眉間のシワ注意報
「……居ない?」
「居ねぇな」
図書館に着いて、辺りを見回して、拓己と小声で情報交換する。
今日の目的だったオバサマはお休みのようで、来て早々に計画中止となってしまった。
「折角だし本借りる?」
「おー」
そしたら、また返しに来る時会えるかもしれないし。
提案すると了承してくれた拓己と別れて、俺は一人で新刊コーナーを眺める。
拓己は迷いなく奥の棚へ行っていて、なんだかかっこよかった。
それからふと、棚に体を埋めて、顔だけを出すいたずらをしていたオバケの拓己のことを思い出す。
あの時は拓己を取り戻す為に必死で不安だらけだったけれど、今思えば凄い経験で、笑える思い出として振り返ることができていて感慨深い。
どれもオバサマのお陰でもあるから、やっぱり体を取り戻した拓己と一緒に会いたいなと思う。
まだ新しくて綺麗な本を手に取りながら、また必ずここへ拓己と一緒に来ようと心に決めた。
「ん」
「え、早いね」
拓己の小さな声と、腕に何か当たる感触に振り向けば、本を一冊俺に突き刺している拓己が居て。
若干逃げながらその本のタイトルを見れば、この前二人で来た時には無かった、読書感想文を書いたファンタジー小説の一巻だった。
「これ……」
「頭痛ぇから読む」
「え?」
「お前と関連してるんだと思う」
「……あ」
頭が痛いのに読むの?と思ったけれど、俺と関連していると聞いて納得する。
俺を思い出そうとすると頭が痛くなるという拓己が、この本を見ても頭が痛くなるのなら確かに関連していそうだと思う。
俺は手に取っていた本を棚に戻すと、拓己からファンタジー小説を受け取ってカウンターへ向かった。
貸し出し手続きをしてもらっている間に拓己を見れば、少し遠くの床を見ながら眉間にシワを寄せていて、苦しそうで。
拓己が早く楽になればいいけれど、俺を思い出そうとする度に苦しそうな拓己はやっぱり心配だった。
本を受付の方から受け取ると、拓己を促して外に出る。
まだシワの寄っている拓己の眉間を押してみると、目が合って、軽く息を吐く様子が見えた。
「少し休んでから帰る?」
「いや、大丈夫」
「……今なら膝枕するけど」
「今すぐ帰るぞ」
「え!?ちょっと!」
俺の手を掴んで凄い勢いで歩き始める拓己。
今ここでだけだから!と言えば、拓己が楽しそうに笑っていてほっとする。
手は離してもらったけれど、拓己はそのまま家に帰るつもりのようで。
どんどん歩いていくから仕方なく俺も付いていく。
無理しないでねと言っても無理をする拓己だから、休みたくなるようなことを考えたけれど上手くいかなかった。
けれど、眉間のシワは取れたようで安心する。
早く来いよって少し先でこちらを見ている拓己を、俺は少し走って追い掛けた。
「ほ、ほんとに読むの?」
「読む」
「痛くなったら右手上げてくれる?」
「歯医者かよって」
「約束して。じゃないとお預けだよ」
「……お預けってちょっとえろいな」
「はああ?」
もう!こっちは真剣なのに!って振り返れば、ラグの上で俺を膝の間に抱えている拓己と目が合う。
拓己はやっぱり楽しそうに笑っていて、だから俺の勢いは減速してしまって。
拓己が楽しそうだったり、嬉しそうな姿に弱いなと最近思う。
いつもほんのり怒る、煽る、呆れる、面倒くさがる、みたいな感情意外はあまり表に出さない拓己だから、楽しいとか嬉しいを出してくれる拓己が、珍しい上に可愛くて簡単に胸が高鳴るのだ。
まあ、ちょっと悔しいけれど。
「大丈夫、無理はしない」
「……約束ね」
「ん」
返事と共に軽くキスされて、逃げるように前を向く。
微かな笑い声と、俺の赤くなっているであろう耳を撫でる手に翻弄されながら、拓己の胸に凭れると借りてきたファンタジー小説を開いた。
膝を立てて、その上に肘を置いている拓己も一緒に本を支えてくれて、二人で揃って読み進める。
家に着いてすぐ「今から読む」と言って聞かない拓己に渋っていたら、じゃあ一緒に読むぞと言ってきたのは拓己だ。
結局読むことには変わりないけれど、「一緒に読めば俺の様子が分かるし、お前も暇にならないだろ」と言うから頷いた。
すぐに次のページへ進もうとする拓己の手を握って、俺が読み終わるまで待ってもらう。
俺が手を離せば拓己がページを捲ってくれて、またすぐに進もうとするから止める。
拓己は文章を読むのが早いのだと、今日初めて知った。
毎度止めるのも手間で指を絡めると、後ろの拓己から嬉しそうに笑う吐息が聞こえる。
絡めた指を時々握られたり、撫でられたり、爪を立てられたりするけれど、あまり気にならないくらい気が付けば小説に没頭していて。
「あっ、なに……?んっ」
「悪い。痛ぇ」
「えっ!?休もう!俺こそごめん!」
首にキスされるまで、拓己が頭を痛がっていることに全然気づけなかった。
慌てて本を閉じると、絡めていた指が解ける。
振り返ると拓己の眉間にシワが寄っていて、急いで離れた。
「本当にごめん、本に夢中で全然気付けなかった……言ってくれてありがとう、氷持ってくるね」
「ん」
頷く拓己から離れて、走って氷を取りに行く。
戻ればベッドに頭だけ預けて目を閉じている拓己がの姿が見えた。
「拓己、ベッドで横になろ」
「ん……いや、ちょっと」
「え?わっ!」
氷を差し出しながら言っていた俺の腕が引かれて、拓己の上に崩れる。
前にもこんなことあったぞと思いながら大人しく拓己に抱き付くと、拓己が大きく息を吐いた。
「本の内容は……思い出してきた」
「……うん」
「でも……当時読みながら考えてた、何かが思い出せねぇ」
「……そっか、でも今日は終わろう。無理しないって約束守ってくれてありがとう」
拓己の首に氷を当てながら言うと、キツく抱き締められるから拓己の後頭部を撫でる。
熱くなっている拓己の頭が、脳を酷使したことを物語っていた。
「今日は止めておかない……?」
「止めない」
「でも」
「何か掴めそうなんだよ、頼む」
「……ちょっとでも痛くなりそうだったら言ってね」
「ん」
昨日と全く同じ体勢で、今日も放課後に家で本を開く。
朝一緒に登校している時も、休み時間も、お弁当を食べている時も、拓己はどこかぼうっとしていて。
きっと本のことを考えているのだろうと思いながら、それでも眉間にシワは寄せていなかったから、見守っていた。
そうしたら帰って早々に「読むぞ」と俺を引き寄せるから、少し渋ったけれど、拓己の真剣な眼差しに俺が折れた。
今日は最初から指を絡めて、俺の読む速度でページを捲る。
拓己が読みたがって、拓己が思い出す作業の為に読んでいるのに、俺の読む速度に付き合ってくれる拓己が申し訳なくもあり、むず痒くもある。
だから時々絡めた指に仕掛けてくるいたずらは見逃して、それから時々俺も応戦した。
暫く静かにお互い読み進めていると、拓己が凭れてくる気配があって。
見れば目を閉じた拓己が眉を寄せているから本を閉じた。
「ちょっと痛てぇ」
「休もう。言ってくれてありがとう」
「……キスしてくれたら治る」
「いいよ」
「え」
振り返りながら拓己の頬を両手で包むと、キスをする。
珍しく驚いている拓己に笑うと、即噛み付かれて暴れた。
「んんっ!んっ、」
「あー……くそ」
荒いキスの反撃を受けていたら、弱々しい声がして、離れていく拓己。
目を開くと、俺の肩におでこを寄せる拓己の姿が見えた。
「拓己……」
頭が痛むのだろう。
目をキツく閉じているから、拓己の背を撫でる。
せめてその頭痛が俺にくればいいのに。
何もしてあげられない俺は、ただ拓己の体を支えることしかできなかった。




