挑戦状注意報
「帰りそのまま病院に行けハゲ」
「……ハゲてないけど。拓己は学校、来ない?」
「あんま歩きたくねぇ」
「そっか、分かった」
翌朝、拓己に見送られて学校へ行く。
今日もまた体が軽くなってしまったという拓己は、昨日よりももっとフラフラで体が安定しない感じだった。
家から病院まではまあまあの距離があるけれど、道中拓己は大丈夫かな、と思う。
一旦帰って一緒に行く方がいいんじゃ、と思ったけれど、そうしたらまた面会時間が短くなってしまう。
拓己はそのことを気にしてくれたのかなと思って、もういっそ学校なんて休んで今すぐ病院へ行きたくなった。
昨日オバサマから、沢山話してね、とアドバイスをもらったけれど、あの後拓己は目を覚まさなくて、起こすのも忍びなくて、何も話せていないままだった。
だから話したい。
拓己ともっと、いろんなことを。
でも授業も大事で、今は拓己用のノートも取っているから、俺が休む訳にはいかなくて。
仕方なく学校へ向かって、放課後を今か今かと待ち望んだ。
「はあっ、はっ」
学校が終わって即全速力で走ってきたから、もう既に気絶しそうだった。
それでも辿り着いた病院の入口をくぐり、受付で見舞いですと告げて、名前を書き込む。
以前俺が拓己のイタズラに吹き出しそうになり、お腹を押さえながら笑いを堪えていた時、心配してくれた受付の方が今日も居て少しだけ気まずかった。
それから前回と同じ三〇五号室を案内されて、今回は迷わず向かう。
扉をノックするとおばさんの声が聞こえて、入るとやっぱりカーテンが真っ先に見えた。
「あら、颯太君!来てくれたの、ありがとう」
「こんにちは。また手ぶらでごめんなさい」
「いいのよいいのよ、座って座って!」
以前より少しだけいつものおばさんの元気さを取り戻している姿に、ほっとする。
やっぱりこの間は拓己が事故に遭った直後で、精神的にも疲れていたのだなと思った。
促されるままにカーテンの奥へと進むと、拓己本体の頭の傍にオバケの拓己が立っていて少しだけ驚く。
もう来ていたのか。
ちゃんと、ここまで来られたのか。
拓己は俺が来ても変わらず、じっと自分の顔を見ている。
俺はおばさんを振り返ると、そっとその肩を支えた。
「また俺暫く居るから、おばさんは休んできて」
「そう?じゃあお言葉に甘えようかな。ほんとにもう……この子ったらずっと目を覚まさなくて。王子様のキスでも待ってるのかしらね」
「あはは」
困ったように言いながらも、絶対に見放さないと分かるその愛情の篭った声色がいいなと思う。
拓己は俺には口が悪いけれど、おばさんに対しては結構普通で、二人は割と仲のいい親子だから。
おばさんのサッパリとした性格のお陰もあるのだろうと思うけれど、そんなおばさんをいつまでも困らせてちゃダメだ、とも思う。
「じゃあ少しお願いね」
「うん」
カバンを持って病室を出ていくおばさんを見送って、俺はオバケの拓己を見る。
オバケの拓己は、まだ自分の顔を静かに見つめていた。
「王子様のキスだって。してみてもいいかな」
「お前が王子様な訳ないだろカス」
「……だよね」
はは、と笑って、でもすぐに顔を引き締める。
ちょっと、試してみたいと思ったのだ。
本気で。
「でも、愛のパワーで何とかなったりしないかな」
「家族愛じゃ無理だろ」
「……家族愛、じゃないって言ったら?」
「は」
「俺、拓己が好き……なんだと思う」
拓己が事故に遭ってからずっと考えていた。
ずっと傍に居るものだと思っていて、ずっと傍に居て欲しかった存在。
どっか行っちゃえなんて言ったことを、ずっと後悔していた。
それは拓己が事故に遭ったから……も、もちろんあるけれど、それでけでなく、拓己が居ない人生なんて想像できないと思ったから。
失うかもしれないと思ってようやく気付くなんて、遅すぎるかもしれないけれど。
拓己は生まれた時から傍に居る、俺の大切な存在だった。
「……じゃあしてみればいいんじゃね」
「え」
告白、の返事は斜め上から来た。
イエスでもノーでもなくて、じゃあキスして目覚めさせて、証明して見せろよ、とでも言わんばかりの挑戦状。
呆けていたら、拓己は目の前の自分の本体を顎をしゃくって、促す、から。
「……寝込み襲ってごめんね」
「きめぇ」
「はは」
一応本人に断って、拓己の枕元に立つ。
きめぇとは言われたものの、拓己は少しだけ後ろに下がって、品定めするように腕を組んでいて。
やれよっていう圧を感じて、拓己の枕元に手を突く。
拓己のおでこからは包帯が無くなっていて、けれど管は沢山伸びたままだった。
その管全てに当たらないようにしながら、顔を寄せる。
眠り続けている拓己は一定の呼吸をしていて、その息が掛かる距離まで来た瞬間、思わず喉が鳴った。
だって、こんなにも近い距離で拓己を見たことがない。
閉じられたままの目が有難かったけれど、いくら拓己の魂……?に、許可を貰ったとはいえ、やっぱり拓己本体は眠っていて。
躊躇していたら、オバケの拓己が大きく息を吐く音が聞こえた。
「無理すんなボケ」
「……無理じゃなくて」
「どうせ目なんて覚めねぇよ」
「……」
その声色に、諦めを感じて見上げる。
俺に拓己への愛なんてないと、決めつけるような言い方だったから。
「分かんないけど、そうじゃない」
「はあ?」
「だから!」
「んだよカス」
「ふ、ファーストキス……は、緊張するでしょ」
「……はあ?」
心底呆れたみたいな声を出されて、自分の体中が熱くなるのが分かる。
だって初めてなんだもの。
それに拓己に見られながら拓己にキスするなんて、どういう状況なのと思う。
でもそういう状況なのだ。
ならば腹を括るしかない。
もう一度拓己本体の方を見て、唇を、見て。
息を止めて近付くと、拓己の唇と俺の唇は簡単に触れ合った。
そうして感じた柔らかさと温かさに力が抜けて、拓己の上に倒れ込みそうになって。
慌てて離れると、足元にあった椅子がうるさく音を立てた。
「……くそ」
「っえ」
拓己の声がして、オバケの拓己の方を見ると、何故か目元を拭っていて。
「ご、めん、そんなに嫌……だった?」
泣くほど、嫌だったのだろうか。
触れてしまった拓己の唇を拭った方がいいかと焦っていると、目元から腕を退けた拓己が、俺を見る。
顔も目も赤い拓己はどう見たって怒っていて、俺は勢いよく頭を下げた。
「ごめん!嫌な思いさせて。ごめんなさい」
「違ぇよカス」
「……え」
拓己の声は鼻声で、確実に、泣いていたはずなのに。
頭を恐る恐る上げると、こちらを見ている拓己と目が合う。
やっぱり赤いし、まだ潤んでいて、今にもまた、泣き出しそうで。
「録音しろ」
「……へ」
「俺の声、録音できるか試すんだろ」
「……あ」
お昼休みにお弁当を食べながら、俺が思い付きで言ったこと。
機械は拓己の声を認識するのかな、って言った記憶があった。
それを今試せと言われている。
だから急いでスマホを取り出すと、録音……はよく分からなかったから、カメラの録画モードにして、布団の上に置く。
それを見た拓己は開始しろ、と指を差してきて、従った。
「……颯太」
「うん?」
「好きだ」
「……えっ」
ちゃんと録画か開始されているかスマホの画面を確認していたから、聞き間違いかと目を見開く。
けれど顔を上げると、拓己は確かに、俺を見ていて。
そして同時に、寂しそうに笑っていた。
「……じゃあな」
「っえ、待って、なんで!!」
オバケの拓己は、一度強く光ると、思わず瞬きした後にはもう、その姿を消していて。
「な……んで、消える時に言うの……」
ずるいよって言葉は、拓己に届かないまま、消えた。




