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「リサリサさん!何を……」
「フフフ……。知ってるセンセー?コックリさんはね、ちゃんと最後までやり遂げて、狐様を元の所に返してあげないと、こうして取り憑かれちゃうんすよ。ほら、センセーが無駄に力を入れて抵抗するから……」
「リサリサさん、冗談はそのくらいにしてください!」
俺は強い口調で注意するが、リサリサさんは意に介す様子はない。むしろ、ますます怪しげな笑みを浮かべて俺を見ている。その瞳は、放課後に見た何かに憑かれた生徒達と同じものだった。
まさか、今の一瞬で憑かれたのか?
だが、そんな気配は微塵も感じなかったし、四方に張った結界には何の変化もなかった。
「コックリさんはね、狐の霊なんだって。センセーは、動物の霊に憑かれた人がどうなるか知ってる?人間の本性、本能、欲望、願望……。あらゆるものを理性のない獣に戻して、開放してくれるんだって……。フフフフ……」
ここにきて、俺もさすがにクーコの言うことが正しいのではないかと思った。リサリサさんは、俺をからかうために狂言芝居をしているのではないかと。
だが、目の前のリサリサさんに理性の欠片は見られない。正真正銘、何かに憑かれているようにしか見えないのだ。
「だからね、センセー……」
リサリサさんはゆっくりと俺に覆いかぶさってくると、俺の耳元に顔を近付け、舌を這わせ始めた。
「なっ……!」
リサリサさんの舌は、ゆっくり耳の形をなぞりながら動いて行き、時には優しく噛んだりもする。そして時折感じる熱い吐息に、ゾクリとする感触を覚える。
「リ、リサリサさん!いくらなんでも冗談が過ぎますよ!」
強い力で押さえつけられているとはいえ、女の子の体重だ。無理をすれば跳ね除けることはできるかもしれない。
だが、リサリサさんに怪我をさせてしまっては……。
そう思うと、この状況にも関わらず、彼女を引き剥がすのは躊躇してしまう。
「冗談?どうして?どうしてセンセーはそんなこと言うの?アタシはずっと、センセーのそばにいたよね。最初は、ちょっといいなって思っただけだったの。でも、センセーを見てたら、だんだんと……。センセーだって、アタシの気持ちに気付いてたんでしょ?だからアタシが付きまとっても、邪険にしなかったし、アタシのお弁当も食べてくれたんでしょ?」
「そ、それは、生徒だから……」
「フフフ、やっぱりね。真面目なセンセーは、きっとそう言うと思った。センセーからアタシに手を出すことは絶対にないって……。だから、センセーを無理やりにでもアタシのモノにするの。コックリさんが、アタシを素直な子にしてくれたの。自分の欲望に、正直な子にしてくれたの」
「な……っ!」
それは、驚きの告白だった。そしてこんな状況じゃなければ、もっと素直に受け入れられたのかもしれない。だが今は、人生初の女の子からの告白の余韻にひたっている場合ではなかった。
「だからセンセー、一つになろう……。アタシの初めてをあげるから……」
リサリサさんの舌は、耳から頬へ、頬から首元へと、這いずるように移動していく。その蛇が這うような感触と、カールした髪が顔を撫でる感覚は、快感と不快さが入り混じったような、不思議な気分にさせる。
「ダッ、ダメです!意識をしっかり保ってください!」
「フフ……。でも、センセーも男の子だよ。ほら、ここは……」
「そっ、それは……」
リサリサさんは体をずらすと、俺の下腹部の辺りに座り直す。さらには腰をくねらせて、硬くなった部分に自分のお尻をグリグリと押し付けてくる。
既に彼女の短いスカートは捲くれあがり、下着があらわになっている。
もはや二人の距離を隔てているのは、俺の身に着ける薄いジャージと、彼女の白い下着のみだ。
そして、そんな頼りない距離をあざ笑うかのように伝わってくる、彼女の下着越しに感じる暖かさと柔らかさが、理性という言葉を吹き飛ばすように、妙になまめかしく感じる。
さらにリサリサさんは、俺のジャージの胸元のファスナーを咥えると、器用に降ろし始めた。
正直に言えば、俺だって男だ。このような状況に反応しないはずがない。
だが、動物霊に乗っ取られ、知性も理性もなくした女の子と、そのようなことをしていいはずがない。
何より、正気に戻ったときに後悔するのは、リサリサさん自身だ。
けれど、知性も理性も無くした人間をどのように説得するのか。そもそも、なぜ結界が反応しない?この中に入れば、動物霊なら姿を現すはずなのに……。
俺は必死に考える。符も効かない、クーコもいない、差し迫った危険があるわけでもなく、無理なことをして相手に怪我もさせたくない。
だが、何かを思い付くわけでもない。もはや怪我をさせる覚悟で、彼女を突き飛ばすしかないのか。しかし……。
「知性が……、無い?」
俺はふと、自分の考えの矛盾に気付く。
そうだ、なぜそんなことに気付かなかった?
なぜ、俺は知性の無いはずの存在と会話をしている?
そもそも、なぜ知性の無いモノとの会話が成り立っているのだ?
「どうしたのセンセー?ほら、女の子の体に興味ないの?こっちは、こんなに元気なのに……」
言いながらリサリサさんは、なまめかしく腰をくねらせ、俺の胸元に舌を這わせてくる。
「そうですね。では、お言葉に甘えて」
「フフフ……。その気になったの?」
「ええ。でもその前に、だれかに見られてるのはマズくないですか?」
「え……?」
一瞬だが、リサリサさんの目に正気の光が戻る。それを見て、俺は確信した。
「校長!違うんです。これは誤解です!」
「え!?」
俺は教室の入り口に向かって叫ぶ。瞬間、驚いたようにリサリサさんは体を起こした。
「こ、これは違うの!センセーは悪くないの。誤解しないで、パパ!」
振り向いた拍子に腰高になり、俺の拘束を解いたリサリサさんを跳ね除ける。もちろん、とっさに背中を抱え、床に打ち付けられないようにしてだが。
「あ……、アタシ、何を……。セ、センセー、違うの!ア、、アタシ……」
俺に抱えられながら狼狽するリサリサさんの瞳には、完全に知性の光が戻っていたのだった。
「自己暗示!?それって、つまり……」
「ええ、思い込み、集団催眠、集団ヒステリー……。様々な呼び方はありますが、調べたところ、昔からこういった現象は、実際にいくつかあったみたいですね。それこそ、最悪の結果に繋がることもあったようですが」
その日の夜、俺はいつものごとく銀華さんへ事件の報告をしていた。ただし、今までと違うのは、事件は解決間近だということだ。
「じゃあ、怪異の仕業ってのは……」
「除霊師にもらった札にも、何の変化もありませんでしたし、間違いないと思います。ただの『非常に強力な思い込みによる、自己催眠』ですよ。不謹慎ですが、銀華さんに怪異の土産話が出来ないのは残念ですけど」
「そ、それはいいんだよ。ヒロ君も無事だったし、事件も解決したわけだから。それに、誰も怪我をすることはなかったんだし……、あ!ヒロ君が襲われて頭と背中を打ったんだったね。だ、大丈夫なのかい!?」
「え?あ、ああ、大丈夫ですよ。お、襲われたって言っても、突き飛ばされたくらいで……」
若干しどろもどろになってしまったが、バレてはいないだろう。あの場にはクーコもいなかったわけだし。
まあ、広い意味ではあれも『襲われた』という部類に入るだろうし、嘘は付いていないよな?ただ、内容を細かく言っていないだけで……。
あれを正直に言ったら、それこそ銀華さん達がどんな反応を示すのか……。想像するだけで恐ろしい。
俺は、無理やり自分を納得させたのだった。
「あ……、、ア、アタシ……」
「落ち着いてくださいリサリサさん、大丈夫ですから。まず、さっきまでのことは覚えていますか?ゆっくりでいいですから、覚えていることを話してください」
「え……?」
リサリサさんは突然顔を真っ赤にすると、慌てて俺の腕の中から飛びのいた。それは、普段の大人ぶって俺をからかうリサリサさんではない、彼女の本当の姿だった……。
結論から言えば、彼女達がおかしくなった理由は怪でも悪霊のせいでもなく、ただの自己暗示によるものだった。
ただし、適当な妄想程度ではない。本当に信じ込み、自分の心を騙してしまうほどの思い込みだった。
馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、人は本当に思い込むことで。自身の心や体を変調させることができる。
わかりやすく言えば、ストレスなどによるマイナス思考で、本当に自分の体に異変を来たしてしまうことなどが最たるものだろう。
嘘か真かは知らぬが、愛憎が逆転し、憎しみのあまり物の怪へと変貌し、恋人をとり殺した女の伝説もある。
コックリさんに縋った生徒達は、おそらく日常に退屈し、自分でも気付かぬような不満を持っていたのではないだろうか。
例えば、文芸部の生徒達。彼女達は、非常に真面目な生徒である。だが、彼女達は俺の周りに寄ってくるような『派手な子』達を嫌悪しながらも、内心は羨ましく思っていたのではないか。真面目であることは悪いことではないし、自分の性に合っている。しかし、自分だって、たまにはあの子達のように……と。
1年生の教室で見た生徒達は、その後に様子を伺う限りでは、非常に周りに気を配る、評判の良い子達だった。だが、評判にがんじがらめにされてしまったが、本当は誰にも遠慮せずに、傲慢に振舞ってみたいのではないだろうか。
そしてリサリサさんは、派手な外見と振舞いでカモフラージュしているが、本当は純情で臆病で、好きな人……、まあ、この場合は俺らしいが……、に正直に想いを告げられない自分を、もどかしく思っていたのではないか。
そうした鬱屈とした思いを、コックリさんに憑かれたと思い込むことで開放していたのだろう。
そしてそれは、高校生という最も多感な時期であったり、集団で一つの事に集中している高揚感であったりと、閉鎖的で影響を受けやすい状況であったために連鎖したのだろう。
だが、本当の狐憑きではないために、本来ないはずの理性は残っていたのだ。
「ご、ごめんなさい……。アタシ、センセーに迷惑かけて……」
「いいんですよ。結果として何事もなかったんですから。それに、卵とはいえ、生徒を守るのが先生の務めですら」
「なによ大人ぶっちゃって。同い歳のくせに……」
「ハハハ、歳は同じでも、潜ってきた修羅場の数が違い……、はい!?な、何で歳のことを……!?」
「やっぱ気付いてなかったかぁ。なんかセンセーって、変なトコでいろいろ鈍いんすよねぇ」
少しばかり落ち着きを取り戻したのか、リサリサさんはいつもの調子に戻りつつあった。
「センセーって、アタシの名前を聞いた時に、何の疑問も持たなかったの?それとも、校長の名前も知らないとか?」
「校長?そういえば……。あれ?さっきパパって……。まさか!?」
俺は、最初に聞いていたが。忘れかけていた校長の名を思い出す。
「そーゆーこと。パパからそれとなくセンセーをサポートするように言われてたんだけどなぁ。これって、ミイラ取りがミイラになったってやつっすよね?」
「え?緋色さん知らなかったんですか?あの学校には青樹なんて珍しい名前は、あの二人しかいないし、気付いてるものだと……」
翌日の土曜日、訪ねて来た弘美ちゃんに事件の顛末を話していた。
「いや、校長の名前なんて、しっかり覚えてませんでしたし……」
「はぁ、緋色さんらしいといえば、らしいのかもしませんが……。学校では弁えてますけど、校長ってリーサさんを溺愛してますからね。あれだけくっつかれてた緋色さんですから、何か釘を刺されたりしなかったんですか?」
弘美ちゃんの言葉に、俺は校長室に呼ばれた時のことを思い出し、なるほどと納得したのだった。
「ま、ヒロ君は人の心のビキに疎いからね。もう少し女心ってモノを勉強したほうがいいよ」
「は、はぁ……。すみません」
謝りながらも俺は考える。美姫?ビキニ?いや、ビキニに疎いのは当然だが、こんな時になぜ水着の話を?
「銀華さん……。それを言うなら機微です。緋色さんが機微に疎いのは否定しませんけど……」
訂正しながらも、何気に弘美ちゃんも酷いことを言うのだった。
「わ、わかってるよ。冗談さ!それよりも、この後はどうするんだい?確かにリサリサって子はもう大丈夫だろうけど、全校生徒の思い込みを解くなんてことができるのかい?」
確かにそうだ。今から一人一人の思い込みを変えることなど、絶対に不可能だろう。だが……。
「大丈夫です。それについては考えがあります。少しばかり時間はかかると思いますが」
「え!?アタシが?」
「はい。おそらくこれは、リサリサさんにしかできない事だと思います」
「そりゃぁ、センセーがやれって言うなら。迷惑もかけたし……」
「いえ、嫌なら無理にとは言いませんが」
「や、やるよ。やるっすよ!だ、だからこれが解決したら、センセーにもう一度、ちゃんと言うから!」
「え?」
俺が考えたのは、『コックリさんの信憑性を無くす』ということだった。だが、ここまで根強く受け継がれてきたものだ。簡単には行かないだろう。
そこで俺は、リサリサさんの影響力を利用することにした。
彼女は良くも悪くも、あらゆる生徒達に影響力を持っている。ある者には明るい人気者として、ある者にはファッションリーダーとして、ある者には校長の娘として、そしてある者には、問題児の代名詞として……。
だが、その派手さゆえに全校に存在が知られているし、文芸部の生徒達のように表向きは良い感情を持たれていなくても、心の底では何かしら気になる存在となっているはずだ。
俺の立てた作戦は、彼女に大勢の目の前で、コックリさんを実施してもらうことだった。
そしてその質問は、誰もが正解を知っているものに限定する。そして、その質問をことごとくリサリサさんが間違えるというものだ。
『コックリさんは当たらない』
生徒達に、そう思わせるために。
もちろん、すぐに効果が現れるとは思わない。だが、グループのうち一人でも二人でも、疑問を感じてくれる生徒が現れればいいのだ。
そしてそれは、週明けの彼女の協力と共に、効果を発揮しだした。
「なにこれ~。全然当たんないじゃん!インチキじゃないのぉ?」
「キャハハハ。リーサ、アンタ自分で動かしてんじゃないの?」
「そんなことないって。なんかコレつまんな~い。あ、センセー。センセーもこんなのインチキだって思うっすよね?」
もちろん、彼女の失敗を目の当たりにしても、信じ続ける一定数の生徒はいた。
だが、リサリサさんは俺の存在もうまく使った。生徒達に人気のある(らしい)俺が、コックリさんなど信じていないという風に、皆に印象付けていったのだ。
いまいち信じられないが、生徒達の中には、俺がくだらないと思っているものに夢中になっているなど、俺に嫌われるのではないかと思う者も出始めたらしい。
さらには、流行りものに敏感な女子高生達だ。だんだんと、当たりもしないコックリさんをやってる子は『ダサい』という風潮が強まり、お互いが誘い合うのもし辛くなったのだろう。十日も経つ頃には、完全に廃れていたのだった。
「いやあ、助かりましたよ御門さん。さすがは高名な探偵の助手ですね」
「いえ、僕は根本的な原因を探り当てただけで……。結果として、リサ……、娘さんの協力によるところが大きかったですから。彼女がいなければ、ここまで短時間で皆の思い込みをなくすことはできなかったでしょう」
事件が解決したことに加え、娘を褒められて嬉しいのだろう。校長は終始にこやだった。
そして俺の役目も、切り良く一ヶ月の教育実習終了という形で終わることになるのだった。
「ここも明日限りか……」
最後の週となる木曜の夕方、俺はポツンと教室に立っていた。正直、一ヶ月というのが長いのか短いのかはわからなかった。
でも、教員の仕事などはほとんどしていないが、人をまとめていくのはどれほど大変かというのはわかった。けれど……。
「楽しかったなぁ」
そう、楽しかった。正直、女の子達に囲まれていたからというのもあったかもしれない。けれど、まるで本当の先生のように接してくれる生徒達と過ごすのは楽しかった。
「先生かぁ。俺でもなれるのかなぁ。高校も行ってない俺に……」
「なればいいじゃないっすか。今からでも、通信制の学校とかに通えるっすよ」
振り向けば、入り口にリサリサさんが立っている。
「パパから聞いたっす。明日で最後だって」
「ええ、先生ごっこは終了です。ま、やっぱり俺には探偵助手が合ってますよ」
「かもね。センセーは貫禄ないし、周りにからかわれて遊ばれちゃうだけかもね。それに、センセーが先生になる頃には、アタシも卒業しちゃってるし、教え子になれないしね」
夕日に照らされたリサリサさんの顔は、真っ赤に上気しているように見える。
「それよりも、どうしたんですか?」
「……っ!い、言ったでしょ。解決したら、もう一度、ちゃんと言うからって」
リサリサさんは、上気した顔で俺を真っ直ぐに見る。まさか……、俺は思わず唾を飲み込む。
「コックリさんの力を借りてじゃなくて、ちゃんと言います。アタシはセンセーが好きです。付き合ってください!」
「ハァ……、惜しいことをしたのかなぁ?」
「どうされました、緋色様?何が惜しいのですか?」
「え!?い、いや、なんでもないんだ!」
クーコを回収した俺は、猫猫飯店へと向かっていた。正直、まだ少しばかりドキドキするし、罪悪感もある。けれど、俺はまだ誰かを幸せにできるほどの人間ではない。
そう思ったら、あの時自然に答えが出ていたのであった。
「そっすか……。何となくは予想してたっすけどね」
俺の返事を聞いた後、リサリサさんはあっさりとした口調で言った。
「すみません。ですが、リサリサさんが嫌いというわけじゃないんです。ただ、まだ俺には女の子と付き合うのは……」
「わかったっすよ。気にしないでくださいっす。でも、コックリさんはアタシが動かしたにしても、ホントに付き合ってる子とかいないんすよね?」
「はい。もちろんです」
「そっか……。じゃあ、気になる子がいるってのは?」
「そ、それは……、いません」
一瞬、返答に詰まる。だが、リサリサさんはそれを見逃さなかった。俺に近付くと、両手を後ろに組んで、下から俺の顔を覗きこんでくる。
「ふ~ん。いるんすね?」
「いっ、いや……」
「アタシは勇気を持ってセンセーに告白したのに、その答えがセンセーの誠意っすか?ここはアタシの勇気に応えて、正直に話すべきじゃないんすかね?」
「そ、それは……。わ、わかりましたよ……」
仕方なく俺は、今の気持ちを話すことにしたのだった。
「そ、その……。その人は天真爛漫で明るくて、周りの人達を楽しく元気にさせてくれるんです。おっちょこちょいでズボラなんですけど、いざというときには頼りになってカッコ良くて……」
「ほうほう……」
「それから、美人でぶっきらぼうで、一見とっつきにくくて怖そうなんですけど、本当は誰よりも情に厚くて優しいんです。特に家族同然の人に対する愛情は、すごく深くて……」
「へぇ~……」
「それに、まだ小さいのにすごく頑張りやさんで、何をするにしても一生懸命なんです。怖がりで恥ずかしがりやですけど、いざというときは強い意志で立ち向かっていける子なんです」
「……、ん?」
「それと、一見地味で大人しそうなんですけど、大好きなことには誰よりも情熱を注げる芯の強い子で……」
「ちょ、ちょっと待ってセンセー。何それ!?もしかしてその子って、多重人格かなんかなの!?」
「え?やだなぁ。もちろん別々の人の話ですよ?」
気付けば、リサリサさんがドン引きしている。
「なに?もしかしてセンセーってそういう人だったの?何人同時でもオッケーっていう……。ご、ごめん。アタシはやっぱり、アタシだけを好きになってくれる人がいいから……」
「へ……?ち、違いますから!気になるってのは、そういう意味じゃなくて、人間的に好きって意味で……」
リサリサさんの言葉の意味を理解した俺は、慌てて否定する。
「ぷぷっ!何それ?気になる子っていったら、フツーは恋愛対象として見てる子のことでしょ?それを……。アハハハ、センセーのが全然お子様じゃん」
ひとしきり笑った後、リサリサさんは俺を真っ直ぐに見て言った。
「でも、そんなセンセーだから好きになったのかもね。それに、聞く限りじゃあホントに好きな人はいないみたいだし、まだまだワンチャンあるってことっすね」
「え!?」
「こっちはパパ伝手で、センセーのウチも連絡先もわかってるっすから。夜這いの準備は万端っすよ~。んじゃセンセー、また明日ね」
そう言うとリサリサさんは、あっさりと走り去って行った。心なしか目尻が光っているように見えたのは、俺の気のせいだったのかもしれない……。
「え~、一ヶ月という短い期間でしたが、御門先生の教育実習は終了となります。それでは皆さん、拍手で先生をお送りしてください」
俺は体育館の壇上に立ち、生徒や教員からの拍手を受けていた。まがい物の先生とはいえ、事件のことを知られずに済ますためには、こういう儀式も必要なことなのだろう。
その後の別れは、あっさりとしたものだった。
教室に戻った俺は、クラスの皆から囲まれて連絡先を聞かれたのだが、生徒との連絡先交換は禁止されているし、そもそもケータイすら持っていない。
それを聞いた生徒達は、それ以上の事を聞くこともなく、あっさりと俺を送り出したのだった。
「あー、緋色先生。多分キミはあたしと一緒で、生徒達に舐められるからあんまり先生に向かないかもね」
オマケとして、最後の職員室での挨拶では摩耶さんにダメ出しをくらい、周りの先生たちも無言で頷いていたのだった。
「やれやれ。今回は大変だったな」
「申し訳ございません。私がそばに付いておれぬばかりに」
「いやいや。お前を責めてるわけじゃないぞ。今回は状況で仕方なかったし、俺の意志でお前を置いていったんだから。それに、そんな危険な状況があったわけじゃないしな」
「いえ、私が付いておれば、あのような小娘どもを、緋色様に近付けさせるような真似は……」
「…………」
俺は心底ホッとした。もしクーコが、自己暗示にかかったリサリサさんを見ていたら……。
そう考えると、初日はクーコなりに随分と我慢していたのだろう。
「よし、そこの物陰に入るから、人の格好で出てきてくれないか?」
「は?なぜそのようなことを?」
「今回は、お前に随分窮屈な思いをさせたからな。お詫びに、きつねうどんでも食べて行こう」
「そそっ、そのようなもったいないことは……!」
「今回のお詫びも兼ねてだよ。銀華さんには、先生達に送別会に連れて行かれて、ご飯は食べてきたって言えばいいさ」
「そ、そんな……、私ごときのために……。で、では、以前に連れて行っていただいた、あの油揚げの大きな店がいいです!」
「よし、じゃあそこに行くか」
もし、俺が陰陽師でなかったら、今頃は高校に通い、先生を目指していたのかもしれない。
ひょっとしたら、女子高に通う選択をしなかったリサリサさんと、机を並べて授業を受けていたのかもしれない。
「もしかしたら、そんな未来もあったのかもしれないな……」
でも、そうしたら銀華さんや弘美ちゃん、リルさんや狗巫女ちゃん、それにクーコに出会うこともなかっただろう。
だから、今はこれで良かったんだと思う。
そんなことを思いながら、俺はクーコと夕暮れの街を歩いて行った。
~『潜入!お嬢様学園 大山鳴動して狐一匹?』編 完~




