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それからしばらくして支度を終えた俺は、弘美ちゃんと一緒に学校へと向かっていた。
「しかし、蛭に続いて、いったいどういう事件が起きたんですか?」
「いえ、その……。正確には事件というほどではないんですが、最近少しばかり、様子がおかしくなる子が増えていまして……。緋色さんは、コックリさんってご存知ですか?」
「コックリさん?ああ、あのいわゆる、根拠のない心霊術みたいなやつですね」
弘美の話によれば、少し前から生徒達の間で流行り始めたのだという。まあ、いつの時代も女の子は占いが好きなものだ。それも、危険が隣り合わせにあるという、神秘性があればあるほど魅力的に感じるのだろう。
それが細々とではあるが、未だに根強く受け継がれている理由ではないだろうか。
「そのコックリさんの後に、様子のおかしくなる生徒が増えだしたんです。トランス状態っていうのか、その……、狐憑きっていうのか……」
何やら歯切れの悪い弘美ちゃんは、俺の胸元をチラリと見て言った。
ああ、弘美ちゃんの様子が微妙だったのはそういうことか。狐の仕業ではないかと思い、クーコの前でそれを言い辛かったのだろう。
「気にしなくても大丈夫ですよ。クーコはさすがに、その程度の動物霊とは違いますから」
「緋色様のおっしゃるとおりだ、小娘よ。むしろ、そう思われていることが我への大いなる侮辱だ」
「す、すみません!」
「おい、クーコもよさないか。弘美ちゃんは、お前に気を使ってくれたんだぞ」
「……。申し訳ございません」
「ひ、緋色さん。クーコさんを怒らないでください。私が変な気を使ったのが原因ですし……」
ほどなくして学校に着いた俺達は、誰もいないグラウンドを真っ直ぐに突っ切り、弘美ちゃんの後について校長室へと向かっていた。
以前に一度来たことがあるとはいえ、昼間に入る学校はまた別の雰囲気があった。
生徒達はちょうど一限目の授業中なのだろう。人の気配の多さの割には、廊下は誰一人おらず静まり返っていた。その廊下にコツコツと足音を響かせながら、俺達は校長室へと入っていったのだった。
「いやー、よくお越しくださいました。校長の青樹です。しかし、彼女から聞いておりましたが、若いのに大変な仕事をなさっているようで」
「いえ、それほどでもありませんが……」
「いや、私としても、危険かもしれない仕事をお願いするのは、随分と心苦しいのですが……。何せご存知のとおり、この学校は伝統ある私立高校ですし、そこの満月庵のお嬢さんである彼女のように、良家の子女が多数通っているわけです。それゆえに理事会や、父兄の見る目もなかなかに厳しいわけですよ。それとご存知のように、中には政治家の娘さんも通われていますし、気を使うことが多いわけです。ああ、それとご存知のとおり……」
「は、はぁ……」
ひたすらに『ご存知のとおり』を繰り返し、長話をする校長だったが、俺としては弘美ちゃんがお嬢様であること意外、この学校のことなど何一つ知らないのだが。
チラリと弘美ちゃんを見れば、まるで恥ずかしい身内を見られたかのごとく、俯いて顔を赤くしている。
だが、好意的に見れば、この学校と自身の立場に誇りを持っているということだろうし、やや同情的に見れば、理事会とPTAの板ばさみになった、悲しい中間管理職の学校をアピールする努力だと思える。
要するに、校長の話を要約すれば、『外部に漏れることなく。出来れば誰も気付かないうちに、いや、むしろ無かったことにできるくらい、穏便に解決してほしい』ということであった。
まあ、校長の立場を考えれば、わからないことでもないが。
「しかし、部外者の俺……、僕が校内をうろついていたら、それこそ周りに広めているようなものなんじゃないですか?」
「ええ、ですから……」
「はい!?それってアレですよね?先生になるために、大学生が研修で教師をするっていう……」
校長から出された案は、突拍子もないものだった。なんと、俺に教育実習生として学校に潜入しろというのだ。
「いや、そもそも、お……、僕は高校にも通ってませんし、それに17歳ですよ。いくら何でも見た目でバレるんじゃ……」
「いえいえ、あくまで教員のサポートをするだけですから。立場的には……、そうですね、体育教師ということにしておきましょう。それなら特に専門的な教科の知識も必要ないでしょうし。あ、運動神経はいいほうですか?」
「スポーツは良くわかりませんが……。まあ、人並みには動けると思います」
「それは良かった。なら、問題はありませんね」
「いや、でも年齢が……」
「大丈夫ですよ。今時の大学生は、随分若く見える子もいますし。それに、御門さんは落ち着いてらっしゃるので、実際の年齢よりも少し上に見えますし」
「そうですか……」
暗に老けているといわれた俺は、少しばかりショックだったが、気を取り直して答える。
「わかりました。調査に必要なことならば、それでいきましょう」
「ありがとうございます。それと、このことを知っているのは、ごく一部の関係者だけです。あまり多くの人が知ると、すぐに噂が広まる可能性がありますから。御門さんは基本的に、私以外の全ての人間が、このことを知らないものと思って行動してください。もちろん、そこの彼女は別ですけど。ああ、それと、これは一番大事なことなんですけど……」
校長はなぜか、それまでの営業スマイルをいっそう強めて言った。
「この学校にいるほとんどの人間は女性ですし、お若い御門さんは、『そういったこと』に興味のある年頃だとも思います。ですが、くれぐれも生徒達との間に、『間違い』が無いようにだけはお願いしたいのです。なにせ、ご存知のとおりここには良家の子女がたくさんいらっしゃいますから。下手なことをすれば、私ともども……。わかりますね?」
そう言ってニッコリと笑う校長の目は、まったく笑っていなかった……。
「すみません。悪い人ではないと思うんですが……」
「いえ、あの人も立場上いろいろと大変そうですし。それよりも、この服……」
校長室を出た俺の格好はといえば、学校指定のジャージに身を包んでいた。さすがに今からスーツを用意するのは間に合わず、考えた末に体育教師見習いである立場を利用することにしたのだった。
とはいえ、現在の体育教師は女性であるというし、それを借りるにしてはさすがにサイズがきつ過ぎる。だが、幸いなことに以前に在籍していたという、男性教師の物が残されていた。
ただ、随分と恰幅のいい先生だったのであろう。俺の体には、少しばかりダボダボであったのだが。
「すみません、私は授業がありますのでこれで。あとは校長先生が言ったとおり、案内の先生に聞いてください」
「はい。頑張ります」
そして俺は、少しばかり緊張しながら、校長室の隣にある職員室へと入っていったのだった。
「初めまして、体育担当の『水木 摩耶』です。摩耶先生でいいからね。あとは2年のクラスの担任をしてます。それじゃあ御門先生、わからないことがあれば私に聞いてね」
「はい。よろしくお願いします」
しかし、先生と呼ばれるのは少々気が引けるが、仕方ないだろう
職員室で俺の教育係として紹介されたのは、いかにも体育教師というような、溌剌とした女性だった。ジャージ姿で髪をポニーテールに結わえ、その健康的な感じで紛れてしまっているが、美人の部類に入る人だろう。見た感じの年齢は、リルさんとさほど変わらない。とすれば、リルさんより三つ四つ上というところか。
明るい人のようで、教室へと向かいながらも摩耶さんのおしゃべりは止まらない。
「こんな時期に教育実習なんて珍しいねー。ま、うちは私立だし、お偉いさんの意向次第で何でもありか。しっかし、あのブタ丸……、じゃないや、大丸先生のお古を着させられるとは、さすがに可哀想だね~。ブカブカじゃん」
「は、はぁ。そのブ……、大丸先生ってのは……?」
「ああ、少し前までこの学校にいたんだけどね。まあ、いやらしい奴でさ。生徒へのセクハラが問題になって、ジ・エンドってわけ。確か理事会の意向で、アフリカの姉妹校に飛ばされたんじゃなかったっけ」
「ア、アフ……!?アメリカじゃなくて?」
「アハハ。冗談よ。まあ、いやらしい奴だったってのは間違いじゃないけどね。御門君も気を付けないと、ここのバックには、怖~い政治家や大企業の役員なんかがたくさんついてるから。事実あいつがどこに異動したのかも、私達は知らないしね。案外もう消されてるのかも……。な~んてね。アハハ、そんなわけだから、将来を棒に振りたくなかったら、生徒には手を出さないことね」
摩耶さんはそう言って笑い飛ばしたが、校長の話を聞く限りでは、あながち冗談ではないのかもしれない……。
ほどなくして教室の前に着いた時、麻耶さんはニヤリと笑いながら、何やら物騒なことを言った。
「さて、若い女の子達の巣穴に、君のような男の子が入り込むんだ。覚悟しておくことね」
「え!?」
俺が質問をする間を与えず、摩耶さんは教室の扉を開けた。
「「「キャー!!」」」
俺は一瞬、何かの音波攻撃でも受けたのかと思った。それは、まさにそう感じるがごとき、女生徒の歓声だった。
「摩耶ちゃん!その子が教育実習生?」
「うそ~。ホントに大学生?高校生みたいで可愛い~!」
「結構イケメンじゃん」
「名前何て~の?」
「いくつ~?」
「彼女いるんですか~?」
「お~い、お前ら落ち着け。それに『摩耶ちゃん』じゃなくて『摩耶先生』な」
唖然とする俺とは対照的に、摩耶さんは軽く生徒達をあしらっている。この生徒達の態度や先生の性格を見る限り、ずいぶんと慕われているのだろう。
「じゃあ、御門先生。とりあえず自己紹介を」
「は、はい。ええと、御門緋色といいます。歳は……ハタチで、○×体育大学の三年生です」
俺は、校長に言われたとおりの設定を答えた。随分と遠い田舎の大学らしいが、そこなら生徒達も、詳しいことを知るものはいないだろうとの考えかららしい。
だが、生徒達にとっては、そんなことはどうでもいいことのようだった。
「え~。ハタチなんだ。見えな~い」
「何?体育の先生になるの?やっぱ女子高生を触りたいから?」
「キャハハハハ。あんた考えがエッチ!」
「ねーねー。緋色君はどこに住んでんの?」
「ね~。緋色君は休みとか何してんの~?」
「はいお前ら、とりあえず、呼ぶ時は『御門先生』な。あ~、まあ『緋色先生』でもいいや」
生徒達からの矢継ぎ早の、質問ともいえないような問いかけに辟易としていた俺だったが、ある生徒からの質問に凍り付いてしまった。
「はいは~い。緋色センセーに質問っす~」
この学校にお嬢様が多いというのは本当なのだろう。ここまでの言動はともかくとして、清楚な感じや真面目そうな女の子が比較的多い中で、手を上げて立ち上がった女の子は、ひと際異彩を放っていた
明るい茶色の髪を派手にカールさせ、皆と同じ制服を着ているはずなのに、はだけた胸元と短いスカートを身に着けたその姿は、金華さんを思わせるもの……、つまりは、ギャルであった。
「緋色センセーは、弘美と付き合ってるんすか?さっき校庭を歩いてくるとこを見たんすけど、二人して遅れて登校してきたってことは、朝帰りのついでか、もしくは同棲中っすか~?」
「「「えぇぇぇぇ~~~~!!」」」
途端に教室中に、爆音が響き渡る。
「マジ!?」
「ちょっ……。弘美やるじゃん!」
「弘美!どうなの?」
「え……?弘美ちゃん?」
気付けば、教室の後方の席で、顔を真っ赤にして俯く弘美ちゃんの姿があった。
ああ、校長が配慮してくれたとすれば、確かに考えられることだ。学校に不慣れな俺を、事情を知っている弘美ちゃんのクラスの担当にすることなど。
「ちょ、ちょっと皆さん落ち着いてください!」
すでに収集がつかなくなっているクラスを静かにさせようと、俺は必死に声を上げる。
「あ、あの、実は、弘美ちゃ……。弘美さんは、お……、僕の従兄弟なんです。それで、今回この教育実習に、その……、特別に口を利いてもらったというか……。ですので、そういったことは何一つありません!」
「ふ~ん?何か緋色先生、しどろもどろで怪しいんすけど~。じゃあ、今はフリーなの?まあいいや。とりあえず信じてあげるよ。あ、アタシ『青樹 理依紗』リサリサって呼んでくれればいいっすからね」
「あ~、ちょっと!リサリサだけアピールずる~い」
「ちょっとリーサ。抜け駆けは無しだよ!」
「は~いお前ら静かに。あと、先生にはちゃんと敬語な。ところで御門先生……」
「は、はい、何でしょう?」
摩耶さんは急に真顔になると、俺に言った。
「今の話って……、ホントのトコ……、どうなの?」
さらに大騒ぎになった教室が静まるのは、生徒指導の先生が駆け込んできて、摩耶さんが怒られた後だった……。




