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「やあ、クミちゃんに弘美もよく来てくれたね。でも……、リルを呼んだ覚えはないんだけど」
「うるさいね。こっちだって、別に好き好んでアンタんトコになんか来たわけじゃないよ」
「はわわっ……、ご、ごめんなさい銀華さん。私がどうしてもって誘って……」
「ちょ、ちょっと銀華さんにリルさんも。狗巫女ちゃんと弘美ちゃんもいるんですから」
相変わらずの二人を前にして、俺は慌ててフォローする。
「ほ、ほら、今日は弘美ちゃんが、せっかく新作のお饅頭を持ってきてくれたんですから。仲良く食べましょうよ」
「え!?新作?やったぁ!」
やれやれ、銀華さんが単純……、いや、素直な性格で助かった。新作饅頭と聞いて、リルさんの存在など忘れたかのように、すっかりご機嫌になっている。
「フン。アタシは饅頭なんてどうでもいいんだけど……。それよりこの子を紹介してくれるかい?最近緋色んトコによく出入りしてるのは見かけるけど、どんな関係なんだい?」
言うが早いか、リルさんは鋭い目つきで弘美ちゃんを睨む。その眼光は一瞬、空気が凍りついたかのような錯覚を起こす。
そして、なぜかその瞬間に銀華さんを除く女性陣の間で、火花が散ったように見えた。いや、そんなことがあるわけがない。きっと俺の気のせいだろう。
「あ、あの……。わ、私は……」
その視線に、弘美ちゃんはたじろいだようだった。大人しい弘美ちゃんでは、初対面のリルさんの雰囲気に気圧されるのは無理もないと思う。
だが、俺は別の疑問を感じていた。
さっき見た、満月庵の饅頭と聞いて涎を垂らしそうな顔をしていたリルさんは、俺の気のせいだったのだろうか?
「リ、リルさんダメです。そんな脅かすような言い方をしたら……」
「でも、もしかしたらアンタのライバルに……。わかったよ、悪かったね」
相変わらず狗巫女ちゃんには弱いようで、リルさんは素直に謝る。まあ、元々さっぱりした性格で、弱い者いじめなんかは嫌うタイプだ。
「じゃあ、紅茶でも入れてきますから、ちょっと待っててくださいね」
俺はその場を取り繕うように、急いでキッチンへと向かったのだった。
「そりゃあもう、あの時の緋色さ……、じゃなくて、銀華さんはカッコ良かったんですから」
「ふふん。当たり前だろ。犯人の正体を見抜いた僕は、用意しておいた聖水と十字架で、迫り来る吸血鬼に立ち向かい、最後は奴を灰と化したのさ!」
「はわわっ!カッコいいです銀華さん」
「ほう、若いのに見事なもんじゃのう」
「フッ……。アンタが吸血鬼を退治したねぇ……。まあいいか。緋色と弘美の立場もあるし、そういうことにしといたげるよ」
「フ、フェンリルさん!?何を言って……。まさか、気付いて……」
「フフ、みっともないよリル。嫉妬かい?僕との実力差を認めたくないのはわかるけど、自分の才能の限界を知るのは悪いことじゃないさ」
「なんだって!調子に乗るんじゃないよ、この馬鹿猫。だいたい、昼間っから家にこもってゴロゴロと。どうせ仕事もないんだろうし、さっさと緋色をウチによこしな!」
「なっ、なにさ、この年増!それに昼間っから遊んでるのは、そっちも一緒じゃないか!」
「フッ、アタシ達は昨日までかかってた仕事を終えたばかりなんだよ。久しぶりにちょいと息抜きをしてるだけさ。ま、実力がありすぎて引っ張りだこってのも、辛いもんだねぇ」
「ぐ、ぐぬぅ~……」
「はわわ……。ふ、二人とも、け、喧嘩はダメです……」
俺が紅茶を入れてリビングに戻って来た時、そこでは賑やかな女子会が開かれていた。
まあ、何だかんだ年齢も近い者同士だし、打ち解けるのにさほどの時間はかからなかったのだろう。
それに、こういった時の銀華さんは、潤滑油として抜群の才能を誇る。
「え?狗巫女ちゃんも、あの作家さん好きなの?」
「は、はい。別に詳しいわけじゃないんですけど、本を読むのは好きで……」
「まあ、この子はあんまり外に遊びに行かない分、暇があれば本や漫画ばっかり読んでるからね。少しは外で遊んで来ればいいと思うんだけど……」
「でも、人には向き不向きがあるし、本人がいいと思うなら、悪いことじゃないと思いますよ」
「ふーん、そんなもんかねぇ。アタシは気晴らしに外に出たいタイプだけどね」
「楽しいと思うことは、人それぞれですしね。あ、そうだ。じゃあさ、この人知ってる?あんまり有名じゃないんだけど、最近注目してるんだ」
「あ……、その人の本、一度読んでみたかったんです。でも、値段も高いし、なかなか時間がなくて……」
「良かったら貸しあげるよ。返すのはいつでもいいから」
「え?いいんですか!」
「うむ。若いうちに書物に触れ、学ぶのは良いことじゃ。なかなか感心な女子達じゃのう」
特に、弘美ちゃんと狗巫女ちゃんは似たもの同士というべきなのか、話が合うようだった。好きな本の話で盛り上がっている。
加えて、弘美ちゃんが動物好きなのもあるのだろう。時おり狗巫女ちゃんの耳や尻尾を見つめては、触りたそうな表情をしている。
リルさんは、元々の面倒見の良い姉御気質に加え、狗巫女ちゃんが好意を持つ相手には甘くなることもあり、当初の張り詰めた空気は既に感じられない。
「皆さん、紅茶が入りましたよ。せっかく美味しいお饅頭の差し入れをいただいたんですから、いただきましょうか」
「待ってました。フフフ、この一番大きいのは僕のだからね」
銀華さんはあっという間に包み紙を剥がし、立派な桐箱に詰められた饅頭の中から、ひと際カラフルで大きな物を指差す。
「ちょっと銀華さん。お客さんが優先ですから……」
「い、いいんですよ。お邪魔してるのは私達ですから、まずは銀華さんが選んでください」
「そ、そうです。でも……。はわぁ~……、美味しそうです」
「フン、相変わらず意地汚い奴だね」
「なんだって!?」
「ま、まあまあ。せっかくの美味しそうなお饅頭なんだし、楽しくいただきましょうよ」
まあ、いつもの喧嘩するほど何とやらだとは思うが、放っておいて険悪なムードにでもなられてはたまらない。
俺は慌ててフォローすると、お皿とカップを並べ、保温ポットに入れた紅茶を注ごうとする。
「あっ!」
だが、それは銀華さんの短い叫び声で遮られる。
「ど、どうしたんですか銀華さん?」
「しまった!今からあのドラマの再放送が始まるんだった」
「なんだ、そんなことですか」
「そんなことじゃないよ!僕は毎週楽しみにしてたんだから。ちょっと録画予約してくるから、皆は先に食べててよ。あ、いいかいリル。いくら意地汚いからって、僕のお饅頭に手を出すんじゃないよ!」
「誰がそんなんことするかっての。いいからとっとと行きな」
銀華さんは疑わしそうな目でリルさんを見ながら、寝室へと向かって行った。
「やれやれ……。すみませんリルさん」
「別に緋色が謝ることじゃないさ。だいたい、あの馬鹿がガキみたいなのがいけないんだよ」
「はぁ、それについては何の言い訳もできませんが……」
「ぷっ……、ふふっ……。あ、ご、ごめんなさい」
そんな話をしていると、目の前で弘美ちゃんが笑い出した。
「どうしたんですか?」
「いえ、銀華さんとフェンリルさんって、すっごい仲が良いんだなって」
「はぁ!?アタシがあの馬鹿と?冗談じゃないよ!」
笑顔の弘美ちゃんの横では、なにげに狗巫女ちゃんもうなずいている。
「そ、そんなことより、さっさといただくよ!」
「はいはい。じゃあ紅茶を入れますね」
照れくさかったのか、叫ぶように言うリルさんの提案に乗り、俺は5人分の紅茶を注ぐ。
「ん?」
ただ、紅茶を注ぐ時にわずかに胸元の竹筒が揺れたのが、少しばかり気になったのだが……。
「はわぁ~。とってもおいしかったです」
「うん。上品な甘さだし、さすが老舗の名店だね。余裕がある時は買いに行こうかね」
「うむ、さすがの味じゃ。見事なものじゃのう」
「ありがとうございます。これならお店に出しても大丈夫そうですね。でも、銀華さん遅いですね。どうしたんでしょう」
「そうですね。ちょっと様子を見てきますよ」
確かに、弘美ちゃんの言うとおり、録画予約をしに行ったにしては随分と時間が経っている。もしや銀華さんのことだから、そのままドラマに見入ってしまっているのではないだろうか。
「やあ、お待たせ」
だが、俺が銀華さんの部屋に向かおうとしたとき、嬉々とした表情の銀華さんが顔を出した。
「随分遅かったですね。いったいどうしたんですか?」
「フフフ。良くぞ聞いてくれた。実は、皆が食べ終わるのを待っていたのさ」
「はぁ?」
銀華さんの言葉を受け、その場の全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「皆が食べ終わった後に、僕のお饅頭だけ残っている。そしてそれをいただく。ああ……、これぞ至福のひとときじゃないかい?」
「銀華さん……」
「まったく、子供かい……」
リルさんの悪態にも、さすがに今回ばかりはフォローのしようがない。だが、そんな言葉も今の銀華さんには気にならないらしく、嬉々としてソファーに座る。
「さあヒロ君、僕にも紅茶を。さぁ~て……」
「はいはい」
だが、俺は紅茶を注ごうとして違和感を感じる。あれ?そういえば銀華さんのカップはどれだっけ?
その時だった、少しばかり静かになったリビングに、叫び声がこだましたのは。
それは、悲痛な叫び声だった。まるで、この世の絶望、悲哀を全て飲み込んだかのごとくに。
「ぼっ、僕のお饅頭が……。なっ、無いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
そして、その叫び声こそが、今回の事件の幕開けだったのだ……。




