赤面注意報
キス、されてから、拓己の様子がおかしくなった。
なんかこう……
「仲良しになった……ね……?」
「あはは……」
お昼休みに小春さんから声を掛けられて、小春さんが見ている方へ俺も目を遣る。
そこには俺の方を向いて、俺の机に突っ伏して、俺のブレザーを掴みながら眠っている拓己の姿があった。
「長谷川君、寝てるの?」
「うん……お昼休みはいつも寝てたみたい。退院してからずっと」
「そうなんだ。まだ体調よくないのかな」
「……そうかも」
いつもお昼休みになるとすぐ何処かへ行っていた拓己が、今日はこちらを向いて寝始めるから何事かと思って。
どうしたのって聞けば、「退院してからずっと寝てるボケ」と言って、眠りに就いた拓己。
顔は隠れていて見えないけれど、静かで一定な吐息が聞こえてきているから本当に眠っているのだと思う。
いつも寝ていたなんて、全然知らなかった。
お昼休みになるとすぐ居なくなるのは、俺を避ける為だと思っていたから。
実際その要素もあったのだろうけれど、やっぱり話さないと分からないことが多いなと思う。
もっと沢山、拓己と話したい。
ずっと一緒に居たのに、知らないことがまだこんなにも沢山あるから。
「滝藤君はお昼どうするの?」
「うーん……」
気を抜くと撫でたくなる拓己の頭を眺めながら、俺もどうしようと思っていたことを考える。
俺の机は拓己でいっぱいだし、ブレザーを掴まれているから、いつも通り体育倉庫の横に行くこともできないし。
そろそろお弁当を食べ始めないと全部食べ切ることができなくなってしまう。
かといって拓己の上にお弁当を広げる訳にもいかないし、眠っている拓己を起こしたくもなくて、結構手詰まりだった。
「あーん、してあげようか?」
「……へ?」
やけに可愛い響きが聞こえたなと思うと、小春さんがお箸を持つような手を作って、俺に差し出してくる。
あーん、って、つまり。
食べさせてあげようか、って、ことだ。
「えっ、いやいや、そんな」
そんなことをしてもらったら、俺はクラスの皆に刺されてしまう。
ただでさえ最近、小春さんと話す度に視線を感じるのだ。
俺たちのアイドルに何ちょっかい掛けてんだ、みたいな視線を……
「ぐえっ」
「だっ、大丈夫?」
そのうち本当に刺されたらどうしよう、なんて思っていたら、急に引っ張られる感覚があって、潰れた声が出る。
戸惑い心配する小春さんの声が聞こえたけれど、胸元を見れば、拓己の手が俺のブレザーを、シワになるほど強く掴んでいた。
「あれ、起きた?」
「……弁当持てカス」
「へ?あっ、ちょっ!」
低く振動するような拓己の声が聞こえたかと思えば、寝ていた拓己が起き上がり、俺のブレザーを掴んだまま立ち上がるから、引っ張られて。
そのまま胸ぐらを掴まれているかの如く引き上げられるから、俺も慌てて立ち上がった。
「ごめんまた!」
「あ、うん、行ってらっしゃい!」
机じゃやっぱり寝心地が悪かったのだろうか。
俺を引き摺るようにして歩き始めた拓己に付いて行きながら、二人揃って廊下へ出る。
教室がちょっとざわついていた気がするけれど、振り返る勇気はなかった。
拓己は一度ちゃんと俺のロッカーの前で止まってくれて、位置を改めて覚えてくれたのかと思うと少し嬉しくなる。
「拓己の弁当は?」
「……俺はいい。早くしろハゲ」
「ハゲてないってば」
もー、わがままだなぁ、と思いながら自分のお弁当を取ると、また拓己に引っ張られて連れて行かれる。
どこに行くつもりなのかと思っていたら、辿り着いたのは俺がいつも居る体育倉庫の横だった。
「そっか、ここ知ってたんだ」
「さっさと食えボケ」
「えええ」
拓己が俺の机で寝始めるから食べられなかったんですけど!とは言えずに、仕方なく座り込んでお弁当を開く。
今日の拓己は本当に様子がおかしい。
今もじっと真横から視線を感じて、食べにくいことこの上なかった。
「……拓己も食べる?っていうか、手伝ってくれると嬉しい」
今日は食べ始めるのが遅かったから、いつもより時間の余裕がない。
だからお弁当を見せると、拓己は迷うことなく俺に口を開いて見せた。
「えっ」
「……箸ねぇんだから仕方ねぇだろカス」
「あ、ああ……確かに、そっか」
突然無防備に見せられた口内にドキドキしてしまう。
赤くてしっとりとしたその舌が、やけに艶めかしくて、喉が鳴った。
昨日あの舌で、その。
唇を少し……舐められた、気が、する。
「変態」
「へんっ!?し、仕方ないだろ、昨日拓己が……キスとかする、から……」
だから意識してしまうのは拓己のせいであって、俺のせいではなくて、だから決して俺が変態なんじゃなくて、だからその。
そうあれこれ言い訳を考えるけれど、拓己の舌をじっと見てしまったことは事実だし、今もまだドキドキとしていて、顔が熱い自覚もあって。
今日の拓己は変だと思ったけれど、俺も十分変なのかもしれない。
変な拓己に構われていることが、嬉しくて仕方ないなんて。
「……カス」
「なっ、う、んっ!?」
頭でぐるぐる考え事をしていたら、首裏を掴まれて、引かれる感覚があって、目の前に、拓己の顔。
それから唇に触れた柔い感触と、さっき見た舌が、這う感覚。
「ん、ふ……ん……ふんっ!!!!」
「ってえ!!」
「いったあああ!」
力が抜けて落としそうになったお弁当をしっかりと持ち直しながらも、おでこを押さえる。
思い切り頭突きしたから自分のおでこまで割れそうな程痛かった。
それにしても……
き、気持ちよくて、思わず流されそうになってしまった……!
でもキス、って、お付き合いしてからするものだし!
咄嗟に頭突きしたのは間違っていない、多分、きっと。
まあ……寝込みを襲った俺が言えたことではないけれど。
「この石頭ボケ!」
「きっ、急にキス、とかするから」
「俺の舌見て欲情してたくせに」
「よよよよよく!?」
言い方が過剰だぞ!と思うけれど、間違ってはいないから言い返せなくて。
ただ顔も耳も体も、全部熱いのはよく分かった。
まだ唇にも感触があって、気を抜くとまた体の力が抜けそうになる。
「貸せカス」
「えっ!」
多分真っ赤になって固まっていたら、お弁当もお箸も奪われて、持ち上げられた卵焼きが口元に持ってこられる。
だから僅かに口を開けると、容赦なくねじ込まれて。
人生初、卵焼きで溺れるかと思った。
結構お弁当は食べながら食べさせてくれる拓己のお世話になって、チャイムが鳴るまでに無事、食べ終わることができた。




