痺れ注意報
「……何かあった?」
「うーん……」
拓己は今朝から、大人しくなった。
俺を拒絶も、求めもしない、そんな感じ。
退院後休み時間の度に出て行っていた拓己は、アルバムを見ながらキスしてきた後、俺のブレザーを掴んで離さなくなっていたのに。
今日は自分の机で、ただ眠っていて、静かだった。
原因はまたキスなのだろうと思う。
でもキスされた俺じゃなくて、拓己の様子が変になるのはよく分からなかった。
泣いたのは俺なのに、拓己の方が傷付いている、みたいな。
それに、小声で話し掛けてくれた小春さんに首を傾げて見せながら、俺自身も複雑な気持ちだった。
小春さんは何もしていないし、何も悪くないけれど、俺の中では勝手にライバル的存在だから。
今日のお昼はどうするんだろう。
チャイムが鳴って、席に戻っていく小春さんを見送りながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「……行くぞ」
「……」
お昼休みになって、拓己に声を掛けられて、行くんだ、と思いながらロッカーへ行く。
今日は引き摺られていないからか目立っていなくて、少し安心した。
教室を出る直前で見た小春さんは、まだ自分の席に居たようだ。
今日も俺だけお弁当を持って、拓己に付いて行く。
拓己はそもそもお弁当を持ってきていないのだろうか。
先を歩く拓己は、今日、本当に静かだった。
「あっ」
体育倉庫の横に着くと、拓己にお弁当を奪われる。
自分のお弁当だとでも言わんばかりの堂々っぷりで広げると、また俺に持ち上げた卵焼きを運んできて。
「あ、もっ」
ちょっと。
喋ろうとしたのに卵焼きをねじ込まないでよ。
仕方なく咀嚼しながら拓己を見ていると、拓己は眠そうな顔で、自分の口にも卵焼きを運んでいる。
開かれた口からまたあの赤い舌が覗いて、慌てて目を逸らした。
これじゃキスが嫌なのか、嬉しいのか自分でも分からないなと困る。
拓己との……キスは、嬉しいと思う。
いつも突然だし、びっくりするし、刺激が強くてすぐ力が抜けてしまうけれど、き……気持ちいいし。
でもやっぱり、想い合って、好き同士で、付き合った上で、キスがしたいと思う。
今のままはなんだか後ろめたいような、悪いことをしているような気分になるから。
でも嫌じゃない、のも事実で。
でも泣くほど悲しいのも、確かな事実だった。
「むぐ」
ぼうっと考えていたら、お米が唇に触れて、落とさないように気を付けながら口へ受け入れる。
こうして何かが唇に触れたって、ただ触れたなってだけで、全然気持ちよくはならないのに。
拓己の唇はいつも熱くて、柔らかくて、沢山動かれると訳が分からなくなる。
拓己が好きなのに、拓己のキスは受け入れられないって、苦しい。
また二人で食べたいと思っていたお弁当をこうして願った通り、二人で食べられているのに。
どこか心がずっと寒かった。
お弁当を食べている間も、拓己はずっと、静かなままだった。
「なっ、何!」
お弁当を食べ終えて、拓己がお弁当箱を仕舞ってくれる様子を眺めていたら、そのまま近付いてこられて、後ずさりしようとして。
けれど背後には体育倉庫の壁があるし、全然逃げられなくて、すぐに追い詰められる。
またキスされるのか、とぎゅっと目を閉じると、触れる感触があったのは唇ではなく、膝で。
「へ?」
目を開けて見れば拓己の頭が俺の膝の上にあって、枕の如く脚を抱え込まれて息を飲む。
そのまま収まりがよくなるまで頭をぐりぐり動かされて、くすぐったくて笑って。
ようやく落ち着いたかと思えば、訪れたのは沈黙だった。
え?
まさかこのまま寝るの?
確かにお腹が満たされて、眠くなってきているけれど。
拓己だってここに来た時にはもう、眠そうな顔をしていたけれど。
うそでしょ、なんで膝枕?
やけにあったかい膝と、拓己の後頭部を見ながら考えて、固まって。
やがて聞こえてきた穏やかな寝息に、俺は答え探しを諦めた。
「ばっ、か!動かっ、ないで!やああっ」
「えろい声出すなボケ」
「えええええろ!?」
チャイムが鳴って、拓己の頭を膝に乗せたままウトウトしていた俺は、驚いて体をびくつかせて、その振動で、拓己が目を覚まして。
そこまではよかったのだけれど、拓己の頭をずっと乗せていた脚が、痺れに痺れまくっていて、動けなくて。
それなのに拓己がまた収まりのいいところを探すように頭をぐりぐりと動かしてくるから、痺れた脚が刺激されて、なんとかその動きを止めようと必死だった。
なのにえろいとか言われると……何も言えなくなる。
「っ、く……、う」
「ああもう!」
「うあっ!?」
口を押えて声を押し殺して、脚の痺れが収まるまで耐えようとして。
けれど飛び起きた拓己が俺の背と膝裏に腕を突っ込んできて、次の瞬間には持ち上げられていた。
慌てて拓己の首に掴まるけれど、その動きでまた、痺れた脚に衝撃が走る。
「やっ、だ……!まって、だめっ」
「お前……まじで……」
「あしっ、しびれって!」
「ああ?」
「ぐうう」
拓己の首、というよりもはや肩にしがみつきながら言うと、拓己は確かめるように脚を抱える腕に力を込めてきて。
歯を食いしばって耐えていたら、浮遊感がして、拓己が元の位置に座る。
それから、そのままじっと、動かないように俺を抱え込まれて、脚への刺激はなくなった……けれど。
「だめ、拓己、やだ……」
「はあ?どうしろってんだよ」
「うう」
浅く息を吸っては吐いて、落ち着きたいのに落ち着かない。
拓己の体温も香りも声も、全部こんな近くで感じたら、もう。
「……お前」
見ないで、って拓己を強く引き寄せたのに、簡単に引き剝がされて、反応した、前を見られて。
拓己の静かに驚いた声が聞こえて、今すぐ消えたいと思った。
「さいあく」
「……」
震える俺の声に、拓己が静かに息を飲む音が聞こえた。
「はあ……」
二度目のチャイムが鳴って、結局、出席できないまま授業が終わってしまったことを知る。
あれから脚の痺れが収まった俺は、拓己を突き飛ばして、走って校舎へと戻ってきていた。
拓己は追い掛けてはこなかった。
当然だと思う。
幼馴染とはいえ、今は忘れてしまって何も知らない相手が突然、あんな……あんな、反応を示していたら。
きっと引いただろうし、気持ち悪かったと思う。
俺だって驚いたし焦った。
連日拓己からキスされていて、反応しそうになるのを必死に堪えている自覚はあった。
だから足が痺れてしまって、力も意識も集中できなくて、制御が全くできない状況で、あんな近くに拓己を感じてしまったら、もうダメで。
「はああ……」
本当に、やらかした。
トイレの個室に篭って一人反省会をしているうちに、またチャイムが鳴る。
このまま帰っちゃおうかなぁ、なんて考えながら、目覚めた拓己に会いに行った時程の勢いは持ち合わせていなくて、仕方なくもう一度チャイムが鳴り響くのを待つことにした。
拓己は今どこにいるんだろう。
突き飛ばしたけれど、怪我していなければいいなとか、そんなことを思った。




