目覚まし注意報
オバケ、幽体離脱、やたらハッキリとした、幻覚?
よく分からない状態の拓己のことを、調べるけれど一向に手がかりが見つからない。
ネットが最適だと思っていたけれど、ネットは幅広過ぎて逆に分からなくて、人工知能にも頼ろうとしたけれど、『拓己がおかしくなりました』って相談していたら、オバケの拓己に「クソボケ」と罵られた。
クソは言いすぎだけれど、ボケている自覚はあったからそのページはそっと閉じた。
だって、開いた瞬間、何でも聞いてくださいって言ってくれたんだもの。
この人?なら助けてくれるかも……!?って、思っちゃったんだもの。
「これ」
拓己が俺を呼んで、指差しているから見ると、人体の不思議について描かれた図鑑が並んでいて、一冊抜き出す。
今日は拓己の本体に会いに行くのは諦めて、放課後に図書室へ来ていた。
本なら何か、ニッチな内容も描かれているのではと思ったのだ。
専門的で、深い何かが。
「うーん……」
けれど、開いた図鑑は人体の断面が主で。
オバケな拓己は寧ろその断面が無いというか、すり抜けるというか、透明というか、なんというか。
オバケの拓己はオバケっぽいからそう呼んでいるけれど、足がちゃんとあって、朝にも見えて、透けたりもしていない。
けれどオバケの拓己が見えるのは俺だけで、物はすり抜けて、影が無い。
声は聞こえるし、意思の疎通ができるし、会話だってできるし、俺を煽る口の悪さだって健在で。
今朝も拓己に耳元で叫ばれて、アラームより十五分も早く起こされた。
オバケの拓己は寝ている俺が飛び起きる程の大声を出せるのに、その声が聞こえるのも、俺だけ。
なんで起こしたのか聞いたら、暇だったからと言っていて、ビンタしてやろうと思ったのに当たらなかった。
眠くなるのか聞いたら、眠くはならないけれど、眠ること自体はできたらしい。
それなら暇過ぎずよかった、と思ったけれど、起こしてくるのはよろしくない。
叱ろうとしたらいつもの起きる時間になって、アラームが爆音を立てて、慌てて止めているうちに拓己がどこかへ消えて、結局叱ることができなかった。
消えたら消えたで不安になるから厄介な存在だと思う。
だってオバケの拓己は、物に触れられず、人にも認知されないから。
もしどこかで困っていても、助けを求める声を上げられないし、誰も気付いてくれない。
それが恐ろしくて怖かった。
拓己がどこかで困っていても、目も耳も届かないところなら俺も気付いてあげられない。
見つけることだって難しくて、透ける体だから、壁の中に居たりしたら確実に分からない。
拓己が隠れようと思えば完全に隠れることができてしまうこの状況とか、姿をくらましてしまえばもう一生会えないであろうこの状況とか、そういうものが怖くて仕方ない。
だから傍に居てほしいのに、居たら居たですぐ喧嘩になるし、かと思えばふらっとどこかへ行ってしまうし、その体みたいに掴みどころがなくて、不安になる。
拓己はどう思っているんだろう。
拓己はどう感じているんだろう。
この状況を受け入れているようでもあり、楽しんでいるようでもあり、いつか戻るだろって考えているようでもあり、それから、心のどこかで諦めているような感じでもあった。
「絶対取り戻す」
「……」
開いていた図鑑を本棚に戻して、隣の本を取り出すと、またパラパラと読み進めていく。
拓己は俺の手元を覗き込みながらも、俺の言葉には何も返してこなかった。
今日の拓己は、朝以降、少しだけ静かだった。
「何も収穫なしかぁ……」
学校が閉まるギリギリまで図書室の本を漁っていたけれど、結局何も手掛かりを得られなかった。
そもそも人体系ではなく、SF系なのかなと思って、明日はそっち方面の本棚を見てみようと考える。
それから病院に少しだけ寄るか迷って立ち止まっていたら、拓己が俺を追い越していって、やがて立ち止まる。
「今日、静かだね」
「……」
「……何かあった?」
声を掛ければ、ゆっくりと振り返った拓己が、こちらを見る。
夕日が眩しくて、けれどやっぱりその足元には影が無くて、ほんの少し寂しい気持ちになった。
拓己は確かに、ここに居るのに。
太陽にすら……認知されないのか、と思って。
「体が若干、昨日より軽い」
「え?」
「もし俺が魂的なものだとしたら、こうして徐々に軽くなって、終いには消えるのかって考えてた」
「……え」
いつもと変わらない、冷静な声にぞっとする。
終いには消える、って。
それって、つまり。
「分かんねぇけど。ずっとこのままって訳にもいかなそうだわ」
「……拓己、拓己」
何それ、あり得ない、どういうこと。
拓己に寄って、掴もうとするけれどやっぱり触れられなくて、今朝考えていた怖さが蘇る。
この拓己が姿をくらましたら、もう。
二度と会えないってこと、になる。
「泣くなようぜぇ」
「泣いてない」
「泣いてるだろうが」
「泣いてない!」
なんでいつも通りなの。
もっと怒ったり、戸惑ったり、喚き散らしたっていいはずでしょう。
なんでそうやって冷静で居られるの。
なんでそうやって、自分の窮地より、俺の心配で顔を顰めるの。
滲む視界を強引に腕で拭って、目の前の拓己を見る。
拓己は夕日を浴びて、明るくて、眩しくて、綺麗で。
やっぱりあの夏祭りのことを思い出した。
俺を見つけ出して、人混みから救ってくれた拓己は、今みたいに屋台の光を全身に受けて、美しく輝いていた。
「消えないで」
「……」
「居なくならないで」
「……」
「お願い。拓己……お願い」
結局ボロボロ泣いて、その場に蹲って。
いつも俺が泣くと拭ってくれる、拓己の強引な手の甲が来なくて、また泣いた。
「どっか行っちゃえ、なんて、い、って、ごめん」
「……」
「どこにもいかないで」
嗚咽で苦しくて、涙が止まらなくて、想いが止まらなくて。
お願い、どこにも行かないで。
ずっと俺の傍で、幼馴染で居て。
泣いても泣いても泣き止めない。
拓己はずっと立ったままで、今どんな顔をしているのか分からなかった。




