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「どうだい、いたかい?」
「いえ、どの店で聞いても、それらしい人や怪を見たって人はいませんでした。でも、本当にこの近くにいるんでしょうか?」
「さてね。ただ、この子を見つけたのは商店街のはずれなんだろ?だったら、まずはここを重点的に探すしかないさ。それに、このタイミングで現れた、その毛むくじゃらの生き物ってのも気になるしね」
「確かに、そっちもありますけど……。この子と何か関係があるんでしょうか」
「さあね。それよりも、空狐の妖力でちゃっちゃと見つけられないのかい?」
「無理だ。妖気を発散しているわけでもないし、小物であれば我では気付かん」
「ハッ、大物過ぎるってのも不便なもんだね。たいして役にも立たずか」
「なに!?」
「お、おい、落ち着けクーコ」
あれから俺とリルさんは、雪女の子供を連れて商店街へと来ていた。
出発にあたっては、捜索にあたる者2名と、猫猫飯店に連絡係として残る者1名に分かれることで話はついた。
だが、ここで問題が起こった。
元々じっと待っていられる性格ではない銀華さんは、自分が捜索に行くと主張した。しかし、よほどなつかれたのか、女の子はしっかりとリルさんにしがみついて離れないし、無理に離そうとすれば泣きそうになる。
この時点でリルさんが捜索に行くことは決定的となったのだが、問題はそうすると、銀華さんとリルさんのコンビで行動しなければならないということだった。
葛藤の末、結局銀華さんは外に出ることを諦め、連絡係を選択したというわけである。
一方で、しがみつかれたままのリルさんは着替えもできず、こぼれたミルクも軽く拭いただけで染みになっている。掴まれて引っ張られ続けた服にいたっては、所々伸び切っていた。
だが、普段はお洒落なリルさんが、子供を前にそんなことは微塵も気にする様子はなかった。
「う~……?」
女性二人の言い争いで少しばかり悪くなりかけた空気を救ったのは、リルさんに抱っこされている雪女の子供だった。
俺の胸元から聞こえてくる声が不思議だったのだろう。必死にこちらに手を伸ばすと、俺を掴もうとする。
「こらこら、暴れるんじゃないよ。落っこちたら怪我するよ」
そう言ってリルさんは、女の子を抱っこし直す。その母親のような姿を見て、俺は成田警部の言葉を理解した。
「なるほどな、そういうことか。確かにうってつけだ……」
口では子供などと言いながらも、確かに面倒見が良いうえに、幼い子供の扱いに慣れているリルさんならば、安心して任せられるとわかっていたのだろう。。
ということは、成田警部はリルさんの生い立ちも性格も、とっくに知っていたということか。普段あんな態度をしていても、人を見る目はなかなか底の知れない人だ。
「なんだい?そのうってつけってのは」
「ああ、何でもありませんよ。強いて言うなら、リルさんって、お母さんみたいだなって」
「ハッ、なんだいそりゃ?アタシはまだそんなババアじゃないよ」
「い、いや、そんな意味じゃなくてですね……」
「フン。アンタのせいで、アタシがババア呼ばわりされてるじゃないか。どうしてくれるんだい?」
言いながらリルさんは、女の子のほっぺをプニプニとつねっている。もちろん本気でやっているわけではなく、女の子もくすぐったいのか、キャッキャと笑っている。
だが、俺はリルさんの表情が少しばかり赤くなっているのに気付いた。きっと、彼女なりに褒め言葉だと気付き、照れくさかったのだろう。
しかし、そんなほのぼのとした空気の中で、突如として事件は起きた。
ほっぺをつねられていた女の子は反撃を試みたのか、くすぐったそうに身をよじらせながらリルさんの胸元を掴むと、思いっきり服を引っ張ったのだ。
「こっ、こら!」
「ぶっ!!」
俺は思わず吹き出してしまった。なぜなら、女の子は服を掴むと同時に、リルさんの下着まで一緒に引っ張っていたのだ。
『バチン』という鈍い音とともに何かがはじけ飛ぶ音が聞こえ、この寒さに似つかわしくない、胸元の開いた服は大きく引っ張られてさらに広い空間が覗く。
それはつまり、下着の外れてしまったリルさんの胸元の中が、かなりの部分まで見えてしまったことを意味していた……。
「……、見たのかい?」
「い、いえ!そんな、みみみ、見てません!」
だが、おそらく真っ赤な顔をしているうえに、あからさまに挙動不審な俺の態度では、まったく説得力がないのだろう。リルさんは、明らかに疑いの眼差しでで俺を見ている。
「そ、その……。す、少しだけ……」
正直に言えば、俺の頭の中には桜の花びらが舞っていた。そして、その桜の花びらはリルさんの褐色の肌の上を、ひらひらと舞って一箇所に積もっているのだ。
つまり、どういうことかと言えば……。
まあ、ふっくらとした山の頂に咲く、淡い桜色が思いっきり見えてしまったわけである。
「す、すみません。で、でもちょっとだけですし、わざとじゃ……」
この期に及んで、俺は嘘を吐いてしまった。だが、正直に全部見えてしまいましたと言えば、リルさんだって気まずいだろう。
だが、リルさんはそんな俺の嘘に気付いているようだった。
「ハン。その様子じゃ随分なトコまで見えちまったようだね」
「うぇ!?い、いや……。す、すみません」
「まったくアンタは馬鹿正直というか、嘘が下手だね。ま、でも安心したよ。あんまり鈍いから、そっちに興味のない堅物かとも思ったけど……。一丁前に興味はあるようだね。フフ、なんなら狗巫女と付き合う前に、アタシが教えてやろうか?」
「なっ、なに言ってるんですか!?それにそもそも、狗巫女ちゃんは関係ないでしょう」
一瞬驚いたが、もちろん冗談だろう。
だが、その話は唐突に終わりを告げる。突如竹筒が震えたかと思うと、なぜかクーコが強烈な殺気を放ち出したのだ。
「ちょっと、じょ、冗談だよ」
「お、おい、クーコ……!?」
だが、その殺気が長続きすることはなかった。
「びやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺やリルさんでさえビビるその気配に、怪とはいえ幼い子供が耐えられるわけがない。女の子は、リルさんにしがみついたまま泣き出してしまった。
「ああ、すまないね。大丈夫だよ。怖くないからね」
「ご、ごめんね。大丈夫。姿は見えないけど、このお姉ちゃんは怖くないからね。ほらクーコ!お前も謝るんだ」
「ぐっ……。す、すまぬ……」
まさに、泣く子と地頭には勝てぬ。クーコでさえも、しぶしぶ女の子に謝ることとなったのだが……。
「緋色っ!」
「はいっ!」
それは、二人がわずかな異変を感じるのとほぼ同時だった。
「ヴオォォォォォォッ!」
突如として俺達の前に、全身が白い毛に覆われた、大きな生き物が飛び出してきたのだ。
身の丈2メートルはあろうかという体に、全身はがっしりとしており、鋼のような体毛に覆われている。
それはまさに、商店街で聞いた『大っきなモジャモジャ』という言葉そのものだった。
女の子は驚いたのか、目をまん丸にして大男を見ると、ピタリと泣き止んだ。
「毛むくじゃらの大男!こいつが……」
「ああ、アンタの聞いた通りの生き物だね。けど、何だってこんなところに?」
「わかりません。ただ……、この敵意は決して友好的ではなさそうですね」
「ま、そうみたいだね。フン!いいさ。だったら返り討ちだよ」
リルさんが女の子を守るように抱きかかえる間に、俺は懐の呪符を掴み、相手の出方を伺う。
「私が食い殺してきましょうか?」
「ありがたいけど、お前は待機していてくれ。相手の力も目的もわからないし。それに……」
クーコの申し出は心強いが、さすがに街中でいきなりクーコを解き放つわけにもいかない。
だが、大男は強烈な敵意を放ちながらも、こちらに向かってくることはない。
なぜかはわからぬが、リルさんをじっと睨みつけたままだ。
「フン!あちらさんも、こっちの力や出方を伺ってるってわけかい」
「はい。おそらくはそうだと思いますが……。ん?」
だが、そこで俺は妙なことに気がついた。大男の顔は確かにリルさんに向いているのだが、その目線は少し下……、リルさんの胸元に向いているのだった。
そういえば、先ほど引っ張られて外れてしまったせいで、リルさんは下着を着けていない。つまりは……、ノーブラ状態だ。
まさかとは思うが、こいつはリルさんの胸を凝視しているんじゃ……。
そう思った時、大男の口から唸るような言葉が漏れた。
「コドモ……、コドモ……」
その時になって俺は気付く。こいつはリルさんを見ていたんじゃない、女の子を見ていたんだと。
そして、商店街で聞いた話を思い出す。最初にこの怪に遭遇したのも、子供だった。
「つまり、何をするつもりかは知らないが、こいつの目的はこの子ってことだね。襲うつもりか食うつもりか、はたまた単なる変態ロリコン野郎か……」
「わかりません。でも、この子を渡していい相手じゃなさそうですね」
「ハッ!つまりは世間の敵……。アタシらの出番ってことかい。ま、タダ働きにはなるけど、子供に害成す怪異となりゃあ、ほっとくわけにもいかないね」
「あれ?子供なんて好きじゃないって言ってませんでした?」
「う、うるさいね!とっとと片付けるよ」
「わかりました」
「さて、アンタは危ないから下がっておいで」
リルさんはしがみつく女の子を地面に下ろすと、身を引くして臨戦態勢を取る。場合によっては狼の姿に変わるつもりだろう。
一方の大男も、リルさんの背後の女の子を気にかけながらも、敵意をむき出しにしている。
だが、リルさんが怪に飛びかかろうとした時だった。
「ちょっとあんた!何してはんの!!」
突如として聞こえた叫び声に、大男の動きがピタリと止まる。そしてその声と同時に、女の子は大男に向かい、トテトテと走り出したのだ。
「馬鹿っ!戻っておいで!」
リルさんの叫びにも構わず、女の子は怪に向かい進んで行く。そして、リルさんが慌てて駆け寄ろうとした時だった。
「ぱぱ~」
「「は!?」」
女の子の口から、意外な言葉が飛び出したのだった。




