09:解散
それは10月の初旬、チーム横山の4人でS市近郊の湖までドライブに出かけた時のこと。
市内から車で1時間ほど離れただけなのに、湖の周辺はもう紅葉が始まっていた。
横山さんは運転しながら「ちょっと早いけど、割といい感じの時に来れたっぽい?」なんて喜んでいた。
湖をひと通り堪能する。貸しボートもあったけれど、それには乗らなかった。ほとんどが2人乗りだから。中には4人まで乗れると書いてあるものもあった。でもそれはとても窮屈そうで、今の美夕はきっとそれを喜ばないだろうと思った。幸い横山さんも「ボートに乗ろう」とは言い出さなかった。
写真はたくさん撮った。景色の写真や4人での写真。横山さんの車の中では相変わらず定期的に浜田省吾の曲が流れてくる。もうそのことに美夕がツッコミを入れることもなくなっていた。
湖から少し移動したところにあるカフェに入った。このカフェはSNSで見たことがある。大きな窓に面した特等席に座ることができた。すごくいい眺め。ガラス越しなのに森の香りが漂ってくるようだった。
4人でメニューを覗き込んで、それぞれ注文を決める。ランチが届く前にドリンクが運ばれてきた。
アイスティーのストローをクルクルと回していた美夕が、えい!と覚悟を決めたように早口で言う。
「えっと!彼氏できました!」
向かいの席に座っている横山さんと廣田くんが一瞬固まった。私は黙って3人の様子を見守っている。
「えーと、うん。おめでとう池内ゃん、結婚式の時は父親係してやるからな」
一足飛びに結婚しちゃったよ。横山さんの謎宣言には美夕だけでなく私まで笑ってしまった。ひとしきり笑い終えた美夕が真顔で答える。
「結構です。父親生きてるんで」
いやそう答えるのかい美夕。結婚式と言われたことには動揺を見せない美夕が、美夕らしいと言えば美夕らしい。
「そっかー、池内ゃんに彼氏かー」
横山さんが感慨深げに呟く。その姿は本当にお父さんみたいだ。
「んじゃ、チーム横山も一旦今日で解散だな」
美夕が珍しく俯いたまま黙っている。珍しい、なんて言ったら失礼かな。美夕だったらカラッと笑いながら「今日までありがとうございました!」とか言いそうだと思っていたから。
「楽しかったです、チーム横山。LINEのグループは残っていてもいいですか?」
「もちろん。いつでも柴侍送ってやるからなー」
私たちより先に横山さんが笑い出した。明るい、前を向いた別れ。おしまいじゃない、さようならでもない。「またいつか」と言える別れだ。
ランチを食べ終えたタイミングで、美夕と一緒にネーヴェフレスカを辞めることも伝えた。
さっきの「彼氏報告」よりも少し長い沈黙が続いた。
「……そっか」
複雑な笑みを浮かべた横山さんが、そう絞り出した。廣田くんは隣で黙って聞いている。
「静かになるな、ネーヴェフレスカも」
寂しくなる、と言われるよりもなぜかその言葉は心に響いた。私たちは、こうして月に何度か集まっては遊んでいたけれど、バイト中に4人の内輪で盛り上がるなんてことはしなかった。休憩室でもそれは同じで、たまたま時間が重なれば近くの席で賄いを食べる。それだけ。職場の中では遊びに行った話もしなかったし、次の約束の相談をしたりもしていなかった。
私にとって、中学からの親友以外で初めてできた居場所。この大切な場所が、横山さんと廣田くんにとっても大切だと思ってもらえていたのかな。それを壊してしまうことを申し訳なく思う気持ちと、いつかは終わる場所だったのだからと言い訳する気持ちが、私の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っているようだった。
上手い言葉も見つからず、窓の外に目を向けた。名前の分からない小さな野鳥が木々の間を忙しく飛び回っている。
「解散記念に飲みに行きませんか!」
言い出したのは美夕だった。きっと横山さんと廣田くんからは言い出しにくかっただろう言葉。そして私からも。ありがとうね、美夕。
「おう!じゃー景気よくパーッと行きますか!俺一回車置きに帰るわ」
その後はいつものチーム横山だった。「何食う?」「やっぱ居酒屋とかですかね」なんて横山さんと美夕が言いながら、お店選びをしている。2人共'行きたい店リスト'のストックがいっぱいあるんだ。それを横で聞いている廣田くんと私。うん、いつも通り。
ひとつだけ違うのは、これが最後だということ。




