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「親父……。何でここに……」

「なぜだと?決まっているだろう」


 その言葉に、俺の中に猛烈に悪い予感が走る。なぜ、親父がわざわざ式神である夜叉丸を連れてきたのか。そして、今ここにいるのは……。

 

「まさか……」

「うぷっ、苦しい……。どうしたんだい、ヒロ君。弘美じゃなかったのかい?」


 さらに間の悪いことに、なかなか戻ってこない俺が気になったのか、銀華さんがこちらへと顔を出した。

 

「儂がここにきた理由は……」


 親父は銀華さんを一瞥すると、ゆっくりと後ろに回していた右手を動かす。

 

 それは、ほぼ無意識にだった。俺はとっさに右手に竹筒を掴み、銀華さんの前に立ちはだかる。

 

「銀華さん!下がってください!」


 なぜ、そこまで瞬時に決意したのかはわからない。だが、いざとなればクーコを解き放ってでも、それを阻止するつもりだった。

 御門は……、いや、親父は害があるとみなせば、怪異に対して容赦はしない。

 

 たとえそれで、俺の正体が知れてここを追い出されても、たとえそれで、御門を敵に回したとても……。

 

 それでも、銀華さんを守る!

 

 そう決意していた俺だったのだが……。

 

「ヒ、ヒロ君!?」


 銀華さんは、何が起きたのかわからずに呆然としている。


「儂がここに来たのは……」


 そして親父は、右手をゆっくりと前に差し出す。

 

「クー……!?」


 それは、クーコを呼び出そうとした瞬間だった。俺は、親父の右手に見慣れた物が握られているのに気付いた。

 その手提げ袋は、時折り御門の家で見た物。そして、最近は弘美ちゃんがここに遊びに来る度に持ってくるため、よく見かける物だった。

 

「儂がここに来たのは、長い間息子が世話になっているお礼と、ご主人への挨拶に決まっておるだろう」

「は……?」


 差し出された親父の右手に握られていたのは、弘美ちゃんの実家である、満月庵の銘が入った紙袋であった。

 

「え?な、何?親父って。え……?もしかして……、ヒロ君の、パ、パパ!?」


 そして背後の銀華さんは、俺以上に状況が理解できず、目をまん丸にして立ち尽くしていたのだった。

 

 


「せ、せっかくいらしたんですから、ゆっくりしていってくださいね」

「いや、ご主人。お気を使っていただかなくても結構」

「そ、そんな、せっかくお父様(・・・)がいらしたのに。そうだ……、ですわ。お茶をお入れしますので、しばらくお待ちくださいませですわ」

「銀華さん?」


 あれから、銀華さんの強引なすすめもあり、俺は仕方なく親父を部屋の中に入れたのだった。

 だが、いったいどうしたというのだろうか。銀華さんは先ほどから、態度や言葉使いが妙なのだ。

 やたらとソワソワして、おまけに慣れない敬語を使っているせいで、言葉使いがハチャメチャだ。

 

「何をしているのだ?緋色」

「は?」

「世話になっている方に茶を入れさせるなど、どういうつもりだ?本来お前がすべきことだろう」

「い、いや、普段は俺が入れて……」

「オホホホホ、嫌ですわお父様。緋色君は普段から、僕……、私が家事をしようとするたびに、手伝ってくれようとする心優しい人でございますのよ。でも、私は家事が大好きでございますですから、自分でやりたいんでございますですの」

「ぎ、銀華さん?大丈夫ですか?何か具合でも悪いんですか?」

「とんでもありませんでございますわ。ほらお父様。緋色君はこのとおり、普段から気を使ってくれる、とっても優しい人でございますですよ」


 なぜか、俺の言葉を遮るように捲くし立てる銀華さんだったが、これは本格的にヤバイのではないか?

 こんな銀華さんは見たことがない。

 

 もし具合が悪いのでないとすれば、親父と夜叉丸に何かを感じ取っているのかもしれない。

 下手をすれば、生命の危機を……。

 

 そうでなければ、銀華さんのこの態度は考えにくい。


 だが、今は銀華さんの行動はありがたいことでもあった。

 

 親父達に敵意は見られないとはいえ、万が一を考えれば、銀華さんを一人残してこの場から離れることはしたくない。

 銀華さんから離れた隙に……、ということは、じゅうぶんに考えられるからだ。

 

「それにしても坊ちゃま。しばらく見ない間に、随分と逞しくなられたようで。幼少の頃は、それはもう可愛らしい男の子でしたのに。おそらく、ここ数ヶ月で良いご経験をされたのでしょう。私は嬉しゅうございます」

「かっ!かわ……。ヒロ……、緋色君の子供の頃の話って、もう少し詳しく聞かせてください!で、できれば写真なんかもあると」

「おや、ご主人は興味がおありですか?よろしいですよ、坊ちゃまの子供の頃は、それはもう可愛らしく、女の子と見間違うばかりでした。ですがその中にも、聡明さが溢れ出ており……」

「夜叉丸!やめないか。それに銀華さんも、何を聞いているんですか!」

「う……、だって……」


 別に、聞かれてマズイことではないのだが、誰だって自分の幼い頃の話を目の前でされれば、少々恥ずかしいものだろう。


「そ、そうだ、それよりも緋色君?こちらの方は……?」


 銀華さんもさすがに、この何度すすめられても、『いえ、私ごときが蒼月様と同じ所に座るなどと、恐れ多いですから』と、ソファに座ろうとしない男が気になったのだろう。

 

 その言葉を受けて、夜叉丸は優雅に一礼する。

 

「これは失礼いたしました、申し送れましたが、私は夜叉丸と申しまして、蒼月様の……」


 マズイ!こいつは何を言い出す気だ?

 

「夜叉丸!」


 俺が、夜叉丸の話を止めようとした時だった。

 

「蒼月様の下で、御門家の番頭をしております」

「へ!?」


 あまりに意外な答えに、少々面食らってしまった。


「番頭?番頭って、時代劇とかによく出てくる?」

「はい。蒼月様は、代々続く呉服屋の主でして、私はその『御門呉服』の番頭をさせていただいております」

「え!?すごいじゃないの……ですか。なるほど、だからお父様は。そんな渋い着物を着ていらっしゃるんでございますのね。てことは、緋色君はもしかして、呉服屋のお坊ちゃまなの?」

「ええ。もっとも、古くから続いているくらいが取り得の、田舎の小さな呉服屋ですけどね。おっと、蒼月様の前で失礼なことを……」

「構わん。事実山奥の小さな店だ」


 どういうつもりか、親父達は俺が御門のことを知られたくないのをわかっている様子だ。

 だが、向こうがそのつもりなら、俺もあえて口を挟むことでもないだろう。


「それよりも、ご主人がお茶を入れてくださろうとしてるのに、いつまでも引きとめては失礼だろう」


 親父の言うとおり、確かに銀華さんは、先ほどお茶を入れに行こうとした状態で立ったままだ。

 

「ああ、私ったらお茶も出さずに……。ちょっとお待ちくださいですわ」


 銀華さんは気付いたように、慌ててキッチンへと駆けて行った。




「どういうつもりだ?もしも、銀華さんに手を出すつもりなら……」


 銀華さんがキッチンへと去ったのを見て、俺は親父達の真意を探る。

 

「何を心配しておる。先ほども言っただろう、挨拶に来たと。それとも、あの娘に何か後ろ暗いことでもあるのか?」

「なっ……、あるわけないだろ!そもそも、何でここがわかったんだ」

「ああ、成田君に聞いた」

「なっ……!あんのクソオヤジ……」


 俺は、成田警部の軽薄なニヤケ顔を思い浮かべる。今度会った時にどうしてやろうかと思うが、確かに俺も、親父達に内緒にしてくれとは頼んでいないことを思い出す。

 

「案ずるな。お前が隠したいことや、向かいの人狼と犬神のことも聞いている。いずれも成田君から頼まれておるし、害無き者に手は出さん」

「…………」


 俺は、成田警部に怒りを覚えたことを少しばかり反省する。何だかんだ言ってもあの人は『こちら寄り』の人だし、俺達の味方に違いない。きっと、間違いがないように親父達に頼んでおいてくれたのだろう。

 だが、俺は何か親父に違和感を感じていた。俺の知る親父とは、もっと冷酷で厳しい人間だったように思う。

 夜叉丸の言うように、俺が成長して親父の見え方が変わったのだろうか。だが、夜叉丸はいつものごとく、変わったようには見えない。

 

 そんなことを考えていると、親父が不意に口を開いた。

 

「聞いていた感じと違うが、あの娘は、普段からあんな風なのか?」

「は?」


 一瞬意味がわからず考え込むが、それが銀華さんのおかしな態度のことだと気付く。

 

「い、いや。普段はもっと溌剌としてるし、そもそも家事をするような人じゃないさ。それに誰に対したって接する態度は変わらないし、あんなおかしな敬語を使うのは初めてだ。感の鋭い人だから、おそらく親父と夜叉丸に何かを感じ取ってるんじゃないか?」

「そうか……。よく見ているのだな。それに、おまえにとっては()か……」


 それは、一瞬の出来事だった。気のせいかもしれないが、確かに俺の目にはそう見えたのだ。

 本当にわずかな瞬間だが、俺の目には、親父が困ったような、それでいて優しげな目で微笑んだように見えたのだ。

 そしてそれは、遥か昔、どこかで見たような目だった。

 

「ところで坊ちゃま」

 

 だが、俺が深く考える前に、夜叉丸から声がかかる。

 

「最近、何か変わったことはございませんか?昔のことをやたら思い出すとか、同じ夢を見続けるとか……」

「は?何だそれ?そんなことあるわけないだろ。あ……、いや、でもあれは……」

「いかがされましたか?」

「いや、何でもない。最近似たような夢を、よく見る気がしただけだ」

「そうですか……」


 わずかの間だが、親父と夜叉丸が険しい目でお互いを見た気がする。

 

「お、おい、いったい何の話だ?」

「いえ、別に大した話では……」

「お待たせしましたー」


 だが、夜叉丸の意味深な話は、銀華さんが戻ってきたことで遮られた。

 

「ああ、これは申し訳ない。ところでご主人」

「何ですか、お父様」

「その態度は疲れませんかな?成田君から聞いているのとは、随分と感じが違うようだが」

「へ!?成田って、あの成田っちのこと?え?どうしてお父様が、成田っちのことを?」

「おっ、おい!」


 俺は親父の真意を測りかねる。御門のことを隠したかと思えば、今度は成田警部との繋がりをバラすとは……。もしかして今回の目的は、俺のことを銀華さんに知らせて、ここから連れ戻すつもりなのだろうか。

 だが、親父の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。

 

「いや、彼の娘さんの七五三の際に、着物の誂えを頼まれましてな。その時の縁です。まさか緋色がお世話になっているご主人とも付き合いがあるとは、少々驚きでしたが」

「なんだ、凛子ちゃんの着物の……。あはは。じゃあ、僕のこともバレちゃってるわけか。ふふん、やっぱり慣れないことはするもんじゃないね」


 あの堅物の親父から、よくもまあこんな嘘がペラペラと出てくるものだと、少々意外だった。

 だが、急に普段のように戻った銀華さんを見て、俺はある思いを抱く。

 

 もしかして親父は、銀華さんの緊張を解こうとしたのではないだろうか。いや、まさか、あの親父が怪の少女ごときに、そんな気遣いを……?

 

「それよりも、せっかくのお茶が冷めてしまう。いただこうか」

「あ……、そうだね。砂糖もミルクもたっぷりあるから、遠慮なく使ってね」


 そして俺達は、どう見ても分量を間違えた、とてつもなく苦いコーヒーを口にしたのだった。

 

「しかし、銀華さん。さっきの変な態度は、いったい何だったんですか?」

「え?だ、だって、ヒロ君のお父様なんだよ!失礼があったらいけないし、そ、それにヒロ君のお父様ってことは、ひょっとして将来、僕の……」


 銀華さんは俯いて、ごにょごにょと何かをつぶやいている。まあ、俺の考えすぎだったようだし、それならそれに越したことはない。

 だが、そんな銀華さんの様子を見て、立ったままコーヒーを飲んでいた夜叉丸がつぶやく。

 

「なるほど……。血は争えぬということですか。しかし、気付かぬとは坊ちゃまも罪なことを。あの神仙ですら露骨だったというのに……」


 瞬間、俺の胸元がピクリと震える。


「は?何を言ってるんだ夜叉丸。なんだ?血は争えないって」

「いえいえ、何でもございません」

「夜叉丸、お前も余計なことは言わんでもいい。ご主人、ご馳走になりました。そろそろ失礼します。ご迷惑でしょうが、もうしばらく緋色のことをよろしくお願いします」


 それは、驚くべき光景だった。別れの挨拶をした後、親父は、怪異相手に(・・・・・)深々と頭を下げたのだった。


「え?もう帰っちゃうの?」


 そうして二人は、あっさりと帰って行ったのだった。

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