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第十二章 持っていくもの

 和真は畳んだ掛け布団を押し入れへ戻しかけて、手を止めた。


 昨夜は七組の寝具がこの部屋に収まっていた。畳の上にはまだ敷布団の跡が残り、窓際では美波が枕を重ねている。環凪島へ戻れば、この布団はない。自分のテントには詩乃たち三人が横になるだけで荷物を外へ出さなければならず、和真はそのすぐそばで寝袋に入った。


「この布団、島にも欲しいな」


 隣でシーツを畳んでいたレイナが、手を止めずに言った。


「持って帰る?」


「七組は無理だろ」


「だよね」


 レイナは笑いかけたが、すぐに畳んだシーツへ目を落とした。


「でも、寝る場所は増やさないと。今のままじゃ、雨が降ったら詰むよ」


「うん。テントと寝袋、マット。荷物を雨から守るものもいると思う」


 座卓には詩乃が紙を広げていた。朝食に使った食器は洗われ、湯気の消えた湯のみが端へ寄せられている。


「食べ物は、今日だけの分では足りませんね。持っていくなら、保存できるものを中心に考えた方がよさそうです」


「水を入れる容器と、浄水する物も見たい。火を使う道具も」


「トイレも」


 レイナが言った。


「今までみたいに、森へ行くのはきついでしょ」


 和真は紙の余白へ非常用トイレと書き足した。人目がないからといって、誰もが気にしなくなるわけではない。七人で生活するなら、見えない場所にも準備が要る。


 美波が畳んだシーツを抱えたまま近づいてきた。


「島で使ってる道具、壊れかけてるものはありますか」


「今すぐはないと思う。でも、ロープとかシートは予備が欲しいな」


「補修するものも見ます。工具は、持ち運べるものにします」


「助かる。俺だと、何を選べばいいか分からないから」


 美波は紙の余白へ短く書き込んだ。その向かいで、理央が充電器のコードを指先へ巻きつけている。


「電源関係は私が見るわ。モバイルバッテリーとケーブル、記録媒体。それ以上は、荷物の量を確認してから決める」


「お願いします。船に載せられる量もあるし」


「人が座る場所まで箱で埋めたら、本末転倒よ」


 和真は頷き、壁際の乃亜へ目を向けた。乃亜は右足を伸ばして座り、バッグへノートをしまおうとしている。


「足はどう?」


「座ってる分には平気です。歩く時は、まだ少し」


「店では休みながらにしよう。欲しいものがあれば、持ってくるから」


「ありがとうございます。園芸のところだけは、ボクも見たいです」


「園芸?」


「種を持っていけたらと思って。島で育つか、試してみたいので」


 和真は紙に並んだ食料の文字を見た。店に残った物を運ぶことばかり考えていたが、食べた分が増えるわけではない。


「そうか。何が育つか、俺には分からないな」


「ボクも、島の土を見ないと分からないです。だから、少しずつ」


「じゃあ、一緒に見よう」


 和真が種と書き足すと、紙の余白はほとんどなくなった。


「欲しいものを全部持っていくんじゃなくて、戻った日に困るものからにしよう。残りは、また本土へ来た時に見ればいい」


 誰もすぐには答えなかったが、詩乃が紙を畳んで立ち上がった。


「出ましょうか。今日中に、船へ積めるところまで確認したいです」


     *


 種の袋を裏返すと、蒔き時を示す小さな表があった。


 乃亜は棚に片手を添え、印刷された色の帯を目で追った。隣の袋も見たかったが、足を踏み替えると右足首に鈍い痛みが走る。体重を左へ戻したところへ、背後から車輪の音が近づいてきた。


「椅子、あったよ」


 レイナが折り畳み椅子を開き、通路の端へ置いた。


「向こうの売場のだけど。これも島に持っていけば使えるんじゃない?」


「うん。ありがとう」


 腰を下ろすと、足の奥に残っていた痛みが少しずつ薄れた。レイナは乃亜の手にある袋を見て、同じ棚へ顔を近づける。


「それ、何?」


「二十日大根。こっちは小松菜」


「二十日で食べられる?」


「名前はそうだけど、育つ条件で変わるよ」


「そっか。二十日待てば絶対食べられるのかと思った」


 レイナが袋の写真を見比べるので、乃亜は手元の一つを渡した。赤い根の写真の下に、栽培の説明が小さく詰め込まれている。


「最初から、これだけで食べていけるほどは作れないと思う。でも、育つものが分かれば、次に持ってくる種を選べるから」


「じゃあ、違うのも少しずつ?」


「うん。たくさん蒔いて、全部駄目になったら困るし」


 棚には実をつける野菜の袋も並んでいた。乃亜はそちらへ伸ばしかけた手を戻し、今持っている袋を膝の上へ並べた。島で畑に使える場所を見つけたわけではない。日の当たり方も、雨が降った時に水がどこへ流れるのかも、まだ知らなかった。


 袋の裏をもう一度読み、数種類を小さな籠へ入れる。残りはレイナに頼んで棚へ戻してもらった。


「苗はいいの?」


 入口の方には、緑の葉を広げた苗が並んでいる。水をもらっていないのか、鉢の表面が白っぽく乾いていた。


「今日は種にする。これなら、持っていってからすぐ植えられなくても置いておけるし」


「了解。じゃ、次はスコップ?」


「小さいのと、畑を耕せるものも見たい。でも、大きいのは和真さんに聞いてからかな」


 籠に入れた種は、底の一隅しか埋めなかった。乃亜は袋の角を揃え、ノートへ種類を書き留めた。どれをどこへ蒔いたか、後で分からなくならないようにしたい。


 まだ何も植えていないのに、書く場所はもう必要だった。


 詩乃が戻ってきたのは、手袋の大きさを確かめている時だった。押しているカートには米と乾麺があり、缶詰を入れた籠がその横に載っている。


「重そう」


 乃亜が言うと、詩乃はカートを止めた。


「人数分って考えると、すぐ増えるのね。鍋も少し大きいものが必要だし」


「毎日、缶詰?」


 レイナが籠を覗き込んだ。


「それだけにはしないつもり。でも、火を使えない時にも食べられるものは欲しいでしょう」


「ああ、雨の日とか」


「うん。あと、これ」


 詩乃が持ち上げたのは、同じ形の缶が詰まった箱ではなく、数種類を混ぜた籠だった。


「同じものばかりだと、食べる方もつらくなりそうだから」


 レイナが一つ手に取り、ラベルを読んで元へ戻した。


「これなら食べたい」


「それは朝ごはんにも使えると思って」


 乃亜も籠の中を見た。船で待っていた時には、残った食料を何回に分けるかしか考えられなかった。今は明日の朝に何を食べるかを、詩乃とレイナが話している。


 カートの向こうには、値札のついた棚が長く続いていた。商品が少なくなっているところもあったが、誰かが補充に来る様子はない。


 乃亜はノートの次の行へ、小型スコップと書いた。


「詩乃、これも載せてもいい?」


 種の入った籠を示すと、詩乃が缶詰の横を空けてくれた。


「もちろん。潰れないところに置こう」


 乃亜は立ち上がる前に右足の位置を直し、椅子の背へ手をかけた。次の棚は、ここからでも見えている。無理に急がず、あそこまで行ったらまた座ればよかった。


     *


 工具セットの留め具を外すと、中には使う機会の少なそうな部品まで隙間なく収まっていた。


 美波は一度持ち上げてみて、棚へ戻した。持ち運ぶには重い。必要なものを個別に揃えた方が、箱も小さくできそうだった。


 隣では和真が、長いテントの収納袋をカートへ横向きに載せようとしていた。袋の端が通路へ突き出し、向きを変えても収まりきらない。


「そっち、下に置けそうです」


 美波がカートの下段を指すと、和真は袋を引き戻した。


「ほんとだ。ありがとう」


「もう一つも同じもの?」


「うん。今あるのと合わせれば、余裕を持って寝られる。こっちは荷物を入れる場所もあるみたいだから」


 美波は収納袋に描かれた図を見た。実際の広さは分からないが、寝る部分と入口側が分かれている。


「張るところは、平らですか」


「今のテントの周りなら、少しは。でも、この二つを置くには枝とか石をどけると思う」


「じゃあ、手袋は多めにあった方がいいです。あと、直すものも」


 選んだ補修テープを見せると、和真が自分のカートへ目をやった。


「俺も一つ取ったけど、これでいいのかな」


 渡された物と用途を比べ、美波は重なる方を棚へ戻した。ロープはあったので、結束バンドを加える。工具も、同じ用途の物を何本も持つ必要はない。


「これと、こっちでいいと思います。大きい工具箱は、今日はなくても」


「その袋に入る?」


「刃を覆えば。濡れないようにはしたいです」


「蓋の閉まる箱も見てくるよ」


 和真がカートを押していき、美波は手に残ったペンチを開閉した。握った時の幅を確かめてから籠へ置く。その隙間へビスの小箱を収めようとして、もう一度取り出した。


 島に何があるのか、話で聞いただけだった。今すぐ使うか分からない大きさのものまで揃えるより、まずは持ち歩ける分でいい。


「延長コードは、そっちで選んだ?」


 声をかけてきた理央は、数本のケーブルを持っていた。カートの下段には、持ち手のついた大きな電源装置が載っている。


「まだ。電源、島では使えるところがあるの?」


「確認してからね。これは充電できるうちに持っていければ便利だけど、重いわ」


 理央が電源装置を見下ろした。


「モバイルバッテリーと充電器だけなら、鞄に分けられる。大型のものは、船に余裕があれば」


「工具は、小さくできます」


「じゃあ、それでお願い。私も、これを積める前提では考えないようにする」


 美波が籠を差し出すと、理央は中を確かめ、小さなドライバーだけ自分の方から加えた。


「精密機器に使う。ほかは十分ね」


 選び終えた工具を和真のところへ持っていく途中、美波は服の売場で呼び止められた。


「美波、それ見終わった?」


 レイナが雨具を腕にかけて立っていた。


「うん。だいたい」


「なら、服も見よう。みんな、自分の分は自分で選んでる」


 美波は自分の袖を見た。着替えはあるが、島で何日過ごすのかは決まっていない。洗った後、すぐ乾くとも限らなかった。


 工具の籠を置き、服の間へ入る。長袖を一枚手に取って肩へ当てると、レイナがその横から薄い上着を差し出した。


「これ、動きやすそうだよ」


 美波は受け取り、腕を通してみた。肘を曲げても引っかからず、袖口も留められる。これなら作業の邪魔にはならなかった。


「これにする」


「普段着は?」


「着てきたものがあるから」


「洗った日は?」


 美波は上着の袖を見たまま考えた。レイナは返事を待たず、隣の棚で自分のTシャツを選び始めている。


 美波もハンガーへ手を伸ばした。柔らかい綿の服だった。作業に向くかどうかではなく、夜、着替えて座る時の感触で選んだ。


 棚へ戻そうか迷ってから、結局そのまま袋へ入れた。


     *


 米の袋を持ち上げた途端、和真の指に持ち手が食い込んだ。


 腕の疲れは、思ったより残っていた。足元を確かめ、袋を濡れていない場所へ下ろす。


「こっち、持つよ」


 レイナが次の箱へ手をかけたので、和真は反対側へ回った。


「それは二人で。中、缶詰だろ」


「持てるけど」


「俺がさっき、持ち手で痛い目を見た」


「ああ、そっちか」


 二人で運ぶと、箱はすぐに船のそばまで動かせた。和真は手を放して指を曲げ伸ばしし、高速艇へ顔を向けた。


 テントと寝具、食料、工具、種。車に積んでいる間は、まだ余裕があるように見えた。船のそばへ並べると、それぞれの袋や箱が急に場所を取る。


 和真は船内へ入り、座席の間と通路を見た。濡らせない物を奥へ置き、食料の箱をその手前に積めば、今度は人が後ろへ移れなくなる。寝具を上へ重ねれば、波で崩れた時に押さえられない。


「これ、全部は駄目だな」


 和真が言うと、理央が車のそばから近づいてきた。


「入るかどうかだけなら入る。でも、通路を塞いでいるし、片側へ寄せすぎよ。海上で荷物が動けば、誰もすぐ直せないわ」


「うん。人が動ける場所は残したい」


 詩乃が車から降ろした袋を抱えていた。夕食用の食材と、明日の朝まで民宿で使う物が入っている。


「食べ物は分けます。今日使うものまで船へ入れる必要はないですね」


「工具も、外の箱は残せます」


 美波が蓋を開けた。小さな袋へ分けた工具を取り出し、空になった収納箱を脇へ寄せる。


「これなら、濡れないところに入ると思います」


 それでも、船内には大きな電源装置が残った。


 理央はしばらくそれを見ていた。持ち手を握れば運べるが、和真が片手で持ち上げた時、予想より深く腕が下がった。


「これ、重いな」


「二十キロ以上あるわ」


「寝具か食料を減らさないと、積み方が厳しい」


 和真が言うと、レイナが船内のテント袋を見た。


「テントは置いていけないよね」


「うん。帰った日に寝る場所を作れない」


 詩乃は何も言わず、食料の袋を抱え直した。乃亜も車のそばの椅子から、船内へ視線を向けている。


 理央が電源装置の持ち手から手を離した。


「これは置いていく」


「でも、理央さんの物じゃ」


「今日の目的は、観測環境を完成させることじゃないわ。七人が島で寝て、食べて、次の日に動ける状態を作ること」


 理央はケーブルとモバイルバッテリーの入った袋を持ち上げた。


「必要な記録機器はこれで足りる。大型電源は、次に持ってくればいい」


 和真は船内を見回した。理央が残すと決めた物は、店で選んだ中でも重く、目立つものだった。それを外せば、通路には人ひとりが通れる幅が残る。


「分かった。これは民宿へ戻そう」


「ええ」


 理央はそれ以上説明しなかった。和真も、ここで無理に積む理由はないと思った。


 代わりに種の箱を上の棚へ置き、寝具の袋を奥へ寄せる。詩乃が食料の位置を確かめ、美波は工具の袋を防水シートで包んだ。乃亜はノートを開き、船へ積む物と民宿へ戻す物を分けて書いている。


 持ち出した物の記録は、店を出る前に残してきた。今、乃亜が書いているのは、自分たちがどこへ何を置いたかだった。


「これで、明日の朝は積むだけですね」


 乃亜が言った。


「固定するのは明日、出る前にもう一度やろう」


 和真は係留ロープを確かめ、岸壁へ上がった。海の方から冷えた風が吹き、汗をかいた背中に張りつく。腕時計を見ると、もう夕方が近かった。


「今日は戻ろう。夜に出るのはやめよう」


「賛成。お腹すいた」


 レイナが腰を伸ばした。


 詩乃は夕食用の袋を車へ戻し、美波は置いていく電源装置を両手で抱えた。和真が受け取ろうとすると、美波は首を振る。


「これは持てます。車までなら」


「無理はしないで」


「大丈夫です」


 民宿へ戻ると、理央は大きな電源装置を廊下の壁際へ置いた。その隣には、空になった収納箱と、明日までここで使う物が寄せられている。


 乃亜はノートを閉じ、船へ残した荷物と民宿へ戻した物を見比べた。


「明日の朝、もう一度確認します」


「うん。固定する前に、全部見よう」


 和真は答え、玄関の外へ目を向けた。


 港には、寝具と食料と、七人が島で使うための荷物が残っている。明日、それを積んだ船で環凪島へ戻る。

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