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「うう……、寒っ。さすがにもう少し、厚い上着にしたほうが良さそうだな」


 その日俺は、買い物のため商店街に来ていた。

 この前までは比較的暖かかったとはいえ、既に12月の下旬だ。さすがに冷え込んでくるのも当たり前だろう。

 とはいえ、ずっと山で暮らしてきた身だ。どちらかといえば、寒さには慣れている。

 もっとも、やせ我慢をしても意味はないし、今までの給料はそれなりに貯まっている。そろそろ新しい服を買っても良い頃だろう。

 俺は買い物袋をぶら下げたまま、少しばかり商店街を歩き回る。

 

「へぇ~。結構値下げしてるんだな」


 いくつかの店を通りから覗いてみれば、もうすでに売れる時期は過ぎているのだろう。店先に並ぶ冬物の多くには、『SALE』の値札が貼られている。

 別にお洒落に気を使うわけではないし、流行から遅れていようが気にするわけでもない。むしろもう少し待てば、もっと安くなるのではないか?

 そんなことを考えていた時だった。

 

「おっ、緋色君じゃないか。そんな所に突っ立ってどうしたんだい?はは~ん。さては……」


 俺を呼ぶ声に振り向いてみれば、少し先の肉屋から店主が顔を覗かせていた。


「うんうん、なるほどね、そういうことか。なんたって今日は、若者には大事な日だからね」


 店主は丸い顔をニヤニヤとさせ、何か一人で納得している。

 

「何ですか?何が『なるほど』なんですか」

「またまた~、とぼけちゃって。今日が何の日かわかってるんでしょ?」

「何の日かって……。そりゃあ、この商店街中の飾り付けを見れば、嫌でもわかりますけど……」


 今日が何の日なのか……。それは、通りを歩いていればすぐにわかった。看板や店先にはカラフルな飾り付けがされ、所々の店では電飾が仕込まれている。

 今はまだ点灯していないが、夜になればきっと綺麗に光輝くだろう。

 さらには、途中にあった洋菓子店では、大々的にケーキの販売がされていたし、様々な店で便乗セールを実施しているようだ。

 それに何より、目の前の店主の姿を見れば一目瞭然である。紅白を基調とした、モコモコとした上着に、ぴょんと尖った三角帽。その三角の先端には、白いぼんぼりがちょこんとくっ付いている。

 そして店先には、普段と違い鶏肉が大々的に並べられている。

 

「しかし、似合ってますね」


 子供の頃よりクリスマスやサンタクロースには縁がなかったが、それでも最近はテレビをつければ否応なしに目に入ってくる。

 丸々と太っていることもあり、店主の姿はあつらえたように、サンタクロースにピッタリだった。

 これで白い付け髭でもすれば、じゅうぶん貫禄あるサンタクロースが出来上がるだろう。

 

「おいおい、よしておくれよ。まだまだ俺はそんな歳じゃあないよ」


 そうは言いながらも、褒められてまんざらでもなさそうである。

 

「そうそう、それよりもアレかい?ずいぶん熱心に服を見てたようだけど、ひょっとして……」


 言いながらも、店主はいっそうニヤニヤと笑う。


「何がひょっとしてなんですか」

「いや、だからね。銀華ちゃんへのプレゼントを買いに来たんだろう?」

「いえ、違いますけど」

「え!?だって今日はクリスマスイブだよ?ああ、そっか。銀華ちゃんへのプレゼントはもう買ってあるのか」

「いえ、特には」

「な!?」


 俺の言葉に、なぜだか店主は心底驚いたようだった。

 

「い、いや、緋色君。いくら一緒に暮らしてて距離が近いからって、そりゃあまずいだろう。あ……、ま、まさか本命は満月庵のお嬢さんじゃ……」

「ちょっと、何言ってるんですか?別に弘美ちゃんにもプレゼントは買ってませんけど」

「なっ!ば、馬鹿な……」


 店主は大仰に驚き、片手で顔を覆い身をのけぞらせている。それはまるで、銀華さんがよく見ている、昔のドラマの悪役のようだった。

 

「じゃ、じゃあ、アレかい?まさか、フェンリルちゃんに……」

「いやいや、リルさんにも買ってませんよ」

「じゃあ、いったい……。ま、まさか狗巫女ちゃんに……。い、いや、確かに緋色君とはそれほど歳は離れていないとはいえ、今はマズイよ。さすがに14歳に手を出したら犯罪だよ!?」

「そっ、そんなことするわけないでしょ!いったい何考えてんですか。そもそも俺は、誰にもプレゼントなんて買ってませんよ」

「……。緋色君さぁ……」


 店主は、なぜか一転して哀れむような目で見俺を見てきた。

 

「いいかい?女ってのはね、いつもこっちが気をきかしてなきゃあ、離れていっちまうもんなんだよ。誕生日とかクリスマスなんかは、あげたくなくてもちゃんとプレゼントを買わなきゃいけないもんなんだよ。俺だって毎年……。はぁ、うちのカミさんにやるくらいなら、フェンリルちゃんにプレゼントでも買ってあげたいんだけどなぁ……」


 店主の口からは、何やら聞いてはいけない本音が漏れ出ている。

 

「ちょっと、そんなこと言っていいんですか?おかみさんが聞いたら怒りますよ」

「いや、構やしないよ。だいたい、うちのカミさんときたら……」

「アタシがどうかしたのかい?」


 すると、計ったように店の奥からおかみさんが出てきた。不意に声をかけられた店主は、ビクリと身を震わせると、上ずった声を出した。

 

「い、いやぁ、カミサン……、いや、カミサマのことをね。緋色君がクリスマスのことををよく知らないっていうから、本来は宗教の偉い人、まあ、神様のような人の誕生日を祝うもんだって教えてたんだよ。いやぁ~、最近の若い子は、カップルでデートする日だと思ってるからね。あはははは……」

「あら、いいじゃないかい。女ってのは特別な日に大事にしてもらえるのは、嬉しいもんなんだから。で?もう銀華ちゃんにプレゼントは買っ……」

「あ!ああ~、そうだ。緋色君、チキン買ってかないかい!?クリスマスだし、特別セールの実施中だよ!」


 店主は慌てておかみさんの言葉を遮る。気を使ってくれたのはわかるが、少しばかり釈然としないのだが……。

 だが、せっかくなのでここはのっておくことにしよう。

 

「いいですね。銀華さんもチキンは好きですし。とは言っても、骨付きは面倒くさがって食べないからなぁ。じゃあそこのから揚げと、ちょっと奮発して、そこのスモークチキンももらいましょうか」

「へいよ。まいどありぃ。せっかくのクリスマスだし、から揚げをもう1個サービスだ」

「え?いいんですか」

「いいってことよ。そのかわり、またこの前みたいな妙な事件が起きた時は、よろしく頼むよ」

「それは構いませんけど……。でも、リルさんとこにも頼むんですよね?

「う……、ま、まあそれはそれってことで……。あははは……」

「まったくアンタは、調子のいいことばっかり言ってるんじゃないよ。ああ!そうそう、妙なことって言えば、今朝方のことなんだけどね……」




「しかし……。どう思う、クーコ」

「どうもこうも、あの話だけでは何ともわかりません。それに、年端もゆかぬ幼子の話なのでしょう?見間違いや、思い込みということもあるかもしれません」

「うーん。そうなんだけど……」


 結局、必要な物だけの買い物を済ませた帰り道、俺はおかみさんから聞いた話を思い返していた。話によれば、それは今朝早くのことだったという。

 まだ商店街のシャッターも多くは開いていない頃、とある親子が近くの公園へ散歩に行く途中だったという。

 子供にせがまれ出てきたはいいが、早朝ということもあり外は随分と寒い。母親は自動販売機で暖かい飲み物を買おうと立ち止まり、5歳になる息子にもそばを離れぬようにと声をかけた。

 だが、母子ともども勝手知ったる通り道である。少し先の角を曲がれば、すぐに目的地だ。息子は公園へと駆けて行き、母親もそれを横目で見ながらも、強い口調で止めることもなかった。 

 だが、子供の姿が見えなくなって少しした時にそれは起きた。突如として、子供の甲高い悲鳴が聞こえたのだ。

 悲鳴の聞こえた方角と声からして、自分の息子に間違いない。母親は自販機の取り出し口に落ちてきたミルクティーには目もくれず、悲鳴のほうへと走り出したのだった。

 

「幼子が突然、毛むくじゃらの大きな生き物に腕を掴まれ、顔を覗き込まれた。そういうことでしょう?」

「ああ」

「確かに、毛むくじゃらの生き物などと言われれば、怪の類を連想してもおかしくはありません。ですが、母親が駆けつけた時には誰もいなかったのでしょう?先ほども言ったように見たのは幼子です。少しばかり大きな犬を見て勘違いしたか、もしくは浮浪者にでも遭遇したの可能性もあるでは?」

「まあ、そうなんだけどな。もっとも、浮浪者や変質者だったんなら、それはそれで問題なんだけど……」

「そもそも、子供が言ったのは、『大きなモジャモジャ』だったというだけではないですか。男とも人間とも言っていないのを、母親が早合点しただけではないでしょうか。もちろん、怪の可能性はあるでしょうし、緋色様の考えを否定するわけではありませんが。いずれにせよ、悪しきモノの気配は感じられません」」


 悲鳴を聞き駆け付けた母親は、公園の前で泣きじゃくるわが子を見つけた。そして、いったい何があったのか問いただした。

 

『大っきなモジャモジャが……』

 

 要点を得ない説明ではあったが、事情を察した母親は慌てて開いている店へ駆け込み、110番通報を依頼したということだ。

 だが、警官が駆けつけた時には、毛むくじゃらの大男どころか、浮浪者や野良犬の姿すら見当たらなかったそうだ。

 そして商店街が活気付き始めるとともに、その話も瞬く間に広がっていったということだ。

 

「ただ、何となく気になるんだよなぁ……。ん?」


 その時俺は、上着の裾が何かに引っ張られるのを感じた。

 

「何だクーコ?そんなに引っ張るなよ」

「いえ、私ではありませんが」

「え?」


 振り向いた俺が、そこに見たものは……。

 

 

 

「たっ、ただいま……」


 俺は、恐る恐る自宅である猫猫飯店二階の扉を開ける。もちろん、いつもならそんなことはしないのだが、今日ばかりは抱えた『荷物』に問題があった。

 

「おかえりヒロ君。どうしたんだい?随分遅かったけ……ど……」

「あっ、あの、銀華さん。違うんですよ!これは、その……」


 案の定、銀華さんは俺の抱えた荷物を見て、唖然とした表情のまま立ち尽くしている。


「ヒ、ヒ、ヒロ君……?。ま、まさか、ゆ……、誘拐……」

「ちっ、違いますよ!違いますからね!!」


 銀華さんが疑うのも無理はない。なぜなら、俺の腕の中には真っ白い髪をした、3~4歳ばかりの幼女が抱えられていたのだから……。

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