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 辿り着いた先は、あらかじめそうと聞かされていた思い込みからなのか、はたまた人が寄り付かない場所は皆このようになってしまうのか、とにかく薄暗くジメジメして、嫌な感じのする場所だった。

 周りのサラリーマン達も何かを感じてか、それとも噂のせいなのか、昼間だというのに誰も近付く人はいないみたいだった。

 だが、私は黒狼探偵社社長、リルさんの助手なのだ。私が怖気づいていたら、私を雇ってくれたリルさんに恥をかかせてしまう。

 意を決して、生臭い感じのするビルの隙間を奥へと進んでいく。もちろん、私の鼻でも、実際に臭いを感じたわけではないのだけれど……。


「っ……!」


 いつからそこにいたのだろうか。行き止まりになろうかという場所に着いた時、気付いたらその男の人は立っていた

 ぼんやりと立ち尽くして、俯いて地面を眺めるその姿は、私にはとても悪霊には見えなかった。

 痩せて色白で、優しそうな顔をした男の人だった。ただ、生気を感じさせない姿と、わずかに向こう側が透けて見えることで、生きている人ではないということはわかった。

 ただ、何となく悲しそうな表情に同情してしまったのだろうか。いつの間にか私は、リルさんに注意されたことの、都合のいい部分だけを抜き取っていた。


『中にはまだ人の心を保っている霊もいるし、そういう奴なら話も通じるけどね』


 この人はまだ悪霊になんかなっていない。そうだ、きっとこの人になら、話が通じるはずだ。私の言葉に耳を傾けてくれて、自分から成仏してくれるはずだ。

 そう思った私は、気付けば幽霊に声をかけていた。


「君は……。僕のことがわかるんだね?ああ、よかった……」


 私はその男の人とお話をして、いろんなことを聞いた。会社で頑張っても、要領のいい上司に手柄を取られ、なかなかうまくいかなかったこと。一緒に住んでいた彼女が他の男の人と浮気をして、結婚資金に貯めていたお金を持って出て行ってしまったこと。ストレスで体調を崩して休んでいる間に、地方部署への転勤が決定していたこと。病気で入院していたお父さんが亡くなったこと……。

 何もそこまでというくらい、不幸がいっぺんに訪れ、追い詰められて飛び降りてしまったらしい。聞いている私も、思わずに涙ぐんでしまう。


「ありがとう。君はいい子だね。こうして話を聞いてもらえて、なんだか心が晴れたよ。今までの人は僕の姿を見るなり逃げ出したり、僕があの世に引っ張り込もうとしているなんて思ったみたいだし……」

 

 なんだ。やっぱりあれは怖がりな人が広めた、ただの噂話だったんだ。この人はただ自分のことを、誰かに伝えようとしていただけなんだ。

 この人は悪霊なんかじゃない。そう思った安心感から、気が大きくなっていたんだろう。

 

「そ、それじゃあ、自分から成仏できるんですね?」

「ああ。ただ……、どうしても一つだけ、心残りがあるんだ」

「心残り……ですか?」

「母は、僕が子供の頃に、僕達を捨てて出て行ってしまってね。父も亡くなってしまった以上、家族はいないんだ。でも、血の繋がりでいうと、おばあちゃんがいるんだよ」

「おばあちゃん……、ですか?」

「ああ。もっとも母方の祖母だから、母が出て行ってからは一度も会っていないけどね。それでも、子供の頃の僕をものすごく可愛がってくれたし、会えなくなった今でも、父にわからないように偽名で手紙や荷物を送ってくれたりしてたんだ」

「いいおばあちゃんなんですね」

「うん。でも、こんな事情だから、きっと僕が死んでしまったというのを知らずにいると思うんだ。だからせめて、僕が死んでしまったことだけは伝えておきたいんだよ」


 その人は、とても悲しそうな顔をしてそう言った。その時点で私は、完全にこの人に同情してしまっていたのだ。


「わ、わかりました。居場所を教えてもらえれば、私が伝えに行きます!」


 私は、知らず知らずのうちにそう答えていた。


「いいのかい!?でも、見ず知らずの君に……」

「大丈夫です。こう見えても私は、この町一番の探偵、黒狼探偵社のリルさんの一番助手なんですから!」


 興奮していたのか、我ながらたいそう大きく出たものだと思う。町一番かはともかくとして、助手は私一人しかいないのだ。今にして思えば恥ずかしいかぎりだ。

 でも、私だって犬神なのだ。最近は、少しずつだけど危ない仕事だって任されつつあるし……。

 

「ありがとう。ただ……」


 そこでその人は、やや言い辛そうにしていたが、やがて口を開いた。


「とても図々しいお願いだとは思うんだけど、できたら最後におばあちゃんの姿を一目見て、自分で伝えたいんだ」

「自分で?じゃあ、ここに連れてこればいいんですか?」

「いや……、世の中には、僕が見える人と見えない人がいる。おばあちゃんが見える人とは限らないからね。それよりも、確実な方法があるんだ。ただ、それはちょっと頼み辛いんだけど……」


 そう言うとその人は、まるで甘えるように私を上目使いで見た。


「大丈夫です!何でも言ってください」


 その時の私は、すでにこの依頼は私が解決できたものだと思い込んでいた。あれほどリルさんが口うるさく言ってくれた言葉も忘れて……。


「その……、ほんの少しでいいんだけど、君の体を貸してもらえないだろうか。僕だけでは、ここから離れられないし……。もちろん、おばあちゃんに会ったらすぐに返すと約束するよ。あ……、でも、いくら君が優しい人でも、こんな頼まれ事は嫌だよね……。ごめんね、今のは無しだ。僕はここで、大人しく祓われるよ」 


 体を貸すということはつまり、一時的に乗っ取られるということだろう。さすがに私も躊躇したが、目の前で悲しそうに微笑むその人を、すでに私は完全に信用してしまっていた。

 それに、もしも悪いことを考えているなら、やっぱりやめようなんて言うはずないし……。


「だ、大丈夫です!で、でも、どうすればいいんですか?」


 その人の言葉を自分に都合よく解釈した私は、ちょっと怖かったけど、これで事件が解決すると安心もしていた。


「本当にいいのかい!?ありがとう、感謝するよ。方法は簡単さ。今から僕が、君の心に直接『入れてください』ってお願いするから。君は心の中でうなずくだけでいいんだ。


「わ、わかりました」

「ありがとう。それじゃあ……」


 突如とて頭の中に声が響いてきた。それは不思議な感覚だったが、確かに私の中に入れてくださいとお願いされているように感じた。


『うん』

 

 私は心の中でうなずいた。これであとはこの人が、おばあちゃんに会いに行けば解決だ。そう安堵した瞬間だった。


「クケケケケケ。言ったな!俺を受け入れると言ったな!」


 突如として、優しげだった声が一変し、野太い気味の悪い声と化した。驚く私が暗闇に飲まれる前に見たものは、あの優しげな表情はどこにもない、この世の全ての恨みを背負ったような、醜悪に歪んだ顔だった……。



「…………?」

「……ょうぶですか?キミ、大丈夫ですか?」


 そして私が暗闇から目を覚ました時、運命の王子様と出合ったのだった。




「もう少しすれば落ち着くだろうし、少し休むといいですよ」

 

 ああ、それもいいかも。とっても気持ち良いし、もう少しこのまま、抱きかかえられたまま……。抱きかかえ……!?


「はわっ!!」


 私は慌てて飛び起きた。当然だろう。私はその人に抱きかかえられたままだったのだ。


「危ない!」


 だが、思った以上に疲れていたのか、起き上がった途端に私は立ちくらみを感じて、その場に倒れそうになってしまった。そして次の瞬間、またしても私はその人の腕の中にいたのだった。 


「いきなり無茶はいけませんよ。悪霊は生気を吸い取りますから、大丈夫に思えても体は疲弊しているはずです」

「あ、ありがとうございまひゅ……」


 …………。噛んでしまった……。

 でも、仕方ないだろう。顔は幸いにして?髪の毛で目元まで隠しているから、表情まではわからないだろうが、私の心臓はバクバクいっているし、顔も真っ赤だ。体中に冷や汗もかいているだろうし、変な子だと思われているのではないか?

 そう思うと、余計に全身から汗が吹き出てくる。


「ここは空気も澱んでますし、表通りに出て休みましょうか。といっても、まだ歩けそうにはないですし……。ええと、おんぶしますけど大丈夫ですか?」

「え!?お、おんぶですか!?」


 どうしよう。私は汗だくだし、心臓がバクバクいってるし、そんなのを背負ったら不快にさせるだけでは……。でも、おんぶなら顔も見られないし……。


「お、お願いします……」


 まだうまく立ち上がれない私は、結局その人に背負われて行くことになった。だが……。


「す、すみません、背中に当たって……。やっぱり抱えて行ってもいいですか?」


 なぜかその人は顔を赤くして、私を背中から降ろしたのだった。やっぱり、汗が気持ち悪かったのだろうか。

 少し落ち込みかけた私だったが、次の瞬間にそんな思いは消し飛んでしまった。


「はっ、はわわわっ!!」


 その人は、正面から私を抱え上げたのだった。それは俗に言う、お姫様抱っこというやつであった……。




 ようやく落ち着いた頃、違う意味で体中の生気を吸い取られた私は、表通りのベンチでその人に買ってもらったペットボトルのジュースを飲んでいた。


「どうですか、落ち着きましたか?」

「は、はい。でも、まだなんか雲の上を歩いているみたいで……」

「そうですか。犬神なら、通常の人間よりは耐性があると思ったんですが……」


 いや、実を言えば体調のほうはほぼ回復しているのだが、別の意味で頭の中がフワフワとしている。それは主に、目の前の人のせいなんだけど……。

 だって仕方ない。初対面の、しかも王子様のような男の人にいきなりお姫様抱っこされたのだ。平静でいられるほうが、どうかしてると思う

 でも、この人はいったい誰なんだろう。悪霊を退治したり、私を一目で犬神と見抜いたり……。

 でも、そんなことはどうでもいい。こんなに優しくて素敵な人が、悪い人のはずがない。まあ、あっさりと悪霊に騙された私が言うのも何だけど……。


「とにかく、まだ体調も良くなさそうだし送っていきますよ。歩けなければ、また背負って……、はマズいか……。抱えて行きますが」

「だだだ、大丈夫です!一人で歩けます!」


 正直に言えば、あのお姫様抱っこは魅力的だ。でも、そんな状態で町中を歩いて行ったら、恥ずかしさでそれこそ気絶してしまいかねない。


 帰りの道中で、私達はいろんな話をした。

 なぜ、私が悪霊に憑かれているとわかったのか。なぜ、悪霊を祓うことができたのか。なぜ、私が犬神だとすぐにわかったのか。なぜ、私を助けてくれたのか。

 あなたはいったい、何者なのか……。

 もっとも、いつもの私にしては珍しく、ほとんどが私の一方的な質問だったのだが……。


 結果としてわかったことは、その人の名前や年齢、今住んでいる場所、お仕事、そして、その不思議な力は除霊師などではなく、陰陽師だということだった。


「君達には、あまり良い印象はないかもしれないけど……」


 その人は気まずそうに言った。確かに、陰陽師というのは妖怪を退治する人達だというのは知っている。でも、目の前の王子様……、緋色さんは、誰かれ構わずにそんなことをする人とは思えない。

 もっとも、そんな思い込みが今回の件に繋がったわけだけど……。

 そんなことより、もっと重大なことがあった。どうやら緋色さんは、銀華さんの所で働いているようなのだ。

 こんなすごい人が銀華さんの所で働いていたら、黒狼探偵社は潰れてしまうのではないか?そんな心配をしたが、どうやら緋色さんは私達のような怪を刺激したくないため、できるだけ正体は隠したいそうだ。

 ちょっぴりホッとしたが、別の話題で私の冷や汗は止まらなくなっていた。


「銀華さんの話によると、そのライバル探偵社の社長が酷い人らしいんですよ。なんでも、ものすごくお金にがめついとか、色仕掛けで依頼者を横取りするとか、特に酷いのは、まだ中学生くらいの女の子を働かせてるっていうんですよ。それも自分は動かずに、その子に危険な仕事をさせているとか……。人の話だけで決めつけるのはいけないかもしれませんが、さすがに良くないですよね」

「ええと……、そ、そうです……ね」


 私は、曖昧にうなずくことしかできなかった……。

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