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「そこです。行きましたよ銀華さん!」

「オーケー。任せてよヒロ君!『すねこすり』を捕まえた僕の腕前を、今度は明るい場所でしっかり見せてあげるから」


 そして銀華さんは、勢いよくターゲットに飛び掛る。だが……。


「ふぎゃっ!!」


 派手な音を立てて定食屋の外に置いてあるポリバケツに激突し、そのままひっくり返る。もちろんターゲットは、その横をするりとすり抜けて行く。


「ちょっと、大丈夫ですか銀華さん!?」

「あ、ああ、平気さ……」


 不幸中の幸いか、ゴミは柔らかいものばかりで、特に怪我も無いようだ。銀華さんは体を起こすと、倒れた拍子に落ちた山高帽を拾い被り直す。


「それより、アイツは!?」


 俺達がなぜこんなところで鬼ごっこをしているかといえば、きっかけはテーマパークの事件を解決してから、数日後のことだった。




「いや、参ったよ。なにせ今月に入ってから商店街全体で、もう6件もやられてるんだから」


 その日、猫猫飯店を訪れた客は、駅前の商店街にある精肉屋の店主だった。肉屋だからというわけではないだろうが、丸々と太り、人の良さそうな顔をした中年の男性だ。

 その商店街には俺達も頻繁に買い物に訪れているし、俺達を色眼鏡で見る人も少ない。

 むしろ銀華さんはその容姿と人懐っこい性格もあって、商店街のおじさん達の間ではアイドル的な扱いをされ、良好な関係を築いている。


「信じられるかい?確かに受け取ったはずの金が、しばらくしたら葉っぱに変わってるんだよ。そりゃあたいした金額じゃないけど、俺らみたいな個人で細々とやってるところは、結構な痛手なんだよ」

「ふむ、そして犯人の容姿は毎回違うと……」

「そうなんだよ銀華ちゃん。商店街に似顔絵を配って、気を付けるように言ってたんだけど……。何せ皆の話だと、爺さんから小学生くらいの女の子まで、いろんなヤツだったっていうからね。まるで狐か狸に化かされているみたいさ」


 店主の言葉に、胸元の竹筒がピクリと揺れる。まるで、『私じゃありません!』と抗議するかのごとく。

 俺は竹筒にそっと手を触れ、『わかっている』という意思を伝える。


「しかし、被害にあったのは、食品関係のお店ばかりなんですよね?」

「ああ。それも食材ってよりは、出来合いの物を置いてる所が被害にあうことが多いかな。うちもコロッケなんかの揚げ物をやられたよ。見かけない顔だったけど、中学生の男の子だったな。次のお客さんにお釣りを出そうとしたら、さっき貰ったお金が葉っぱに変わってたのさ」」

「とすると、金銭目当てではない。やはりエサ目当ての動物の怪異という線が強いですね。しかも、人の言葉を話し、買い物をする知能もある……」


 俺の言葉に、銀華さんは少しばかり考えていたが、


「うん。人に化けるうえに、葉っぱを使って人を化かす怪異など、そうはいないしね。狐か、狸か、もしくは……。いいさ。この事件、僕が万事解決してあげるよ」

「そ、そうかい?いやぁ、助かるよ!」

「しかし、調理品ばっかり狙うとは、なかなかグルメな奴だね」

「ははは。自慢じゃないが、うちのコロッケは天下一品だからね」

「うん。わかるわかる。おじさんとこのコロッケはおいしいしね!」

「おっ!嬉しいこと言ってくれるねぇ。よーし。着いたらコロッケ奢っちゃおうかな」

「ホントに!?ラッキー!」

「銀華さん……。仕事を忘れないでくださいよ?」


 そして、俺達は商店街へ向かおうとした、のだが……。

 しかし、出発時に店主が少しばかり妙なことを言った。


「そ、それで依頼料なんだけど、とりあえず手付けは払うから、残りは銀華ちゃん達が(・・・・・・・)犯人を捕まえたら、成功報酬ってことでいいかい?」

「ん?もちろん構わないよ。いつもおまけしてもらってるしね」

「そっ、そうかい?じゃあよろしく頼むよ」




 それから歩くこと10分ばかり。商店街に着いた俺達は、何人かの店主を交えて肉屋の奥で作戦会議をしていた。

 もちろん、銀華さんの手にはコロッケが握られ、それをほお張りながらの会議だが……。


「とりあえず相手は、人の姿に化けてるってことだから、まずは正体を現させることが先だね」

「はい。俺もそう思います」

「うん。それでどうするかだけど、とりあえず来たお客さんを手当たりしだい捕まえるっていうのはどうだい?」

「銀華ちゃん、さすがにそれは勘弁してよ。明日からお客さんが来なくなっちゃうよ……」

「そうかい?いいアイデアだと思ったんだけどな……。じゃあ、近所にタダで商品を配るって宣伝したらどうかな?そうすれば、犯人はお金を払おうとした人に限られてくるし」

「いや……。俺達が破産しちゃうからね……」

「じゃあさ……」

「相手が動物なら、犬を使うってのはどうですか?狐や狸が化けたモノなら、犬も反応するかもしれませんし、商店街の中にも飼っている人は何人かいるんじゃないですか?」


 俺は慌てて銀華さんのアイデアを止める。これ以上とんでもない提案をされて、依頼自体が無かったことにされてはたまらない。

 しかし、先日のテーマパークでの活躍は何だったのだろうか。時おり驚くほどの能力を発揮するのだが、普段はこんなものである。


「犬か……。う~ん、まあ悪くはないかな」


 俺の呪符やクーコの力を使えば、あっと言う間にわかるとは思うが、強すぎる力を察知すれば、警戒して近付いて来ないかもしれない。

 まして野生動物の怪であれば、その辺りの警戒心は強いはずだ。


「ま、まあ、緋色君の案も悪くないんじゃないかな?」


 店主達は銀華さんに気を使いつつも、とんでもない意見が押し通される前に俺の案に乗ったようだ。

 そうして店主達の呼びかけで集められた4頭が、各店の脇に鎮座することとなったのだった。

 もちろん、チワワやポメラニアンのようなお座敷犬には、戦力外通告をさせてもらったのだが……。




「う~ん。怪しい人は見当たらないね」

「まだ見張り始めたばかりですからね。気長に待ちましょうよ」


 見張りを開始して10分後、予想通り銀華さんは飽き始めていた。すでに肉屋の店先に繋がれた犬と遊び始めている。

 わかっていたとはいえ、この人に根気のいる仕事は向いてないんだよなぁ。


「ちょっと銀華さん。あんまり派手に動き回ると、出てくるものも出てこなくなりますよ」

「う……、わ、わかってるよ。でも、この子達もじっと座ってるだけなんて可哀想だろ?」

「わかりますけど、もう少しの辛抱ですから。あ、ほら。お客さんも来たし、店の前にいたら邪魔になりますよ」


 銀華さんの自分が遊びたいだけの言い訳を無視し、店の脇に引っ張って行くと、俺達は再び物陰に身を潜めた。

 肉屋の前には中年の婦人が立っており、店主に親しげに声をかける。


「今日はそこのコロッケとメンチカツを、六つずつ貰おうかしらね。最近家の子供達ったら食べ盛りでね。オホホホ」

「へい、まいどあり!」


 この口ぶりでは、この婦人は店主の知り合いなのだろうか?少しばかり気を抜きかけた時、俺は犬の様子がおかしいのに気付いた。

 先ほどまでご機嫌で銀華さんとじゃれていた犬は、婦人に向かい低く唸り声をあげている。

 そして、料金を受け取った店主が、包みに入った商品を渡した時だった。


『ワン!!』


 突如として婦人に吠え掛かったのである。


「ひぃっ!!」


 驚いた婦人は腰を抜かしたのか、コロッケを道に撒き散らすと尻餅をついた。


「ちょ、ちょっと何なの!?このお店は店先で犬を飼ってるの?しかも客に吠え掛かってくるだなんて、どういうつもり!?」

「も、申し訳ありません!こ、これにはワケが……」

「ワケなんてどうだっていいわよ!こんな店二度と来ないわ!」

「もも、申し訳ありません。ぎ、銀華ちゃん……?」


 店主は平謝りし、困ったように銀華さんを見ている。

 俺達は興奮する犬をなだめていたが、二人とも視線は一点を見つめたままだ。


「銀華さん……」

「ああ……」


 俺達が見つめる視線の先、尻餅をついた婦人のお尻の辺りからは、フサフサとした大きな尻尾が顔を覗かせていたのだった。

 そんな俺達の視線に気付いたのか、夫人は首を回し自分の背後を見る。


「い、いけねっ!」


 そしてそんな女性らしからぬ言葉を発したかと思うと、『ポンッ』という音と共に婦人の姿は消え、一匹の動物の姿となっていた。


「おっ、お客さん!?」


 どうやら肉屋の店主は、状況についていけていないようだ。

 そこにいたのは、狐や狸ではなかった。いや、似ているというなら狸に似ているのかも知れないが、そいつは……。


(むじな)か!」

「なるほど。狢が味を占めて無銭飲食を繰り返してたわけだね。ふふん。ヒロ君の作戦が大成功ってわけだ。さすが僕の助手だけのことはあるね」

「褒めていただいて光栄ですけど、本番はここからですよ」

「任せといてよ!先日の僕の活躍を忘れたのかい?」


 そして、二人して狢に飛び掛って行ったのだが……。




「ヒロ君、そっち!」

「いや、そっちに行きましたよ!」

「違うって、あっちだよ!」


 すばしっこく逃げ回る狢に翻弄されて、現在に至るわけである。

 しかし、このままでは逃げられてしまうと判断した俺は、あまり使いたくなかった手段に出る。


 引っくり返っている銀華さんと狢の一直線上に立ち、銀華さんの視界を塞ぐ。そして死角から、相手の動きを封じる呪符を飛ばそうとする。

 だが、俺が呪符を飛ばそうとする直前、突如として物陰から灰色の塊が飛び出して来た。


『ウォン!!』


 その塊の、辺りが振動するほどの一吼えに驚いたのか、狢は一瞬その場で固まった。

 そしてその隙を逃さずに、その塊はずんぐりとした体型からは想像出来ない素早さで狢に飛び掛ったかと思うと、次の瞬間その口に狢を咥えていた。

 狢はキーキーと鳴きながら暴れているようだが、それはしっかりと咥えて離す様子はない。


「あ……!」


 動きを止めたその塊は、どこからどう見ても犬であった。ふわふわとした白と灰色の長い毛が全身を覆い、目元はその毛で完全に隠れている。

 

 見たところ、『オールド・イングリッシュ・シープドッグ』という犬種によく似ているのだが、通常の種類と比べると随分と大きい。体長は1メートルをゆうに超えているだろう。


 犬は狢を咥えたまま俺達の方へ向き直ると、『すみません』とでも言いたげな仕草で、ぺこりと頭を下げた。

 まるで、人間が挨拶をするように。

 なぜ俺がすぐに犬の種類を見分けたかといえば、別に犬に詳しいとか、無類の犬好きとかいうわけではない。


「『狗巫女(くみこ)』ちゃん!?てことは、もしかして……」

 

 なぜなら、『彼女』は俺達の知り合いだったからだ。

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