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「ただいま帰りました……」

「やあ、お帰りヒロ君!事件はどんな具合だい!?」


 元気良く出迎えてくれた銀華さんに対し、俺は満身創痍でグッタリとしながら、摩耶さんの言葉の意味を実感していた。

 漫画やドラマでは、男一人が大勢の女の子に囲まれ、時にはちょっぴりエッチなハプニングに見舞われたりしながらも、楽しく過ごす状況は多々見かけられる。

 だが、現実はそんなものとは程遠かった。いや、もちろんそんなことを期待していたわけではないのだが……。

 

 俺の立場はまさに、猛獣の巣穴に引き込まれて、なすすべもなく嬲られる小動物のようだった。

 それほどまでに、数の力というのは暴力的だったのだ。

 

 その日の俺は、行く先々で女生徒に囲まれ、質問責めに遭い、もみくちゃにされて、なにかというとからかわれて玩具にされた。

 更には男の俺など眼中に無いのか、一見お嬢様風に見える子でも、平気で教室でメイクを始めたり、無駄毛のお手入れをしたり、時には着替えをしだしたりもしたのだ。

 さすがに男の前で着替えはマズイと思い、注意をすれば、

 

「緋色君なら見てもいいよ。特別サービスだからね~」

 

 軽くあしらわれ、逆にこちらが慌てて教室から出て行くはめになるのだった。


 もちろん、弘美ちゃんを代表に、そんな生徒ばかりではないのだが……。

 

 特に、あのリサリサと名乗る子は執拗にくっついてきて、さすがに閉口した。それを思い出すと、ドッと疲れがぶり返してくる。

 

「すみません。まだこれといって何の進展もありません。慣れるのに精一杯で、今日はとにかく疲れただけというか……」


 教育実習生として潜入する話は、すでに弘美ちゃんが連絡しているはずだ。


「あ、いや、そんなつもりじゃないんだよ!まだ初日だし、焦ることはないさ。それよりも……。ふふふ、今日の晩御飯はなんと、ヒロ君のためにお寿司を買ってきたからね!」

「え!?そんな贅沢なものを……」

「いいっていいって。ヒロ君は頑張っただろうし、ご褒美さ!疲れてお腹空いてるだろう?あ、先にお風呂に入ってくるかい?」

「銀華さん……」


 男女差別をするわけではないが、女性はやはりこうであってほしい。俺が銀華さんの優しさに少しばかり感動していると、後ろから氷のように冷たい声が聞こえてきた。

 

「緋色さんは疲れてるっていっても、きっと心地良い疲れですよ。それに、まだお腹いっぱいだと思います」

「あれ?弘美も一緒だったんだね」


 そう、なぜか帰りに、弘美ちゃんも一緒についてきたのだった。


「帰る方向は一緒ですから。それに、助手である緋色さんをお借りした以上、今日の出来事を銀華さんに報告もしないといけませんし」


 確かに筋は通っている。だが、そう言いながらも、なぜか弘美ちゃんは帰り道からずっと不機嫌だったのだが……。

 

「こんばんは、銀華さん。せっかくなので、緋色さんの優秀な仕事ぶりを報告しようと思いまして」

「そうなのかい?ふふふ、この僕の助手であるヒロ君なんだ。さぞや大活躍だっただろう?」

「ええ、それはもう。緋色さんは早くも生徒から信頼されて、大人気ですから」

「ふふん、当然そうだろうね。さすがはヒロ君だよ」


 う~ん。信用してくれるのはありがたいが、銀華さんの無駄に強い信頼感が、少しばかり心苦しいのだが……。


「ええ、何せ行く先々で生徒達に囲まれて、腕に抱きつかれたり、体をくっつけられたり、すっごく近い距離でスキンシップをされたり、そりゃあもう大人気でしたよ」

「え!?」

「い、いや、あれは向こうが無理やり……」

「ああ、そうでしたね。でも、ちょっと嬉しそうに見えましたけど」

「そ、そんなことないですって!」


 何だろう。弘美ちゃんの説明に、なぜかものすごく悪意を感じる。


「ふ、ふ~ん……。ま、まあさすがヒロ君だね……。で、お腹いっぱいってのはどういう意味だい?」

「ええ、急なことだったんでお弁当も用意してませんし、校長先生にお昼を用意してもらおうかと思ったんです。でも……」

「でも?」

「緋色『センセイ』を心配した生徒達が、お弁当を分けてくれたんです」

「そ、そうなんだ……。ふふん。優しい生徒達じゃないか」

「ええ、皆とっても優しくて、中には『ア~ン』なんて言って、食べさせてくれる子もいましたしね。特にリーサさんなんか」

「……。へぇ~……」

「ちょ、ちょっと!あれは最初に少し分けてもらったら、次々と……。それに、初めにもらっておいて、後の子のを断ったら角が立つと思ったからですよ。それと、ア……、ア~ンは、無理やり口に押し付けてくるから落ちそうになって……。さすがに落として食べられなくなったら、もったいないでしょう?」




「え~!?緋色君お弁当持ってないの?」

「はい。ちよっと朝はバタバタしていたもので……」

「じゃあ何?出前でも取るの?」

「いえ、そこまで大げさなものは……」


 それは、お昼前に生徒達に囲まれていた時だった。そもそも、こんなことになるとは思っていなかったし、昼食の用意などしているはずがない。

 だが、幸いなことに軽食などが買える購買があるらしいし、それほど手持ちは持ってきていないとはいえ、パンと飲み物くらいは買えるはずだ。

 いくらお嬢様学校とはいえ、高級品がズラリと並んでいるなどということはないだろう。

 

「だったらさ、あたしのお弁当分けてあげるよ!」

「え?いや、そんなことしてもらったら悪いし、いいですよ」

「いいっていいって。あたし家族のお弁当も作ってるしさ、余らせたのを全部入れてきちゃうから、結構多いんだよね」

「あ~、ずる~い。だったら私も手作りだし、私のも食べてみてよ!」

「じゃあ、アタシのも少しあげるよ。お母さんが作ったやつだけど……」


 思えば、そこで断るべきだったのだろう。だが、せっかく向こうから良好な関係を築いてくれようとしているのだ。無理に断るのも悪いだろうし、今後の調査にも活かせるはずだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ、少しだけ」


 机を固めたグループに混じり弁当を分けてもらっていると、それを見た他のグループも俺の周りに集まりだしたのだ。

 

「ちょっとずるい。じゃあ私のも食べてよ」

「あ~、アタシのも!」

「ちょっと、順番でしょ!」

「いっ、いや、あの……」


 すると、騒動を見ていたリサリサさんが俺のそばへやってくると、有無を言わさずフォークに刺したウインナーを、俺の口に押し付けた。

 

「はい、ア~ン」

「ちょっ……」

「ホラ、早く口を開けないと、落ちるっすよ」


 仕方なしに俺は口を開け、ウインナーをほお張る。

 

「おいしいっすか?」

「はい……」


 ニッコリ笑ったリサリサさんの後ろから、更なる歓声があがる。


「キャ~!ちょっと、新婚さんみたい!」

「ずる~い!アタシもやる~」

「あたしもあたしも!緋色君、何食べたい?」


 抵抗するのを諦めた俺は、その後生徒達に、三人前はあろうかという昼飯を食わされたのだった。

 

「青春だね~。ま、あんまやり過ぎんなよ。ちなみにお前ら、緋色『先生』な。あと、敬語使えよ~」


 そして摩耶さんは、自分の席で二段重ねの大きな弁当箱を広げながら、面白そうにこちらを眺めていた。




「へぇ~……。ふぅ~ん……。そうなんだぁ……」

「ええ、そうなんですよ……」

「ちょっ、ちょっと銀華さんに弘美ちゃんも、何か目が怖いですよ。一体どうしたんですか!?」


 なぜだか急激に光彩を失った銀華さんの目に、俺は少しばかり恐怖を覚えた。

 

「別に、どうもしてないよ。ね~弘美?」

「ええ。ただ、緋色先生は人気者で、今日はお腹いっぱいだって話をしただけですから」


 いや、絶対に嘘だ。何か物凄く怒っている気がする。

 

 もしかして、せっかく俺のために寿司を買ってきたのに、腹ペコにして帰ってこなかったことを怒っているのだろうか。

 ああ、きっとそうだ。弘美ちゃんも、俺がせっかくの銀華さんの好意を無駄にしたことを怒っているのだろう。

 いや、大丈夫だ。疲れてお腹は空いているし、すぐにでも食べられる。それを見れば、きっと二人の機嫌も直るだろう。

 

 あれ?でも、そうすると弘美ちゃんが帰り道から不機嫌なわけは……?

 

「う~ん。でも、ヒロ君がお腹いっぱいだとすると、せっかく買ってきたお寿司が余っちゃうなぁ……。そうだ!よかったら、弘美が食べていかないかい?」

「え?いいんですか?」

「もちろんさ!ヒロ君はお腹いっぱいで食べられないしね」


 なにやら下手な役者のように、棒読みでセリフを言い出した二人に対し、俺は慌てて空腹アピールを試みる。


「いや、今日は疲れたから腹ペコですし、食べられますって!大丈夫で……」

「何!?」

「……。い、いえ、何でもありません。お腹は少ししか空いてません……」


 俺のアピールは、銀華さんの鋭いひと睨みで遮られた。

 

「そうだろう?ヒロ君もこう言ってるし、晩御飯には少し早いけど、上がっていきなよ」

「はい。お邪魔します」


 そして二人は、楽しげに話しながらキッチンへと向かっていく。

 

「あ、あの……。俺の晩御飯は……?」

「ん?食べられるのかい?無理して食べるのは良くないよ。ああ、そういえば朝の食パンが余ってるんだった。それくらいなら軽く食べられて、ちょうどいいんじゃないかい?」

「はい……」

「んじゃ、行こうか弘美」




「なあクーコ、俺は結構頑張ったと思うんだけど……。それを、昼飯を食いすぎたくらいで……。いくらなんでも、あれは酷いんじゃないか?」


 二人の姿が見えなくなった後、俺はクーコに話しかける。だが、クーコの返答は意外なものだった。


「はて?今回に関しては、あの者達の対応は妥当かと思いますが」

「ク、クーコ!?まさかお前も……。なんでお前までもが……?」

 

 返ってきたのは、明らかに怒気を含んだ、クーコの冷たい言葉だった……。

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