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「アテテテテ……。どうしたんだいヒロ君?早くアイツを追わないと……。あれ?クミちゃん!?」
ようやくゴミ箱とゴミ袋のベッドから起き上がった銀華さんは、狗巫女ちゃんの姿を見ると言葉を止めた。
「なんでこんな所にいるのさ。ん?その狢は……」
狗巫女ちゃんの口に咥えられた狢を見た銀華さんは、自分達に協力して捕まえてくれたと思ったのだろう。
「なんだ、クミちゃんが捕まえてくれたのか。いや~、助かったよ、ありがとう。そいつを渡してくれるかな?」
未だ店主の出発間際の言葉の意味も、狗巫女ちゃんがここにいる理由も理解していない銀華さんは、能天気に声をかける。
しかし、狗巫女ちゃんは困ったような顔で首を振っている。もちろん目元は見えないのだが、この子は何となく仕草でわかるのである。もっとも、常に困ったような態度でいるせいもあるだろうが……。
「ん?クミちゃん、どうしたのさ?」
不思議そうな顔をしていた銀華さんだったが、ようやく狗巫女ちゃんがここにいる意味に気付いたのだろう。
「まさか……」
そして銀華さんが気付いたのと同時に、高笑いが聞こえてきた。
「アハハハハ。随分と面白いものを見せてもらったよ。相変わらず、探偵よりコメディアンのほうが向いてるんじゃないのかい?」
「げっ……、やっぱりか……」
高笑いと共に現れたのは、背中までストレートに伸びた漆黒の黒髪と、健康的な褐色の肌が特徴的な女性だった。
勝気な性格を示すような、キリッと吊り上がった瞳は濃い藍色をしており、大きく開いた胸元と体にピッタリと張り付くような服は、彼女のグラマラスな体型を引き立てている。
そして何より特徴的なのは、やはり彼女も人でないことを伺わせる、頭上に生えた鋭く上を向いた小ぶりの耳と、尾てい骨のあたりから生えた大きな尻尾である。
そう、彼女は『人狼』なのだった。
「ご苦労だったね、狗巫女。後はアタシに任せて、アンタは取りあえず着替えておいで」
女性は犬の咥えていた狢を受け取ると、持っていたペット用の檻に乱暴にぶち込んだ。
狢は扱いが不満なのか逃げ出そうとしているのか、キーキーと鳴いて暴れたていたが、女性が鋭い眼光で一睨みすると、観念したのか命の危険を感じたのか、急に大人しくなった。
「なるほど、『フェンリル』さんのところにも依頼が行ってたってわけですか」
「その名前で呼ぶのはよしておくれよ。むしろ、そんなご大層な名前を付けられて迷惑してるんだよ。それに、緋色には『リル』って呼んでくれって、いつも言ってるだろ?」
そう言うと彼女は、豊かな胸を押し付けるように俺に体をくっつけて来た。
「ちょ、ちょっと、ヒロ君に何やってんのさ!変なモノ押し付けないでよ。この痴女!」
「何だって!?フン、まあお子様には押し付けるモノもないし、嫉妬かい?フフ、緋色はアタシのような大きいのが好きなんだよ。ねぇ緋色?」
「ぐっ……。そ、そんなことはないさ!ヒロ君は僕のようにスレンダーな体型が好みなんだからね!いつも僕のことを、エ、エッチな目で見てるんだから!」
「ちょっと!銀華さん?」
なぜだか二人の争いに巻き込まれ、いつの間にか俺が変態扱いされている。
「ハッ、アンタのどこをどう見たら、そんな目で見れるのさ。エッチな目じゃなくて、頭の中が中学生の、可哀想な妹を見る目の間違いだろ?しかも幼児体型で、とびきり出来の悪い妹のね!」
「ぐっ、何だい、この年増の駄犬が!」
「何だって、この小娘の馬鹿猫!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
これ以上不毛な争いに巻き込まれてはたまらない。まあ、銀華さんの胸が幼児のようなのは否定はしないが、そんなことを言えば、それこそ血を見る結果となりかねない。
しかし、この二人は顔を合わせる度にこの調子だ。犬猿の仲ならぬ狼猫の仲と言うところか。俺が銀華さんの助手になる前の、間に入った狗巫女ちゃんの苦労が想像できる。
しかし、いつまでもこの状態というわけにもいかない。悪いとは思ったが、俺は矛先を肉屋の店主に向けることとした。
「オヤジさん、出掛けに言った『俺達が犯人を捕まえたら』ってのは、こういうことだったんですね。つまり、リルさんの所と天秤にかけていたと……」
そんな俺の言葉に、肉屋の店主は慌てたように言う。
「い、いや。俺は銀華ちゃんのところ一本でいいって言ったんだよ!でも、依頼料は商店街の皆で出し合ってるし、フェンリルちゃんのトコに頼んだ方がいいって人もいて……。だ、だからちゃんと、手付けは払うようにしたんだよ」
「あら?オジ様はこんな小娘のほうが好みなの?」
リルさんは腕を寄せ、グイっと谷間を寄せて見せ付ける。それを見た途端、店主は鼻の下を伸ばす。
「い、いや、俺も内心ではフェンリルちゃんのほうが……。で、でも、銀華ちゃんにも一定数のファンがね……」
「ちょっと、僕を裏切るの!?もう買い物に来ないよ!」
「い、いや。そうじゃなくてね……。も、もちろん銀華ちゃんのことも好きだよ。ただちょっと、フェンリルちゃん派が多かったってだけで……。だ、だからどっちも損はしないように、手付けを払ったんだし……」
「ふふ、わかっただろ?男は皆、アタシのようにセクシーな女が好みなんだよ。まあ、アンタは一部のロリコンにでも相手してもらうんだね」
「ぐぬぅ~……!」
さすがに雲行きが怪しくなってきたし、両天秤にかけていたはいえ、これ以上二人の争いに巻き込まれるのは可哀想かと思い、店主に助け舟を出そうとした時だった。
「あ、あ、あの、皆さん。け、喧嘩はよくありません……」
ふいに横合いから声が聞こえ、声の主に向かい、その場の視線が集中する。
「は、はわわわ……」
その視線に驚いたのか、声の主はビクリと身を縮めた。
そこにいたのは、灰色がかったまだら模様の髪をショートカットにした、まだ中学生くらいの女の子であった。
しかし、ショートカットなのになぜかやたらに長い前髪で、それが目元まで覆い隠しているため、表情は窺い知れない。ただ、見えなくとも何となく困っているのだけは想像がつく。
「け、喧嘩はよくないです……」
「ああ……、わかったよ」
「うっ、クミちゃんが言うなら……」
さっきまでの勢いはどこへやら、まだ幼さの残る少女に注意された二人のテンションは、急減に沈下していったようだ。
「でも、さすがリルさんと狗巫女ちゃんですね。今回はしてやられましたよ」
俺も二人の勢いが沈下したのを見て、間に入る。
「まあ、当然さ。緋色もいつまでもそんな所にいないで、うちに来ないかい?給料だって今の三倍は出すし、狗巫女も喜ぶだろうしね。何なら、夜はアタシと一緒のベッドで寝てもいいんだよ?緋色が望むなら好きなことをしていいし、お望みなら狗巫女と一緒のベッドもいいしね」
「ちょっと、勝手に僕の助手を勧誘しないでくれないか!し、しかも、そそ、そんなエッチな方法で!」
「は、はわわ……!わ、私は別に嬉しいとか……。しょ、しょれに、いいいい、一緒のベッドにゃんて……」
真っ赤になって怒る銀華さんの横で、なぜか狗巫女ちゃんも真っ赤になってオロオロしている。興奮しているのか呂律も回っていない。
まあ、当然だろう。まだ子供の狗巫女ちゃんに、そんな刺激の強い話をするリルさんが悪いのだ。
あらためてこの二人が何者なのかと言えば、人狼の女性は名を『フェンリル』という。もちろん本物のフェンリル狼というわけではなく、大きな存在になれと神話から取られたものらしい。
もっとも、本人は名前の大きさに気が引けているようで、その名で呼ばれることを好まず、普段は『リル』と呼べと言ってくるのだが。
歳はまだ二十歳のはずだが、大人びた振る舞いと濃い目の化粧具合で、もう少し年上にも見える。
ただ、これは仕事柄舐められぬようにと、わざとそういう風に見せているのだと狗巫女ちゃんに聞いたことがある。
ちなみに、リルさんの服装は何十年か前に流行ったらしい、体にピッタリと張り付くようなモノだ。胸元が大きく開き、下着が見えそうなほど短いスカートのそれは、少々目のやり場に困る。
そして、彼女がなぜ俺達の仕事の邪魔をしたかといえば、その理由は猫猫飯店の向かいのビルにあった。
猫猫飯店の数倍はあろうかというそのビルの、さらに猫猫飯店全体より広いと思われる1フロアを貸し切った事務所に掲げられた看板には、大きく『黒狼探偵社』と記載されている。
そう、リルさんは猫猫飯店の商売敵、黒狼探偵社の社長なのだった。
方やもう一人の少女はといえば、対照的に大人しく、むしろオドオドしていると言ってもいいかもしれない。
だが、それも仕方ないだろう。彼女はまだ十四歳の少女である。
彼女の名は『犬神 狗巫女』。
黒狼探偵社社員であり、リルさんの助手なのである。そしてやはり彼女も人ではなく、『犬神』である。頭上にはリルさんとは対照的に垂れ下がった耳と、お尻の辺りからは尻尾も生えている。
極度の恥ずかしがり屋なのか、髪型はショートカットなのに、前髪だけを目元
が隠れるまで伸ばしている。
そして、その名からもわかるとおり、先ほど狢を捕まえた犬の正体がこの子だ。
今は犬から人の姿へと戻り、ジャージ姿になっている。おそらくリルさんの所有する車の中で、手早く着替えてきたのだろう。年頃の女の子がする格好としては少しばかり可哀想な気もするが、本人はあまり気にしている様子はない。
もっとも、銀華さんの格好と比べれば随分とまともな気はするが……。
身長も140cmちょっとで、俺やリルさんと並ぶと頭一つ分以上の差がある。
そんな、まだ幼さを感じる容姿の狗巫女ちゃんだったが、ただ一つ、アンバランスにとてつもなく成長している部分がある。
それは、狗巫女ちゃんが歩く度に、たゆんたゆんと揺れる大きな胸である。
何の変哲も無いジャージに押しつぶされていてもわかる膨らみは、彼女の小柄な体に不釣合いなほど大きく、世間一般からすれば大きい部類に入るリルさんのものと比べても、更に大きい。
ましてまな板……。いや、慎ましやかな銀華さんのものとは比べ物にならないほどだ。
とにかくこの二人といると、リルさんは見せ付けてくるし、狗巫女ちゃんは自分で意識していない分、無防備にたゆんたゆんさせてくるし、目のやり場に困るのである。
そんな俺の態度をどう捉えたのか、銀華さんがジト目で見つめてきた。
「ヒロ君?なんか目つきがエッチじゃなかい?そんなに大きい胸がいいのかい?」
「なっ!違いますよ。誤解ですって!」
「ふ~ん?その割にはクミちゃんのことをエッチな目で見ていたような……」
「ふぇっ!?ひ、緋色さんが私を……。はっ、はわわわ……」
「ちっ、違うから!誤解だからね、狗巫女ちゃん」
狗巫女ちゃんは両手で胸元を隠し、真っ赤になって俯いてしまった。目元は見えないが、何となく涙目になっているのが想像できる。
「アハハハ、馬鹿だね緋色。こういう時はちゃんと見てあげて『魅力的だね』って言ってやるもんさ。女は見られて綺麗になるんだからね。ましてや見てくれる相手が、自分の好き……」
「はわっ!はわわわわわっ。リッ、リルさん!」
なぜか慌ててリルさんの言葉を遮った狗巫女ちゃんは、
「リッ、リルさん。この子も警察に届けないといけませんし、そろそろ戻ったほうが……」
「ん?ああ、そうだね。いつまでも馬鹿猫の相手をしてても仕方ないしね。じゃあオジ様、依頼料は指定した口座に入れといておくれ。それと緋色、いつでもアタシのとこに来ていいからね。アンタなら黒狼探偵社はいつでも受け入れてあげるよ」
そう言ってリルさんは俺に投げキッスをよこし、狗巫女ちゃんは俺と銀華さんにペコリと頭を下げて去って行ったのだった。




