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「うわっ!なっ、なかなか良く出来てるじゃないか……」

「ええ。これは想像以上にびっくりしますね」


 モンスター・パニックハウスの中に入った俺達は、想像以上のリアルさに驚いていた。

 実を言えば俺の頭の中では、幼い頃に一度だけ麓の村で見た、夏祭りのお化け屋敷を想像していたのだが……。

 そのお化け屋敷は、簡易テント内に作られた小さなスペースで、白装束を着たおじさんたちが顔に化粧を塗りたくってお化けの格好をしていた。

 脅かし方も、物陰から大声を出して飛び出してくるだけの単純なもので、こんなことなら俺の『友達』のほうが、はるかに怖いんじゃないかと思ったものだ。

 そもそも、休憩中にお化けの格好をしたおじさんが、テント裏で煙草を吸っているのが丸見えなのだ。あれで怖がるのは、せいぜい幼児くらいだろう。

 もっとも、俺もその頃は幼児だったのだろうが……。

 今にして思えば、成田警部の言うとおり、可愛くないガキだっただろうと自分でもわかる。




「それじゃあ、人がお化けの格好をして出てくるわけじゃないんですね?」

「あははは、いつの時代の話だよヒロ君。人がいるのは受付くらいで、あとは全てコンピュータ管理さ」


 入場前に確認したところ、銀華さんが弘美ちゃんから聞いた話では、最新のコンピュータ技術を駆使して、映像・音響・機械技術など最新の機材を導入した、このテーマパークの隠れた名物アトラクションということだ。

 俺が確認したのも、夜目が利く銀華さんなら、お化け役の人間がどこにいるか、全て見通せてしまうのを心配したからだ。

 しかし、そんな心配は無用だった。

 モンスター達は全てCGで立体投影されており、小悪魔や鬼火が音もなく突然空中に浮かび上がる様は、まるで本物がそこにいるかのようだ。

 また、音響も随分と凝っているようで、吸血鬼の出現時などは、本当に背後の首元に立っているかのごとくに、立体的に斜め後ろからハアハアという息遣いも聞こえてくる。

 さらにはそれに合わせて、実際に生暖かい風が首元に吹き付けられるのだ。まるで、本当に背後から吸血鬼に襲われているように。

 ゾンビに至っては、少し先の通路からズルズルという徐々に近付いてくる音が聞こえてきて、同時になにやら生臭い臭いも漂ってくる。

 怯えた銀華さんが、本当に逃げ出そうとしたくらいである。


「いや、思った以上に驚かされますね。まるで本物みたいですよ」

「ふ、ふふん、まあまあだね。まあ、僕を怖がらせるにはまだまだ甘いけどね!」


 そうは言いながらも、銀華さんは新しいモンスターが出現するたびに『ひっ!』とか、『うひゃぁ!」と悲鳴を上げている。


 夢中になっているのか、俺の腕にしがみついているのも気付かないままだ。

 少しばかり恥ずかしいが、悪い気分ではないし、振りほどくのも銀華さんが言うところの『野暮』ってものだろう。

 そうしてしばらく、そのままアトラクションを進んでいた時だった。


「うにゃあっ!!」


 突然銀華さんが叫んだかと思うと、飛び退くように俺から離れた。


「ひっ、ヒヒ、ヒロ君!?」

「はい?どうしたんですか銀華さん」

「どどど、どうしたって……。いや、その、入る前に言ったよね?エ、エ、エッチなことは、その……」

「いったいどうしたんですか?」


 俺は銀華さんに近寄ろうとするが、なぜか銀華さんは慌てて俺から離れるように後ずさった。


「銀華さん……?」

「い、いや!違うんだ!あ……、いや、この場合のいやってのは、否定の意味のいやじゃなくて、その、いやというか、いや、そうじゃなくて、い、いや、ま、まだその、心の準備が……」

「はあ……?」


 銀華さんは何やら、しどろもどろに『いやいや』言っているが、何が言いたいのかまったく意味がわからない。


「どうしたんですか?なにかあったんですか?」

「な、なにかって……。そ、その……、ヒロ君もそういうことをするんなら、もっと前段階があるはずだろ?例えば、ぼっ、僕に言うこととか、その、キッ、キ……とか……」

「はい?」


『キャァァァァァッ!』


 その時だった、暗闇を切り裂くように、女性の悲鳴がアトラクション内にこだましたのは。


「銀華さん!!」

「うん!」


 その反応はさすがに銀華さんだった。

 先ほどまでの妙な態度が一変し、俺達は叫び声の元へと駆け出したのだった。




 15分ほど後、俺達を含めアトラクション内にいた関係者が、建物の入り口前に集められていた。


「確かに足を触られたんです!こう……、サワサワって感じで」


 ミニスカートを穿いた女の子は、警官に主張する。

 あの後、悲鳴を聞き駆けつけた俺達が見たものは、地面にへたり込む若い女の子だった。

 アトラクション内で友人と離れてしまい、先を急ごうと進んでいたときに、暗がりで突如足を撫で回されたのだという。

 警官が確認したところ、確かに足元に何かが絡みつくような演出はあるのだが、彼女が触られたという場所にはそういった演出はないはずだという。

 異変を察知したのか、スタッフも駆けつけ、アトラクションは一時中止となり現在に至るわけである。



「うそ!?あたしも触られたけど……。え?あんたじゃなかったの?」

「なんで私がそんなことするのよ!」

「てっきり、ふざけて怖がらせようとしたんだと思ってたんだけど……」


 女の子の二人連れからも声が上がる。


「私も!」

「え!あなたじゃなかったんだ!?じゃあ、痴漢!?」


 それに合わせ、周りからも次々と声が上がる。


「ぼっ、僕もヒロ君に触られたよ!」

「ちょっと、何言ってんですか銀華さん!俺はそんなことしてませんよ!?」

「で、でも、あの場にいたのはヒロ君だけだったし……。それに、見る限り中にいた男の子はヒロ君だけ……。ま、まさかヒロ君……!?」

「なっ、何考えてんですか!俺はずっと銀華さんと一緒にいましたよね!?」

「あー、別に疑うわけじゃないんですけど、一応話を聞かせてもらえますか?この中で、あなたが唯一アトラクション内にいた男性ですし……」


 男性スタッフはいるのだが、皆機械操作の担当などで、誰も会場内には入っていないという。

 確かに中にいた男は俺一人だったとはいえ、警官も当然のごとく俺に質問をしてくる。


「ぎ、銀華さん、俺達ずっと一緒にいましたよね!?」

「え?あ、ああ、一緒にいたとは思うんだけど、途中から怖く……、い、いや、興奮して記憶が曖昧で……」

「いや、ずっと俺の腕を掴んでたじゃないですか!」


 銀華さんのあやふやな証言に、周りの女の子達の視線が、疑いのまなざしへと変わって行く。


「まあまあ、落ち着いてください。話によると、ちゃんと監視カメラもついているようだし、すぐに確認できますから。ただ、確認が終わるまで皆さんはこの場にいてもらいますから」

「は、はぁ……」

「あはは、大丈夫ですよ。疑ってるんじゃなくて、ただの確認ですから」


 なぜか、警官は俺を真っ直ぐに見つめながら話すのだった。そして、口調とは反対に、その目はまったく笑っていなかった……。



 

 結論から言えば、俺の疑いは10分後には晴れた。

 監視カメラの映像からは、俺と銀華さんがずっと一緒にいたこと、女の子達に俺が近付いていないことが証明された。


「ぼっ、僕はこんなに怖がってない!これは演技だからね!」


 銀華さんはモニターを見ながら、一人憤慨していたが。

 しかし、問題はここからだった。

 俺が彼女達に近付いていないことが証明されたのはいいが、同時に、誰も彼女達(・・・・・)に近付いていない(・・・・・・・・)ことも証明されたのだった……。




「アトラクションの一部を、たまたまそう感じただけかも知れませんね。まあ、良くあることですよ」

「そんな!確かに足を撫で回されたのに……」

「でも、これを見る限りでは、お友達以外誰も貴方に近付いていませんよ?」

「そ、それはそうですけど……」

「でも、何事もなくて良かったですよ。それでは本官はこれで。皆さんもあまり夜遅くまで遊んでいないようにね。『本物の』痴漢が出るといけませんから」


 駆けつけた時とは別人のように、警官は笑みを浮かべながら帰って行った。


「いやいや、君も大変だったね。でも、彼女をもっとがっちりとエスコートしておかないから、あんな曖昧な証言をされるんだぞ。特にこういった所では、ちょっとくらい強引でも、男らしさを見せないとな。ハハハハ」 


 去り際に、そう言い残して。


「いや~、ヒロ君。疑いが晴れてよかったね」

「ええ……。おかげさま(・・・・・)で」

 

 銀華さんはまったく悪びれた様子もなく、ニコニコしている。

 まあいいか。今日は銀華さんの息抜きに付き合うと決めたんだし、まだまだ時間はある。

 だが、次のアトラクションへ移ろうとした時、銀華さんが口を開いた。


「しかし、妙だと思わないかい?」

「え?」

「カメラを見る限りでは、女の子達に近付いた者は誰もいない。けれど、皆が同じような勘違いをすることなんてあるんだろうか?」

「確かに、あの人数が同じような出来事に合うのは不自然ですが……」

「例えば、スタッフが機械を操作して、客に嫌がらせか悪戯をしたっていう可能性はどうだい?」

「可能性はあると思います。でも、そうだとしても同じ時間帯に何度も繰り返すでしょうか?噂になって、バレるリスクが高まるだけと気付くと思います。たまになら、誤作動や誤操作でごまかせると思いますが」

「うん。そうだろうね。僕もそれはないと思っている。じゃあ、彼女達の友達が悪戯をした?示し合わせたように、今日のこの場所この時間で?お互いに知り合いでもなさそうだし、それこそありえないだろう。カメラの映像でも、それらしい動きもなかったし」


 珍しく考え込んでいた銀華さんは、不意に顔を上げると、


「よし、もう一度監視カメラを見せてもらおう。真実を解き明かすんだ!」

「本気ですか?でも、ここで遊びたかったんじゃ……」

「そうだけど、でも、一時はヒロ君が疑われたんだよ。口惜しいじゃないか!犯人を突き止め、ヒロ君の潔白を証明するんだ!」

「銀華さん……」


 そして、銀華さんは高らかに宣言する。


「フフフ。不思議、怪し、妖怪、幽霊、この世の不可思議困り事、この猫猫飯店店主『銀華』の名にかけて、そして我が助手『ヒロ君』の名誉を回復するため、万事解決してみせよう!」


 俺のために事件を解決すると意気込む銀華さんに感動しつつも、心の中でツッコまずにはいられなかった。


『いやいや、俺が疑われた原因の半分以上は、あなたのせいですからね!』

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