第二章 森の中の声
森へ入ってしばらくすると、背後にあった波の音は木々に遮られ、ほとんど聞こえなくなった。
頭上では葉が重なり、午後の光が細かく砕けて地面へ落ちている。潮の匂いも薄れ、代わりに湿った土と草の青い匂いが強くなっていた。
百瀬和真は、足元に残る靴跡を追って斜面を上っていた。
入り江の砂地でははっきりしていた跡も、森へ入ってからは途切れがちになっている。それでも柔らかい土には靴底の形が残り、落ち葉の上では人が踏んだ場所だけ葉の向きが乱れていた。
神崎レイナ。
詩乃から聞いた名前を思い出しながら、和真は足を止めた。
目の前で木々の間が二方向に分かれている。
右手は地面が固く、落ち葉もほとんど乱れていない。左には低い草が何本か同じ方向へ倒れ、その少し先で細枝が途中から折れていた。折れ口はまだ乾ききっていない。
「こっちか」
和真は左へ進んだ。
島のことは何も知らない。この森がどこまで続いているのかも、斜面の先に何があるのかも分からない以上、捜すことだけに気を取られるわけにはいかなかった。
幹が二股に分かれた大木を過ぎる。根元から白い岩が覗く場所を抜けると、斜面は大きく右へ曲がっていた。
帰りに見失わないよう景色を頭へ入れながら進んでいく。
レイナを見つけても、二人で入り江へ戻れなくなれば意味がない。
しばらくは痕跡を拾えた。柔らかい土に残った踵の跡や、藪を避けたらしい曲がり方。木の根を踏み越えた場所では、表面についた泥がまだ新しく擦れている。
ところが、ある場所で足跡は途切れた。
和真は数歩進んでから戻った。
最後に確認できる跡の先は、乾いた落ち葉に覆われている。右にも左にも、それらしい靴跡はない。
「……ここからか」
腰を落として周囲を見渡したが、目印になるほど大きな枝は折れていない。服の繊維のようなものも見当たらなかった。
少し離れた場所まで歩き、また戻る。
二時間以上戻っていないと聞いている。早く見つけたい気持ちはあるが、手掛かりを失ったまま適当に進めば、自分まで森の中へ入り込む。
「レイナさん!」
声を張った。
木々の向こうへ声が抜けていく。
返事はない。
和真は少し位置を変えた。
「神崎レイナさん! 聞こえたら返事してください!」
葉の擦れる音と鳥の声だけが返ってくる。
さらに斜面を上がったところで、地面の一部が大きく削れていることに気づいた。
土が滑った跡だった。
斜面の上から下へ、落ち葉と小石が筋になって流れている。縁には靴底が強く踏み込んだような窪みもあった。
和真はその場から下を覗いた。
木が邪魔をして先までは見えない。
「レイナさん!」
もう一度、森の奥へ向けて声を張った。
*
少し前。
神崎レイナは、崩れた斜面の途中に張り出した岩へ背中を預けていた。
膝や腕には泥がつき、服には細かな葉が張りついている。大きな怪我こそしていないが、喉は乾き、脚には重い疲れが溜まっていた。
目の前には、さっきまで何度も登ろうとした斜面がある。
「……無理か」
もう一度だけと思って足を掛けた場所から土が崩れ、靴がずるりと下へ滑った。慌てて岩に手をついて止まったものの、これ以上続けても同じことになる。
レイナは諦めて岩へ腰を戻した。
ここまで来た時も、最初から迷っているつもりはなかった。
船を出て、高い場所を目指した。電波が入る場所さえ見つければ、救助を呼べるかもしれない。一時間くらいで戻るつもりで、詩乃たちにもそう言って出てきた。
最初のうちは、まだ方向も分かっているつもりだった。少し遠回りしただけだと思い、戻ろうとして別の斜面を下りた。その先で見覚えのある木を見つけた気がしたのに、進んでみればまるで違う場所だった。
引き返そうとしても、今度はどちらから来たのか自信が持てない。海へ戻っているつもりなのに、いつまで歩いても海は見えず、高い場所を目指したはずが、気づけばまた斜面を下っている。
最後には足元の土まで大きく崩れ、今いる場所まで滑り落ちた。
レイナは携帯を取り出した。圏外の表示は変わらない。念のため時刻を確認して、思わず眉を寄せた。
「……やば」
一時間どころではなかった。
詩乃の顔が浮かぶ。
怒っているだろう。
いや、怒っているだけならまだいい。
乃亜は足を怪我していた。詩乃が乃亜を置いて森へ探しに来るとは思えないし、来てほしくもない。二人ともあの船のそばで、自分を待っているはずだった。
「絶対心配してるじゃん……」
レイナは額を押さえた。
乃亜の足も気になる。
座礁した時にかなり痛そうにしていた。あのあと腫れが酷くなっていないか。詩乃一人で手当てを続けられているのか。
助けを呼びに来たはずなのに、結局自分まで戻れなくなった。それを考えると、情けなさより先に二人への申し訳なさが込み上げてきた。
目の前の斜面を見上げる。
少し休めば、今度こそ登れるかもしれない。
そう考えかけたものの、さっきまで何度も試して駄目だった。無理をして転げ落ち、本当に怪我をしたら状況はもっと悪くなる。
かといって、ここで待っていれば誰かが見つけてくれる保証もない。森へ入る時、自分がどの道を通るかなんて細かく伝えていなかった。
レイナは息を吐き、耳を澄ませた。
風に揺れた葉が擦れ、鳥の声が遠くで響いている。どこかで枝の落ちる乾いた音がして、レイナはもう一度周囲へ耳を向けた。
「……詩乃、ごめん」
戻ったら絶対に怒られる。
でも、怒られて済むならそれでいい。
乃亜にも謝ろう。心配したと言われたら、今度はちゃんと謝る。
そんなことを考えていた時だった。
森の音に、何か別のものが混じった気がした。
レイナは顔を上げた。
「……ん?」
しばらく待つ。
風が通り抜け、葉が一斉に揺れる。
気のせいかと思ったところで、また何か聞こえた。
鳥ではない。
遠くて、何を言っているのかまでは分からない。それでも、人の声に聞こえた。
レイナは岩へ手をついて立ち上がる。
「おーい!」
声を張った。
返事はすぐには来なかった。
「誰かいるー!?」
もう一度叫ぶ。
今度は、はっきり聞こえた。
「――レイナさん!」
知らない男の声だった。
レイナは一瞬固まった。
詩乃でも乃亜でもない。けれど、自分の名前を呼んでいる。
「おーい!」
「聞こえます!」
声が近づいてくる。
「こっちも聞こえる!」
「動けますか!」
「動ける! でも上に戻れない!」
レイナは斜面の上へ向かって叫んだ。
「そのままいてください! そっちに行きます!」
「待って!」
知らない相手がなぜ自分の名前を知っているのか。それより先に、確かめなければならないことがあった。
「詩乃と乃亜は!?」
「二人ともいます! 詩乃さんは怪我してません!」
胸が強く鳴る。
「乃亜は!?」
「足を怪我してます。でも意識はあるし、応急処置もしてあります!」
その返事を聞いた途端、張っていた肩からようやく力が抜けた。
「……そっか」
二人ともいる。
乃亜の足は心配だが、少なくとも二人とも無事らしい。
「レイナさん、声出せます?」
「出せる!」
「時々返事してください。今そっちへ回ってます!」
「了解!」
声を掛け合っているうちに、相手の位置が少しずつ近づいてくる。
枝を踏む音がした。
やがて斜面の上に人影が見えた。
男だった。
背中にはバッグ。街中より山に似合いそうな格好で、少なくとも救助隊には見えない。
男はレイナのところまで真っ直ぐ下りてこなかった。途中で一度足元を確かめ、斜面を横へ回ってくる。
近くまで来ても、いきなり手を伸ばしてはこない。
「神崎レイナさん?」
「そう」
「百瀬和真です。詩乃さんたちに頼まれて探しに来ました」
「……和真」
名前を覚えてから、レイナは改めて男を見た。
「二人、本当にいるんだよね?」
「いるよ」
「乃亜、どのくらい怪我してる?」
「足首が腫れてる。俺は医者じゃないから程度までは分からないけど、今は歩かせない方がいいと思う。固定はし直した」
「詩乃は?」
「大丈夫」
さっき声だけで聞いた時より、目の前の人間から答えを聞く方が安心できた。
「……よかった」
「怪我は?」
和真に聞かれ、レイナは腕と脚を見た。
泥と細かな擦り傷はある。
「これくらいなら平気。頭も打ってない」
「気持ち悪かったり、めまいは?」
「ない」
「じゃあ、まず水飲もうか」
和真がバッグを開いた。
取り出されたボトルを見た途端、自分の喉がひどく乾いていたことを思い出した。
「……欲しい」
「どうぞ。一気に飲みすぎないように」
「分かってるって」
受け取って口をつける。
冷たいわけでも、特別な味がするわけでもない。それでも水が喉を通っていくと、身体に少しずつ力が戻ってくるようだった。
「うま……」
「水だけど」
「今は何でもいい」
もう一口飲んでから、レイナはボトルを返そうとした。
「まだ飲んでていいよ」
「じゃあ借りる」
和真は斜面の上を見上げた。
「ここをそのまま登るのはやめた方がいいな」
「それ、あたしもさっき分かった」
「何回やった?」
「……三回くらい」
和真がこちらを見る。
「四回かも」
「もうやらないでね」
「はい」
和真は斜面の横を見ながら移動し、少し先を指した。
「あっちなら傾斜が緩い。上まで行かなくても、横へ抜けられそう」
レイナも見る。
ここからでは木に隠れて全部は見えないが、正面より土は安定していそうだった。
「行けると思う」
「一回休んでからにしよう」
「もう動けるよ」
岩に手をついて立ち上がり、一歩踏み出す。
脚に思ったほど力が入らず、身体がわずかに横へ流れた。すぐ近くにいた和真が腕を支える。
「ほら」
「今のは足場」
「そういうことにしとく」
「……お願いします」
レイナは座り直し、水をもう一口飲んだ。
普段なら、この程度の斜面を歩いたくらいでふらつくことはない。森へ入ってから水をほとんど飲んでいなかったことを今さら思い出して、少し腹が立った。
「早く戻りたいんだけど」
「うん」
「二人、待ってるし」
「だから少し休もう。ここから戻る途中で動けなくなる方が時間かかる」
言い返しかけたが、その通りなので口を閉じた。
「……分かった」
和真は急かさなかった。
必要以上に心配そうな顔で覗き込んでくることもなく、少し離れた場所に腰を下ろして斜面と周囲の木々を見ている。
知らない男と二人きりで森の中にいるのに、不思議と息苦しさはなかった。すぐ隣に座り込まれるより、このくらい離れてくれている方が楽だった。
「ねえ」
「ん?」
「和真って、何者?」
和真がこちらを見る。
「それ、答えるのちょっと難しいんだよね」
「何それ。怪しくない?」
「自分でもそう思う」
意外な答えに、レイナは眉を上げた。
「詩乃たちには?」
「少し話した。でも俺も今、自分がどこにいるのか分かってない」
「……は?」
「詳しい話は戻ってからにしよう。俺一人の話じゃなくなるから」
意味はよく分からない。
けれど今ここで長い説明を聞く気にもなれなかった。
「まあいいや。詩乃が聞いてるなら」
レイナは膝を立て、その上に腕を乗せた。
「それよりさ」
「うん」
「なんで探しに来たの?」
「二人じゃ探しに来られないって聞いたから」
「それだけ?」
「戻ってない人がいるなら、見に行ける人が行った方がいいでしょ」
あまりにも普通に言うので、レイナはしばらく和真を見た。
「今日会ったばっかなんだろ?」
「そうだね」
「知らない三人のために森入ったの?」
「煙を見て来た時点で、似たようなもんじゃない?」
「……変な奴」
「それ、褒めてる?」
「まだ分かんない」
和真の口元が少し緩んだ。
ついさっきまで、この森で自分は一人だった。今は二人の無事を知っている誰かが隣にいる。
「そろそろ行けそう?」
和真が立ち上がった。
「今度は余裕」
「その言葉、信用していい?」
「今度は大丈夫」
「じゃあ行こう」
レイナも立つ。
今度はふらつかなかった。
二人は崩れた場所を避け、斜面を横へ回った。
足場が悪いところでは和真が先に進み、踏める場所を確認する。短い急斜面では木にロープを回し、握れるように垂らした。
レイナが自分で歩ける場所では手を出してこない。少し先を歩く背中についていくうち、脚にも普段の感覚が戻ってきた。
「和真」
「ん?」
「ちゃんと戻れてる?」
「たぶん」
「たぶん?」
「俺もここ初めてだから」
レイナは思わず足を止めた。
「ちょっと待って」
「何?」
「初めて?」
「うん」
「あたし探しに、知らない森入ってきたの?」
「そうなるね」
「それ先に言ってよ」
「言う相手がいなかったよ」
「あ」
そこでようやく気づいた。
「……そっか」
和真は来た時に確認していたらしい木や岩を見つけながら進んでいく。
土地勘があるわけではないが、当てずっぽうで歩いているわけでもないらしい。
「和真ってキャンプする人?」
「するよ」
「なるほど」
「何が?」
「なんか納得した」
「何に?」
「こういうとこ歩ける感じ」
「レイナさんの方が普通に歩くの速そうだけどね」
「そりゃ速いよ」
「即答だな」
「そこは自信あるから」
声を出す余裕も戻ってきた。
それからしばらくすると、木々の向こうから微かに波の音が聞こえ始める。
レイナは顔を上げた。
「海」
「もう近いよ」
身体が勝手に前へ出そうになり、歩調を上げる。
走るのはやめた。
やがて木々の間が明るくなり、その向こうに海が見えた。入り江には傾いた調査船が残り、そのそばに二人の人影がある。
「……レイナさん?」
先に声を上げたのは乃亜だった。
右足を伸ばしたまま座っている。その隣に詩乃がいる。
「乃亜!」
「レイナさん!」
乃亜の声が入り江へ響いた。
詩乃もこちらを振り返る。
「レイナ!」
その声を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた緊張がほどけた。
レイナは歩調を速めた。
今度は和真も何も言わなかった。
「ごめん!」
詩乃のところまで来ると、最初に口から出たのはそれだった。
「本当に……」
詩乃はレイナの顔を見たあと、泥のついた腕や脚へ視線を走らせた。
「怪我してない?」
「してない。泥だらけなだけ」
詩乃はすぐには離れず、念を押すように顔を見る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫。頭も打ってないし、気分も悪くない」
詩乃が息を吐いた。
「一時間で戻るって言ったでしょう」
「……言いました」
「今、何時間経ってると思ってるの?」
「それは……ごめん」
森の中で考えていた通りだった。
怒られる。
けれど、その声を聞けることが今はありがたかった。
「迷った?」
「うん。帰ろうとしたら、どっちから来たか分かんなくなって」
詩乃の表情から怒りが消えたわけではない。それでも、最後にもう一度無事を確かめるようにレイナの腕へ目を向けた。
「もう一人で行かないで」
「分かった」
レイナは素直に頷いた。
「レイナさん」
乃亜の声がする。
「乃亜」
レイナはすぐそちらへ行き、足元へしゃがんだ。
固定された右足首が目に入る。
「それ、痛い?」
「動かさなければ、さっきよりは」
「ごめん。あたしがもっと早く戻れてたら」
「それは違います」
乃亜がすぐに言った。
「船がぶつかった時に怪我したんですから、レイナさんは関係ないです」
「でも――」
「それより、戻ってきてくれてよかったです」
乃亜はそれだけ言って、レイナの後ろを見た。
「和真さんも」
レイナも振り返る。
和真は少し離れたところに立っていた。
三人の間へ割って入ることもなく、こちらを急かすこともない。
「足、和真がやったの?」
「はい。固定し直してもらいました」
「乃亜、それは詩乃さんがやったやつを直しただけだから」
和真が離れたところから返した。
「でも助かりました」
「それならよかった」
レイナはもう一度乃亜の足を見た。
自分が森で迷っている間にも、ここでは色々あったらしい。
「和真」
「ん?」
「ありがと」
「うん」
「軽くない?」
「どう返せばいいの」
「もうちょっとこう、あるじゃん」
「じゃあ、無事でよかった」
「……まあ、それでいいや」
レイナは立ち上がった。
海へ視線を向けると、日差しは来た時よりかなり傾いている。森の影も長くなり始めていた。
和真も同じ方角を見た。
「暗くなる前に、今夜どうするか決めた方がいいと思う」
詩乃が和真を見る。
「和真さんは、どこで過ごしているんですか?」
「ここから歩いたところにテントがあります。水と食料も少しある」
「テント?」
「キャンプしてたので」
詩乃と乃亜が顔を見合わせた。
二人とも驚いた様子はない。
レイナはその反応を見て、先に何か聞いているらしいとだけ思った。
「乃亜さんの足を考えると移動はゆっくりになるけど、ここより寝る場所は作れると思う」
和真は船を見た。
「ここに残るなら、それでもいいです。必要なものを運ぶくらいは手伝えます」
決断を迫るような言い方ではなかった。
詩乃は少し考えてから、和真へ向き直る。
「少しだけ、三人で話してもいいですか?」
「もちろん」
和真は海側へ歩いていった。
声が普通には届かないくらいのところで止まり、座礁した船の外側を見ている。
レイナはその背中を見送った。
「……どうする?」
詩乃が聞いた。
「あたしは行く」
「早いですね」
乃亜が言った。
「だって、ここで夜過ごすよりいいでしょ」
「それはそうですけど」
詩乃は一度、船へ目を向けた。波を受けるたび、船体が低く軋んでいる。
「まだ会ったばかりの人よ」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってるって」
レイナは和真の方をちらりと見る。
「でも、あたしは行っていいと思う」
詩乃は返事をせず、今度は乃亜を見た。
「乃亜は?」
「ボクも……行きたいです」
「怖くない?」
「少しは」
乃亜は自分の足へ視線を落とした。
「でも、ここに残る方が怖いです」
その答えに、詩乃は何も言わなかった。
「それに」
乃亜が続ける。
「和真さんなら、お願いしてもいいかなって思います」
理由までは口にしなかった。
詩乃はしばらく乃亜を見たあと、わずかに肩の力を抜いた。
「……そうね」
「じゃあ決まり?」
「レイナは少し慎重さを覚えて」
「今の話と関係なくない?」
「ある」
「詩乃、根に持ってる?」
「心配したの」
短く返され、レイナは口を閉じた。
乃亜が二人を見ながら、口元を緩めている。
「じゃあ呼ぶね」
レイナが振り返るより先に、詩乃が声を上げた。
「和真さん」
和真がこちらを見る。
詩乃が手で合図すると、すぐ戻ってきた。
「決まりました?」
「はい」
詩乃は乃亜とレイナを一度見てから答えた。
「お願いしてもいいですか」
「分かりました」
和真は船と三人の荷物を見る。
「全部持っていく必要はないと思います。暗くなる前に動きたいので、今夜必要なものだけ選びましょう」
「了解」
レイナは船へ向き直った。
「乃亜はそこにいて。欲しい物言って」
「はい。自分で選べますからね」
「分かってるって」
「レイナも無理して持たないで」
詩乃の声が飛んでくる。
「だから、もう大丈夫だって」
「さっき森から帰ってきたばかりでしょう」
「はいはい」
「返事が軽い」
「じゃあ、はい」
乃亜が堪えきれず声を漏らした。
「どっちでもあまり変わってないです」
「乃亜、どっちの味方?」
「今は詩乃先輩です」
「ひどくない?」
レイナはそう言いながら船へ足を向けた。
「で、乃亜。まず何持ってく?」




