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「お待たせしました。たいした物は用意できませんけど。ゆっくりしていってください」
俺はソファに腰掛ける金華さん(仮名)の前へ、緑茶とお茶菓子を差し出す。お茶菓子は満月庵からの帰りに渡されたばかりの、新作の和風ケーキである。
緑茶を出した理由は、餡を使った和風ケーキであるため、コーヒーではなくあえて緑茶にしたのだ。普段は外国に住んでいるらしい金華さん(仮名)に、緑茶というのも悩んだのだが、ちょくちょく銀華さんにも会いに来ているみたいだし、問題はないだろう。
ちなみに銀華さんは、自分の取り分が減ってしまったのを嘆いてか、恨めしそうにそのケーキを見つめている。
だが、さすがに久しぶりに訪ねて来た母親へのお茶菓子ということもあり、文句を言わず我慢しているようだ。
「サンキュー!おいしそうじゃん。でも、どっちかってーと、あーしは生クリーム系のほうが好みなんだけどね~」
「マッ……、か、母様がいらないのなら、僕が……!」
さっきまでの恨めしそうな表情はどこへやら、銀華さんが嬉々とした表情で、金華さん(仮名)に話しかけた時だった。
「ん?ぎんはひゃん、なんはいっは?」
だが、その小さな口でどうやって食べたのだろう。金華さん(仮名)は、銀華さんの言葉を聞き終わるまでの間に、二口ほどでケーキを平らげたのだった。
「な、何でもないよ……」
銀華さんは平静を装いながらも、恨めしそうな目でケーキの無くなった皿を見つめている。
一方でケーキを平らげた勢いとは対照的に、ゆっくりとお茶を味わった金華さん(仮名)は、湯飲みを置くと口を開いた。
「ふぅ、ごちそ~さま。うん、悪くないね。おいしかったよ。ちゃんとお菓子との相性を考えたり、相手をもてなそうと思って丁寧に入れた感じが伝わってきたよ。キミ、なかなかやるじゃん。なるほどね~、銀華ちゃんの男を見る目も、なかなかのもんだね」
「あ、ありがとうございます」
意外だった。見た感じから、細かなことはあまり気にしなさそうな感じの人だったのだが、俺の考えたことも見抜いているし、緑茶を味わう風情も持っていることにも正直驚いた。
「あの、自己紹介もまだでしたよね。銀華さんから聞いているかもしれませんが、御門緋色といいます。銀華さんの助手として、ここにお世話になってます」
「あれ?まだ紹介してなかったっけ?あーしは銀華ちゃんのママで、えっと……、どーしようっかな。とりあえず、『金華』でいいや」
いやいや、どうしようとかとりあえずってなんだよ!と、俺は心の中でツッコミを入れる。だが、やはりそこは怪なのであろう。陰陽師に対して、簡単に真名を告げることはしないようだ。
それは俺の周りの怪達に対してもいえることだが、皆が俺に本当の名を告げているとは限らない。
それは少しばかり寂しいことだが、仕方のないことだろう。陰陽師に対して、真名を知られる意味を知っていれば……。
「それよりも、銀華ちゃん?」
「な、何?母様」
「それ!そのかーさまって、なあに?」
「な、何って……。母様は母様でしょ?いつも呼んでるじゃないか」
「いつもって……。いつもはちゃんと、ママって呼んで……」
「ななな、何を言ってるんだい!もー、やだなー。そんなの、随分と昔の子供の頃の話じゃないか。しばらく会ってないから忘れちゃったのかい?ヒロ君、僕は普段から母様って呼んでるよ。ママなんて子供っぽい呼び方はしてないから!」
「はあ……」
銀華さんは大慌てで否定する。だが、俺には前から言葉の端々でわかっていたことだが、明らかに普段からママって呼んでるのは間違いないだろう。
だが、見栄っ張りの銀華さんのことだ。ここは素直に聞いておくほうがいいだろう。
それよりも、思っていたよりも仲が良さそうで安心した。普段の銀華さんの態度からは、何というか周りに母親のことを知られたくない感じがしたからだ。
「それより、今回のカッコは何だい!?そりゃあ、前回の花魁とか、その前の忍者よりはマシだけど、そんな派手なカッコと変な言葉で。それに、ブ……、し、下着が見えてるじゃないか!ヒロ君の前なのに……」
「え~?可愛いっしょ?見せブラってヤツ?前に銀華ちゃんに会いに来た時にこの国で見て、ピ~ンときたんだよね。次はこれだ!って」
「もー。母様がそんなだから、周りに紹介するのが恥ずかしいんじゃないか!」
「え~、ひど~い。銀華ちゃんのその真っ黒のスーツより、全然イケてるっしょ」
ん?今、銀華さんの口から聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。まさか、今まで言い辛そうにしてたのは、そんなことが原因なのか?
「でも、銀華さんは立派ですよね。この年で仕事をして自立して、こんなビルまで持ってるんですから」
「ん~。ホントは、もっと大きいビルとか建ててあげたかったんだよね~。でも、銀華ちゃんがこれでいいって言うから。せっかく世界の法律まで変えて、あーしらの棲みやすい世界にしてあげたのに」
「もー、僕が言ってるのは、母様のそういう過保護なトコじゃないか。僕だって、自立してやっていけるんだから」
ん?今度は金華さんの口から、サラッととんでもない言葉が聞こえてきた。
「あの、ビルを建てるって……?」
「だって、このビル中古だし小さいっしょ?せっかくだからこの辺りで一番高い、50階建てくらいの大きいのにしたかったんだけど」
「そ、そんなとこに一人で住めるわけないでしょ!何考えてんのさ」
気のせいだろうか。話の規模が大きすぎて、俺が付いていけてない気がするのだが……。
「あ、あの、ちなみに金華さんのお仕事は、何をされてるんですか?」
「職業?とりあえず儲かってるとこなら、中東にあるカジノの運営と、油田の経営かな?」
「……、マ、マジですか……?」
「うん。マジっすよ。でも、銀華ちゃんは自立したいからって、あーしからの援助はあんまりいい顔しないんだよね~」
石油王……。一瞬俺の頭の中に、ターバンを巻いて、アラブ風の白い服を纏った金華さんの姿が浮かぶ。おいおい、事実なら銀華さんは弘美ちゃんの比じゃない、とんでもないお嬢様ってことだぞ。
てことはなにか?銀華さんが母親の話を避けてたのは、単純に周りに紹介するのが恥ずかしいってことと、自分が自立していることを見せたかっただけのことなのか?そんなに単純なこととも思えないのだが。
いや、そんなことより、もっと気になるワードがあったはずだ。そうだ、法律を変えたって何だ?
そしてはたと気付く。待てよ、確か、不思議の存在が公表されたのが15年ほど前。もしそうなら、銀華さんが生まれて少ししてからという計算は合う。
「あの……。それと今、法律を変えたって言いましたよね?それってまさか……」
「うん、多分キミの想像で合ってるだろうね。この国じゃ、生物平等基本法って呼ばれてるヤツだよん」
金華さんは、あっけらかんとその名を口にした。全世界で謎に包まれた、法律の一斉施行の真実を……。いや、歴史の真実なんて、案外こんなものなのかもしれない。
しかし、いったいどうやって全世界に対して、そんなことができたのだろうか。
それに、金華さんがいったい何なのかも気になる。銀華さんと違い、目の前の彼女の尾は1本だけだ。
「あの、ちなみに金華さんも猫又なんですか?」
「ん?あーしは猫又じゃなくて、『金華猫』だよ」
金華猫。確か大陸に住まう怪のはずだ。人を病にする能力があるが、大して力はないはずだ。
では、先ほど出合った時に感じたものは何だったのだろうか。
それにクーコが言っていた、『厄災の女王』というのは……。
聞きたいことが多すぎて、頭が混乱してくる。
そして俺は、知らずのうちに金華さんをジッと見つめていた。すると、その視線の意味に気付いたのだろう。金華さんはニヤリと笑った。
「あ、そうそう。今日は銀華ちゃんのお部屋に泊まってくからね~」
「えっ!?な、何で急に。いつもはホテルとかとってあるのに……」
「あれ~?ママが泊まったら何か都合の悪い事でもあるの?」
「ぐっ……。そんなことはないけど……。ちょ、ちょっとだけ片付けるから、時間をくれるかな?」
「ぜ~んぜんかまわないよ。それじゃあママはその間、緋色きゅんとデートしてくるから」
そう言うと金華さんは、俺の腕を取りグッと引き寄せた。その拍子に、銀華さんの数倍はあろうかという柔らかい膨らみが俺の腕に押し当てられる。ちょっと、胸が当たってるんですけど!
「なっ!何でママ……、じゃない。母様がヒロ君とデートするのさ!ダッ、ダメだよ!」
「でも、二人とも付き合ってないんでしょ?それにママは、さっき告って付き合うことになったしね~」
「ちょ、ちょっと。あれは冗談ですよね?そもそも俺は付き合うなんて言ってませんよ!?」
何やら俺まで巻き込まれそうな状況に、慌てて否定する。まあ、冗談で言っているだけなのだろうが……。
「そっ、そうだよ!ヒロ君は、見境無く女の子と付き合うような人じゃないんだから!そっ、それにもし母様が本気なら、僕なんかじゃ勝てないし……」
銀華さんは俯いて、何やらブツブツとつぶやいている。そして金華さんは、そんな娘の様子を、なぜかニコニコと見つめている。
「そう?じゃあしょうがないね。でも、そうするとちょ~暇だな~。そうだ。ご飯まで、銀華ちゃんの部屋でお昼寝でもしてよっかな~?きっと銀華ちゃんのお部屋は、一人暮らしをする時に約束したとおり、綺麗で素敵なお部屋なんだろうな~」
その言葉を聞いた瞬間、銀華さんが固まった。たぶん金華さんは、娘の部屋の惨状を把握しているのだろう。おそらくこの勝負は、金華さんの勝ちだ。
「そっ、そうだけど、せっかく母様が泊まってくんだから、もう少し綺麗にしておこうかな!そうだ!ヒロ君?」
「はっ、はい?何でしょう」
「せっかくだから、母様にこの辺を案内してあげてくれるかな。もちろん、デートじゃなくて、ただの案内だからね!」
「は、はい。わかりました」
何だろう。何か銀華さんから妙な圧力を感じる。そうか、きっと子供がお母さんを取られるみたいな感じで、ヤキモチを焼いているのだろう。
「ふふ~ん。じゃあ決まりだね。じゃあ緋色きゅん。デートと洒落込もっか」
言うが早いか金華さんは、俺を引き摺るようにドアの外へと引っ張って行く。
「いいかい。デートじゃなくて、あくまでエスコートだからね!間違えないようにね!」
そんな銀華さんの叫びを背後に聞きながら、俺達は町へと出かけて行ったのだった。




