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 鳥居を潜り抜けた先には、まばらではあるがそれなりに参拝客がおり、おみくじやお守り、破魔矢などを売る売店が出ていた。

 もっとも、今は並んでいる人もいないようで、巫女姿の女の子が手持ち無沙汰にしている。

 以前に聞いた兄狐の言葉から、正月でももっと寂れた感じなのだろうと想像していた。だが、思ったより人が多いことを少しばかり意外に感じる。

 もっとも、神社として存続している以上は氏子もいるだろうし、当たり前のことなのかもしれない。

 

「へぇ~、こじんまりとしてるけど、なかなか綺麗な神社じゃないか」


 稲荷神社の景観が気に入ったのか、リルさんの機嫌は直ったようだ。


「それで緋色、ここは何のご利益があるんだい?」

「へ?」

「ほら。それこそ昔は、五穀豊穣を願う神社とかだったんだろうけど、今は多様化してるだろ。弘美がわざわざここに来たがったってことは、何かあるんじゃないのかい?」


 突然のリルさんの質問に、俺はふと気付く。

 以前に来た時は、狐の兄妹のインパクトに気を取られ気にも留めなかったが、そういえば、この神社のご利益はなんだろう。

 いや、そもそも弘美ちゃんがこの神社を選んだ理由は、男の娘が見たかったからだ。

 まさかそんな理由であるとも言えず、俺は暫し考える。当の弘美ちゃんも、少しばかり顔を赤くして、そっぽを向いている。

 

「そ、そうだ。売店の巫女さんに聞いてみましょうか」


 そうは言ったものの、おそらくあの女の子はアルバイトだろう。どこまで知っているのかは少々疑問だ。

 だが、お守りなんかも売っているだろうし、もしかしたらこの神社を管理している人が、近くにいるかもしれない。

 そう思い、売店へと向かおうとした時だった。

 

「ホホホ、随分と賑やかなご一行ですこと。皆さんにお越しいただいて、随分とこの神社にも活気が出てきたようです」


 神社の奥からふらりと現れたのは……。

 

「誰?」

「はわぁ~。き、綺麗な人ですぅ……」


 正月だからということか、はたまた俺達がくることを予見して、気合が入ったのだろうか。そこにいたのは、以前に会った時よりも、さらに艶やかに着飾った姿の兄狐だった。




「ホホホ。ようこそいらっしゃいました。皆様がこちらに向かっているのが見えましたので、到着を今か今かと待ち望んでおりましたよ」

「お久しぶりです。今日は妹さんは一緒じゃないんですか?」

「ホホホ、それが、あの子はなぜか出てくるのを嫌がりましてねぇ。せっくかく皆様がいらっしゃるとういうのに、こんな面白……、いえ、楽しそうなことはありませんのに」


 兄狐はニンマリと笑うが、俺はこの場に出てきたくないという、妹狐の気持ちがわかる気がした。おそらく彼女は、この賑やかな面子の中で、兄狐に徹底的にいじり倒されるのがわかっているのだろう。

 少しばかり残念だが、玩具にされるがわかりきっているのに、ここにいろというのも可哀想だ。

 しかし、少しばかり顔を見たかった気はする。

 いや、決して男のような格好をしていたあの美しい妹狐が、正月にはどんな格好で着飾っているのか、興味があったわけではない。そもそも、普段どおりの格好という可能性もあるわけだし……。

 

「おや?あの子の晴れ着に興味がおありですか?」


 そんな俺の気持ちを見抜いたのか、兄狐がニンマリと笑う。そして、それを聞いた銀華さん達が再び騒ぎ始める。

 

「ちょっとヒロ君、あの子って……!?。それに晴れ着を見たいって、どういうことさ!」

「そーっすよセンセー!そもそも、この人とセンセーはどういう関係っすか!」

「い、いや、違いますって。この人は……」


 どうやら二人とも、兄狐を女性だと勘違いしているようだ。銀華さんには以前に話をしているとはいえ、目の前で見ても男だとはわからないのだろう。それほどまでに、兄狐は妖艶な色香を漂わせていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。緋色さん、もしかしてこの方……」

「ん?ちょっと待ちな。アンタ、もしかして……」


 だが、弘美ちゃんとリルさんが何かに気付いたようだ。弘美ちゃんは事前に知っていたからからこそだた思うが、リルさんはやはり、女性ならではの視点があるのだろう。


「ホホホ、心配しなくても取りはいたしませんよ。もっとも、緋色殿にそういうご趣味があれば、私とてやぶさかではありませんけれど。ホホホホ」

「い、いや、それはないですから……」


 さりげなく妙なことを言って、兄狐は笑う。そんな俺達を、弘美ちゃんがギラギラした目で見ているのが、少しばかり気になるのだが……。

 

「失礼いたしました。(わたくし)が知っているといっても、一方的なものでしたね。あなた方を見ていると、あの賑やかな輪の中に私達も入っていると、ついつい勘違いしてしまいます」

「ん?どういうことだい」


 銀華さんが訝しがるのも無理はないだろう。まさか自分達の普段の生活が、御使いの神通力で見られているとは夢にも思っていないだろうし。

 

「ホホホ。まあ、細かいことはお気になさらずに。申し遅れましたが、私はこの稲荷神社の御使いをしております狐の兄妹の、兄にございます」


 兄狐は全員を見渡すと、深々と頭を下げた。

 

 

 

「はぁ~……。しかし、ホントに男の子……なんだよね?いやぁ、僕には女の子にしか見えないよ」

「なに言ってんだい。良く見りゃ微妙な体つきとか、声の感じでわかんだろ?確かに、パッと見じゃわかんないけどさ」

「はわっ……。全然わからなかったです……」

「ヤバ……、アタシ色気で男に負けてるっす……」

「ホホホ、皆様の言葉は、褒め言葉と取らせていただきますね」


 兄狐のインパクトがあまりに強かったためか、先ほどまで険悪だった銀華さん達とリサリサさんの間の空気は、すっかりと変わっていた。

 もちろん、狙ってここへ急いだわけではないのだが、結果としては正解だったのだろう。

 

「うふふ……。男の娘……。ふふ、ステキ……」


 ただ一人、涎を垂らさんばかりに恍惚の表情で兄狐を見つめる、弘美ちゃんを除いては……。

 

「ひ、弘美ちゃん、ホラ、あまり見てはお兄さんに失礼ですよ」

「はっ!す、すみません。私ったら……」

「ホホホ、構いませんよ。それよりも……」


 兄狐は、じっと弘美ちゃんを見つめる。

 

「貴女は、葉介殿のことをお聞きになりたいのですね?」

「へっ!?な、なんでそれを……」

「ホホホ、言ったでしょう。私は以前からあなた方を見ていたと。これでも、数百年この神社を守ってきた御使いですからね。ただ、残念ながら私にはそれほど葉介殿について語れることはありませんよ。貴女が以前に、楓殿から聞いた以上のことはね」

「そうですか……」

「ホホホ、でも……」


 残念そうな弘美ちゃんを見て、兄狐は意味深に笑う。

 

「妹ならば、詳しいことが語れるかもしれませんけれどね」

「妹さん……、ですか?」

「ええ、なにしろあの子は、しょっちゅう葉介殿の屋敷にも遊びに行っておりましたし、なにせ告白……ぐうっ!」


 突然乾いた音がし、それと同時に妙な声を発したかと思うと、兄狐は頭を押さえてうずくまった。よく見れば、すぐそばに小さな雪駄が落ちている。

 それを見て、俺は何が起きたか悟る。

 

「本人もいないのに、あまり人の秘密を喋らないほうがいいと思いますよ。今度は何が飛んでくるかわかりませんしね」

「ホホホ、確かにそうですね。ここにいる皆さん方も、あまり喋られてはよろしくないこともおありでしょうし。特に、緋色殿に対しては……ね」


 そう言うと、兄狐は意味深に笑う。


「ヒロ君に?さっきから気になってるんだが、まるで以前から僕達のことを知ってるみたいだけど、どういうことだい?」

「ああ、ええとですね。実は……」


 俺は、狐の神通力のことを話す。もちろん、町の人々を守るためで、決して悪用しているのではないことを。いや、多分……だが。

 

「ホホホ。ですので、私は何でも知っているのですよ」


 兄狐は、くるりとリサリサさんのほうを向く。

 

「あの学び舎で、緋色殿と何が起きたのかも……」

「え!?」


 驚くリサリサさんを気にもせず、今度は弘美ちゃんへと向き直る。

 

「緋色殿が尋ねてきた後の、貴女とお母様の会話も……」

「うぇ?」


 そして次に、リルさんと狗巫女ちゃんの方を振り向く。

 

「この子を思う、貴女の優しい気持ち……。でも、本当の貴女の心は……」

「ちょっ……!」

「はわっ!?」

「そして……」


 最後に、ゆっくりと銀華さんの方へと向き直る。

 

「貴女……、いえ、ここにいる、皆の気持ちもね」

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