キス注意報
「早くしろカス」
「えええ」
放課後、荷物をまとめていたら拓己に急かされて焦る。
今日はどうやら最初から一緒に帰るつもりらしい。
机の上の物をまた手当たり次第にカバンへ詰め込んでいたら、人の気配がして、拓己が動いて。
見上げれば笑顔の小春さんが居て、俺も笑顔を返した。
「お弁当食べられた?」
「え、あ……うん……」
「……なんで赤面??」
「俺が食わせたからに決まってるだろ」
「「え!?」」
な、なんで言っちゃうのそれ!?と拓己を見れば、拓己はそっぽを向いていて。
赤くなっている自覚のなかった頬を抑えながら小春さんを見ると、小春さんはじっと拓己のことを見ていた。
「(なんか……)」
なんか、ちょっとやだ。
拓己は口が悪いけれど、かっこいいし、中身は時々、可愛いし。
小春さんも拓己を好きになっちゃったらどうしようって、ふと不安になった。
背の高い拓己と、クラス一小さな小春さんだと、なんか……お似合い、だし。
「早くしろ」
「あ、うん」
拓己を見る小春さんをぼうっと見ていたら、拓己に急かされて荷物を全部まとめる。
立ち上がると、座っている時には見上げていた小春さんが見下ろす位置に居て、やっぱり可愛いよなぁと思った。
俺が小春さんに対して抱くこの感情は、恋心としてではなくて、小動物を見た時と同じ気持ち、だけれど。
きっと誰が見ても小春さんは可愛いし、小さくて、守ってあげたくなるような存在で、人懐っこくて、優しいから、皆好きになっちゃうよなと思う。
でも、俺の中にある一番はいつだって拓己で。
友達としても、親友としても、家族……は皆、同率一位ではあるけれど、幼馴染としても、半身としても、それから失いたくない、大切な、好きな人としても。
俺の中では拓己が、ずっと一番だった。
だから他を一番だと思う余地なんてないけれど、拓己は……拓己自身は、分からない。
俺を好きだと言ってくれたけれど、俺を忘れてもいる拓己。
今後もずっと……俺を忘れたままだとしたら。
いつの間にか拓己も俺を一番にしてくれていたらしいけれど、今はぽっかりその一番が居ない状態で、ならばそこに小春さんが入ることなんて、あまりにも簡単なことだと思った。
「じゃ」
「あ、また明日ね!滝藤君、長谷川君」
「ま、また明日、小春さん」
俺が荷物をまとめたことを確認すると、さっさと歩いていってしまう拓己。
俺は小春さんに挨拶をしながら追い掛けて、ふと、嬉しくなった。
さっき、挨拶の中に拓己の名前があった。
拓己がオバケになってしまった時には呼ばれなかったその名前が今はあって、皆にも拓己の姿が見えていると改めて実感して嬉しかったのだ。
でも、拓己の姿が他の人にも見えることで、拓己がまたモテてしまうのはあまり嬉しくなかった。
あんなに取り戻したいと思っていた拓己が、いざ戻ってくると今度は誰にも見てほしくないだなんて、俺はどこまでもわがままで、本当、嫌になる。
「待って、拓己!」
頭が考え事で忙しくて、心もモヤモヤと重いから、気が付けばどんどん拓己との距離が開いていて。
走ってもまたすぐに遠くなるから、拓己に呼び掛ける。
「遅ぇカス」
「っそ、そうだよ!」
珍しく言い返す余地がなくて、でも何も言わないのは悔しくて、大きな声で認めてみる。
拓己は振り返ると呆れた顔で立ち止まってくれるから、また走って拓己の傍に追い付いた。
「拓己は脚が長いんだから……!追い付けないよ」
「チビ」
「そぉおおだよ!」
俺もクラスではまあまあ背が高い方で、そこまでチビではないけれど、拓己と比べたらそれはもう、仰る通りで、といった感じで。
素直に認めながらも怒っている俺に対して、拓己は鼻で笑うと、また歩き始める。
けれど今度は意識してゆっくりと歩いてくれているのが分かって、ちょっと嬉しかった。
拓己は口が悪いけれど、やっぱりなんだかんだで優しいと思うのだ。
「アルバム」
「うん?」
「まだ俺が持ってるってことにしとけ 」
「……え?」
なんの話だ?と思って首を傾げる。
アルバムは多分、卒アルのことだろうけれど。
昨日拓己がラグの上に置いて行った卒アルたちは、俺が回収してクローゼットにしまってある。
……多分。
正直キスされた衝撃で、あの後の記憶があまりないのだ。
「小春がまた見たがるだろ」
「……ふうん。何それ」
「はあ?」
なんで拓己が小春さんを呼び捨てにしてるんだよ。
むっとした感情のまま声を出すと、明らかに不満そうな声が出てちょっと反省する。
けれど拓己も拓己で理解不能って声を出すから、余計イライラとかモヤモヤが増して、唇が勝手に歪むのが分かった。
「今日の拓己おかしい」
「あ?どこがだよボケ」
「っ、全部だよ!」
拓己のバカ!とか、アホ!とか、ボケー!とか叫びながら走り出すと、後ろから追い掛けてくる足音がして、全力で逃げる。
あと少しで家だから、逃げ込めば俺の勝ちだ。
左右に大きく揺れるカバンをしっかりと抱えて、最短の道を選びながら駆けて。
けれど一向に遠くならない背後の足音が怖い。
なんなら俺の足音よりも余裕のある足音で。
わざと俺に追い付かず、追い掛けることを楽しんでいる……!?
そう思うと悔しくて、舐めるなよ!って気持ちになって、けれどこれ以上速く脚を動かすことはできなくて悔しい。
走りながらなんとか玄関の鍵をカバンから見つけて、取り出して、辿り着いた家の先で、鍵穴に差し込もうとして。
「っわ!」
体当たりされる感覚があって、気が付けば玄関の扉にへばりついていた。
「雑魚」
「ぐうう……」
扉に俺の魚拓ができたらどうするんだよと思いながら、滑り落ちて、しゃがみ込んで。
手に持っていた鍵は拓己にひったくられて、拓己によって開かれていく玄関。
「いだ、いだだだ」
「邪魔カス」
「もう!」
玄関の前で座り込んでいたから、当然扉に当たって、痛くて。
それなのに容赦なく無理やり開こうとするから、仕方なく移動する。
そうしたら拓己に手を差し伸べられて、反射で掴むと、引き上げられて。
走ったせいでまだバクバクと激しい音を立てている心臓が、また大きく跳ねた。
「た、くみ」
引き上げられた先が思わぬ近さで、すぐ傍の拓己と目が合ったから。
また、キス……。
と思ったけれど、先に家へ入った拓己に、そのまま腕を引かれて俺も家の中に入る。
だから、ちょっと。
安心しながら、残念でもあったのに。
「んっ!」
扉の内側に押さえ付けられて、キスされて、息ができなくて、暴れた。
「んん!んんん!」
離して、離れて、って伝えたいのに、掴まれていた腕まで扉に押さえ付けられて、逃げられない。
キスのせいで強制的に上を向かされていて、首が痛いし、頭が唇を押さえ付けられる度に扉に当たって痛い。
なのに、なんで。
「やっ、んっ……ん、」
次第に体から力が抜けて、ちゃんと目を閉じて、キスを受け止めている俺が居て。
拓己の息も、唇も、舌も、全部気持ちよくて、涙が出た。
「ん……はっ、ん」
なんでこうなったんだっけ。
なんでこんなに気持ちいいんだっけ。
なんでこんなに嬉しくて、
なんでこんなに悲しいんだろう。
唇を噛まれて、柔い痛みに体を震わせると、慰めるように舐められる。
それからキツく吸われて息を吐くと、ようやく離れていく気配がして目を開いた。
「泣くなボケ」
「だ、って」
なんでキスするのか、分からないから。
拒否したいのに、できないから。
拓己と小春さんが付き合うことになったら、拓己はこんなキスをするんだって、知りたくないのに、知ってしまったから。
「好きじゃないのにキスしないで」
俺は好きなのに。
ズルいでしょ、って。
そうとは言えないまま、しゃがみ込んで泣いた。
少しして拓己が家から出て行ってしまって、その扉が閉まるやけに冷たい音に、また泣いた。




