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「ちょ、ちょっと。なにを言ってるんだい?ぼ、僕の気持ちって……、僕は別に、そ、そんなんじゃ……!」

「そ、そうだよ。まるでアタシが、狗巫女に嘘をついてるみたいに……!」

「はっ、はわわ……。リ、リルさん、私なら大丈夫だから。ちゃ、ちゃんとわかってたから……」

「ばっ、馬鹿言ってんじゃないよ!そんなことあるわけないだろ」

「ちょっと、落ち着いてください。どうしたんですか?」


 状況がよくわからないが、なぜか兄狐の言葉を受けて、銀華さん達が慌てふためき、再び険悪な空気になりかけている。

 

「そっ、それよりヒロ君、学び舎での出来事ってなんだい?」 


 止めようとした矢先に、銀華さんの一言で今度は俺が凍りついた。

 

「え……、学び舎?さ、さあ、いったいなんのことでしょうか」

「とぼけないでよ!今この狐が言ったじゃないか」

「い、いや、今皆で、お兄さんの言葉は当たってないって言ったじゃないですか。だったら俺のも、当てずっぽうじゃないんですか?」

「そっ、それとこれとは話が別だよ!どうなんだい、リサリサ」


 自分で否定しておいて無茶苦茶だとは思うが、さすがにあのことを話されてはマズイ。いや、決してやましいことはしていないのだが、世間的にはじゅうぶんによろしくないだろう。それに、未遂とはいえあんなことが知れたら、リサリサさんにも傷が付く。

 俺はうまく話を合わせてくれるように、必死でリサリサさんにアイコンタクトを送る。しかし……。

 

「も~、センセーったら、そんな目配せしなくてもわかってるっすから。大丈夫っすよ。あの日のことは、二人だけのヒ・ミ・ツっすから。センセーのあの、熱くて硬いものことは……」

「うぉおおい!あ、あれは……」


 ちょっぴり頬を赤らめて、なぜか内股でモジモジしながら、露骨な演技をするリサリサさんに思わずつられてしまった俺は、慌てて言葉を止める。だが、少しばかり遅かったようだ。

 

「あれは……、なんだい?」

「緋色さん……?」

「アンタ……、まさか……」

「はわっ?熱くて硬いって、何がですか?」

「ちっ、違いますって。あ、あれはその、事件解決の途中の事故で……」


 一気に冷めていく周りの温度とは反対に、俺の体温はどんどん上昇していく気がする。いや、これってホントに体調が悪くなってきたんじゃないのか?

 

「ホホホ、これは申し訳ありません。少しばかり冗談が過ぎましたかねぇ」


 そんな俺達の反応を楽しんで、気が済んだのだろう。ようやく兄狐から助け舟が出た。


「冗談って、アンタ……」

「お気を悪くなさらずに。それよりも、貴女は先ほど、この神社のご利益を気にされていましたね」

「ああ、そうだけど……」

「今、稲荷神様が持っているもっとも大きな力……。それは、人と人とを強い力で結ぶもの。すなわち、縁結びでございますよ」

「縁結びぃ?また随分とありきたりだね」

「ホホホ。まあ、そんなわけでございますから、せっかくなのでおみくじでもお引きになっていかれてはどうですか?」

「おみくじねぇ……。今さら神頼みをすることもないんだけどね」

「ホホホ、まあそう言わずに。なにせ今年は幻の『百年(くじ)』の出る年でございますから、損はさせないと思いますよ」

「百年籤?」


 耳慣れない言葉に、その場の空気が少しばかり変わる。それを見た兄狐は、さらに悪戯っぽくニンマリと笑う。

 

「ええ。この神社の慣わしなのですが、百年に一度、稲荷神様が神通力を込めて自ら書かれた籤が、たった一つだけ出回るのです」

「へぇ~。神様直筆の、百年に一つのおみくじか。面白そうだね、うん、僕は引いてみよっかな」

「ホホホ、是非に。ただし、引けるのは一度だけですよ。もちろん、籤は何度も引くことはできますが、二度目以降は絶対に百年籤は出てきませんので」

「ハッ、そりゃ大層なおみくじだねぇ。で?その百年籤ってのが引けたら、いったいどんなご利益があるんだい?」

「ホホホ。その籤を引いたものは、稲荷神様のお力で、必ず想い人と結ばれるのですよ」


 ザワリ……。なぜか、再びその場の空気が変わった気がした。

 

「ま、まさか……。ははは、大げさに言って僕達を騙そうたって、そうはいかないよ」

「騙すなどと、とんでもないことです。稲荷神様が百年にたった一度、神通力を込めて書かれる籤なのですよ。私も、ここにお仕えしてから二度しか見たことはありませんが、開けた瞬間に黄金(こがね)色の光が溢れ出てくる、それは見事なものでした」


 兄狐の言葉に、誰とも知れずゴクリと唾を飲む音が聞こえた。

 

「あの、ちなみに狐のお姉……、お兄さんは、その籤を引いた人がどうなったか、知ってるんすか?」

「ホホホ、もちろんでございますとも。百年前は、確か書生さんでした。二百年前といえば、八百屋の娘さんでしたねぇ……」


 兄狐は、遠い目をして虚空を見つめる。自らの生きてきた、古き時代を思い出しているのだろうか。


「思い出しますねぇ……。お二人とも真面目で善良な方でしたが、異性に声をかけられぬ程の奥手な方でございました。今と違い、好いた相手と添い遂げるというのも、簡単にはできない時代でしたしねぇ。それが、籤を引き当てた途端、あれよあれよという間に……。ホホホ、まあ詳しいことは申せませんが、お二方ともそれはたくさんの子宝に恵まれて、幸せな人生を全うしましたよ」

「マジっすか……。そのおみくじ、すごいっす……」


 兄狐の語った内容に、俺は女性陣の目の色が変わっていることに気付く。だが、俺は何か違和感を感じていた。


「と、とりあえず、僕が最初に引いてみようかな」

「ちょっと待ちなよ!ここは狗巫女が最初だろ」

「いや、ここはアタシが引くっす」

「はわわわ……」


 そして、再び場の空気が険悪なものへと変わって行く。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 だが、その空気を救ったのは弘美ちゃんだった。

 

「確かにすごいおみくじだとは思います。でも、それって……。もしかしたら、人の心を自由に操ってしまうものじゃないんですか?」

「どういうことだい?弘美」

「つまり、相手の意思に関係なく、おみくじを引いた人のことを好きにさせられてしまうんじゃ……」

「あ……!」


 その言葉に、俺はようやく違和感の正体に気付く。そうだ、これは相手の気持ちを無視した、強力な呪術ではないのか?

 むろん、俺にそのようなことはできない。いや、陰陽師中を探しても、そのような協力な術を使える者などいないだろう。そんなことができる時点で、やはりこの神社にいるものは神なのだということを、あらためて思い知る。

 だが、兄狐はそんな俺達の不安を笑いとばす。

 

「ホホホ。お優しい皆様ですもの、そう考えることはわかっておりました。でも、心配はいりませんよ。世の中には好いた者同士でも、様々な事情で添い遂げることができぬ者がたくさんおります。少々大げさに言いましたが、この籤はそんな者達を、必ず添い遂げさせる力を持つ物です。それに、そもそも邪な想いを持つ者は、籤を引いても当たりを出すことはできません。いわば、想い人同士を必ず結びつけるものというところでしょうか」

「な、なんだ。やっぱり、そんなに都合のいいものじゃないんだね」


 銀華さんは、少しばかりホッしたような、それでいてがっかりしたような表情でつぶやいた。


「ホホホ、ですが……」


 そんな銀華さんを見て、兄狐はニンマリと笑う。

 

「例えば、恋ほどではなくとも、自分に好意を持っている方を振り向かせることは可能ですよ。嫌がる者は無理でも、好意を持っていれば、その気持ちを強くさせることができますからね。それに……」


 さらに悪戯っぽく兄狐は笑う。


「例えば、自分を含む幾人かに好意を持っている方の気持ちを、自分だけに振り向かせることも可能ですよ。ホホホ。この、まるでどこかで見たことのあるような状況を解決するには、うってつけのものではないでしょうかねぇ」


 その瞬間、銀華さんとリサリサさんが売店へと向かって走り出した。

 

「ちょっと。何してんだい狗巫女!あの馬鹿に遅れんじゃないよ」

「はわっ!?」


 それを見て、リルさんが慌てて狗巫女ちゃんの手を掴み、引き摺るように駆けて行く。

 

「はぁ……。本当に女の子って、ああいうのが好きなんですね。リルさんはちょっとばかり意外ですけど……。でも、弘美ちゃんは行かなくていいんですか?」


 俺は傍らの弘美ちゃんを見る。だが、そこで俺は弘美ちゃんが一緒に駆けて行かなかった理由を知る。

 彼女はなぜか唖然とした表情で、売店を見つめていたのだ。

 

「弘美ちゃん?」

「ひ、緋色さん、あれって、もしかして……」

「はい?」


 俺は弘美ちゃんの指差す方を見る。先ほどまで人のいなかった売店前には、一人の女の子が立っていた。

 それは、この季節には少々寒いのではないかと思うような、桜模様が入った小紋の着物を着た美しい少女だった。

 しかし、どこかで見覚えのある少女だ。

 

「ん!?」


 いや、むしろ見覚えがありすぎる。真っ白な肌に真紅の瞳、そして頭上に生える狐耳は……。

 

「おやおや、神仙ともあろう方が……。これは随分と面白いことになってきましたねぇ」

「クッ、クーコ!?」


 そこにいたのは、紛れもなくクーコだった。

 

「あっ、あれー?お、おい、クーコ?」


 俺は慌てて胸元の竹筒を取り出し、中を確認する。だが、そこにクーコがいる形跡はなかった。

 

「あいつ、何考えてるんだ?しかも、俺の知らない間に勝手に抜け出して……。仕方ないな。すみませんが、クーコのことは銀華さんには内緒にしてください」

「はい、わかってます。あの、それよりも……」


 なぜか弘美ちゃんは、強い決意を秘めたような瞳で俺を見てくる。

 

「す、すみません。わっ、私も参戦(・・)してきます!」


 言うが早いか、売店へと向かい駆け出して行ったのだった。

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