記憶注意報
「今日さ、他のアルバムも見てみる?」
「あ?あー、いいな」
お昼休みにまた二人で一つのお弁当を食べながら聞くと、拓己は俺に唐揚げを差し出しながら頷く。
今日のお弁当には唐揚げが三つ入っていて、俺も拓己も一つずつ食べて、体の大きさ的にも拓己が二つ食べたっていいのに俺に差し出してくるからちょっとおかしかった。
「んだよ」
「ふ、だって、唐揚げくれるから」
「あ?お前の弁当だろ」
「それはそうだけど」
まだ笑いの収まらない俺に、拓己が唐揚げを押し付けてくる。
仕方ないから半分噛んで、拓己の手を押し返した。
「食べかけだけど、どーぞ」
「……どーも」
拓己は俺をじっと見ながら唐揚げを食べている。
本当は拓己がいつも、お弁当のほとんどを俺の口に運んで、明らかに多い分だけ食べてくれていることを知っている。
だから特別美味しいところを沢山食べてほしかったのだ。
満足して微笑んでいたら、拓己が寄ってきてキスされる。
触れるだけのキスだけれど、その動きがあまりにも自然で大いに照れた。
「顔真っ赤」
「誰かさんのせいでね!」
「ふん」
今度は拓己の方が満足そうな顔をして、お米が運ばれてくるから口を開ける。
なんだか異様な光景だよなぁと思いながらも、拓己と一緒にお弁当を食べられていることがやっぱり嬉しかった。
「そういえば、拓己はお弁当持ってきてないの?」
「……ない、といえばない」
「ええ?」
なんだそれ?と拓己の顔を見上げれば、またお米をねじ込まれるのでちゃんと食べる。
咀嚼している間は話せないから、それを上手く利用されていてちょっと悔しかった。
「どういうむぐ」
「……」
「ことなのむぐ」
「……」
「ちょっむぐ」
「……」
「こらっ!」
「はは」
わんこそばみたいに次から次へとご飯を運ばれて、息つく間もなくて流石に止める。
拓己は楽しそうに笑っていて、楽しいならいっかと思いかけて、首を振った。
全然よくはないぞ、俺。
「説明して!」
「あー?あー……」
珍しく言い淀んでいる拓己をじっと見ると、また顔が寄ってくるから逃げる。
流石にキスでは誤魔化せないと諦めたのか、引いていく拓己を眺めていたら、最後にもう一度だけちらとこちらを見られた。
なんだ?可愛いな。
「あるには、ある。でも帰って食ってる」
「はあああ?なんで!」
「なんでだぁ?んなもん俺がお前に直接食わす為だろ」
「え、ええええ」
そ、そんな理由で持ってきてなかったの!?と驚けば、分が悪そうにしている拓己がまたお米を俺の口に運んでくる。
一旦そのお米は頂くけれど、俺は拓己の可愛さとか、健気さとか、策略とか、そういったもので頭が混乱していた。
この間はお昼休みの時間ずっと寝ていたと言っていたから、寝る時間を確保する為に食べていないのだと思っていたのに。
いつの間にか俺に、あーんすることが目的になっていたようで照れに照れた。
「明日からは、い、一緒に食べよ」
「……」
「……聞いてる?」
「うるせぇ。お前の誘ってくる顔記憶に焼き付けてんだよ」
「はああああ?」
俺の言葉を焼き付ける為に俺がうるせぇと言われるなんて、意味が分からないにも程がある。
思い切り顔を顰めて見せると、拓己も応戦して顔を顰めてくるから吹き出した。
結局、お前の餌付けは俺がやるとかなんとか言われながらも、明日からはちゃんと拓己もお弁当を持ってきてくれることになる。
餌付けと思われていたのか……と思ったけれど、今度こそ楽しそうだからまあいっか、と笑った。
「拓己、ステイ」
「はあ?」
「今日はアルバムを見るんだからね」
「……」
毅然とした態度でそう言えば、拓己は不満そうにしながらも俺を後ろから抱えて大人しくなる。
学校が終わって一緒に帰ってきた俺たちは、俺の部屋で沢山のアルバムに囲まれて座っていた。
「産まれた時からあるよ、お母さん写真撮るのが好きみたいで」
「ふーん」
ラグの上で膝の間に俺を抱えた拓己が、俺の肩に顎を乗せながら手元を覗き込んでくる。
背中全体で拓己の体温を感じるから少し照れるけれど、拓己にステイと言ったからには俺もアルバムに集中しなくてはと気合を入れた。
クローゼットから取り出してきたアルバムは、卒アルよりも断然分厚くて、大きくて、重くて。
膝に乗せて開けばパリパリと音がして、数年振りに開いたことを感じさせた。
最後にこのアルバムを見たのはいつだっただろうか。
小学校を卒業して、二人共あんまり顔変わんないわねとお母さんたちに言われて、流石にそんなことはないでしょ、と拓己も一緒にこのアルバムを見たのが最後だった気がする。
「お母さんたちはね、俺たちの顔がこの時から全然変わってないって言うんだよ。でも全然違うよね」
「……こっち向け」
「ちょっ!」
横から伸びてきた手に顎が掴まれたかと思うと、無理やり後ろを向かされて首がねじ切れるかと思う。
あまりの苦しさに目を閉じて耐えると、そのままキスされるから慌てて目を開いた。
「もう!」
「目ぇ閉じるからキス待ちかと思った」
「ちがっ、首、痛いんだって!」
「そうか」
明らかに棒読みで顎から手を離されて、荒く息を吐きながら前を向く。
痛みかけた首を撫でていたらそこにもキスを落とされるから、反射で顔を上げると、俺の後頭部と拓己のおでこが当たって結構いい音がした。
「ってぇ!」
「ふん!見ないなら没収だよ!」
「……見る。あと顔変わってねぇよ」
「はあああ?」
そんな訳ないでしょこんな赤ん坊なのに!
そう思ってアルバムを見るけれど、とても小さな俺と拓己が仰向けに寝かされて、二人並んで撮られている写真を見ると、拓己はまあ、確かに面影があるなと思うから少しだけ納得した。
「これは近所の公園。ここも沢山行ったよ。明日にでも行ってみる?」
「……うん」
大人しくなった拓己が写真を覗き込んでいるから、少しだけ持ち上げて見えやすいようにする。
拓己も横からアルバムを支えてくれて、やっぱり優しいんだよなぁと温まる心を感じながら思った。
「これは同じ幼稚園の子。でも俺もあんまり覚えてない。小学校から別になっちゃったから」
「ふーん……でもちょっと覚えてる」
「え、本当?」
「多分お前によくちょっかい掛けててうざかった」
「へえ……ってこら」
俺以外はやっぱり記憶があるんだなぁと思っていたら、写真の中のその子の頭を拓己が指でグリグリしているから叱る。
学区が違うと本当に会わなくなるから俺自身もその子の姿を久々に見たし、ちょっかいをかけられていたことなんてすっかり忘れているけれど、グリグリはしちゃダメだ。
「拓己はいつから俺のこと好きでいてくれたんだろうね」
「……思い出したら言う」
「うん……へへ」
「……」
「いだあ!!なんで!?」
「煽んなっつの」
「煽ってないけど!?」
首を噛まれて声を上げれば、拓己が不満そうにその噛み跡を舐めてくる。
急な行動に前へ倒れ込むと、追い掛けて食まれて、息を吐いた。
「こ、らっ!もうだめっ」
「……」
「もう!離れるよ!」
「……」
しっかり怒ると渋々離れていく気配がして、体を起こすといたずらができないよう拓己の胸に背中を押し付ける。
だんだん本当に犬のしつけじみてきたな思って、ほんの少し口角が緩んだのは見られなくてよかったなと思った。
「これは……ピクニックだ」
「おー」
「覚えてる?」
「……なんとなく」
幼稚園と小学生の間の休みで、俺の家族と拓己の家族がピクニックをした時の写真が出てくる。
俺も拓己も沢山おかずを食べて、お母さんたちに驚かれたような記憶があった。
写真の中の俺も拓己も、二人揃って両手のご飯を掲げている。
「なんか小学生の時も同じことしてたよね」
「……あったな」
この間一緒に卒アルを見たから、覚えてくれていて嬉しい。
この時からやっていることが変わっていないのは少し恥ずかしいけれど、拓己と一緒なのはやっぱり嬉しかった。
「終わっちゃった。次は小学生だ」
一冊のアルバムを見終えて、次のアルバムを手に取る。
拓己がまた横から支えてくれて、開けばより、俺たちの雰囲気が今に近くなった。
「懐かしい、夏祭りだ」
「……」
拓己が交通事故に遭ったあの日、病室へ向かいながら思い出していた光景。
俺を人混みから救ってくれた拓己は本当にかっこよくて、甚平が似合っていた。
実際写真で見返してもとても似合っていると思う。
俺は甚平に着られているけれど、拓己はちゃんと着こなしていた。
「拓己の甚平姿、よく似合ってたなぁ」
「……お前も」
「え?」
「お前も、似合ってた」
「……えっ、」
「いってぇ……」
「拓己!?」
俺を抱えていた拓己の腕の力が抜けて、床に倒れ込んでいくのが分かる。
慌ててアルバムを避けると、振り返って見た拓己は眉間にシワを強く寄せていた。
「っは、くそ」
「た、拓己、ダメだよ無理しないで。ちょっと休もう」
「あともうちょっと……なんだよ」
「うん……うん!でも拓己がまた倒れちゃう方が嫌だよ」
「……は、」
おでこに手を当てながら言うと、拓己が体から力を抜くのが分かる。
熱くなったおでこが相当頭を使ったのだと感じさせて怖かった。
また拓己が拓己が倒れて、また記憶が失われてしまったら。
こんな短期間で何度も倒れるのは拓己の体も脳も心配だし、拓己を失うかもしれないなんて、あんな怖い思いはもうしたくない。
「待ってて、氷取ってくる」
「っま、」
「……拓己?」
「……」
立ち上がって部屋を出ようとすると、拓己の声がして振り返る。
けれど力無く倒れている拓己は、その場で柔く頭を振っていて、頷くと急いで部屋を出た。
「お水も持ってきたよ、飲める?」
「……ん」
部屋に戻ると拓己はまだ倒れたままで、けれど眉間のシワはなくなっていて少し安心する。
体を起こした拓己を支えると、お水を飲んだ拓己が静かに息を吐いた。
「ベッドで横になる?」
「いや、もう大丈夫」
「ええ……でも」
「それより」
「わっ」
お水を遠くの床に避けた拓己が、俺を引き寄せて抱き締める。
押し潰してしまわないよう咄嗟に傍のベッドへ手を突いたけれど、拓己の力強さに負けてのしかかってしまった。
「ちょ、拓己、重いでしょ」
「軽いわカス」
「おお……」
久々に聞いた気がする口の悪さに慄くと、拓己の俺を締め付ける腕の力が強くなる。
アルバムが思い出すきっかけになりそうだと分かったのは良かったけれど、辛そうな拓己はやっぱり心配で。
近くにある頭を撫でながら首に持ってきた氷を当てると、拓己が少しだけ反応した。
「ゆっくりでいいよ。俺は今、拓己が傍に居てくれて幸せだよ」
「……」
「お、怒んないでね?……拓己、好きだよ」
一応前置きしてから言うと、拓己は怒らなかった。
ただ俺を抱き締めて、小さく頷くのが分かった。




