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「あっ!次はあれがいい。緋色きゅん。あそこあそこ」
「ちょっと金華さん。そんなに慌てなくても……」
金華さんは買ったばかりのたこ焼きをあっという間に平らげると、ソフトクリームののぼりが立っている場所に向かって走り出した。
猫猫飯店を出発した後、俺達は商店街へと来ていた。町を案内するといっても、金華さんは何度か訪れている所だし、ビルを眺めていても面白いことなど何もないだろう。
そんな中、金華さんのお腹が空いたという要望もあり、商店街をブラブラすることになったのだった。
「お、おい。緋色君がまた別の女の子と……」
「でもあれ、金髪だけど銀華ちゃんじゃないかしら?もしかして、緋色君の浮気を知ってグレちゃったんじゃ……」
「馬鹿言え。そんなら一緒にデートなんてするわけないだろ。それに、銀華ちゃんがあんなに大きなオッパイ……、じゃない。あんなに大きく成長してるわけないだろ。別人だよ」
ヒソヒソと囁かれる、さらに広まっていく俺への誤解を聞きながら……。
「ちょっと金華さん。そんなに食べて大丈夫なんですか?」
「なに?もしかしてもうお金無いの?奢ってくれるっていうから期待してたのに」
「それは大丈夫ですけど……。でも、あんまり食べ過ぎると、夕飯が食べられなくなりますよ」
「それは大丈夫!あーしは、人間の二人や三人食べたくらいじゃ全然満腹にならないから、このくらいはへっちゃらさ。それより久しぶりに来たけど、やっぱりこの国の食べ物は、バラエティに富んでておいしいね~」
そして、ソフトクリームをあっという間に片付けた金華さんは、次の目標へと向かい突進していく。
「人間を……、ですか」
金華さんから発せられた何気ない一言だったが、俺はポツリと呟いた。
もちろん、今はともかくとして、大昔から怪が人を食らうなどというのは、当たり前のことだった。
人間が何も思わず魚や獣を食うように、彼らにとっても人を食うのは当然のことだったのだ。
もちろん、今では人間と共生しようとする怪達も心得ているし、現代でそのようなことはまず起こりえない。仮にそのようなことが起きれば大変な騒ぎとなるし、成田警部や、それこそ俺達のような人間の出番となるだろう。
もちろん、金華さんとて人間社会に溶け込んでいるはずの怪だ。まして生物平等基本法を推し進めたということだし、人を食ったというのも過去のことか、冗談の類だろう。
しかし、この人からは何か言い知れぬ不安感を感じる。俺は駆けて行く金華さんの後姿を、じっと見つめていた。
「さて、銀華ちゃんの出してるお給料じゃ、こんなとこかな~。んじゃ、最後にお茶でも飲みに行こっか」
俺の財布の中身が心もとなくなってきた頃、金華さんはまるで見透かしたかのように、そんなことを言った。
「ま、短い時間だったけど、キミの人柄を見る限りではさしあたり合格かな。銀華ちゃんのそばにいることは、取りあえず認めてあげよう」
「あ、ありがとうございます」
つまりはなにか?金華さんは、俺の人柄を見るために引っ張りまわしたということだろうか。娘のそばに置いておいても、大丈夫な男かどうか。
随分と娘思いのようだが、それならばなぜ離れて暮らしているのだろう。
「さて、それよりもじゃ」
不意に金華さんの雰囲気とともに、口調までもががらりと変わった。
「あの言葉遣いも楽しいが、少々疲れるからの。さて。ヌシは儂にいろいろと聞きたいことがあるのだろう?馳走になった礼もある。知りたいことを教えてやるぞ」
驚きのあまり唖然とする俺に、金華さんは悠然と言い放ったのだった。
「ここなら落ち着いて話せるかと思います。まあ、大きな声では言えませんが、店主の老人が趣味でやってるような店ですし、お客さんもほとんど来ませんから。でも、コーヒーはおいしいですよ。銀華さんもお薦めしてますし。もっとも、彼女は大量の砂糖とミルクでコーヒーの味をわかんなくしちゃいますけどね」
しばらく後、俺達は商店街の外れにある小さな喫茶店の、さらに奥まった所にある席に座っていた。
「まず、お礼を言わせてください」
「ん?何のことじゃ?」
「銀華さんに、俺のことやクーコのことを黙っていてくれたことです。一言たりとも言わなかったってことは、察してくれたんですよね」
「別段ヌシをかばったわけではない。今までそれでうまく行っておったのなら、銀華のためにそちらの方が良いと思っただけじゃ。それに、名を聞く限り御門の一門に連なる者なのであろう。奴らを敵に回すよりは、味方にしておいた方が良いからな」
そう言うと、向かいに座る金華さんは、キョロキョロと店内を見渡す。
「なるほど。逢引には悪くない場所じゃな。銀華とはよく来るのか?」
「いえ。さすがに外食は贅沢ですし、月に数回ほどですが」
「まったく……。せっかく儂等が表立って棲める世にしたというのに、なぜあの子はわざわざ貧しい暮らしを選ぶのか。せっかく儂が人の世で大金を稼いでやっておるというのに……」
金華さんは、我が娘のことながら、理解できぬという表情で首を振る。
「そっ、それです。何から聞けばいいのか検討がつきませんが、本当に金華さんはカジノとか油田経営なんかしてるんですか?そもそも、そんなものが個人で持てるなんて……」
「ふむ、なるほどな。まあバラバラと話しても、らちがあかぬか。いいだろう。順に話してやろう」
そう言うと金華さんは、テーブル上のシュガーポットを開け、角砂糖を一つつまみ上げると、そのまま口に放り込んだ。そしてそのままガリガリと噛み砕く。
「ヌシならば、金華猫がどのようなモノか知っておるな?」
「はい。ただ、海外の怪については詳しくありません。人に化け、人間を病にしたり、精気を吸うということくらいしか。ただ、俺の知りうる限りでは、それほどの力を持った怪ではないはず。あなたから異質な気配を感じたり、クーコがあそこまで警戒する理由がわかりません」
「なるほどな。では、儂の歳はいくつに見える」
「は……?」
突然想定外の質問をされ、俺は金華さんをまじまじと見つめる。見た感じは20代の前半から半ばだろうが、さすがにそんなことは無いだろう。
「ええと……、30……ちょっとくらいですか?」
銀華さんの年齢を考えれば、その辺がギリギリのところだろうか。
「ほほう。ヌシからはそんな風に見えるか。儂としては女子高生くらいの感じだったのだがな……」
あれ?もしかしてもっと若かったのだろうか。金華さんの声のトーンが、心なしか下がった気がする。
「い、いえ、銀華さんの歳を考えると、そのくらいじゃないかと。実際にはもっと若く見えますよ」
俺は慌ててフォローする。だいたい、女性の年齢当てクイズは、どう転んだっていいことはない。
「…………。いくつじゃ?」
「は?」
「実際に、儂はいくつに見える」
金華さんはジト目で俺を見つめてくる。どこかで見覚えがある目だと思ったら、それは銀華さんのジト目とそっくりだった。
「ええと……。ハタチくらい……、です」
俺は少々サバを読んで答えた。いや、さすがに10代はキツイからね。
「ふむ……、ハタチか……。まあ良いか」
俺は胸を撫で下ろす。金華さん的には何とかオーケーだったようだ。
「さて、話が脱線したが、儂は少なくとも空狐が空狐に成りうる前、大陸におった頃から知っておる。むろん、そ奴ほどの長生きはしておらぬが、少なくとも数千年は生きておる」
「なっ……」
むろん、悠久の時を生きる怪に、歳などあって無いようなものだろう。だが、現実にそれほどの時を生き長らえているモノはそうはいない。いればそれは、神仙と呼ばれる類のモノだ。
そしてそれは、いかに力の弱い怪といえど、大妖と成りうるだけの時間だ。
「原因はわからぬ。ただ、他の怪どもと違うところは、この異常な食欲じゃ」
言いながらも金華さんは、次々と角砂糖をほお張っている。
「今でこそ、必要であれば制御できるようになったがの。だが、当時はのべつ幕なしに人を食い、精気を吸っておった。西洋では、『暴食の悪魔』とも呼ばれておったな。気付いた時にはこの力を得て、大妖と呼ばれておった」
そして最後の一つを飲み込むと、話を続ける。
「だが、神仙に近しい力を得たところで、所詮は妖怪じゃ。人からは崇められることもなく討伐の対象とされ、怪からは狙われる。まことかどうかは知らぬが、大妖の血を飲めば、大きな妖力が得られると言われ、人からも怪からも狙われる日々じゃ。神仙を襲うことは初めから無理と諦めても、妖怪の成り上がりなら何とかなるやも知れぬという、浅はかな考えじゃ」
そう言って金華さんは笑う。
「お待たせしました」
その時、老店主がコーヒーを持ってきた。
「ああ、すみません。無くなってしまったので、砂糖の追加をお願いできますか」
「かしこまりました」
店主は空になったシュガーポットをチラリと見ると、新しい砂糖を持ってきた。その間に俺や金華さんの顔を見ることも無い。
これがこの店のいいところでもある。これがもし商店街の店主達の行きつけの店であったら、注文の品を持って来たままテーブルに居座り、周りの客も集合しての根掘り葉掘りの質問合戦になるだろう。むろんそれは、自分達を受け入れてくれているという意思表示で、悪いことではないのだが。
だが、この老店主はプロに徹しているのか、はたまた他人に興味が無いのか、前に見た時と態度は変わらない。
「ほう、確かに旨いな。だが、あの子の舌では、まだこの味はわからんか」
気付けば金華さんは、何も入れずにコーヒーを味わっている。食べ物は流し込むように食べる割には、緑茶を飲んでいた時といい、飲み物にはこだわりがあるのかもしれない。
「さて、どこまで話したか……。そう、儂が怪から狙われるという話だったな。まあ、儂が狙われる分には構わん。自分でどうとでもできるし、もし負ければ死ぬまでじゃ。だが……」
そこで金華さんは、なぜか言いよどむ。
「その矛先が、銀華さんに向く……、ですね」
「うむ。中には可能性にかけて、銀華を襲うものもおる。この間もそのようなことが起きたのであろう?詳細はわからぬが、夢の中でヌシが助けてくれたと、あの子が嬉しそうに話してくれた。ヌシの力を見れば、何をしたか想像は付くがな……。今のところだが、ヌシの存在はあの子にとってメリットのほうが大きい。儂がそばにおれぬ以上、あの子を守る役目を務めてもらわねばな。それに……」
なぜか金華さんは、少しばかり表情を崩す。
「母親としては複雑じゃが、今あの子からヌシを引き離しては、恨まれてしまうからの」
そう言って金華さんは、可笑しそうに笑ったのだった。




