第十五章 七人で眠る夜
和真は、目の前の枝を押さえたまま、屋根の下へ視線を移した。
広場の奥にある建物は平屋だった。森の中で見かける物置を思い浮かべたが、それにしては横に長い。正面には窓が並び、中央より少し端へ寄ったところに扉がある。屋根の縁はまっすぐで、壁を覆う蔓も、入口を塞ぐ倒木も見当たらなかった。
ここまで残っているなら、中も使えるかもしれない。
隣を抜けようとしたレイナへ、和真は声をかけた。
「少し待って。先に入口を見よう」
「うん。あたし、横も見てくる」
「裏へ回る時は声をかけて」
レイナと並んで木立を抜けると、靴の下から枝を踏む感触がなくなった。広場には短い草が生えているが、森の中のように足首へ絡んでこない。建物へ近づくにつれ、扉の前に敷かれた石まで見えるようになった。
和真はそこで振り返った。乃亜は詩乃に手を借り、木の根を避けて広場へ出てくるところだった。斜面を上がってきたせいか、右足を下ろすまでに少し時間がかかっている。
「乃亜、こっちで一度休もう。中を見る間、座っていて」
入口から離れた、低い石の縁を指すと、乃亜は足元を確かめてから腰を下ろした。
「ありがとうございます。ここから建物を撮っておきますね」
カメラを取り出したのを見届け、和真は正面へ戻った。窓の中は暗く、こちら側の木々が反射して奥まで見えない。割れた箇所はなかった。
「すみません。誰かいますか」
声をかけて待ったが、返事はない。扉を叩いても、中から足音が近づいてくることはなかった。
使われなくなった建物なのだろうか。そう考えるには、入口がきれいすぎる気がした。足元に落ち葉はあっても、扉の下に土が積もっているわけではない。和真は壁の下端から軒へと目を上げたが、いつ誰が手を入れたのかを見分けられるものはなかった。
「主。この建物は、管理小屋です」
後ろから来たリリスが、扉の脇で立ち止まった。
「管理小屋?」
「この一帯を維持管理する者が使っていた建物です。アステリア文明の施設に当たります」
和真は、今来た森を見返した。朝、建物が残っているか尋ねた時、リリスは近くの場所さえ分からないと答えていた。
「見れば分かるんだな」
「はい。ここにあることは、来るまで確認できませんでした」
暮らしのために使われていたなら、雨を避けるだけでなく、寝起きする場所もあるかもしれない。和真はもう一度扉の向こうへ耳を澄ませた。
建物の脇からレイナが顔を出した。
「横は通れるよ。奥も木が離れてる。裏、見てくるね」
和真は片手を上げて応え、扉の取っ手へ指をかけた。引くと、重みを残しながらも動いた。錠はかかっていない。
「中を見てくる。少し待ってて」
扉を開けたまま、和真は敷居の向こうへ足を踏み入れた。
*
外から差し込んだ光が、広い床を斜めに照らしていた。
和真は入口で靴を脱ぎ、床へ体重を移した。沈む感じはない。鼻をつく黴の匂いもなく、外よりひんやりした空気が、汗ばんだ首に触れた。
正面に長いテーブルがある。両脇には背もたれのない腰掛けが置かれ、その向こうの壁には流し台と作業台が続いていた。流しの下も、壁際も収納になっている。台所と食事をする場所が、一つの広い部屋に収まっているらしい。
テーブルの脇を歩いてみる。七人分の箱を壁へ寄せても、ここなら通れそうだった。今朝、タープの下で食料箱を動かすたびに誰かの椅子を避けていたことを思い出し、和真は足を止めた。
これなら、荷物を置いたまま食事ができる。
「どう?」
扉の外から美波が覗いていた。
「今のところ、床はしっかりしてる。奥はまだ見てない」
「私も見る」
美波は入口で靴を揃えると、和真のそばへ来た。天井と壁のつながるあたりを見上げ、それから窓枠の角へ顔を近づける。
「歪んでるところは、見えないね」
「住めそうかな」
「まだ、全部は分からない。奥の部屋も見たい」
急いで結論を出さない返事に、和真も足を奥へ向けた。
短い通路には、居室らしい扉が二つあった。手前の扉を開けると、板張りの床が窓まで続いている。ベッドはなく、壁の一面には収納の引き戸があった。開けて中を見たが、人の荷物は残っていない。
和真は床の幅を目で追った。マットを並べれば四人は横になれる。足元に通り道を残しても、窮屈にはならなさそうだった。
もう一室もほぼ同じ広さだった。押し入れの奥や窓際まで確かめ、どちらにも人や動物の姿がないことを見てから、和真は入口へ戻った。
「入って大丈夫そうだ。まだ開けてない扉もあるから、そこは一緒に見よう」
詩乃に続いて乃亜が敷居を越えた。和真が差し出した手を借りて上がると、靴下越しに床を一度踏み直した。
「平らですね」
「その腰掛け、使えそうだよ」
長いテーブルの脇へ案内していると、外を見終えたレイナも入ってきた。建物の裏にも人影はなく、壁の大きな破損もなかったという。
詩乃が流し台へ手をつき、作業台の端まで見渡した。
「広いですね。これなら、二人で並んで作れます」
「鍋も、置き場を空けてから下ろさなくてよさそうだな」
「洗う物を置くところもありますし」
詩乃は持っていた水の袋を台の端へ置いた。腰を屈めずに中身を取り出す様子を見て、和真も背負っていた鞄を下ろした。置く前に足元の石を払わなくていいことが、妙にありがたかった。
通路の奥を確かめると、残っていた扉の先にはトイレと浴室があった。便器も洗い場も汚れておらず、浴槽の底に枯れ葉や泥が溜まっていることもない。
「お風呂まであるんだ」
追いついたレイナが、和真の肩越しに中を見た。
「水が出ればいいけど」
和真は洗い場へ入ってしゃがみ、蛇口を少し開けた。短く空気が抜けたあと、水が床へ落ち始めた。流れは途切れず、排水口へ吸い込まれていく。
浴室の入口が急に狭くなった。美波が脇へしゃがみ、後ろから理央も覗き込んでいる。
「本当に出るのね」
理央の声を聞きながら、和真は指先を流れへ入れた。冷たい。もう一方のつまみを動かすと、しばらくして指に当たる温度が変わった。
「湯も出る」
「え、ちょっと触らせて」
レイナへ場所を譲る。代わりに立ち上がった和真は、美波が壁際へ伸びる管を目で追っているのに気づいた。
「どこで温めてるんだろう。外には、それらしい物なかったよね」
「見なかった。裏も壁と窓くらいだったよ」
レイナが濡れた指を握った。
理央は浴室から一歩下がると、通路の壁にあるスイッチを押した。天井の明かりがつき、和真は思わずそちらを見上げた。持ち込んだランタンより高い位置から、通路全体が照らされている。
「電気も来てる。リリス、ここはどうやって動いているの?」
「アステリア文明の建物ですので」
「……そこから先が知りたいんだけど」
「設備の詳しい仕組みについては、説明できる情報がありません」
理央は壁のスイッチを見たまま、指を離した。美波も管へ伸ばしかけていた手を膝へ戻している。
「外したら、戻せないかもしれない」
「今は触らないわ。動いているうちに、まず何が使えるかを残しておきたい」
和真は二人の間へ手を伸ばし、水と湯を止めた。排水口へ流れる音が弱くなる。
「調べるなら、道具を持ってからにしよう。今日は使うところだけ確かめないか」
理央は頷き、来た通路へ戻っていった。和真も浴室を出て、明かりのついた天井の下を歩く。どこから来た電気かは分からない。それでも、床に落ちた水滴や入口の段差まで見えることに、身体の方が先に慣れていた。
トイレの水も流れ、台所の蛇口も使えた。飲み水は当面持ってきた物を使うことにして、和真は流しの脇へボトルを置いた。
「今夜から、ここを使わないか」
テーブルのところへ戻って言うと、詩乃が奥の通路を振り返った。
「寝具を運べば、休めますね」
「食料も全部は運ばなくていいと思う。今夜と明日の朝に使う分を先に」
「じゃあ、ボクは移した物を書いておきます」
乃亜がノートを開いた。ページの上で止まったペンを見て、リリスが近づく。
「この建物は、第一号棟と呼んではどうでしょうか」
「もともと、そういう名前なの?」
和真が尋ねると、リリスは首を横へ動かした。
「皆さんが使うための呼称として提案しています」
「第一号棟か。分かりやすくていいな」
乃亜がページの上へ名前を書いた。少し横から覗くと、その下には、まだ何も記されていない。
和真は鞄を取り、入口へ向かった。
「じゃあ、荷物を取りに戻ろう。暗くなるまでに、今夜の分を運びたい」
*
テントへ戻ると、タープの下に置いてきた箱が、朝と同じ順番で積まれていた。
和真は食料箱を手前へ引き出そうとして、椅子に肘をぶつけた。さっきまで広い床を歩いていたせいで、身体の向きを変えるのが遅れたらしい。椅子を外へ出してから、箱を持ち上げる。
「こっち、畳んじゃう?」
テントの前で、レイナが張り綱を指した。
「今日は残しておこう。向こうで一晩過ごしてからでも遅くない」
「昨日立てたばかりだしね」
「うん。ここに寝られる場所があると、何かあっても戻れる」
和真はテントの入口を開けた。寝袋を丸め、マットの空気を抜く。これから先、建物を使えるようになっても、外で眠る装備まで要らなくなるわけではない。濡れないよう袋へ収める作業は、昨日までと変わらなかった。
少し遅れてテントへ戻ってきた乃亜は、椅子に座り、運ぶ袋とノートの記録を見比べていた。和真が寝具をまとめていると、顔を上げる。
「ボクは向こうで、受け取る方に回ってもいいですか。行ったり来たりするのは、ちょっと足が痛くて」
「そうしてくれると助かる。あとで何を持っていったか分からなくなりそうだ」
「じゃあ、袋は開けずに、置く場所を分けておきますね」
昼は残っていたパンなどを食べて済ませ、詩乃が乃亜と一緒に第一号棟へ移った。二人には衛生用品と軽い荷物を任せ、和真はレイナと食料箱の両側を持った。
手ぶらでは近く感じた高台も、箱を抱えると足元を見る回数が増える。枝の張り出したところでは横を向き、傾斜のあるところでは歩幅を合わせた。
「そっち、根っこ」
レイナの声に、和真は箱を少し持ち上げた。
「見えた。ありがとう」
広場まで上がった時には、指の付け根が熱くなっていた。入口で一度下ろし、靴を脱いでから持ち直す。台所の壁際まで運ぶと、詩乃が空けておいた場所を示した。
「ここへお願いします」
箱を置いても、足元に余裕があった。和真は両手を開いたり閉じたりしながら、ついもう一度その幅を見た。
次に運んだのは寝具だった。理央の記録類や美波の工具袋も持って上がり、入口で名前を呼ぶ。
「それは窓際じゃなくて、こっちへ」
理央がテーブルの端から手を伸ばした。紙を広げているが、食事をする場所までは占めていない。
和真は鞄を渡し、美波の工具袋をその隣へ置こうとした。
「工具は下でいい。重いから」
美波は壁際の棚の下段を指した。袋の持ち手を畳んで奥へ押し込むと、取り出すための隙間だけを残す。
「あとで借りてもいい?」
「うん。使った場所だけ教えて」
何度か往復し、夕方が近づいたところで、和真はテント側に残す箱の蓋を確かめた。衣類や道具のすべてを移したわけではないが、今夜必要な物は揃っている。食料は密閉したままタープの奥へ寄せ、濡らしたくない袋はテントへ入れた。
最後の荷物は、二脚の折り畳み椅子だった。第一号棟の腰掛けだけでも座れたが、乃亜には背もたれがある方が楽だろう。片方をレイナが持ち、二人で高台へ戻った。
扉を開けると、鍋をかき混ぜる音が聞こえた。
「これで最後。椅子、持ってきたよ」
「ありがとうございます。ちょうど、そろそろできます」
詩乃が作業台へ器を並べている。和真は椅子を開いてから、彼女の手元を見た。まな板と包丁を置いた横に、まだ鍋敷きを広げる場所がある。
窓を開けた台所で、持ち込んだカセットコンロの火が鍋の底を温めていた。今夜はパスタに、缶詰の魚とキャベツを合わせるらしい。食材は昨日と大きく変わらないが、和真の腹は匂いを嗅いだだけで鳴った。
「器、運んでいい?」
「お願いします。こちらから」
受け取った器は、持って歩くだけでも熱かった。テーブルへ置き、もう一つを取りに戻る。背後を誰かが通るたびに脇へ避けなくていいので、七人分を並べるのにそれほど時間はかからなかった。
座って食べ始めると、和真は思っていた以上に腹が減っていたことに気づいた。固まった指でフォークを握り直し、二口続けて頬張る。
「今日も、よく運んだね」
隣のレイナは、器へ顔を近づけて湯気を吹いた。
「昨日で運び終わったつもりだったんだけどな」
「でも、あたしはこっちならいい。明日の朝、靴を履かずにご飯食べられるし」
和真はテーブルの下へ目を落とした。自分の足にも靴はなく、靴下の裏が乾いた床についている。
「そういえば、まだ履いたままみたいな気がする」
「歩きすぎたんじゃない?」
レイナが笑う。和真も足首を回し、また器へ向かった。
「飲み水は、流しの右に置いた分です」
詩乃がボトルを回した。
「明日、残っている物を運ぶ時に、水もお願いします」
「分かった。持ってくる物、あとで教えて」
「ボクのノートに、まだ下にある物も書いてあります」
乃亜は膝の横の鞄へ手を添えたが、すぐには開けなかった。代わりに器を寄せ、少し残っていたパスタをまとめている。
和真も、今は食べ終えてからにしようと思った。明日の往復まで、夕食と一緒に片づける必要はなかった。
食後、器を流しへ運んで洗った。和真がすすぎ、詩乃が拭いて重ねていく。何枚目かで腕が重くなり、流しの縁へ腹を寄せると、詩乃がこちらを見た。
「そこまでで、代わりましょうか」
「あと鍋だけだから」
「それが一番重いんですけど」
伸びてきた手へ、和真は鍋を渡した。代わりに布巾を受け取り、濡れた器の底を拭く。詩乃が笑ったのが横から見えたが、何も言わずに次の器へ移った。
*
持ち込んだ荷物が壁際へ収まる頃には、窓の外は暗くなっていた。
和真は顔と腕を洗い、タオルで首筋の水を拭きながら通路へ戻った。温かい湯で流すと、汗が乾いて張りついていた皮膚が楽になる。浴室を出る時に扉を閉められることも、今夜から皆が使うには大きかった。
居室の入口では、レイナが寝具の袋を二つ並べていた。
「ねえ、部屋どうする?」
和真は手前の部屋を覗いた。昼に見た時と同じ、何も敷かれていない床がある。ここに女性六人を三人ずつ入れれば、荷物を広げても余裕ができる。
「二部屋は、みんなで使っていいよ。俺はテントで寝るから」
「え。なんで?」
レイナは持ち上げかけた袋を下ろした。
「せっかく運んだじゃん。寝袋も」
「寝具はある物をまとめて持ってきただけだよ。俺の分は戻せばいい」
「戻すことないでしょ。ここ、入れるよ」
レイナが開いた扉の先を指す。和真はタオルを畳みながら、どう言えばいいか考えた。人数が足りないと思っているわけではない。
「民宿では、一部屋しかなかったけど。これから毎日、同じ部屋で寝るなら、少し違うだろ。着替えもあるし、俺がいたら気を遣うこともあると思う」
話している間に、食器を片づけ終えた詩乃が通路へ来た。和真の手にある寝具の袋を見てから、顔を上げる。
「別に寝る場所があった方がいい、というのは分かります。でも、それで和真さんだけ下へ戻るんですか」
「近いし、慣れてるから」
「テントのところ、ここから見えませんよ。夜に何かあっても、すぐには気づけないです」
和真は暗い窓を見た。広場からでも、テントを直接見ることはできなかった。来た道を戻るだけなら問題はない。それでも、こちらに残る人から見れば、居場所の見えない相手を一人待つことになる。
「四人と三人で分ければ、寝る場所は足りるわ」
奥の部屋から、理央が衣類の袋を持って出てきた。
「着替える時は外に出てもらえばいいでしょう。別々に使える場所もあるんだから」
和真は居室から台所へ続く床を見た。
「それなら、俺があっちで寝てもいいんだけど」
「朝、私が台所を使いますよ」
詩乃の返事に、今朝のタープを思い出した。食事の準備が始まれば、眠っている方も、周りで動く方も落ち着かないだろう。壁に寄せた箱の間へ寝具を敷くことはできても、寝室を空けたままそうする理由は弱かった。
通路の向こうで、乃亜が椅子から立ち上がった。
「和真さん。ボクも、一人だけ下にいるのは気になります。夜、明かりがついていても、ここからは見えないですし」
和真は持っていた袋を下ろした。テントへ戻るつもりで、寝具の口を結び直したところだった。
自分が外へ出れば、六人は気兼ねなく休める。そう考えていたのに、今は自分を見ている乃亜へ、大丈夫だと言い切る気になれなかった。
「……分かった。俺も中で寝るよ。着替える時とか、出てほしい時は遠慮なく言って」
「言うって。だから、こっち」
レイナは手前の部屋の扉を開き直した。
「和真はあたしたちと四人ね。詩乃、乃亜と奥の部屋でいい?」
「うん。乃亜、その方が夜も手伝えるけど、どう?」
「お願いします。詩乃先輩が一緒だと助かります」
「リリスも、こちらでいい?」
「はい。私の荷物も運びます」
リリスが寝具の袋を取りに戻った。理央は手に持っていた衣類を手前の部屋へ入れ、美波も自分のマットを抱えて続く。
和真は最後に袋を持ち上げた。入口に近い壁際へ置くと、レイナが少し腰を屈めてこちらを見る。
「そこならいい?」
「うん。ここにする」
袋から出したマットを敷き、空気を入れる。寝袋を広げる時、つい床へ手を走らせてしまった。テントなら、下に小石が残っていないか確かめるところだ。指に触れたのは滑らかな板だけだった。
美波が隣へマットを広げ、和真の足元を通って収納へ向かった。歩ける幅を見てから、マットを少し窓の方へずらす。
「ここ、空けておけば通れるね」
「俺の鞄も、中へ入れておくよ」
収納へ鞄を移すと、寝袋の周りにはライトと水のボトルが残った。美波はその隣で、自分の袋を開けている。今夜ここで眠ることが、ようやく和真にも実際の手順になってきた。
寝袋の端を直していると、レイナに名前を呼ばれた。顔を上げると、膨らませたマットへ両手をついている。
「和真、これ、もう少し空気入れた方がいい?」
手を伸ばして押してみると、レイナのマットは十分に膨らんでいた。
「一度寝てみて。硬ければ抜けばいい」
「そっか」
レイナはその場で仰向けになり、両足を伸ばした。
「うん。これでいい」
和真も自分の寝具へ腰を下ろした。床は平らで、身体を置く方向を変えても傾かなかった。靴を履いて戻る段取りを考えていたはずなのに、座った途端、足が立ち上がるのを嫌がった。
奥の部屋から、詩乃が顔を出した。
「こちらは大丈夫です。おやすみなさい」
その向こうから、乃亜とリリスの挨拶も聞こえた。和真が返事をすると、詩乃は扉をそっと引いた。
「こっちも消していい?」
立ち上がった和真が尋ねると、理央が頷いた。
「お願い。もう休むわ」
レイナの返事は、寝袋へ顔を半分埋めたままだった。美波も枕へ頭を下ろしている。
スイッチを押して寝床へ戻る。明かりが消えると、窓の位置だけが薄く残った。足元に置いたライトを手で確かめ、和真は寝袋へ潜り込んだ。
人が近くにいることは、やはり少し気になった。寝返りを打つにも、腕をどちらへ出すか考えてしまう。隣で布の擦れる音がして、美波が枕の位置を直した。
「和真、まだ起きてる?」
レイナの声だった。
「起きてるよ」
「明日の荷物、あたしも行くから」
「うん。頼む」
「おやすみ」
和真は小声で返し、仰向けになった。頭の下の上着を少し畳み直すと、昼から張っていた首が楽な位置へ落ち着いた。
森の音は聞こえるが、昨夜のように風が布を押して身体へ触れることはない。閉めた窓の向こうと、今いる部屋との間に壁がある。通路を挟んだ先には、詩乃たちの寝る部屋がある。
今夜は、誰も下のテントへ戻らない。
和真は寝袋の口を肩まで引き上げ、隣の寝息を聞きながら目を閉じた。




