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「さぁて、それじゃあアタシが犯人だっていう証拠を、しっかりと見せてもらおうじゃないか」
リルさんは、腕組みをしたまま足を組んでソファーにもたれかかり、眼光鋭く銀華さんを見据えている。
相変わらずピッタリと体にフィットした服と短いスカートで、ともすれば組んだ足の間から、下着が見えてしまいそうである。
いや、もちろんジッと見るような真似はしないが、少々目のやり場に困るのは事実だ。
「確かに、物的証拠はないだろうね」
「ハン!だったら……」
だが、リルさんの鋭い視線を受けてなお、銀華さんの余裕のある態度は変わらない。
これが逆の立場で、なおかつ疑われたのが弘美ちゃんであったのなら、おそらくやっていなくても、やったと自白してしまうだろう。
それほどにリルさんの視線と態度は、威圧感溢れるものだった。
俺は、世の中の冤罪というものがどうやって発生するのか、なんとなく理解できた気がした。
「だが、さっきも言ったとおり、状況証拠として犯人はキミしかいないのさ」
「ふざけんじゃないよ!そんな適当な理由が証拠になるわけないだろ!」
「考えてもごらんよ。まず、ヒロ君と弘美ちゃんは普通の人間だ。誰にも気付かれぬほどの早さで、お饅頭を取れるとは思えない。次に、クミちゃんだけど、犬神の姿ならともかく、この姿で素早くは動けないだろう。それに……」
「それに、なんだってのさ?」
「それに、クミちゃんがそんな早さで動いたとしたら、おっぱいが揺れて大変なことになっているはずだ。下手をしたら、テーブルの上の物に当たって、なぎ倒しているかもしれない。目の前であのおっぱいが揺れていれば、さすがに誰か気が付くだろう?」
「は、はわっ!?ぎ、銀華さん!」
「フン、まあ、一理あるかもね」
「リ、リルさんまで……」
いや、一理あるんかい!俺は思わずツッコミたくなるが、真っ赤になっている狗巫女ちゃんを見て、これ以上蒸し返すのはやめておく。
「その点、この中で最も素早く動けるのは、人狼のキミしかいないんだよ」
「ハッ!そんなお粗末な理由で、よく人を犯人呼ばわりできるもんだね。だいたいアタシは、そんなに甘いものは好きじゃないんだよ」
あれ?そういえば、さっきもリルさんの発言に、何か違和感を感じたような気がする。それが何か、俺は必死で考える。
そうだ、初めに満月庵の手提げ袋を見たときの表情と、今までの発言がつり合っていないのだ。
どうやら、銀華さんはリルさんの発言の矛盾に気付いているようだった。鬼の首でも取ったかのごとく得意げに、ニンマリと笑う。
「おや?妙だね。僕の知っている情報とは、少しばかり違うようだ。僕の知るかぎりでは、キミは随分と甘党で、辛いものや苦いものは実は苦手のはずなんだが」
「なっ……。そんなことあるわけないだろ」
「ほほう、そうかい。ならこの前、プリンの取り合いでクミちゃんと喧嘩になりそうになったのは、いったい何だったんだろうね。それに、この前は商店街の喫茶店で、3人前はあるスペシャルジャンボパフェを一人で完食したそうじゃないか」
「なっ、なんでそれを……?く、狗巫女!さてはアンタ……!」
「はわわっ。ごっ、ごめんなさい、つい……。そ、それより、お饅頭を……」
リルさんは、珍しく顔を真っ赤にして狼狽している。まあ、確かに大人っぽく見せたいリルさんが甘党では、少しばかり格好がつかないだろう。同時に俺の違和感の原因も解明されたとはいえ、さすがにそれだけで犯人と決め付けるのは無理がある。
それに、それ以外にも妙なことはある。
あの時俺は、確かに人数分の紅茶を入れて饅頭を並べたのだ。そしてそれは、その場にいた人数分だったことは間違いない。だが、それが妙に引っかかるのだ。
「ふふふ、馬脚を現したようだね。どうだい?状況証拠は全て犯人を物語っているのさ。でもいいんだよ。心優しい僕はキミを許そうじゃないか。さあ、全てを話してごらん。この事件はこれで終わりだよ。謝って、僕の胸の中で泣くがいいさ」
「ふっ、ふざけるんじゃないよ、この馬鹿猫!アタシがそんなことするわけないって何度も言ってるだろ!ああ、そうか。それともアンタが自分で頭の中に詰めたのを、忘れちまったわけかい。脳みその代わりに、たっぷりと詰めこんだ餡子のことをね。ま、そのおツムじゃ餡子も脳みそも変わらないか。それに、そんなペラッペラのどこが胸なんだい?いったいどこで泣けばいいのさ」
「なっ、なんだって!この……、年増の泥棒狼が!」
「ハッ、アタシを泥棒呼ばわりするとはいい度胸だ!後で吠え面かいて、泣いて謝ることになっても知らないよ」
「はっ、はわわわわ……。あ、あの、犯人……」
「ぎ、銀華さん……。フェンリルさんも落ち着いてください。お饅頭ならまた今度持ってきますから、ね?」」
「ちょ、ちょっと、二人ともやめてください。狗巫女ちゃんと弘美ちゃんもいるんですから。とにかく、冷静に話し合いましょうよ」
「そうじゃそうじゃ、饅頭ごときでみっともないぞ。儂の若い頃は、世の中はもっと貧しく、食うのにも一苦労じゃった。こんな旨いものを食えることに、もっと感謝せんか」
「うるさい!こっちはプライドがかかってるんだよ!」
今にもつかみ合いの喧嘩を始めそうな二人を前に、もはや止めることは無理なのかと諦めかける。
だが、自分の行動を思い返しても、おかしなところはない。
しかし、一つの可能性を思い付き、俺はそっと自分の胸元を見下ろす。途端に、胸元の竹筒が抗議の意を示すかのごとく震えた。
「す、すまん!そんなわけないよな」
俺は小声で謝る。幸いにも皆は二人の喧嘩に気を取られ、俺に注意を向けている者はいない。
だが、実際に饅頭が消えた以上、何かがあるはずだ。
俺は自分の行動を、一から振り返る。
まず、俺が紅茶を持ってきた時には、箱は開いていなかった。俺が飲み物を持ってきたのを見て、銀華さんが箱を開けたのだ。そしてその時には、確かに饅頭は5つあった。
次に、俺が五人分の紅茶を注ごうとした時に、銀華さんが席を立った。そこで俺は、銀華さんを除いた人数分の紅茶を入れ、饅頭を皿に載せて配ったのだ。
そこまでは間違いない。俺は確かに、銀華さんを除いた、その場にいた五人分の紅茶と饅頭を用意したのだ。
そういえば、そこでわずかにクーコの竹筒が震えた気がする。あれは何かを意味するものだったのだろうか。
だが、思い当たることはない。俺は確かに、その場にいた人数分しか用意していない。その場にいた五人分しか……。
「ん?」
俺は、あまりの違和感に思わず声を出してしまった。待てよ、五人?
リルさん、狗巫女ちゃん、弘美ちゃん、俺……。いや、銀華さんはいなかったはずなのに、なぜ五人?
そういえば、銀華さんが戻ってきた時、俺はどのカップに紅茶を注ごうとした?あれ?どういうことだ?
「あ、あの!」
だが、俺の思考は、突如発せられた狗巫女ちゃんの叫び声で中断された。
普段聞き慣れない狗巫女ちゃんの大声を聞いたせいか、銀華さん達の喧嘩も一時中断したようだ。
「ど、どうしたんだい狗巫女?」
「あ、あの。お、お饅頭を食べた人なんですけど……」
狗巫女ちゃんは、何やら言い辛そうにモジモジとしている。そして、それを見た皆の胸に、まさかという思いが沸き上がる。
「ま、まさか僕のお饅頭を食べたのは、ク、クミちゃ……」
「う、嘘だろ?アンタがそんなこと……」
「そ、その、お饅頭を食べたのは……」
だが、狗巫女ちゃんは疑惑を否定することもなく、言葉を続ける。
「こ、このお爺ちゃんじゃないでしょうか!?」
「「「「はい?」」」」
狗巫女ちゃんの突然の指摘に、全員の声が揃ってしまった。指さす先を見れば、いつからそこにいたのだろうか。まるで結婚式に出席するかのごとき紋付を着た、小柄なわりに、妙に大きな禿げ頭をしたお爺さんがちょこんと座っていた。
「そ、その、さっきから言おうとしてたんですけど、あの……」
そういえば、確かにさっきから狗巫女ちゃんは何かを言おうとしていた。だが、それらはことごとく、二人の喧嘩の前には意味を成さなかったのだ
「あ、あの、お爺さん。いったいいつからそこに?」
「何じゃ?儂は最初からおったぞい」
「え?」
そんな馬鹿な。少なくとも俺は全く気がつかなかった。いや、俺だけじゃなく、ポカンと口を開けている銀華さん、リルさん、弘美ちゃんもそうだろう。
その時になって俺は気付く。そうだ。銀華さんがいないんだから、紅茶を用意するのは四人分だったはずだ。それをなぜ、俺は五人分用意したのか。最初にカップを使い切ってしまったのだから、銀華さんの分のカップがわからなくても当然じゃないか。
つまり俺は、無意識のうちに、いるはずのないこのお爺さんの分も用意していたということだ。
だが、なぜ気付かなかったのか……。
そして俺は、不意にこの老人の正体に気付く。
「あなた、まさか……」
だが、俺の言葉より早く、リルさんが叫ぶ。
「アンタ、『ぬらりひょん』だね!」
ぬらりひょんとは、知らぬ間に他人の家に入り込み、なぜか誰にも気付かれることなく、好き勝手に飲み食いして去って行く妖怪である。
「じゃ、じゃあ、僕のお饅頭を食べたのは……」
「ほっほっほっ。いや~、あれは美味じゃった。そこの饅頭屋のお嬢さん。儂も随分長いこと生きてきたが、あのような旨い饅頭は初めて食べた。礼を言うぞ」
「あ、ありがとう……、ございます」
「うむ、小僧よ。ヌシの入れた茶も旨かったぞ」
「い、いえ、どういたしまして……」
「では、馳走になったし帰るとするか。ではの」
言うが早いか、ぬらりひょんは何事もなかったかのように、悠々とドアから出て行ってしまった……。
あっけに取られていた面々が正気に戻ったのは、数分後のことだった。すでにぬらりひょんの姿はどこにもないし、今から追いかけても間に合わぬだろう。
「あれが、ぬらりひょん……」
「ハッ、まさに噂通りの奴だね。完全にしてやられたよ」
「はわ~。でも、優しそうなお爺ちゃんでした……」
「けど、狗巫女ちゃんもよく気付いたね」
確かにそうだ。弘美ちゃんの言うとおり、なぜ狗巫女ちゃんだけが気付いたのだろうか。
「はわっ!あ、あの、その、実は……」
狗巫女ちゃんによれば、皆で饅頭を食べていた時、夢中で食べていた狗巫女ちゃんだけが、皆より少し先に食べ終わってしまったそうだ。
あまりの美味しさにもう少し食べたいと思ったが、さすがにそんな図々しいことは言い出せない。
仕方なく紅茶を飲んで誤魔化そうとしていた、そんな時だった。
「何じゃ?もうなくなってしまったのか。仕方ない。儂のを一口やろう」
そう言って、ぬらりひょんが自分の分の饅頭を少し分けてくれたというのだ。
「や、優しいお爺ちゃんだったし、そ、それに気付かなかったとはいえ、銀華さんのお饅頭を一口食べちゃったから、言い出せなくて……。ご、ごめんなさい」
「フン、そういうことかい。まあ狗巫女に免じて、今回は許してやるか」
「いや、それって元々、僕のお饅頭でしょ!?」
「おや?アンタがそんなこと言える立場かい?誰だっけね、犯人はアタシに間違いないって大見得切った奴は」
「うぐっ……、そ、それは……」
「やれやれ、俺もまだまだだな」
後ろでは銀華さん達が大騒ぎしているが、何事もなくてなによりだ。しかし、世の中は広い。噂には聞いていたが、まさかこんな手を使ってくる怪異がいるとは思いもしなかった。
もっとも、さすがにクーコは気付いていたようだ。思えば、あの紅茶を五人分入れようとした時に、彼女なりに知らせてくれようとしたのだろう。
「わ、わかったよ!リルには新しくできたコーヒーショップで、ケーキセットを奢るから!」
「おや?皆に迷惑かけといて、奢るのはアタシだけかい?」
「うっ……、ぐぐぐ……。わかったよ、全員奢ってあげるよ!」
「ぎ、銀華さん。私は別に……」
「はわっ!そ、そうです。せっかく割引券もあるんですから……」
「いいっていいって。たまにはコイツにも反省させないとね」
さて、女子会はもう少しかかりそうだ。その間に、お饅頭を食べそこなった銀華さんのために、何かお菓子でも作るとするか。
確かホットケーキの材料があったはずだし、和菓子の後の洋菓子なら、口直しで皆も食べられるだろう。
いつものごとく、賑やかな日常が過ぎて行く。気付けば、いつの間にか外はすっかり晴れていた。
~『新説!? まんじゅう怖い』編 完~




