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「それで、どうなったんだい、ヒロ君?」


 その日の夜、俺は猫猫飯店で今日の出来事を報告していた。ここ何日か機嫌が悪かったとはいえ、さすがは銀華さんだ。事件が動いたとなったら、瞬時に頭を切り替えている。遊園地のホラーハウスの時といい、これが銀華さんのすごいところだろう。


「ええ、それから……」




「君達っ!大丈夫ですか!?」


 俺は、ドアを蹴破らんばかりの勢いで室内へと踊りこんだ。同時に、靴に忍ばせておいた呪符も手にしている。しかし……。

 

「キャァッ!え……?御門先生……?」


 そこにいたのは、驚きの表情をした、ごく普通の生徒達だった。

  

「御門先生、どうしたんですか?」

「ど、どうしたって……、君達……」


 俺は慌てて背後を振り返る。しかし、彼女達の影は先ほど見たものとは違い、人の姿そのものだった。


「君達、今コックリさんを……」

「ああ、これですか?ちょっと占いのつもりで遊んでたんです。先生たちはあんまりいい顔しないけど、たまにこうして……。それより、体育の御門先生が文芸部に用なんて、いったいどうしたんですか?」

「え?あ、ああ、今まで文芸部なんて接点がなかったから、どんな活動をしているのか気になったものですから」

「そうなんですか?嬉しいです。先生はいつも周りに寄ってくるような、もっと派手な子達にしか興味ないと思ってましたから……」

「そ、そんなことはありませんよ。あれは多分、彼女達が面白がって寄って来てるだけですから。それに、スポーツも勉強も趣味も、何かを頑張っている人は素敵だと思います」


 生真面目そうなその子たちは、よく見れば体育の授業で見覚えのある、他のクラスの生徒達だった。




「なるほど。考えられるとすれば、ヒロ君が教室に入った瞬間に、取り憑いていた子達から離れたということか……」

「ええ。ですが、動物霊がそんな一瞬で、何の痕跡も残さずにいなくなれるものでしょうか」

「う~ん、確かに。今まで取り憑かれた人の意識が、すぐにハッキリするってことはなかったしなぁ……」


 自分で解決したかは別にしても、銀華さんだって数々の修羅場をくぐってきているのだ。それなりの知識と経験は蓄えている。

 それに、その意見には俺も同感だ。少なくとも人間よりも耐性のあるはずの狗巫女ちゃんも、悪霊に憑かれた後は、回復に随分と時間がかかっていた。

 いや、何か妙に回復が遅い気もしたのだが……。

 

「とにかく、もう少し様子を見ないことには何とも言えません。このまま調査を続けます」

「僕が行けない以上、それはいいんだけど……。その、大丈夫なのかい?」

「何がですか?」

「いや、もしも本当に狐に憑かれた生徒が出てきた時、ヒロ君一人じゃ危険じゃないかと思ってさ……」

「銀華さん……」


 心配そうにこちらを見る銀華さんを騙していることに、少しばかり後ろめたさを感じる。ここ数日の態度はアレだったけど、銀華さんはやっぱり優しいのだ。

 

「大丈夫ですよ!このためにリルさんに紹介してもらった除霊師さんに、退魔の札をもらってきたんですから。動物霊くらい簡単に退けられるって、リルさんのお墨付きですよ」


 そう。俺はもしものために、リルさんにも口裏を合わせて協力してもらっているのだ。

 

「う……。アイツのお墨付きってのは癪だけど……。まあ、それなら……」


 何だかんだ言いながらも、銀華さんはリルさんの実力を認めているのだ。不謹慎だが、事件の進展を機に銀華さんの機嫌も直ったようだし、こちらは一安心といったところか。

 

「それよりも、これは何だい?」


 銀華さんが見つめる先には、分厚い小説が山のように積まれていた。

 

「は、はぁ……、実は……」




「じゃあ、御門先生はあまり本は読まないんですか?」

「そうですね。子供の頃に、妖怪関係の専門書はいくつか読んでますが……」

「え~、専門書なんてすごいじゃないですか。じゃあ、きっと先生には本を読む才能がありますよ!」


 取りあえず部室に踏み込んでしまった以上、俺は適当に話を合わせていた。しかし、好きな物の話題で嬉しいのだろう。彼女達の話は止まらなかった。


「才能って……。そうでしょうか?」

「そうですよ。子供の頃にちゃんと読書をしてた人って、大人になって少しくらい活字から離れたって、スラスラと読める人になりますから。あ、そうだ!もし良ければ、私達のオススメを何冊かお貸ししますよ」

「え?そんな、悪いですよ」

「いいんですよ。何度も読み返してるからすぐに読むわけじゃないし、先生に読んでもらえれば嬉しいですから。そ、それに……」

「どうしたんですか?」

「じ、実は、私達が活動で書いた本もあるんです。できれば、読み終わったら感想を聞かせてもらえると、嬉しいんですけど……」

「すごいじゃないですか!本を書けるなんて、立派なことですよ。ぜひ読ませてもらいますね」

「は、はい!ありがとうございます。じゃあ、返しに来る時に御門先生が、またここに寄ってくれるんですね!」


 夕日に照らされているせいだろうか。心なしか、その子達は顔を赤らめながら、嬉しそうに言ったのだった。




「と、いうわけなんです。まあ、これも生徒達との友好を深めるのに役に立つと思いますし。なので、返しに行くまでに最低限の話の筋くらいは理解しておかないとと思いまして。明日は休みで生徒達も学校に来ませんし、とりあえず頑張って読んでおきますよ」

「ふぅ~ん……。そうなんだ……」

「あれ?銀華……さん……?」


 気付けば、銀華さんの態度が朝の不機嫌な感じに戻っている。

 

「なるほどねぇ~。『ヒイロセンセイ』がどうして生徒達に大人気か、何となくわかった気がするよ。これはもう、天然ってヤツなのかね……」

「あの……、銀華さん?いったいどうしたんですか。天然って何ですか!?」

「別にぃ?さて、ヒイロセンセイ様は読書で忙しいだろうから、僕はこれで失礼するよ」


 何やらトゲのある口調でそう言うと、銀華さんはさっさと自室へと戻ってしまった。そして俺はオフィスに一人、ポツンと取り残されたのだった。

 

「俺がいったい何をしたっていうんだよ。なあ、ク……」


 クーコに愚痴を言おうとした俺だったが、瞬時に思いとどまった。よくわからないが、クーコは俺の味方をしてくれずに、前回の二の舞となる。

 そんな予感がして……。




「おっはよー。緋色君」

「御門先生、おはようございます。ほ、本は読んでいただけましたか?」

「緋色君、チーッス」

「おはようございます。緋色先生」

「はい、おはようございます」


 翌週は、先週と変わらぬ朝を迎え、先週と変わらぬ授業風景を過ごした。まあ、先週と変わらずということは、いつものごとく皆から玩具にされたのだが……。


 もちろん、そんな状況ではあっても調査はきっちりと実行した。その週も数日間見回り、その結果として、やはり様子のおかしくなる生徒が見受けられたのだ。

 だが、妙なことに彼女たちは声をかければ正気に戻るのだ。

 

 放課後の生徒が少なくなった時間帯に、クーコの筒を持って共に行動もしたのだが、俺と同じく何も感じないという。

 

「どういうことなんだ?クーコも何も感じないなんて……」

「考えられるとすれば、あまりにも対象の妖気が弱すぎるか、はたまた本当にそんなモノなど存在しないのではないでしょうか」

「いや、でもお前も見ただろう?あの子達の、何かに憑かれたような姿を」

「確かに見ましたが、同時に何者の気配も感じなかったことも確かです」

「…………」


 確かにそうだ。クーコを疑っても仕方がないし、実際に俺だって何の存在も感じないのだ。

 もしかして、校長の言うとおり本当に偶然が重なっただけなのだろうか。だが、そんなことがありうるのだろうか。様子のおかしい子達を見る限り、何か原因はあるはずだ。


「もう一つ、考えられることがありますが」

「何だ?」

「あの者達の、狂言という可能性もあります」

「まさか……!?」


 一瞬彼女達を疑うが、その考えを振り払う


「いや、そもそも、そんなことをして彼女達に何のメリットがあるんだ?それに、もしそうだとしても、演劇部でもない彼女達が、あんなに迫真に迫った演技ができるものなのか?」

「私はあくまで、可能性の話をしたまでです」

「ああ、すまない。そうだったな……」


 俺がこの学校へ来てもうすぐ二週間になるし、明日は週末の金曜日だ。ケリを付けるにはいい区切りかもしれない。

 

 そして俺は考えた末に、一つの作戦を実行することにしたのだった。

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