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「まったく、いったい何しに来たんだ?すみません銀華さん、父が早くからご迷惑をかけて」
「いいんだよ。僕も楽しかったし、まさかヒロ君のお父様に会えるなんて思ってなかったから。それに、優しそうないいお父様じゃないか。それより、送って行かなくてよかったのかい?」」
「いいんですよ。夜叉丸がついてますし。それに、あの親父に優しさなんてありませんよ」
銀華さんの言葉に、俺は幼少の頃を思い浮かべる。だが、俺の脳裏に浮かんでくるのは、いつだって正しく、厳しい父の姿だった。
もちろん、厳しく育てられたことを恨むつもりはないし、父のしてきたことは結果として正しかった。だが、子供には子供の世界のルールがあったのだ。
だから、あの時父に反発したのだ。『友達』が目の前で退治された時に……。
もちろん、今でこそ理解できるが、あのまま『友達』を放置しておけば、結果として人が死ぬ事態となったかもしれない。
だが、今までずっと遊んできた仲間だったのだ。殺さずに済む方法があったのではないかと、当時の俺はそう思っていた。
だからこそ俺は力を求め、クーコを従えた。もちろんそれとて、父の厳しい鍛錬があったからこそできたことだが。
理性ではない、感情論だとはわかっているが、今でもそれは心のどこかに引っかかっている。
そしてそれこそが、俺が御門を出た理由だ。
「ハハハ。金華さんみたいな優しいお母さんとは違って、父の興味のあるのは仕事だけですよ」
ごく普通に話したつもりだったのに、俺は自分の声の暗さに驚いた。それは、自分でもわかるほどに拗ねた響きで聞こえてきたのだ。
だが、そんな俺の子供のような発言にも、銀華さんは笑って言ったのだった。
「なんだ。だったらヒロ君のお父様は、やっぱり優しいってことじゃないか」
「え?」
「だって、お父様のヒロ君を見る目は、母様と同じくらい優しい目をしてたよ。そりゃあ、無理して威厳を保ってたけど、時おりヒロ君を見る目は、母様と同じ目をしてたもん。さっきヒロ君は言ったよね?僕の母様は優しいって」
「…………」
なぜか俺は、銀華さんの言葉に反論できなかった。猫猫飯店に来る前の俺なら、いくらでも言い返していただろう。
だが、ここに来てからの数々の経験や、人との出会いで、俺の中で何かが変わっていったのかもしれない。
そしてそれは、久しぶりに見た親父に対してもだった。
俺の中で親父は、もっと冷たく厳しい人間だったはずだ。だが、久しぶりに見た親父は、家出前に見たものとは、何かが違っているように見えたのだった。
銀華さんは、そんな俺の葛藤を悟ったのだろうか。
「ほら、思い当たることはいっぱいあるんじゃないかい?子供の頃の、お父様との思い出とかさ」
「子供の頃……」
言われて俺は、違和感を覚える。何だ?子供の頃の記憶は確かにある。だが、何かが抜け落ちている気がする。
そして、不意に何かが見える。それは白昼夢のような不思議な感覚で……。
何だ、あれは。石?封印?かあ……さま……?
「ヒ、ヒロ君?ヒロ君!」
「え?」
そして、銀華さんの言葉に我に返る。
「ご、ごめんよ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。その……、もしかしてお母さんのことを思い出してたんじゃ……」
呆けていた俺に、銀華さんは何か勘違いしたのだろう。困った顔で俺に謝ってきた。
「あ、ああ、違うんですよ。何て言うのか、記憶に違和感があって……。それに、親父の俺を見る目なんて……」
その時、俺は自分の言葉で唐突に思い出した。いや、思い出したというより、目の前になぜか突然、その場面が見えたのだ。
そうだ、あれは母さんがいなくなった、すぐの頃だったと思う。
落ち込む俺を見かねたのか、あの時俺は一度だけ、麓の村の夏祭りに連れて行ってもらった。もちろん、遊園地のモンスター・パニックハウスでも思い出したように、そのこと自体は覚えている。
だが、あの時簡易テントのお化け屋敷に、手を引いて連れて行ってくれたのは誰だったのか。
安易な仕掛けにつまらなそうな顔をする俺を見て、焦ったように屋台を回ってくれたのは誰だったのか。
『どうだ緋色?びっくりしただろう。ん?何だ、面白くないか?そ、そうか……。そうだ!それなら、あっちに屋台があるぞ。何か食べたいものはないのか?それとも、射的や輪投げをして遊ぶか?』
俺の目の前で、困ったような、それでいてどこか優しげな目で俺を見つめていたのは……。
「親父……」
「ほら、やっぱり思い出はあるんじゃないかい?」
そんな俺を見て、銀華さんは優しく微笑む。
「銀華さん!俺……」
「はい、ヒロ君、パス!」
俺の言葉が終わらないうちに、銀華さんはこちらに向かって、何か小さな塊を放り投げてきた。
俺はそれを、反射的に右手で掴む。俺の手の中で、鈍く銀色に光るそれは……。
「銀華さん、これって……」
「駅へ行くならまだ途中だろうし、それを使えばあっという間に追いつくさ。ヒロ君だから、特別に貸してあげるんだからね」
それは、銀華さんの愛車である、イタリアンスクーターのキーだった。
「久しぶりにお会いしたのに、あんな短時間でよろしかったのですか?蒼月様」
猫猫飯店を出た後、二人は駅へと向かい歩いていた。
「構わん。封印の影響を見に来ただけだ。それよりも、お前はどう見た?」
「……。確かに力は弱まっているようです。ですが、今すぐにどうこうということではないかと」
「ふむ、お前もそう見たか。ならば、当面の猶予はあろう。その間にこちらも、できる手立てを探るか」
「はい。しかし、坊ちゃまも丸くなりましたな。思えば、あの件以来でしょうか。坊ちゃまが頑なになったのは」
「…………」
「真実を伝えずともよろしいのですか?あの小物どもは、元々坊ちゃまを食らおうと企んで近付いて来たモノ達。それを、蒼月様がヤツらの改心に賭け、ギリギリまで我慢を……」
「あ奴は友人だと思っていたのだ。わざわざ思い出を汚すこともあるまい」
「……。わかりました。それにしても……」
夜叉丸は、何かを思い出したのかクスリと笑う。
「ずいぶんと苦いコーヒーでしたね」
「うむ」
その言葉を受け、蒼月の口元にもわずかな笑みが浮かぶ。
「翠様とはまるで性格が違いますが、親しみのある娘でした。おそらく、坊ちゃまの変化には、あの娘が良い影響を与えているのでしょう。ですが、この先もし坊ちゃまがあの娘を選んだ場合、もしかしたら翠様のように……」
「それはあ奴が決めることだ。それに……」
そして、今度ははっきりと蒼月の顔に笑みが浮かんだ。
「あの娘ならば、大丈夫であろう」
「はい。そうですね」
その言葉を受け、夜叉丸の顔にも笑みが浮かぶ。だが、すぐにお互いの顔から笑みは消えた。
「それよりも……、どちらだと思う?」
「さて……、御門に恨みのあるモノは多うございますから。それともあの娘に関係するモノか……」
「どちらでも良い。碌な気配を発しておらぬし、あの娘の害になる前に、置き土産として片付けておくか」
「おやおや、蒼月様ともあろう方が珍しい。どうやらあの娘が気に入ったようですね」
「……。別に、そのようなつもりはない。人に害成す怪異を消すだけの話だ」
「ですが、生真面目な坊ちゃまの相手としては、あのような天真爛漫な娘は悪くないと思ったのではないですか?」
その時だった。バラバラというエンジン音とともに、二人に向かい1台のスクーターが近付いてきたのだった。
「おや?あれは……」
いかにも素人の運転というように、フラフラと蛇行しながら近付いてくるスクーターに跨っていたのは、緋色だった。




