後ろ注意報
放課後はすぐに学校を出て、病院の方へ意識を寄せながらも駅前の図書館へ向かった。
図書館は家と真逆の方にあるから、早くいかないと帰る時間になってしまう。
速足で歩けば、拓己はのんびりと付いてくるから少し迷って、置いて行く。
拓己はきっと来てくれる。
お昼休みはうぜぇと言っていたけれど、今もこうして付いてきてくれているから。
だから何度も振り返りながら、付いてきてねって視線を送りながら、角を曲がって、どんどん進む。
やがて辿り着いた図書館は、かなり前にお母さんと、拓己と、おばさんと、四人で来た時と何も変わっていなくて少し感動した。
あの時は何を借りたっけ。
確か小学生の時で、夏休みの宿題に読書感想文を書くというものがあって、本を借りに来た気がする。
とても暑くて、本当はセミを取りに行きたかったのに、まずはこっち!って連れて来られて。
図書館に興味は全然なかったのに、涼しくて、広くて、本が沢山で、大人も真剣に本を選んでいて、未知の世界に無性にドキドキした記憶がある。
見上げていた視線を前に戻して、扉をくぐって中に入ると、懐かしい匂いがした。
ちょっと古い紙とインクと、エアコンの匂い。
皆音を立てないように静かにしていて、だから俺も速足で歩いてきて上がっている息を、静かに落ち着ける。
入口の新刊コーナーに少し惹かれたけれど、今は見ている場合ではなくて、通り過ぎようとして、思わず、足が止まった。
ちょうど思い出していたあの夏休みに、俺が借りた本の続編が、そこに並んでいたから。
一巻で完結していたからまさか続きが出ていると思わなかった。
しかも見れば『八巻』となっていて驚く。
あれからそんな巻数が出ていたのかと。
あれからそんな巻数が出る程に、年月が経っていたのかと。
歩み寄ってその本を手に取ると、かなりの厚みと重みがあって、また思い出す。
この本の一巻を選んだのは、ただ分厚かったから、が理由だった。
あの夏休み、最初は薄くて文字数の少ない本を選んでいて。
そしたら拓己が海外のファンタジー本の、翻訳版を持ってきて、お前まだそんな絵本読んでるのかよって言ってきたから、ムッとして側にあった一番分厚い本を選んだ。
ただの対抗心で選んだその本は、拓己の本よりも分厚くて、拓己も少し気圧されていて、その顔を見て誇らしかったのに、帰って物凄く後悔した。
文字が小さいし、漢字も多くて、読むのに凄く苦労したのだ。
お母さんは呆れながらも笑っていて、他の本借りに行く?と言ってくれたけれど、断った。
拓己にタイトルを見られていたから、後から変えてもバレるし、俺は自分が選んだ本を最後まで読みきりたかった。
結局その本は夏休みの期間全部を使って読み切って、最初は苦労したけれど内容は凄く面白くて、楽しめて、その本についての読書感想文は先生に褒めてもらえた。
賞を取ったのは他の子だったけれど、ちゃんと読んで、面白かったって気持ちが伝わってきて、凄くいい感想文だったよって言ってもらえたことが、俺の暫くの宝物だった。
だからこの本のことは本当によく覚えている。
今はもう、正直内容は大まかな流れしか覚えていないけれど、借りた動機と、読んでいる最中のわくわくと、読んだ後の出来事を全て覚えている。
拓己は本当に読んだのかって驚いていて、それから俺が凄い勢いで勧めるから、拓己もその後渋々読んでくれた。
暴言を吐きながら、なんだかんだ結局折れてくれる拓己は、その頃からずっとそんな感じだった。
「んだそれ」
「……」
拓己の声がして、図書館の入り口を見ると、ようやく追いついてきた拓己がそこに立っていて。
本の表紙を傾けて見せると、拓己が寄ってきて覗き込む。
「へぇ、懐かし」
「……」
やっぱり拓己も覚えていた。
ちょっと嬉しくなって微笑むと、拓己がじっと見てくるから、なんとなく恥ずかしくなって、逃げるように図書館の奥へ進む。
本はそのまま持ってきてしまった。
借りるにしてもいきなり八巻からはな、と思って、作者さんの名前を見て、本棚を巡る。
やがて見つけた場所には、シリーズの二巻と四巻だけが並んでいて、迷わず二巻を手に取った。
本当は一巻から読み返したかったけれど、無いなら仕方ない。
八巻は後で新刊コーナーへ返すことにして、そのままSFコーナーへと足を進める。
拓己は大人しく付いてきていて、興味深そうに辺りを見回していた。
拓己はきっと、この辺りのファンタジー系が好きなのだと思う。
俺が勧めたこの本もあっという間に読んでいたし、返すついでにまた借りる、ということを、拓己は暫くの間続けていたから。
「これ」
拓己に呼ばれて寄って行くと、幽体離脱という、まさになタイトルの本が並んでいて少し驚く。
学校にもあったのだろうか。
まだ行けていない図書室のSFコーナーに思いを馳せつつ一冊取り出してみると、そこには体験談風にいろいろと書かれていて参考になりそうだった。
その隣の本は、どうやったら幽体離脱ができるのか、という内容で、それも借りようとしたら拓己に殴られたので渋々返す。
拓己のパンチは当たらないし、痛くもないけれど、何故か圧を感じるから怖い。
目を閉じていても殴られた瞬間は分かるような気がする。
試そうとは、思わないけれど。
他の本は少しギャグ寄りだったり、創作系のようで借りるのはやめておく。
今はとにかく実体験とか、解決法とか、そういうものがほしかったから。
それから、一応オバケのコーナー……というか、ホラーのコーナーも寄ってみる。
本の背表紙が一気に全部黒くなって、怖いぞ~という雰囲気が醸し出されていて、まんまと怖くなった。
俺はホラーを避けて生きてきたから、その背表紙だけでも背筋がちょっと冷える。
「雑魚」
「……」
そんな俺を嬉々として煽ってくる拓己を睨みながら、近くにあった一冊をほんの少しだけ本棚から引き出して見てみるけれど、迫真の表情をした髪の長い女性と目が合って即戻した。
まさか表紙もあんなに怖いなんて。
今夜お風呂とトイレ行けなくなっちゃうかもと思っていたら、拓己が棚に入っていって、頭だけ出してくるから吹き出しそうになる。
そうだった。
俺の傍にはオバケよりも奇妙な存在が居た。
「ぶふっ」
周囲に人が居なくて良かったなと思う。
無表情でこちらを見てくるそのシュールさに思わず吹き出してしまって、拓己から目を背けて貸し出しカウンターへと行く。
もう本当、イタズラばっかり。
そう思うけれど、俺の怖がった顔を見て、気を紛らわせる為にやってくれたのだということは分かる。
拓己は口が悪くて、それから、なんだかんだ優しいのだ。
カウンターへ行く前に新刊コーナーへ寄って、八巻を戻す。
付いてきていた拓己は、新刊コーナーも物珍しそうに見ていて、その姿が幼い頃と少し被る。
拓己はそのままにカウンターへ向かうと、小声のおばさまが対応してくれた。
あまりに久々に来たから、図書カードを作り直すことになって、用紙に求められるまま記入をして。
そうしてできた新しい図書カードと共に、本を受け取る時、おばさまが俺の後ろを見ていて、ぎょっとした。
「……早く帰りなさいね」
「っえ、は、はい」
おばさまは、俺の後ろを見たままそう言って。
俺は、とりあえず俺に言われたこととして返事を返す。
そんな俺をおばさまがようやく見たかと思うと、小さく頷かれて、俺は何度も頷き返した。
今俺の後ろには、拓己が居るはずで。
見えているのか、と思ったけれど、咄嗟には聞けずに図書館を後にする。
「……おばさま、見えてた?」
「いや、俺の腹辺りを見てた。多分……見えてたとしてもぼんやりだな」
「なるほど……」
ぼんやりとでも見えていたのなら、何かヒントになるのではないか。
そう思ったけれど、外はもう夕日に染まっていて、早く帰らなくてはいけなくて。
明日また来よう。
とりあえず今日は、借りた本を読み込む。
そう決めて、帰路を急いだ。




