアではないでしょうし、皆様を紹介するのは悪いことではないでしょう」
「いや、それは少し気が早いというか……」
その言葉に苦笑いが浮かぶが、今はそれしかないだろう。
「わかった。なら……、行くか!」
「さすがは坊ちゃま、そうこなくては。では、未来の花嫁候補の皆様方共々参りましょうか。この国……、いえ、世界最強の怪異調伏集団、その総本山たる、我等が御門家へ!」




