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「そこは昨日も掃除したろ?ここんとこ仕事が立て込んで忙しかったんだし、もう掃除はいいから、息抜きに外へ遊びにでも行って来たらどうだい」

「で、でも、別に行きたい所とかないし……」

「まったくアンタは……。それでも若者かい?」

「わ、若者って……。リルさんだって若いんだし……」

「アタシはいいんだよ。そうだ、どうせあの馬鹿猫んトコは仕事も無くて暇なんだろうし、『王子様』でも誘って遊びに行っておいで」

「はわわっ!そ、そんなこと外で言ったら……。そ、それに、そんなことしたら銀華さんに悪いし……」

「アンタねぇ……」


 私の名は『犬神 狗巫女』、14歳だ。まあ、ちょっと事情があって、中学校には通っていない。

 それに、年齢のわりに低い身長と、おばあちゃんみたいに白いものが混じった灰色の髪の毛と、引っ込み思案な性格と、あんまりお洒落とかわからなかったり、周りの女の人達と比べて、ちょっとだけ(・・・・・・)大きい胸だったり……。

 とにかく、少しばかりコンプレックスの多い(だらけの?)、どこにでもいるごく普通の女の子だ。いや、ごく普通ではないか……。

 そうだ。私の周りには同じ仲間達や、私達の存在を理解して、ごく普通に接してくれる人達がたくさんいて忘れそうになるが、私は怪なのだ。

 そして、私の目の前で呆れたようにこちらを見ているのは、同じく怪であるフェンリルさん。通称リルさんだ。

 目の前のリルさんは、美人で身長も高くてスタイルも良くて、輝くような長い黒髪だ。それに自分に自信があって、快活で決断力もあって……。

 褒めればきりが無いが、とにかく、全てにおいて私とは正反対だ。

 でも、なぜかリルさんは子供の頃からずっと私を可愛がってくれていたし、周りの意地悪な子や、怪を目の敵にする人間達から守ってくれた。


 私とリルさんは、保護者のいない怪が集められる施設で育った。

 今では違うのかもしれないが、当時は間違いなく保護というのは名目で、実際は『監視』施設だったのだろう。自分達の知らないものに対する……。

 もっとも、私たちの存在が世界に知られ、なおかつ法律で権利が定められたのが10年くらい前だということだから、正確にはリルさんがそこに入ったのは小学生くらいの頃だろう。

 だからそれまで、リルさんがどうやって生活していたのかはわからない。本人も言いたくなさそうだし、それならばと私も聞こうと思わないからだ。

 ただ、人間と怪との間に生まれた子で、お父さんが狼男だ。いや、狼はお母さんのほうだ。親は大変な資産家らしい。生まれてからずっと存在を隠され、お屋敷の座敷牢に閉じ込められていたらしいなどと、もっともらしい噂は聞いた。

 だけど、いくらなんでもこの時代に座敷牢なんてないと思うから、たぶんそれは嘘だと思う。

 どちらにしたって、施設が出来た途端に、リルさんがそこに入れられたことからも、存在が公にできない頃はどのような扱いをされて育ったのか……。子供の私でもなんとなくは想像はできる。

 一方の私は、まだ物心付くか付かないかという頃に、施設の前に置き去りにされていたらしい。まあ、正直親のことも覚えていないし、一応法律も整備され、環境の整った施設で育った分、むしろリルさんより恵まれていたのかもしれない。

 だから、ある日突然リルさんが施設から姿を消した時は、大切なものを失ったような気がしてとても悲しかった。

 もう、二度と会えないのかも……。心にぽっかりと穴が開いたような気持ちで、私は毎日を過ごしていた。


 でも、それは唐突な出来事だった。


「狗巫女、仕事を立ち上げたから。アンタもここを出て、一緒に手伝いな」


 しばらくして姿を現したリルさんは、唖然とする周りの人達を無視して私を車に乗せた。車のことは良くわからないけど、それは小さくて、とてもお洒落で可愛いかった。

 姿を消していた間は、運転免許でも取りに行っていたのかと思ったが、当時リルさんはまだ17歳だったはずだ。

 いくら私でも、車の免許は18歳にならないと取れないことは知っている。もしかして、無免許運転ではないのか?もしそうなら、警察に捕まってしまう……。

 内心ビクビクの私だったが、あまりに堂々とハンドルを握るリルさんを見ていたら、きっとリルさんは特別に運転を許可された人なんだと思えてきて、少し安心した。もちろん、そんなことがあるわけはなかったのだが……。


「さて、着いたよ」


 連れて来られたのは、たくさんのビルが立ち並ぶ町の中でも、ひと際立派なビルの前だった。そのビルの中ほどには、大きく『黒狼探偵社』という看板が張り出されている。


「黒い狼って……、リルさんのこと?」

「ああ、なかなかイケてるだろ?今日からここがアンタの家さ」


 まだ11歳だった私に、探偵という仕事は良くわからなかった。でも、テレビのドラマやアニメで見た、殺人犯の正体を暴いたり、時にはピストルを撃ったりするシーンが思い浮かび、自分もそんなことをするのだろうかという不安と、ちょっぴりわくわくしたのを覚えている。

 案内された先は、狭い施設とは比べ物にならないくらい、大きな部屋がいくつもあるフロアだった。


「ここが事務所で、あっちが住居にするところさ。アタシとアンタ、それぞれの部屋もあるからね。ま、ちょっとばかり掃除が大変だけど」


 興奮状態のうえに子供だった私は、こんな一等地のビルの1フロアを貸し切るのが、どんなに大変かなんて考えてもいなかった。

 きっとリルさんはセキュリティのこととか、同じフロアに人間の会社とかが入ったりしないように、私に気を使ったのだろう。

 ただ、窓から見える向かいのビルは、だれも住んでなさそうだし、ここと違って随分小さくてみすぼらしいなぁと思ったのを覚えている。

 今にして思えば、もう一つの噂が真実であったのだろうという思いはある。それは、リルさんの人間の方の親は、大変な資産家であるということだ。

 リルさんがいなくなる少し前、誰かと電話で話していたのを覚えている。

 それは、最初の面倒だけ見てくれればいいとか、相続の権利は放棄するとか、それさえしてくれれば望みどおり縁を切ってやるとか、そんなことを言っていた気がする。

 きっとリルさんは独立するために、二度と親と会わないという条件でここを手に入れたのだ。リルさんの本心はわからないが、それはきっと私のためでもあるのだろう。

 そしてそれが真実だとすれば、座敷牢は大げさでも、似たようなことはあったのかもしれない。

 そしてリルさんは、ちゃんと約束どおりに、今では自分で家賃を払えるほどに稼いでいる。

 ちょっとばかり、やりすぎと思う部分もあるけど……。


 そんなわけで、あの日、施設から姿を消していたリルさんが突然私を迎えに来てくれて以来、私はこの『黒狼探偵社』を手伝いながらお世話になっている。

 そして内緒だけど、あの時のリルさんは、ちょっとだけ王子様っぽかった。私を囚われのお城から連れ出してくれるような……。




「いいかい、物語の中の王子様ってのは、黙っていても心優しいお姫様を迎えに来てくれるもんだけど、現実にはそうはいかないんだよ。王子様ってのは、あの手この手を尽くして、ライバルから奪い取るもんなのさ。のほほんとしてると、あの馬鹿猫に取られちまうよ。ただでさえ、あっちは一緒に暮らしてるってアドバンテージがあるんだから」

「はわっ……!う、奪い取るって……。わ、私はそんなんじゃ……」

「まあ、アンタの歳じゃ仕方ないかもしれないけど……。でも、緋色はびっくりするくらいの鈍感なんだから、積極的にアピールしないと何の進展も起きないよ!」

「アツ、アピールって……。でも、私はこんなんだし……」

「……。アンタのその自信の無さは筋金入りだね……。そもそも、その立派にぶら下がってるモノを武器にしないでどうすんのさ」」


 リルさんは私の胸元を見て、深いため息をつく。でも、そりゃあそうだろう。何も好き好んで、私のような地味な女の子と恋人になりたい人などいないだろう。

 もっとも、私も別にすぐ恋人が欲しいわけじゃない。そりゃあいつかは……って憧れはあるけど、正直そういったことはよくわからない。

 出会った時のインパクトが強すぎただけで、緋色さんのことだって、優しいお兄ちゃんくらいに思っているのかもしれない。

 ただ、ちょっとだけ他の男の人とは違うドキドキを感じたりするだけで……。

 それに、緋色さんだってこんな地味で背の低い女の子は嫌だろう。どうせなら、リルさんみたいにカッコいい女の人とか、最近猫猫飯店に来るのをよく見かける、ちょっと地味だけど美人な、和菓子屋のお嬢様だっていう緋色さんと同じくらいの歳の人とか、それに銀華さんとか……。

 う~ん、銀華さんはちょっと違うかも。どっちかっていうと、妹みたいな感じ?

 だいたい、私のおっぱいを武器にって……。これは、武器なんかじゃなくてお荷物だよ。

 このせいで、小さい頃からどれだけからかわれたか……。

 もっとも、私が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、周りの人達が面白がるのがわかってからは、むしろ気にしないフリをして堂々としているが。

 そりゃあ私だって、女の人の胸が男の人に対して武器になることくらいは知っている。リルさんが時々読んでいる大人向けの雑誌の、ちょっとエッチなページなんかを見ていれば……。

 でもそれは、リルさんみたいな均整の取れた、綺麗な女の人だからこそ武器になるのではないか?

 緋色さんとお話している時だって、何気なく彼の視線が私の胸に来る時がある。

 もちろん、わざと見るような人ではないのはわかっているし、そんな風に感じる視線でもない。

 ただ、そうした時に、緋色さんは困ったように目線を逸らすのだ。

 きっと、私のような子供にアンバランスなモノが付いているのが、気持ち悪いのだろう。そのことをリルさんに話したこともあるが、

 

「……。ま、アンタももう何年かすりゃ、わかるようになるさ」


 呆れたような笑っているような表情で、そんな答えが返ってきた。


「しかし、アイツを王子様だって思うくらい劇的な出会いがあったんだから、そん時に行くトコまで行っちまえばよかったのに……」

「いいい、行くトコって、ど、どこに……」


 そんなリルさんの言葉に、私は思い出す。

 思えばあれから数ヶ月は経ったのだろう。でも、私の中では昨日のことのように覚えている、あの日のことを。

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