声掛け注意報
好きだと伝え合った仲……のはずだったのに、拓己に避けられ続けて一週間が経った。
拓己が戻ってこられたあの日以降、ずっと返そうと思って持ち歩いていた図書館の本を、今日返しに行こうと思う。
拓己を取り戻す為に試行錯誤して、拓己と一緒に借りに行って、拓己と一緒に読んだ本。
この本が手元にある限り、オバケの拓己と過ごした時間は偽物じゃなかったと証明できるような気がして、今日の今日まで返せていないままだった。
けれど返却期限までまだ少し余裕があるとはいえ、早く返した方がいいだろうし。
ここ数日は早く返して、早く忘れる方がいいのではないかとすら感じ始めていた。
拓己は変わらず、俺を避けているから。
拓己からプリントが回ってくる時も、後ろからプリントを回収して渡す時も、目なんて一切合わないし、休み時間も話す隙がない。
どこまで覚えてるの、とか。
体調は大丈夫?とか。
お母さん伝手に聞いた話では、落ちた体力を戻す為に、学校から帰ると走りに行っているらしいから、一人で大丈夫?とか、無理しないでね、とか。
手伝えることがあったらなんでも言ってね。
なんでも手伝わせてね、とか。
拓己を好きな気持ちが消えなくて、どうしよう。
とか。
聞きたいことも話したいことも伝えたいことも沢山あるけれど話せていないまま、時間だけが過ぎていて。
もう諦めるしかないのかなと思い始めていた。
拓己と話すことは諦めて、遠くから見守る方がいいのかな、って。
ずっと傍に居たい、が俺の願いだけれど、拓己が生きて、拓己が日常生活を送れているだけで嬉しかった。
それも、俺の確かな気持ちだから。
嫌がる拓己の傍に無理やり立つのは俺の望みじゃない。
どうして嫌がるのか理由は知りたかったけれど、それを聞くことすら今は難しい……から。
図書館へ本を返却して、拓己を見守る方へ、気持ちを切り替えていくしかないのかなと思い始めている。
俺が話しかけようとする度に拓己からの拒絶を感じて、毎度傷付くことにも少しだけ、疲れていた。
諦めるなんて、と思う俺も居る。
諦めなければ、と思う俺も居る。
今も決心がブレそうでいて、でも現状はお互いの為にもよくないと分かっていた。
「滝藤君、帰らないの?」
「……え、あ……帰る、よ」
放課後、図書館へ行く心を固めていたら、いつの間にかもう、皆居なくなっていて。
一人だけ、動かない俺を心配してくれたのか目の前に立っていた。
慌てて荷物を纏めて立とうとして、帰ると答えたけれどまだ目の前から動かない彼女を見る。
名前は確か、小春さん。
クラスで一番小さくて、可愛らしい人で、皆から下の名前で小春ちゃんって呼ばれていて、親しまれている人。
俺はまだ話したことがなかったけれど、そんな俺を気にかけて声をかけてくれるなんて優しいなと思う。
でも帰らないのか声を掛けてきてくれた小春さん自身はカバンを持っていなくて、不思議に思った。
「小春さんは帰らないの?」
「あ、名前知っててくれたんだ!私はこれから図書委員があって図書室に行くんだ」
「そ、うなんだ。お疲れ様です」
なるほどこれは皆から親しまれる訳だ、と思う。
朗らかな笑顔に明るい声、俺を真っ直ぐに見てくる視線が慣れなくて、少しだけドキドキする。
立ち上がると、途中まで一緒に行こ、と言われて、戸惑いながらも頷いた。
どうして急に話しかけてくれたんだろう。
声をかけずにはいられない程、妙な顔で考え事をしていたのだろうか。
少し緊張しながら小春さんと一緒に教室を出ると、廊下も既に人気が無くて静かだった。
「長谷川君……とさ。何か、あった?」
「へ?」
長谷川君、と聞いて心臓が跳ねる。
なんで今拓己の名前が出てくるんだろう。
隣を歩く小春さんを見ると、小春さんも俺も見ていて、気恥しそうな笑顔を向けられる。
「ごめんね、詮索するようなこと。入学初日から仲良さそうだったのに最近全然話してないから……気になっちゃって」
「ああ……」
それはそうだよなと思う。
俺も拓己も、同じ中学出身どころか小学校も、幼稚園も一緒で。
高校も同じで、クラスまで同じになって、適当に割り振られた席順ですら前後になって。
どんだけ腐れ縁だよ、って入学初日から話していたから。
暫くして拓己が一人モテ始めて、だからずっと傍に居るって訳でもなかったけれど、初日から親しい様子を見られていたのなら気になるのも当然だなと思う。
「俺が、た……長谷川、君に、嫌なことしちゃって」
「嫌なこと?」
「うん。まあ、いろいろ」
小春さんと廊下を歩きながら、言葉を選びながら伝える。
実際は何が決定的な行動だったのかまだ分かっていないけれど、多分、キスをしたせいかなとは思っている。
拓己はオバケの時の記憶があるのだろうか。
それも確証がないけれど、全ての記憶があって、俺のことだけを忘れているからあんな態度なのかなと予想していた。
「そっか……早く仲直りできるといいね」
「……うん」
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
途中で図書室の方へ向かった小春さんを見送って、息を吐く。
仲直り……か。
できたらいいのになと思う。
そもそも全く話せていない現状では、とても難しいことだとも思った。




