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「止むを得ん。できるかどうかは運次第だが……。封印するぞ、夜叉丸!」

「し、しかし……。本当によろしいのですか?」

「構わん!それに、今はそれしか手立てはなかろう」

「で、ですが、坊ちゃまには何と……」

「この封印に連動した術で、前後の記憶を封じる。あ奴には底知れぬ才能があるとはいえ、まだ幼子。この封印術の力を流用し、お前の幻術を合わせれば何とかなるだろう!」

「そ、それは可能でしょうが……。ですが、そのようなことをすれば、蒼月様との思い出も!」

「……。あいつには、美しい記憶だけを残してやればいい。それに、これからあ奴は厳しく育てねばならぬ。ならば、父との思い出など必要ないだろう」

「そ、それでは……。なんと不憫な……。親子共々……」

「それに、今はそのようなことを議論している暇はない。気を抜けば、こちらがやられるぞ!」

「……。かしこまりました。ならば……」




「とうさま!?」


 俺が目を覚ましたのは、まだ薄暗い時間だった。気付けば心臓は高鳴り、全身にびっしょりと汗をかいている。

 いったい何だったのだろう。相変わらず、何か大事な夢を見ていた気がするのだが思い出せない。

 

 服が体に張り付いて気持ち悪い。

 

 シャワーでも浴びたい気分だが、物音で銀華さんを起こしてしまうのも悪いし、二度寝するのも中途半端な時間だ。

 どうしようか迷ったが、結局少し早い朝食作りをすることにしたのだった。

 

 

 

「おはようございます。銀華さん」

「ふわぁぁ~。おはようヒロ君。って……、ええ!?何か今日の朝ご飯は、随分と豪華じゃないかい?」

「え、ええ、まあ……。ちょっとばかり早起きしたものですから」


 言いながらも、目の前の料理を見れば、さすがに作り過ぎたかもと思う。そこには、いつもの倍以上の量が並んでいる。

 

「多かったら残してくださいね。お昼にも回せますし」

「うん、わかってるよ。そ、それよりもさ……」

「何です?」

「そ、その……。この間の、お味噌汁が飲みたいって言った件なんだけど……」


 その言葉に、俺ははたと思い出す。そういえば、結局あれから油揚げのことを忘れてしまっていた。

 幸いにも、銀華さんが怒っているようには見えないが、味噌汁のことを言い出したところを見ると、おそらく待ちわびていたのではないだろうか。


「すみません。実は、あれから買うのをすっかり忘れてしまっていて……」


 俺は正直に謝る。だが、銀華さんの反応は意外なものだった。

 

「い、いいんだよ。ヒロ君と狐の御使いの話を聞いて、僕もテレビの影響で、安易に食べたいなんて言ったことを反省したんだ。そ、それに、今思えば……」


 なぜか銀華さんは言葉を止めて、下を向いてごにょごにょと呟いている。

 

「ヒ、ヒロ君の作ったお味噌汁を飲みたいだなんて、ま、まるで昔のプロポ……、みたいで、その……」

「え?何ですか銀華さん。プロ?味噌汁作りのプロがいるんですか?」

「うぇ!?う、うん、そのとおりさ!シンプルに見える料理こそ、本当の腕が必要になるのさ!あ、もちろん、ヒロ君の作るご飯はおいしいけどね」

「はぁ……?ありがとうございます」


 なぜか銀華さんは、真っ赤になってオタオタとしている。よくわからないが、本人なりに、世間の騒動に加担してしまったことを反省しているのだろうか。

 まあ、そういう素直さが銀華さんの良い所でもあるのだが、それよりも、このまま放っておいては料理も冷めてしまう。

 

「それよりも、早く食べないと冷めちゃいますよ」

「う、うん。そうだね。せっかく美味しそうな料理なんだし。それじゃあ、いっただっきま~す!」


 言うが早いか、銀華さんは料理にむしゃぶりついたのだった。




「うぅ、苦しい……。もう食べられないよ……」

「だからお昼にも回せるし、残してもいいって言ったじゃないですか!まさか、全部食べちゃうなんて……」

「で、でも、せっかくヒロ君が張り切って作ってくれたんだし、それに美味しかったから……」

「それは嬉しいんですけど、さすがに食べ過ぎですよ。お昼ごはんは軽めにしますからね」

「やめて……。今食べ物の話は聞きたくない……。うぷっ」


 数十分後、俺の目の前には、お腹を抱えてソファに横たわる銀華さんの姿があった。

 そしてそのお腹は、傍目から見てもわかるくらい、普段よりも少々ポッコリと出ていた。

 

 幸いにもというべきなのか、金華さんの食欲は遺伝していないようだ。ただ、食い意地だけは、確実に受け継がれているようだが……。

 

「とにかく、すぐ横になるのは良くないですよ。消化を良くするために、少し散歩でもしてきたらどうですか?」

「ダ、ダメ……。もう一歩も動けない……」

「もう、そんなお腹でいつものスーツが着られるんですか?それに、その……、丸見えですからしまってください。風邪ひきますよ!」


 よほど苦しいのだろう。銀華さんは、部屋着のズボンを少しばかり下げたうえにシャツをめくり、、ポッコリとしたお腹を丸出しにしている。そのおかげで。白いお腹と小さなおへそが丸見えになっている。

 さらには、ズボンの下の薄い青色をした下着が見えかかっており、少しばかりドキドキしてしまう。

 なぜだろう、普段脱ぎ散らかされている下着を見慣れているはずなのに、本人が身に着けているだけで、こうも違う感じがするというのは……。

 

「わかってる。わかってるんだけど……。もう少しこのままで……」

「ハァ……」


 銀華さんの恥じらいのなさにため息をついたと同時に、ドアがノックされる音がした。

 

「こんな早くに誰ですかね?」

「んん?また弘美じゃないのかい。とにかく、僕は動けないから任せたよ」

「はいはい、わかりましたよ。はーい。どちら様ですか?」


 苦しそうに呻く銀華さんを背にして、入口に向かう。そして、ドアノブに手をかけようとした時だった。

 

「早くから失礼いたします。下の事務所に声をおかけしたのですが、どなたもいらっしゃらないようでしたので。その場合、こちらを尋ねろとお聞きしたものですから。こちらは、猫猫飯店の主様の住まいで間違いないでしょうか?」

「はい。そうですが……」


 声の主は弘美ちゃんではなかった。だが、その落ち着いた、どこか人を魅了するような渋い声に、俺は聞き覚えがあった。

 

「その声……。まさか……」

「おお!その声はもしや、坊ちゃまではございませんか?ああ、お久しぶりでございます」


 その声にその口調、そして、俺をそう呼ぶ者は……。もはや、間違いはないだろう。俺は慌ててドアを開ける。

 

「夜叉丸……」


 目の前に立っていたのは、痩身で漆黒のスーツを身に纏った、まるで何かの病に罹っているのではないのかと思わせるような青白い肌をした、俺の見慣れた男だった。

 

「お久しゅうございます坊ちゃま。しばらく見ぬ間に、随分と逞しくなられたようで……」

「お、お前、何しにここへ……。いや、そもそも何でこの場所がわかったんだ!?俺は、家の者には誰にも言ってないぞ!」

「むろん、私がここに来たのは……」

「儂の供として来たのだ」

「っ!?」


 その声は、突如として夜叉丸の背後から聞こえてきた。その野太い声も、俺はよく知っている。

 

 そうだ。普通に考えれば、夜叉丸が一人で行動して、このような場所に来るはずがない。

 それは、クーコの行動を思えば簡単にわかるはずだ。同じ式神(・・・・)としての、クーコの行動を見れば。

 主の特別な指示がなければ、クーコが常に俺につき従うように、基本的に式神の行動には主が伴うはずだ。そして、この場合の夜叉丸の主とは……。

 

 夜叉丸の背後にいたのは、彼とは対照的ながっしりとした体つきの、和装の男。

 その体躯は(いかめ)しい顔つきと相まって、(いわお)のように見える。

 

 そしてそれは、俺の良く知る人物でもあった。

 

「久しぶりだな、緋色。聞いてはいたが、達者なようで何よりだ」


 静かだが、相手を威圧するかのごとき声色のその男こそが……。

 

「オ……ヤジ、何で……!?」


 御門蒼月。怪異調伏集団『御門』の頭領にして、夜叉丸の主。そして、俺の父親だった……。

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