18
「はっ、はいっ!承知いたしました。この方達に協力いたします」
俺たちの目の前には、受話器を握り締めたまま、何度も頭を下げるテーマパークスタッフの姿があった。
そして俺は、少々申し訳ない気持ちでそれを見つめていた。
あれから俺達は、再びアトラクション内のスタッフルームへと引き返していた。
銀華さんは怪訝そうな表情のスタッフへ名刺を渡すと、当たり前のように嘘を並べ始める。
「やはり、この事件には何か不思議なモノが絡んでいる可能性が高い。僕達の事を知ったさっきの警官から、念のためにもう一度確認してきて欲しいと依頼があったんだ。すまないが、もう一度カメラの映像を見せてもらうよ」
何と言うか……、この人は妙なところが大物だと感心する。
しかし、スタッフ側も警官も同行していない一般人、ましてまだ高校生くらいの二人組を信じ、おいそれと映像を公開するわけにはいかないのだろう。
しかも、今の銀華さんはどこからどう見ても、怪異そのものだ。悲しいが、少しばかり信用性のハードルも高くなるだろう。
すったもんだの末、銀華さんは成田警部へ電話をかけた。
「なるほどなぁ、そういうことなら……。よし、しばらくそこで待ってろよ」
やがてその電話は回り回って、警視庁から与党政治家へ、政治家から秘書へ、秘書からテーマパーク運営会社の重役へ、重役からテーマパーク支配人へと繋がり、最終的に電話口で平身低頭するスタッフの姿へと繋がるわけである。
その途中で、銀華さんの携帯に成田警部から連絡があり、俺に代われという。何事かと思ったら、
「わははは、何かまた面白そうなことになってんな。今度詳しく教えろよ!あ、あとな、そこは夜7時からのパレードがロマンチックなんだよ。まさにカップルが見るにはうってつけでな。俺も昔そこで嫁さんに……。いや、あの頃はホントに可愛かったんだよ……。ま、まあ、それはともかく、お前も決めるならそこがチャンスだぜ!じゃあな」
一方的に捲くし立てて電話は切れた。
何なんだいったい!?
結局俺達は、公権力を駆使することにはなってしまったが、もう一度監視カメラの映像を確認できることになったのだった。
「どうですか?銀華さん」
「う~ん。これと言って怪しいものは見当たらないね」
「俺が見る限りでもそうですね。足元はあまり映ってないし、それに白黒なので見辛いですし……」
当たり前なのだが、性質上最低限の光量しか確保されていないアトラクションである。当然カメラの映像もモノクロの暗視モードとなっており、画像もコマ送りで鮮明というわけにはいかない。
「納得はいかないですけど、本当に偶然が重なっただけなんですかね……」
「待って。もう少し本気で見てみるから」
「本気……、ですか?」
そう言うと銀華さんは、これでもかというくらいに大きく目を見開くと、かぶりつくようにモニターを見つめ始めた。
その瞳は、いつもの金色よりも更に鮮やかな色をしているように見えたが、次の瞬間俺は驚きの声を上げた。
「ぎっ、銀華さん!?その目……」
なんと銀華さんの瞳が、自ら光を放つように輝いていたのだ。それはまるで、闇夜で光を浴びた猫の目が輝いて見えるかのごとく。
それに合わせて、初めて銀華さんに出会った時に感じた異質な気配が、強烈に膨れ上がる。
「なっ、銀華さん!これはいったい……!?」
銀華さんは俺の驚きなど意に介す様子もなく、微動だにせずモニターを見つめている。
おそらく極度に集中しているのだろう。その後の俺の呼びかけにも反応することはなかった。
しかし、10分ほど経った頃、次第に瞳の光が弱まっていくと、いつもの淡い金色の瞳に戻っていた。
「なるほどね……」
「銀華さん……?」
「さて、それじゃあ犯人を捕まえに……、いや、犯人の捕獲に向かおうか」
「じゃあ、犯人の正体が……!?」
「ああ、この『テーマパークの怪』、この僕が万事解決して見せよう!」
銀華さんの事件解決宣言の後、俺達は再び『モンスター・パニックハウス』の中にいた。
「そう言えば銀華さん。さっきの瞳は……」
「ああ、あれかい?自分でもよくわからないんだけど、物凄く集中した時とか時々ああなることがあるんだ。たぶん、マ……、母親譲りの力じゃないかな?皆びっくりするから、あまり見られたくはないんだけどね……」
「お母さん……、ですか?」
銀華さんから出た『母親』という単語に、俺は内心ドキリとした。蛭の言葉を聞いて以来、ずっと気になっていながらも聞き出せなかったことが、今なら聞けるのではないかと。
「銀華さんのお母さんってどんな人……。いえ、どんな方なんですか?」
俺は平静を装い尋ねる。
「別に『人』じゃないから気にしなくてもいいよ。そうだね……、優しいよ。僕にすごく優しいし、それにとても大きな存在だね」
「大きな……、ですか?」
「ああ、別に体が大きいってわけじゃなくてね……。ま、まあこの話はいいじゃないか。それよりも、ヒロ君のマ……、は、母君はどんな人なんだい?」
銀華さんの不意の質問に、今度は俺の言葉が詰まった。
「ん?どうしたんだい?」
「いえ、母のことはよく知らないというか、覚えていないというか……。俺が幼い頃に亡くなったので……」
「あ……。その……、ごめん……」
「い、いえ、いいんですよ。急に変なことを聞いたのは俺だし、そもそもほとんど覚えてないくらい昔のことですから」
結局大したこともわからずに、微妙に気まずい空気が流れるだけとなってしまった。
「そっ、それよりも銀華さん。俺のこの格好は何なんですか!?」
とりあえず俺は、無理やり空気を変えようとする。いや、それでなくともずっと気になっていたのだ。
「あ、ああ、そうだね。強いて言うなら今回のヒロ君の役目は『エサ』だよ!」
エサと言われた俺の格好はというと、なぜかズボンを膝上まで捲り上げられ、小学生が半ズボンを穿いたようになっていた。
「いやいや、俺がこんな格好しなくても、ミニスカートの銀華さんがいるじゃないですか?」
「あれ?何だい。僕が痴漢かもしれない犯人に、触られまくってもいいって言うのかい?ふ~ん。ヒロ君はそんな薄情な人だったんだ?」
「いっ、いえ、違いますよ。そういう意味じゃなくて……」
「ぷぷっ、冗談だよ。ヒロ君がそんな人じゃないことくらいわかってるさ。でも残念だったのは、ヒロ君にも本格的な格好をしてもらおうと思って弘美に連絡したんだけど、家族旅行で遠方にいるんだって。そうじゃなきゃ、この間のセーラー服を持って駆けつけたのにって、ものすごく口惜しがってたよ」
俺は、弘美ちゃんの家族のタイミングの良さに、心底感謝した。
しかし、あのセーラー服が弘美ちゃんの手に渡っていたとは……。まさかとは思うが、パンツも一緒だろうか?
いずれ、機会があれば処分せねばなるまい……。
「でも、俺がエサになるってことは、間違いなく痴漢じゃないってことですね?」
「まあね。まあ、危険はないはずだし、しばらく進めばわかるさ」
銀華さんは、どんどんとアトラクションを進んで行く。先ほど通ったばかりで仕掛けはわかっているとはいえ、それでも何度か悲鳴をあげていたが……。
その時だった。
「うわっ!」
俺の足が、何かに撫で回されるような感触を感じた。
「ぎっ、銀華さん!?」
「動かないで!」
銀華さんの言葉に、俺はその場で固まる。しばらく我慢していたが、ふとどこかで感じた感触であることに気付いた。
そして、唐突に思い出す。幼い頃、山の中に奇妙な生き物が住み着いていたことを。
人を恐れないその生き物に、俺はよくエサをやったものだ。
そしてそいつは、俺が山へ出かける度に、何をするでもなく足元にまとわりついてきた。
「まさか、こいつは……」
「気付いたかい?こいつの正体は……」
銀華さんの目が一瞬輝いたかと思うと、俺の足元めがけ飛び掛ってきた。
少しばかり『フギャッ』とか『キーッ』という泣き声と、バタバタと暴れ回る音が聞こえていたが、やがて静かになった。
「明かりを点けて!」
銀華さんが合図をすると、スタッフが操作をしたのだろう。アトラクション内の照明が一斉に点灯し、辺りが明るくなる。
今までとの差に目を開けていられないほどの眩しさを感じるが、しだいに慣れてきた。
そして、目を開けた俺の目の前では、銀華さんが珍妙な生き物の首根っこを捕まえていた。
それは、犬のような猫のような、鼠のような狸のような、なんとも間の抜けた顔をした、丸っこい生き物である。
そして銀華さんは、高らかに宣言した。
「ふふん。犯人『すねこすり』を捕獲したよ!!」
「まさか『すねこすり』が犯人とはな。しかし、今回ばかりは偶然でも幸運でもなく、銀華さんにしてやられたって感じだな」
『すねこすり』とは、その名のとおり人間のすねをこするように足元にまとわりつき、歩きにくくする妖怪だ。
しかし、被害にあった女の子達を見てもわかるように、ただそれだけである。
人畜無害の、何のために存在するのかよくわからない妖怪だ。
本来は山中に潜むはずなのだが、なぜこんな所に居たのかはわからない。
あれから、捕まえたすねこすりをどうするかで一悶着あったが、結局は成田警部の所属する『特犯課』へ引き渡すこととなった。
どうやら本人は別件で来られないようだが、代わりの刑事をこちらへ向かわせるらしい。銀華さんは電話でその段取りをしている。
俺はスタッフルームから離れ、独り言のようにクーコに話しかけていたが、ふと疑問に感じたことを問いかけた。
「なあ、俺はアイツのあまりの妖力の低さに気付かなかったんだが、クーコなら気付いてたんじゃないのか?」
「ええ、気付いておりました」
「なっ!」
半ば予想していたとはいえ、さすがに唖然とした。
「おっ、おい。わかってたんなら、何でもっと早くに教えないんだよ!」
「緋色様は、ずっとあの猫又と一緒だったではありませんか。いつ教える間があったというのですか?」
「そ、それはそうだけど……。でも、何かしら俺に気付かせる方法はあったんじゃないか?」
「あったかも知れませんが、緋色様は随分と楽しそうでしたし、猫又が事件を解決すると信頼されているご様子でしたので、差し出がましいことは控えようかと」
「…………」
俺は、クーコの態度に妙なものを感じた。これって、もしかして……。
「なあ、クーコ……さん?」
「何でしょう」
「もしかして……、怒ってる?」
「はて?怒ってなどおりませんが」
いや、クーコは明らかにご機嫌ナナメだ。俺が何かやらかしたのだろうか?
今日の行動を振り返ってみるが、クーコを怒らせるような心当たりは全くない。むしろほとんど銀華さんと一緒に過ごしていて、会話もしていないのだから怒らせることはないはずだ。
懸命に考えてみるが、やはり心当たりはない。しかし、今日の銀華さんの態度を思い出し、ふと気付く。
「なあ、クーコさん?」
「何でしょう」
「もしかして……、お前も遊びに来たかったのか?」
瞬間、竹筒がブルリと震えた。
「そっ!そのようなことは……。ひ、緋色様と遊びになど、恐れ多い……」
そうは言いながらも、竹筒は小刻みに震えている。
そう言えば昔、人に化ける怪に聞いたことがある。長く同じ姿でいると、化けた肉体の姿に応じて、精神が左右されるのだと。
クーコは、俺と出会ってから人の姿である時は、銀華さんと変わらぬ年頃の少女の姿をしている。
精神的にも、その年頃の少女に近付いているのかもしれない。
それに、本来の自分とあまりにかけ離れた姿へは、長い時間化けていられぬらしい。とすれば、歳経ているとはいえ、クーコが人間ならばこのような容姿ということか。
だとすると、見た目の精神年齢に近付いているというより、元々少女のような存在なのだろう。
ならば、きっとこういった所で、年頃の少女のように遊んでみたいという気持ちがあるのではないだろうか。
俺は、自分達ばかりが楽しんでいたことを少し反省した。
「よし、今度クーコも一緒に遊びに来よう!もちろん人の姿でな」
「なっ!そ、そんな恐れ多いことは……」
「なに、今日だって銀華さんが俺に感謝の意味を込めて招待してくれたんだ。俺がクーコに感謝して、招待しても変じゃないだろ?」
「か、感謝などと……」
「とは言っても、まず資金を貯めなきゃならないしな。二人分のパスポートと、交通費に食事代……。まあ食事は弁当を持参するとして、もうしばらくは我慢してもらわないといけないけど」
「ふっ、二人分ですか!?それは、緋色様と……?」
なぜかクーコは、狼狽したように聞いてくる。
「ああ。さすがにまだクーコを銀華さんに紹介するわけにもいかないし。それに、お前へのお礼なんだから変じゃないだろ?」
「わわ、わかりました!楽しみにしています」
クーコはよほど楽しみなのか、竹筒をブルブルと震わせている。
「やあ、済んだよヒロ君」
「おっと、クーコ」
さすがにクーコも心得たもので、銀華さんの気配を察すると、瞬時に静かになった。
「お疲れ様です。もう済んだんですか?」
「ああ、さすが成田っちのトコだね。電話したら10分で到着さ」
「まあ、普段の言動はともかく、あそこは成田警部以下選りすぐりの集団ですからね。それで、アイツはどうするんですか?」
「うん。あの子は山奥に放すみたい。周りに危害を加えるわけでもないしね」
「ああ、それがいいでしょうね」
「でも……」
銀華さんは何やら言いにくそうに、俺に謝ってきた。
「せっかくヒロ君に楽しんでもらおうとしたのに、つい事件に夢中になってしまって……。ごめんね」
「いえ、いいんですよ。銀華さんが俺のために頑張ってくれたのは嬉しかったですし、そのほうが銀華さんらしいですから」
「ホントにごめんね。また今度、きっと埋め合わせはするからさ!今日はもう遅いし、帰ろうか」
銀華さんは名残惜しそうにテーマパーク内を見渡すと、入場ゲートへと向かい歩いて行く。
辺りはすでに、闇に包まれている。テーマパーク内の時計塔に掲げられた大時計を見れば、まもなく7時になろうとしていた。
その時計は『7』の部分が数字ではなく、ハートマークになっているのに気付いた俺は、成田警部の電話を思い出す。
「銀華さん、待ってください!」
帰ろうとする銀華さんを、慌てて呼び止める。
「ん?何だい?」
「もう少しだけ待ってくれませんか」
「待つって……、どうしたんだい?」
「この後のパレードを、一緒に見ていきませんか?」
「パレード?」
その時、時計塔から鐘の音が鳴り響き、園内の照明がゆっくりとフェードアウトしていった。
夜空には、先ほどのアトラクションで使われていたのと同じ仕掛けなのだろう。音楽と共に様々な妖精達が空中に浮かび上がり、光の線を描きながら飛び回る。
そして、夜空に色とりどりの花火が打ち上げられる。
「うわぁ……。すごい!」
そんな景色に目を奪われていると、いつの間に現れたのだろうか。テーマパークのキャラクター達が光る馬車に乗り、ゆっくりと手を振りながら通過していく。
「あはは、ずるいよヒロ君!なんでこんなこと知ってたのさ!」
銀華さんは夢中で幻想的な光景を眺めている。いつの間にか、俺の手を握っているのにも気付かずに。
まあ、いいか。俺も悪い気はしないし。
そして、淡い光の渦に包まれて、テーマパークの夜はゆっくりと更けていった。
~『テーマパークの怪』編 完~




