説明放棄注意報
「あ、滝藤君!午後居なかったけど何かあった?大丈夫?」
「う、うん、ちょっと体調悪くて……休んでた」
「そっかお大事に……!長谷川君も居なかったから、殴り合いの喧嘩でもしたのかと思っちゃった」
「えっ」
放課後になってようやくトイレから出た俺は、教室に戻ると小春さんが寄ってきて、また嘘を重ねてしまった。
けれどそれよりも拓己だ。
てっきり拓己はあの後教室に戻っていると思っていた。
慌てて拓己の机を見ると筆箱がまだ置いてあって、学校には残っていそうだと分かる。
やっぱり俺が突き飛ばしてしまったことで怪我でもしたのだろうか。
だとしたら保健室……もしくは……病院……!?
一気に血の気が引いて、ひとまず保健室へ向かおうと踵を返す。
「たっ、滝藤君!?」
背後で驚く小春さんの声がしたけれど、気にしている余裕はなかった。
どっか行っちゃえ、なんて言葉で傷付けた俺が、今度は突き飛ばしたことで拓己を傷付けてしまっていたらどうしよう。
教室を飛び出して、廊下を走って、とにかく先を急ぐ。
「っぶ!」
そうしたら何かにぶつかって、弾き飛ばされて。
鼻を押さえながら見ると、そこに居たのは拓己だった。
「た……拓己!」
「……」
慌てて拓己の全身を確認するけれど、特にどこも痛めていない様子で。
包帯も、絆創膏すらもない様子でホッとするけれど、制服の下に隠れている部分の負傷かもしれない。
近付いて肘の辺りを掴むと、嘘を見逃さないように拓己の目をしっかりと見た。
「けっ、怪我してない!?」
「……はあ?」
間近で見る拓己の顔は、全力で「はあ?」って顔をしているから息を吐く。
この様子なら本当に怪我はどこにもないのだと思う。
ようやく安心できて手を離すと、今度はその手を拓己に掴まれて、目を見開いた。
「待ってろ」
「え」
廊下の端に連れて行かれたかと思えば、小さい子に言い聞かせるようにして、待ってろと伝えてきた拓己。
聞き返そうにも既に教室の方へと向かってしまった拓己は遠い所に居て、一応大人しく待つことにした。
それから数分も経たないうちに教室から出てきた拓己は、後ろに小春さんを従えていて。
またぎゅっと締まる心臓を胸の上から押さえていたら、ロッカーを開け閉めした拓己が、こちらに向かってくる。
「長谷川君!」
「帰るぞ」
「え、あの、」
「あれ、滝藤君も!」
従えていたと思った小春さんは、ただ戻ってきた拓己に付いてきていただけのようで。
拓己が完全にスルーしているから、逆に俺が気になってしまう。
それにさっき飛び出した俺がまだここに居ると分かって、不思議そうにしている小春さんと目が合ったから、説明しない訳にはいかなかった。
「あ、さっきはいきなりごめん、あの……長谷川君、も居なかったって聞いたから、心配で」
「そっかそっか、会えて良かったね!それで長谷川君はもう大丈夫なの?」
「……」
「ちょ、拓己……」
何を怒っているのか、拓己は小春さんを無視したまま、俺の手を掴んで歩き始める。
戸惑った俺の声なんてお構いなしで、見れば拓己は自分のカバンと俺のカバンまで持っているから、本気でこのまま帰るつもりみたいだった。
「小春さんごめん!また明日!」
「う、うん!お大事にね!」
階段が間近になって、流石にちゃんと歩かないとまずいから小春さんに挨拶をして、自分で前を向いて歩く。
俺の位置から拓己の顔は見えなくて、どんな顔をしているのか、何を考えているのかすら分からなくて少し怖かった。
拓己は怒っているのだろうか。
怒っているのだとしたら、どのことに対してだろうか。
俺の痴態か、突き飛ばしか、それ以外、なのか。
話したいことも知りたいことも沢山あるのに、聞けないままになっていることがありすぎて、もう何から聞けばいいのかよく分からなくなっていた。
「……えっ、と」
「入れて」
「あ、うん」
結局、手を繋いだまま家まで帰ってきてしまった。
掴まれていただけの手は、靴を履き替える時に一度離れて、その後ちゃんと手を繋ぐ形にされて、目が飛び出るかと思った。
周りも少しざわついていたけれど、拓己はお構いなしに歩いて、歩いて、歩いて。
普通に歩くどころかかなりの早足で歩くものだから、俺はずっと小走り状態でちょっと疲れていた。
そんな状態で俺の家の前に着いて、どうしたものかと思っていたら、入れてと言われて。
断る理由もないし玄関の扉を開くと、今日は素直に入っていった拓己が、先に洗面所へ向かう。
俺も鍵を閉めて、靴を脱いで追い掛けると、その頃にはもう拓己が手洗いとうがいを済ませていて、入れ違いで階段を上っていく拓己の足音を一人洗面所で聞いた。
拓己がやけに静かで調子が狂う。
怪我がなさそうでよかったけれど、物々しい雰囲気にあまり気分スッキリとは言えなかった。
俺も手洗いとうがいを済ませて部屋に入ると、拓己は既にラグの上に座っていて、こちらを見るので目が合う。
その真っ直ぐな目に動けなくなって、その場で固まっていたら、手を伸ばされて。
吸い寄せられるようにして拓己の元まで歩くと、まだ伸ばされ続けている手に、俺も手を重ねた。
「座れ」
「あ、はい」
握られた手の力強さとは裏腹に、聞こえた拓己の声は静かで、少し弱いような感じがして。
どうしたんだろう、と思いながらラグの上に座ると、拓己が体ごとこちらを向くから少しだけ焦った。
「……俺は」
「うん」
「お前が好きだ」
「え」
「好きだ」
「え……え??」
え????
真剣な顔で真っ直ぐに言われて、ただただ頭にハテナが浮かぶ。
え?
好きって、え??
だって、拓己は。
拓己は……。
「俺のこと覚えてない……んだよね」
「……」
「ど、どういうこと?き……今日の俺を、慰めるつもりならそんな……」
「違う。好きなんだよ」
「……ええ??」
拓己が、好きだとしか言わなくなってしまった。
対して俺は混乱するばかりで。
拓己が嘘を言っているようには見えない。
けれど理由が分からなかった。
俺を忘れてしまった拓己の中にある俺の記憶は、ほんの数週間分しかないはずで。
退院してすぐの拓己は、俺のことを拒絶してすらいた。
それなのに、どうして。
「好きだ」
「え……ええ……?」
説明を放棄したらしい拓己が、俺を引き寄せて、抱き締めてくる。
この距離はまずいんだって、と思ったけれど、真剣に、切実に伝えてくる拓己と、ちゃんと話をしなくてはと思う。
俺も柔く拓己の背に腕を回すと、拓己の肩から力が抜けるのが分かった。
「拓己、話そう。なんで俺を好きだと思ったの?」
「……お前見てるとイライラする」
「え」
え??
俺は確かさっき、拓己に告白をされた。
なのに今は、け、喧嘩を売られているのだろうか。
戸惑い体を離そうとすると、させるものかという勢いでまた引き寄せられる。
だから仕方なく拓己の背に回した腕で、拓己の背中を柔く叩いた。
落ち着け、落ち着いてくれ。
そんなことを願いながら。
「俺を真っ直ぐ見るお前にイライラする。気を遣わせてると分かってイライラする。小春と話してるのはもっとイライラする。俺だけ見てればいいのにってイライラする」
「え、あ、そう……なんだ……?」
思っていたイライラより随分可愛いイライラで少し照れてしまう。
それって嫉妬……みたいだと思ったから。
「俺を好きだとか言う癖にキスしたらキレるし、逃げるし、イライラするし」
「そ、それは」
「お前を見てるといじめたくなる。キスして押し倒して、めちゃくちゃにしたくなる」
「は……え……っと」
なんだか凄いことを言われている気がする。
そっか、と受け止めるのも違う気がして、拓己の背を撫でるとまた抱き締められる力が強くなった。
「お前を忘れる前の俺はどうしてた?どんな態度で、どうやって傍に居た?あと少しで思い出せそうな癖に、掴みかけるといつも頭にモヤがかかる」
「……拓己」
辛そうな声に胸が痛くなる。
思い出そうとしてくれていたんだ。
全然、知らなかった。
アルバムを見たがったのもその一環だったのだろうか。
だとすればもっと、卒アル以外のアルバムも見てもらえばよかった。
拓己がそんな風に悩んで、思い出す努力をしようとしてくれていたことを嬉しく思う。
嬉しいと同時に、もっと頼って、話して、甘えて、協力させてほしい、という気持ちになった。
俺が、俺自身や、俺たち二人の歴史を話すことだってできるのだから。
「お前を忘れた俺の好きは、本物だとは思えないか?」
「そんな」
「好きだ」
「……」
そこまで言われては疑う余地がなかった。
痛いくらいに抱き締められていて、大きく息を吐く。
少し体を震わせた拓己に俺もしっかりと抱き付くと、すぐ傍にある拓己の耳に、頭を擦り寄せた。
「俺も好き。ずっと好きだった。これからもずっと一緒がいい。今日は……突き飛ばしてごめん」
「……俺こそごめん」
しおらしい拓己の声に、少しだけ笑って背中を軽く叩く。
抱き締められていた力が緩まって、離れると、すぐ傍で目が合った。
「……付き合う?」
「付き合う」
「はは」
俺の問いに、拓己が即答するから思わず笑う。
拓己は何笑ってんだよカス、みたいな顔をしていたけれど、口にはせず、俺のことをただ見ていた。
「でもちょっといけないことしてる気分」
「はあ?」
「俺を忘れた拓己と付き合うって、なんか背徳感」
「……二度も愛されてんだ、誇れよ」
「っあ……うん」
それは……ズルくない?
顔も耳も熱くなって、視線を逸らすと追い掛けられる。
もう、って肩を叩けば満足そうに微笑まれて、あまりにその顔が可愛くて、思わず見蕩れた。
「……キスしたい」
「は」
「あ、いや、嘘、んっ」
思わず出た言葉に、拓己が驚いていて、まずい、と思って。
取り消そうとしたのに、まだ柔く抱き付いていた姿勢のせいで、すぐ近くにあった唇が簡単に奪われた。
「んっ、ん……う」
付き合って、初めてのキス。
けれどもう、何度もしているキス。
拓己が舐めて、舌を絡めてくるタイミングが少し掴めて、俺もほんの少しだけ、舌を絡めてみる。
「あ……ん、ふっ」
拓己が嬉しそうだ、と頭の片隅で思う。
俺から舌を絡めた瞬間、激しくなった水音にそう感じた。
気持ちよくて、夢中で、気が付けば仰け反って、拓己に抱え込まれていて。
唾液が零れ落ちそうになると、拓己に舐め取られて息が震えた。
「たくっみ」
「ん」
俺の背を支えてくれていた拓己の力が抜けて、ラグに倒れ込む。
追い掛けるようにして俺に被さってきた拓己は、初めて見る顔をしていた。
「もっ、だめ、終わり」
「はあ?これからだろ」
「やっ、ん……」
「ただいまー!」
「うわあああ!」
制止を聞かずにまたキスしてきた拓己を抵抗しながらも受け入れていたら、玄関が開く音と、お母さんの声がして。
本日二度目となった突き飛ばしに、拓己はこの野郎って顔をしていたけれど、流石にこれ以上はダメだと逃げる。
俺の叫びに、何ー!?と聞いてきたお母さんに対しては、また虫が出たことにさせてもらった。
窓ちゃんと閉めなさいよー!?ってお叱りは、拓己を遠くへ押しやりながら、素直に受け止めた。




