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「なるほどね……。事情はわかったよ。もちろん僕はヒロ君を信じてたけどね。あはははは」
「信用してもらえたようで、何よりですよ……」
銀華さんは笑うが、あきらかに先ほどまでは、疑いの眼差しで俺を見ていた。
その眼差しは、別れ際に肉屋の店主が俺を見ていた目とそっくりだった……。
「いや、でもこんな可愛い子と一緒に暮らしてるのに、ここまで紳士的なんてのは少しおかしいんじゃ……。まさかとは思うけど、やっぱりヒロ君はロリ……」
よく聞こえないが、銀華さんは何事か小声でブツブツとつぶやいている。
とりあえずの疑いは晴れたが、なぜ俺が幼女誘拐犯の疑惑をかけられることになったかといえば、商店街を抜けた先で、上着の裾を引っ張られたことが始まりだった。
「ん?」
裾を引かれる感触に振り向いてみるが、そこには誰もいない。
「緋色様、下です」
「え?」
クーコの言葉に下を見れば、まだ3つ4つばかりだろうか。一見すると銀華さんのような銀髪にも見えるが、良く見れば真っ白な髪をした女の子が立っていた。
「お、お嬢ちゃん、どうしたのかな?何か用かい?」
俺はしゃがみこんで声をかける。だが、女の子は黙ったまま俺の上着の裾を握り続けている。それに、この寒空の下だというのに、薄手の長袖シャツとスカートだけという随分と寒そうな格好だ。
「ええと、お父さんかお母さんはどこにいるのかな?」
だが、女の子は何も答えず、俺の足にギュッとしがみついてくる。
「ひょっとして、商店街に買い物に来てはぐれちゃったのか。仕方ない、一旦戻って親を探すか」
「かしこまりました」
「ほら、歩けないから少し離してくれるかい?今から一緒に、お父さんとお母さんを探しに行こう」
俺はしがみついていた女の子をなんとか離すと、その手を引いて商店街へと戻って行った。
「そうですか……」
「ああ、商店街の連中にも連絡網を回してみたけど、それらしい親子を見かけたなんて奴はいないみたいだよ」
俺は肉屋の店主に頼み商店街中に情報を知らせると同時に、親も探しているだろうと思って女の子を連れて歩いた。
だが、それらしい人物は見当たらなかったのだ。
「どうする緋色君。うちから警察へ連絡してやろうか?」
「はい、それが一番いいんでしょうけど……。ただ、少しばかり気になることがあるんです」
「なんだいそりゃ?」
「俺の感なんで、ハッキリとは言い切れませんけど……。とりあえずこの子は猫猫飯店に連れて行きますので、もしも親御さんが現れたら連絡をください」
「そりゃあ構わないけど……。でも、大丈夫なのかい?」
「え?何がですか?」
「い、いや、その……。銀華ちゃんにもフェンリルちゃんにも手を出さないってことは、まさかとは思うけど緋色君、その……、幼女趣味が……。さ、さすがにそれはホントの犯罪だからね!」
「なっ!ば、馬鹿言わないでくださいよ!一度帰って、銀華さんに相談したいんですよ!」
「あ……、そ、そうだよね。いや~、緋色君に限ってそんなことはね。じゃ、じゃあ、何かあれば連絡するから。あはははははは」
だが、わざとらしく空笑いをしながら俺を見送る店主の目は、言葉とは反対にまったく笑っていなかった……。
「まったく、何考えてんだ?あのおやじさんは」
「しかし、よろしいのですか緋色様?」
「ん?何がだ?」
「あの者の言うとおり、警察へ任せるのが一番早いでしょう」
「確かにな。でも、お前も気付いているだろう?この子が人間じゃないって」
「はい。確かに」
「表向きは皆平等になったとはいえ、まだまだ怪異に対して正しく接することのできる人間は少ない。悪いモノじゃなさそうだし、とりあえずは俺達が親を探してあげたほうがいいだろう。それに……」
俺は歩き疲れたのか、抱っこされたままウトウトしている女の子を見る。眠りに落ちそうになりながらも、その小さな手は俺の服をギュッと握り締めていた。
「この状態の子を放っていくのも、気が引けるだろ?まあ、あらぬ疑いをかけられる可能性はあるけど……」
「私は、緋色様の仰せのとおりにいたします」
そして俺達は、女の子を抱えて猫猫飯店へと向かったのだった。
「キャハハハハハハハ!」
「やったな!この~、待て~」
リビングからは、賑やかな声とバタバタと走り回る音が聞こえてくる。
案の定、銀華さんに任せておくのは正解だったようで、うまいこと遊んでくれている。もっとも、銀華さんは遊んであげているというより、同じレベルで遊んでいるだけの気もしないではないが……。
とはいえ、いつまでもここで遊んでいるわけにもいかない。考えた末、俺は電話を手に取った。
「なるほどな、怪の子供か」
「ええ。さすがに一般事件を担当する警察では、対応は難しいでしょう。かといって、この程度のことで成田警部のところは動けないでしょうし」
考えた末に、俺は警察関係者であると同時に、同じくらいの歳の子供の親ということで、成田警部に連絡をしたのだった。
「まあなあ。しかし、親と離れ離れか……。ううっ……。なんて可哀想な……」
「ちょっと、成田警部?泣いてるんですか!?」
なぜか電話口の成田警部警部は、涙声になっている。
「だってよ、そんな幼い子が親と離れ離れになって……。これがもし凛子だったらと思うと……。ううっ、凛子……」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください。凛子ちゃんの話じゃないんですから。とりあえず親を探す前に、小さな子の面倒を見るアドバイスが欲しいんですよ」
「あ、ああ、そうだな。それよりも、そういうことならうってつけの奴がすぐそばにいるだろ?」
「え?」
その時、ドアがノックされる音に気付いた。
「あ、お客さんみたいです。で、そのうってつけの人ってのは?」
「ちょっと考えりゃあ、すぐにわかるだろ?じゃあな」
「あ、ちょっと!」
だが、すでに電話は切られていた。
「なんだってんだよ」
仕方なしに俺は玄関へと向かい、ドアを開ける。
「いったいどうしたんだい?外まで大騒ぎしてる声が聞こえてるんだけど」
そこに立っていたのは、リルさんだった。
「なるほどねぇ。ま、安易に人間に引き渡さなかったのは正解かもね。信用してないわけじゃないけど、怪のうえに子供だろ。人間には荷が重いんじゃないかい」
「はい。それにしても……」
俺は、ソファに座り紅茶を飲むリルさんを見る。前回の教訓を生かして、リルさんのプライドを損なわぬよう、紅茶にはあらかじめ砂糖をたっぷり入れている。
「今日はいったいどうしたんですか?ここに来るのに狗巫女ちゃんが一緒じゃないなんて、珍しいですね」
「ああ、今日はクリスマスイブだろ?緋色を誘ってどっか行けって言ってんのに、恥ずかしがって動かないんだよ。業を煮やしてアタシが呼びに来ってワケさ」
「はあ?そりゃあ、仕事もないし暇ですけど。しかし……」
俺は、天井に目を向ける。二階からは相変わらずドタバタとした音と、はしゃぎ声が聞こえてくる。
俺とリルさんがいるのは、猫猫飯店のオフィスである。さすがに二階のリビングでは話ができる状況ではなかったため、こちらへ移動したのだ。
「ま、確かにね。今はそれどころじゃないか」
リルさんは、諦めたように紅茶を飲み干す。
「それより……、今日は弘美は来てないのかい?」
「え?弘美ちゃんですか。ええ、来てませんけど、何か用事でしたか?」
「い、いや。何でもないさ」
なぜかリルさんは、何かをごまかすように慌てて否定する。
「それより、あの馬鹿に任せっきりで大丈夫なのかい?」
「銀華さんは子供の扱いがうまいですから。まあ、同じレベルで遊んでるだけの気もしますけど……」
その時俺は、二階が静かになっていることに気が付いた。それと同時に、勢いよくドアが開かれる。そして、女の子を抱えた銀華さんが駆け込んできた。
「ヒッ、ヒロ君!大変なんだよ……、って、リル!?何しに来たのさ!」
「ハッ!アンタにゃ関係ないだろ」
「フン、おおかた弘美がお饅頭持って遊びに来てないか、様子を見に来たんじゃないのかい?」
「ばっ……、馬鹿なこと言うんじゃないよ!そ、そんな図々しいことするわけないだろ」
真っ赤になって否定するリルさんだったが、どうやら図星だったようだ。もちろん狗巫女ちゃんの用事が本命なのだろうが、あわよくばという気持ちもあったのだろう。
「フン、どうだか……。って、それどころじゃないんだよ!この子が急に元気がなくなっちゃって……」
「え!?」
見れば、女の子は銀華さんに抱っこされながらも、ぐったりとしている。
「ど、どうしよう!?きゅ、救急車を……!」
「ちょっと落ち着きな!子供が熱を出すなんてよくあることさ。とりあえず銀華は毛布を持っといで。緋色、アンタは温めたたミルクを。熱すぎないように、ぬるめにするんだよ」
言うが早いか、リルさんは銀華さんから女の子を奪い取り抱きかかえると、額に手を当てる。
「確かに、少し熱があるようだね。とりあえずは暖かくして水分を取らせるよ。ホラ、何してんだい!二人ともさっさと動きな」
「「はっ、はい!」」
リルさんの指示に、俺達は慌てて行動を開始したのだった。
「大丈夫だよ。きっと遊び疲れたんだよ。少しすれば熱なんか下がるからね。ほぉら、ミルクがきたよ。少し飲んで暖かくして、汗をかけば良くなるからね」
ミルクを持って戻ってきた俺が見たものは、優し気な顔で微笑みながら、女の子をあやすリルさんだった。
その表情は、普段のリルさんが見せる勝気なものではない、母親のような優しげなものだった。
周りでは、銀華さんが何をしたらいいのかわからずに、所在無さげにウロウロとしている。
「何してんだい。早く持ってきな」
「あ……、すみません」
普段と違うリルさんの表情に見とれていた俺は、慌てて近付く。
「あの、随分と子供の扱いに慣れてるんですね。子供好きなんですか?」
「ああ、これかい?別に子供なんざ好きじゃないさ。まあ……、アタシには弟や妹が多かったからね」
その言葉に、俺は以前に狗巫女ちゃんから聞いたことを思い出す。
二人は、親のいない、もしくは親から見捨てられた怪達が暮らす施設で育ったのだという。その中でもリルさんは比較的年長だったこともあり、施設では姉的な存在だったようだ。
もっとも、リルさんの性格から、年齢の上下はあまり関係なかったようだが。
「そんなことより、早くミルクを」
「あ、すみません」
リルさんはカップを受け取ると、温度を確認したあと、ゆっくりと女の子の口元に近付ける。
女の子はぼうっとした表情ながら、喉が渇いていたのだろう。すぐにカップに口をつけて飲み始めた。
「やぁぁ!あちゅい!」
だが、女の子はミルクに口を付けた瞬間、泣き叫んでカップを振り払った。そのひょうしに、温められたミルクがこぼれ、リルさんの服にかかる。
「リルさんっ!」
「騒ぐんじゃないよ。こんなぬるさじゃ火傷もしないさ」
「で、でも……」
リルさんは服にかかったミルクを気にすることもなく、女の子をあやしている。
「よしよし、大丈夫だからね。しかし、そんな熱いはずないんだけどね。それに、この子の体温……。もしかして……。緋色、ミルクはまだあるかい?」
「え?ああ、それならまだ残ってますけど……」
「それじゃあ、冷たいミルクを持ってきておくれ。それと、この部屋の暖房も切るんだ」
「え?そんなことをしたら体が冷えて……」
「いいんだよ。早くしな」
リルさんの言葉に、俺は急いで冷たいミルクを入れ直し持ってくる。その頃には女の子をくるんでいた毛布は取られ、窓が開けられて冷たい外気が部屋の中に侵入していた。
リルさんの横では、銀華さんがガタガタと震えている。
だが、俺は気付いた。心なしか女の子の様子が元気そうになっているのを。
「リルさん、ミルクです」
俺からカップを受け取ったリルさんは、先ほどと同じように女の子の口元にカップを近づける。すると……。
「飲んだ!?」
先ほどはあんなに嫌がっていたのに、今度はリルさんからカップを奪うように受け取ると、両手で抱えてゴクゴクと飲み始めたのだ。気付けば、顔色も出会った時のものに戻っている。
「どういうことだいリル?それに、こんなに部屋を寒くして……」
銀華さんの疑問を受けて、俺は気付いた。
「リルさん、この子もしかして……」
「ああ、この子はまだ小さいけど、れっきとした雪女だよ」




