怪獣注意報
「……キスしていいから、今日は止めない?」
「止めない。キスもする」
「強欲……!」
休みの日、怪獣に踏み潰される夢を見たかと思えば、お腹の上に拓己が乗っていて。
ぎゃああああと叫んだのが、つい先程のこと。
連絡しても返事ねぇから来た、と。
そう言った拓己を迎え入れたのはお母さんらしく、久々に見た拓己を大喜びで歓迎した後、お母さんはおばさんの所に遊びに行ったらしい。
「自由すぎる……」
「あ?」
「好きだよ、って言った」
「嘘こけ」
「あはは」
流石に騙されてくれなかった拓己に引き上げられ、強制的に起こされた俺は顔を洗いにいく。
付いてきた拓己に何か食べる?と聞けば、「おばさんが卵使ってくれって言ってたぞ」と言われて転けそうになった。
「お母さん……拓己に何を頼んでるんだ」
「チャーハン食う?」
「食う!」
「はっ」
俺の変わり身の早さに笑った拓己は、勝手知ったる様子でキッチンまで行く。
拓己が時々作ってくれるチャーハンは、拓己のお父さん秘伝のレシピらしくとても美味しくて。
久し振りに食べられると思うと嬉しくて一瞬で目が覚めた。
「何か手伝う?」
「そこで踊ってろ」
「ええ、何それ」
要は邪魔するなってことなのだろう。
踊れと言われたから仕方なく適当に体を揺らすと、拓己が呆れて、けれど楽しそうに笑ってくれて心が温まる。
やっぱり拓己が楽しそうだと嬉しい。
卵を手早く割ってかき混ぜるその腰に巻き付くと、拓己が吐息だけで笑った。
「拓己、好き」
「……チャーハン後にするか」
「だ、ダメだよ」
一緒に暮らしたらこんな風景も当たり前に見られるのかな、とか。
そんなことを思うと愛しさが溢れて、好きを言葉にして。
けれど俺の腹の虫を収めることも重要事項で、慌てて離れると鋭く睨まれた。
「離れんなボケ」
「えええ……」
脅しかおねだりか怪しいところだけれど、素直にくっつけば拓己が満足そうに息を吐く。
それからフライパンも、油も、全部慣れた様子で出してくるから不思議だった。
本当に俺だけが拓己の記憶から消えているのだなと思って、ふと、思い至る。
「拓己の中では……俺がオバケなんだ」
「あ?」
「俺だけが拓己の中に居ないから」
「……」
「あ、ごめん、深い意味はなくて」
「……いや、確かになと思って。感心してた」
それからお互い黙って、油で卵が熱せられる音を聞く。
拓己だけでなく、俺もオバケに。
他の人から見つけてもらえなかった拓己と、拓己に見つけてもらえない俺。
どこまでもお揃いだ、と思って少しだけ涙が出る。
お互いがお互いを取り戻そうと頑張った。
お互いがお互いを取り戻そうと、頑張っている。
「拓己の心残りが解消されたから、オバケの拓己が消えたと思っていたけど」
「……」
「まだ、心残りが全ては解消されてないから、記憶が欠けちゃった……のかな……」
「……」
「だとしたら、何が残ってるんだろ」
俺の独り言に拓己は考え事を始めたようで、チャーハンを作る手が止まる。
俺は拓己の腰から離れると、その手にあるお玉を抜き取って、炒める作業を引き継いだ。
拓己はチャーハンが出来て、俺がお皿に盛り付けた後もまだ、難しい顔をして遠くの壁を睨んでいて。
仕方なくお皿から一口チャーハンを掬うと、拓己の口元へと運ぶ。
すると、触れる寸前で気付いた拓己がようやく意識を今へと取り戻した。
「大丈夫?」
「……大丈夫。心残り……を、考えてた」
「うん」
「事故に遭う寸前で何か……強く思ったんだよな」
「えっ」
それはつまり、心残りの本当の正体……なのだろうか。
息を飲んで拓己を見ると、拓己は暫く俺が差し出したチャーハンを通して、どこか遠くを見ていて。
けれど、やがて大きく息を吐いた。
「くそっ……ダメだ」
「……拓己」
「はあ……食うか。悪い、待たせた」
「ううん、全然」
改めてスプーンに乗せた一口分のチャーハンを渡すと、ちゃんと食べてくれる拓己。
その表情は次第に満足気な様子へと変わって、俺も嬉しくなる。
二人でお皿を運ぶと、向かい合ってテーブルに着いて、手を合わせた。
「「いただきます」」
揃った声に、二人で笑って食べたチャーハンはやっぱりとても美味しくて。
それから目の前に居る私服の拓己が眩しくて、お腹も胸もいっぱいになった。
「今日はゴロゴロしようよおお」
「はいはい。こっち来い」
「ぐ……」
お皿もフライパンも全部一緒に洗って、片付けて。
部屋に戻って即ベッドへダイブした俺が誘えば、拓己はあっさりとラグに座るからなんだか負けた気がして悔しい。
仕方なくベッドから降りると、拓己に巻き付かれて、身動きが取れなくて。
「なあにさ〜」
「部屋着に結構キてる」
「……へ」
お休みだからとダラけていた心が途端に引き締まる。
悟られないように捲れていたズボンの裾を伸ばせば、拓己の体が揺れていて、笑っているのだと分かった。
「拓己の私服も久々に見た。かっこいいね」
「……」
「拓己?」
「ちょっと静かにしてろ。今煩悩を殺してる」
「えええ」
余裕そうだと思えばよく分からないところで翻弄されていて困惑する。
とりあえず拓己の後頭部を撫でると、気持ちよさそうに頭を寄せてきて今度は俺が笑う番だった。
「落ち着いたらさ、デートしたいね」
「……ん」
「色んな所行こうね」
「……そうだな」
拓己の小さな返事に、背中を柔く叩く。
拓己に俺の記憶が戻れば嬉しいけれど、戻らなくても、また積み重ねていけばいいと思う。
諦めではなく、前向きにそう思えるのは拓己が一生懸命取り戻そうと頑張ってくれているからで。
オバケの拓己も、俺を見てこんな気持ちだったのかな、と思う。
諦めてはいないけれど、受け入れてもいる。
そんな感覚を抱えていたのかと思って、拓己を抱き締める腕に力を込めた。
失われるのは怖い。
けれど、これほど大切に想ってくれる人が居るという事実は、何にも勝る力だった。
「また好きになってくれてありがとう」
「……」
「一緒に生きていこうね」
返事の代わりに、拓己も俺を抱き締める腕に力を込めてくれる。
肩が熱く濡れたのは知らないフリをして、暫く抱き締め合う。
かっけぇ恋人、って濡れた声が聞こえて、二人で小さく笑った。




