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 その日は朝から少しばかり……、いや、少しではないか。かなりと言ってもいいほど、銀華さんの様子がおかしかった。

 まあ、変といえば先日の事件以来、何か俺に遠慮をしているような素振りで、何となく態度がおかしかったのだが……。

 しかし、今日はそれに輪をかけて様子が変だ。

 やたらとそわそわしているし、こちらの様子をチラチラと窺ったり、挙句に出されたコーヒーに砂糖もミルクも入れずに口をつけ、口に含んだ瞬間に盛大に吹き出したりしていた。


「ちょっと!なにやってんですか!?」


 慌てて濡れ雑巾を用意し、カーペットに染みにならないよう掃除をする。銀華さんのおかげ?で、このところ俺の家事スキルは絶賛急上昇中だ。


「いったいどうしたんですか、銀華さん。さっきから様子が変ですよ?」


 デスクの上を拭き終え、今度はあらかじめ砂糖とミルクをたっぷりと入れたコーヒーを差し出しながら、俺は訪ねた。


「え……?、べ、別に、僕は普段どおりだよ?」

「そうですか?それならいいんですけど……。火傷でもしたら大変ですからね。気をつけてくださいよ」


 何でもないと言いながらも、銀華さんは手にしたコーヒーカップに口をつけようとはしない。

 カップを揺すって中の液体をクルクルと回しながら、何か言いたそうにこちらの様子をチラチラと窺っている。


 いったい、どうしたというのだろうか。その様子に、俺は我慢できずに尋ねる。


「いやいや、そもそも朝ご飯の時から様子がおかしいですし、絶対何かありますよね?」


 その証拠に、あろうことか今日の銀華さんは、健康に配慮して時々しか出されない、朝食のデザートであるプリンに手を付けなかったのだ。

 いつもならご飯を食べるより前に、甘い物に真っ先に手を出そうとして、俺に怒られているはずなのに……。

 下手に食べてしまって後から文句を言われるのも嫌なので、念のため冷蔵庫にしまっておいたが、いまだに手をつける気配はない。銀華さんともあろう人が、プリンをしまってあることを忘れるはずがないのだが……。

 そして俺は、あることに気付く。そういえばここのところ、事件は多かったけれど、まともに依頼料を貰っているものは少ないことに。そして、それとは逆に俺が居候をしていることで、二人分の生活費は増えているのだ。

 もしかして、銀華さんが悩んでいるのは……。


「言いにくいことかもしれませんが、ちゃんと聞きますから。もしかして、俺を住まわせているのが都合が悪くなったんですか?もしそうなら、少し時間は欲しいですけど、ちゃんと住む場所は探しますから」

「ちっ、違うよ!ヒロ君のことが迷惑だなんて。ヒロ君と一緒にいるのは、むしろ楽しいし……」

「え……!?」


 いや、深い意味ではないのだろうが、楽しいと言われるとは……。

 ちょっぴり気恥ずかしい気持ちだ。


「じゃ、じゃあ、アレですか?自分の着る物は、自分で洗濯したくなったとか?」

「あ、それは面倒だからいいや」

「いやいや、少しは恥じらいを持ってくださいよ!こっちだって、パ……、その、し、下着とか干すのは恥ずかしいんですから!」

「う……、ちょ、ちょと考えておくよ……」

「せめて下着は脱ぎ散らかさずに、籠に入れるとかネットに入れるとかしてくださいよ」

「わ、わかったよ……」

 

 顔を赤くしながらも、銀華さんは煮え切らない態度のままだ。


「じゃあ、いったいどうしたんですか?」


 銀華さんは、しばらく下を向きごにょごにょとつぶやいていたが、ようやく口を開いた。


「あ、あのね、この前の約束のことなんだけど……」

「約束?」

「ほ、ほら、ヒロ君の、その……、時給のことなんだけど……」

「時給……、ですか?」


 俺の時給がどうしたというのだろう?

 

 そういえば、最近どこかで聞いたような話題だ。そんなことを考えていると、


「あ……!」


 唐突に思い出した。

 そうだ、あのネクロマンサー騒動の時に、酔っ払った銀華さんが俺の時給を上げてくれると言ってたっけ。

 しかし、まさかあの時のことを、ちゃんと覚えていたとは。てっきり、酔っ払いのたわ言だと思っていたのに……。


「その、時給なんだけどさ……、いろいろ計算してみたんだけど、やっぱり、苦しいと言うか、その……」


 なんだ、そんなことだったのか……。

 様子が変だったのは、銀華さんなりに約束を守れなかったことを気にしていたんだろう。俺は少しばかりホッとした。

 朝からの態度が特に変だったのは、今日こそその事を俺に告げようと、柄にもなく緊張していたのだろう。


「ぷっ……、あはははは」

「な、何だい?笑い事じゃないよ!せっかく約束したのに……。ヒロ君が期待してたらって思ったら……」

「そんなことでしたか。だったら、気にしないでください。そもそも、ここに住まわせてもらっているうえに、食費も出してもらっていることを考えたら、貰いすぎなくらいですよ。それに、別に何か欲しい物があるわけでもないですし」

「うう……。そう言ってもらえると……」


 しおらしく謝る銀華さんだったが、そもそも本当に金の使い道もないし、別段気にもならない。呪符の作成と、せいぜい生活用品が揃えられればじゅうぶんだ。


「あ、でも……」


 ということは、あちらも覚えているのだろうか?

 同時に、もう一つの『約束』を思い出す。


「でも、そうするとテーマパークに遊びに連れて行くってのも……」


 すると、その言葉になぜか銀華さんは素早く食い付いた。


「そっ、そそそ、それなんだけどね!おっ、お詫びも兼ねて、僕がヒロ君を招待しようと思って……」

「えっ?いやいや、そんな。あそこは結構な値段もするはずですし、もったいないですよ。それに、ホントに俺は気にしてませんから」


 そもそも、あそこに二人で遊びに行くお金があるくらいなら、俺の時給を少しくらい上げても変わらない気がするが……。

 まあ、長い目で見れば、一時的にお金をかけたほうが得なのだろうが。


 しかし、俺のそんな発言を受けて、銀華さんはなぜかしょんぼりとしている。


「い、嫌かい?嫌なら、無理にとは言わないけど、でも……」


 銀華さんは、上目遣いでがっかりしたように俺を見ている。

 なんだ?なんだか今日の銀華さんは、妙に可愛いぞ?

 そう言えば、あの時もテーマパークに遊びに行くと約束をした後、ずいぶんと嬉しそうだったな。

 あらためて考えてみれば、銀華さんはまだ16歳だ。本来なら高校に通い、たくさんの友達に囲まれて学生生活を過ごしている年頃だ。

 銀華さんの性格なら、学校ではきっと男女問わず、たくさんの友人が出来ていることだろう。

 だが、普段の天真爛漫さからは想像できないが、周りが思う以上に銀華さんは、『自分という存在』に気を使っている。

 本当なら、もっとお洒落をして外を歩きたい年頃だろう。しかし、いつも帽子で頭上の耳を隠し、男物のスーツを身に纏い、猫又の見た目を隠している。

 もちろん、服装は単なる趣味という線も捨て切れないが……。

 だが、それはともかくとしても、こんな歳から危険な探偵業などを行っているのだ。やはり、たまには人並みに遊んでみたいという気持ちがあるのだろう。

 それを思えば、少しくらい贅沢をしてもいいんじゃないかとも思う。

 それに、テーマパークか……。

 俺も、興味が無いのかと聞かれれば、そういうわけでもない。そもそも、そんな所に行ったこともないし。


「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて、今度遊びに行きましょうか」


 瞬間、胸ポケットの竹筒が、ブルッと震えた気がした。


「そっ、そうかい!?実は、もうチケットを買ってあるんだよ!1日中遊び放題、乗り放題のパスポートさ!じゃあ、今日の猫猫飯店は臨時休業だ。今日は、ふっ、二人で(・・・)遊びに行こう!」

「えっ!?今日ですか?」

「ああ!善は急げって言うだろ?」


 言うが早いか、銀華さんは事務所のドアノブに『本日休業』の札を掛けたのだった。

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