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「三日間も弘美がお世話になりまして。またいつでも遊びに来てくださいね。それから、ずうずうしいお願いかとは思いますが、弘美のことを末永くよろしくお願いします」
「は、はあ?」
「心配しなくても、主人にはそれとなく言っておきますから。ああ、それから、主人も私もまだ若いですし、すぐにでも跡を……、というつもりはありません。お店のことは、少しずつ覚えていただければ結構です。もちろん、緋色君が興味があれば、すぐにでも店に入っていただいてもかまいませんよ。でも、私は弘美が幸せであることが一番だと思いますので、二人で一緒に何かしたいというのであれば、無理に家に入っていただかなくても。でもね、やっぱり一番の幸せは、たくさんの孫の顔を見せてもらえると……」
「ちょ、ちょっとお母さん、何言い出すのよ!な、何でもないんですよ緋色さん。送っていただいてありがとうございます。そ、それじゃあ気をつけて帰ってくださいね」
楓さんの依頼を解決した翌日の午後、俺は弘美ちゃんを送り届け、満月庵へと来ていた。
商店街は俺達が通るたびに、相変わらずザワザワとざわめいていた。だが、さすがに疲れていた俺達は、釈明する気力も無く通り過ぎたのだった。
その後、ノンストップで喋りまくるお母さんの、意味のよくわからない話を弘美ちゃんが無理やり遮ったところで、俺は押し出されるように満月庵を後にしたのだった。
「へぇ~、やるじゃん。女の子とお泊りして、ちゃんと送って行ってあげるなんてね~。しかも、相手の親も公認とはね。あの子の言うとおり、モテモテなんだ。でも、ライバルが多いのは親としてはちょっち心配かな~」
それは、猫猫飯店へと帰り着いた時だった。背後から聞こえた突然の声に、俺は驚いて振り向いた。そこには、いつの間にいたのだろうか。見慣れた人物が立っていた。
「え……!?銀華……さん?」
そこにいたのは銀華さんであった。いや、銀華さんに見えるのだが、なぜだか明らかな違和感を感じる。
なぜなら、銀華さんの服装は今までに見たことのないものであった。遊園地に遊びに行った時のワンピースよりも、更に短いミニスカートを身に着け、胸元の大きく開いたシャツを着ている。さらには、今までに見たこともないような派手なアクセサリー類を身に纏っている。
例えるなら……、そう、ギャルというやつだ。
さらにどう見ても、20代の中盤くらいに成長した姿をしている。なにより成長した分なのか、銀華さんが気にしていた胸元も、大きく開いたTシャツから溢れんばかりに、随分と大きくなっている。
ただ、この年齢でギャルファッションというのも、結構ギリギリな気もするのだが……。
いや、そんなことより、猫又というのはたった一日で急成長するものなのだろうか?
少しばかり混乱するが、何よりおかしいのは、頭上に見えるのは銀華さんの最大の特徴である美しい銀色の髪ではない。いや、だからといって決して美しくないというわけではない。
むしろ目の前の銀華さんの頭の上には、この世の物とは思えないほどに美しい、黄金色に輝く金髪が生えている。
まさか、銀華さんがグレてしまったのか!?そんな不安に駆られるが、冷静に考えて、ある結論に至る。
ていうか、銀華さんじゃないだろこれ!
「え~、なになに。あーしが銀華に見えたわけ?すっご~い。まだまだ10代でイケるんじゃない?くふふふ……」
目の前の銀華さん……、いや、金華さんとでもいうべき人は、無邪気にはしゃいでいる。
「あ、あの、すみませんがどちら様でしょうか。もしかして銀華さんの身内の方ですか?」
「あ~、ごめんね~。でも、自己紹介の前にちょ~っちキミのことも知りたいし、その隠してる『モノ』も気になるんだよね~。もしも、あの子の害になるモノだったら……」
そう言うと金華さん(仮名)は、それまでの態度を一変させた。
ヘラヘラとした態度と、張り付いていた笑みを顔から消した途端、凍りつ付くような殺気を放ってきたのだ。
「くっ……。これは……!?」
それはまさに、銀華さんに初めて会った時に感じた違和感、ゾクリとする感触。それがまさに、目の前の女性から放たれたのであった。
「緋色様!お下がりください!!」
その気配が放たれた瞬間。竹筒から俺の前へクーコが飛び出した。
「クーコっ!?」
封印しているとはいえ、俺はクーコを完全に閉じ込めているわけではない。それは彼女を信用しているからこそだ。そのために出ようと思えば、彼女は自力で竹筒から出ることができる。
しかし、基本的にクーコが俺の命令なく封印から出てくることはありえない。
それは彼女が俺を主と認め、俺の命令に従うことを自らの心に誓ったからだ。
その自らに対する戒めを破ったということは、今が相応の危機であると判断し、命令に背いてでも俺を守るという、覚悟を決めての行動であろう。
「お下がりください緋色様!こ奴は『厄災の女王』と呼ばれる怪。危険です!」
クーコは俺を庇うように立ちはだかる。この状況でも少女の姿であるのは、ここが街中であることに配慮しているのだろう。
「ん……?もしかして……、空狐?うっそ~、マジ?裏に潜むヤツらの噂で、人間に靡いたって聞いたんだけど……、マジだったんだ。てゆ~か、何そのカッコ?マジ可愛いんですけど。え?何?神仙までハーレムに入れちゃうなんてキミ、マジでめちゃモテなんだ」
「ハッ、ハーレ……。きっ、貴様、緋色様と我を侮辱するか!緋色様はそのようなことに興味はない、崇高なお方であらせられる。それに、我とてそのようなことに興味は……」
「え~?でも、今まで見たことない姿だし、お洒落してるし~?」
「こっ、これは……。に、人間の中で過ごすに、違和感無きよう……。そ、それよりも、先ほどから気味の悪い話し方をしおって」
「ふふん。イケてるっしょ?前にこの国に来た時、こ~ゆ~カッコしてる人間を見てピンと来たんだよね~」
「相変わらず貴様という奴は……。そんなことより、緋色様に害成す気なら、この場で貴様を食い殺してくれる!」
「え~、いいの?確かにあーしじゃアンタには敵わないかもしれないけど、アンタと争えばこの辺りも無事じゃ済まないよ。何より、あーしが『厄災の女王』と呼ばれる所以をアンタはわかってるっしょ?アンタの大事な『ご主人様』を道連れにしちゃうかもよ」
「きっ……、貴様……、人質を取る気か!」
「だ~か~ら~、そうじゃなくてね……」
「クーコ。すまないが戻ってくれないか」
「ひっ、緋色様!?何を……。こ奴は災いをもたらす……」
突然の俺の言葉を、クーコは理解できないと言う表情だ。だが、俺はこの金華さん(仮名)の言葉を聞くうちに、あることに気がついていた。
「大丈夫だ、クーコ。お前の心配してくれる気持ちはわかってるし、ありがたく思う。でも、お前の力と、おそらくだがこの人の力が争えば、この辺り一帯がどうなるか予想できるし、銀華さんにも害が及ぶ。それに……」
俺は金華さん(仮名)を真っ直ぐに見る。
「今のこの人からは、敵意も殺意も感じない。おそらくは、俺を試した。そうじゃないんですか?」
俺の言葉に金華さん(仮名)はニヤリと笑う。それは、おおよそギャルに見える外見には、似つかわしくないものであった。
「なるほど。あの子が褒めるだけのことはあるわけか。それに、ちょっと相手は問題だけど、怪を使役する能力。道士……、この国なら陰陽師ってわけ?はてさて、あの子にとっては、いいのか悪いのか……」
ブツブツとひとり言をつぶやく金華さん(仮名)を見て、クーコの興奮も少し収まったのだろうか。
「わかりました。私は一旦引きます。しかし、こ奴がわずかでも怪しい動きを見せたのなら……」
不承不承ながら、俺の胸元の竹筒へ戻っていった。
しかし、クーコの中の俺の聖人君子ぶりは何なんだろうか。嬉しいんだけど、少しばかり信頼が重いんだが。いや、俺だってそういうことにまったく興味がないわけじゃないんだけど……。
「へ~、あーしを信用するんだ?でも、いいの?この敵意の無さもポーズかもしんないよ?」
「もちろん、そうかもしれません。でも、あなたからは銀華さんと同じ雰囲気が感じられます。笑われるかもしれませんが、だからこそ信じてみたいんです。銀華さんと同じ、信頼できる人だということを」
「ふ~ん。信頼できる人ねぇ。キミ、ホントに陰陽師?陰陽師なのに、怪のあの子を信頼してるんだ。それはナニ?もしかして愛ってやつ?」
「なっ!ち、違いますよ!俺と銀華さんは、そっ、そんなんじゃなくて……」
「な~に?じゃあさっき送ってった人間の娘と付き合ってんの?それともまさか、その空狐と……」
「それも違いますよ!別に俺は誰とも付き合ってませんし、それに向こうだって、俺のことなんかそんな目で見てないでしょうし……」
「……。なるほどねぇ。あの子の言うとおりの……。まあ、とりあえずはいっか。キミに付き合っている娘はいないと。でも年頃の男の子なら、彼女くらい欲しい
でしょ。なんならお姉さんと付き合っちゃう?」
「はい!?」
冗談なのか本気なのか、金華さん(仮名)はとんでもないことを口走った。
胸元の竹筒がブルリと震えたのを感じた俺は、あわてて竹筒の口を押さえる。その時だった。騒ぎを聞きつけたのか、猫猫飯店のドアが開く。
「ヒロ君?何か騒がしいけど、どうしたん……」
銀華さんの言葉は、最後まで続くことはなかった。ドアを開けた姿勢のまま、呆然と目の前の人物を見つめている。
「ちょり~っす。久しぶり、銀華ちゃん。ちょうど今この彼に告ったとこだけど、二人とも付き合ってないってゆ~しぃ、いいよね?」
「ち、違いますからね!じゃなくて、銀華さん、この方はもしかして……?」
今はそんなことを気にしている場合ではない。そんな俺の質問にようやく我に返ったのか、銀華さんは口を開いた。
「マッ……、ママ!?」
「ママって……、お、お母さんですか!?お姉さんじゃなくて?」
金華さん(仮名)は、目元でピースサインを横にして、テヘペロって感じで舌を出してウインクする。いや、可愛いんだけど少々年齢が……。
「ふふん。そ~ゆ~こと。初めまして、銀華ちゃんのママで~す!よろしくね、ヒ・イ・ロ・クン」




