08:チーム横山での時間
横山:9月に4人でどっか行こうぜ
チーム横山に新しい通知が届いたのは、9月のシフト希望を提出する数日前だった。キャンプの一度きりだと思っていたチーム横山が、9月にも続いていることが少し救いに思えた。
私たちは4人共、基本的に土日は毎週シフトに入っている。4人同時に休みを取るのはきっと難しい。となると、平日のどこかとなるわけで。
横山さんのことだ。平日に4人で時間を合わせるためにこのタイミングで連絡を入れてきたんだろう。
そう思い、カレンダーアプリを開いて9月の予定を確認する。前半はまだ夏休み中――大学の友達と買い物の約束をしている日以外は真っ白だった。――もう予定を埋めてくれる人はいないと思っていた。
そうこうしている間に、次々と返信が届く。
横山:俺は18日まではどこでもOK
廣田:1日から21日の平日
池内:5日から学校始まります 4日までは全部空いてますよ
出遅れてしまった私も急いで返信を送った。
伊藤:5日以外は空いてます。後期は20日からです
数分後に再び横山さんからメッセージが届いた。
横山:2日の火曜日でいい?みんな休み希望よろしく
廣田:了解
伊藤:了解です
池内:(ブサうさのスタンプ~了解!)
返信を送ってから、早速カレンダーに予定を書き込んだ。[9/2チーム横山]
入力している最中にスタンプが届く。
横山:(柴侍のスタンプ~盃を持て!)
横山:(柴侍のスタンプ~宴の始まりじゃ!)
横山:30日さ、池内ゃん予定ある?ないなら4人でお祝いしようぜ
池内:(ブサうさのスタンプ~ありがとうございます!)
伊藤:(ブサうさのスタンプ~お祝いだー!)
廣田:OK
9月の30日は美夕の誕生日。キャンプへ行く車の中でさらっと話しただけなのに、横山さんはちゃんと憶えていたんだね。横山さんの細やかな心遣いがとても温かく感じた。
シフト希望表の2日、5日、30日に×を記入してバイト用の鞄の中にファイルを戻す。
どこ行くのかな――きっと横山さんが考えてくれてるよね。
9月の2日。
前日に横山さんから連絡があって、この日は動物園に行くことになった。廣田くんを助手席に乗せた横山さんが迎えに来てくれて、3人で美夕の家へ向かう。キャンプの時と同じ順番だ。
「2人はさ、動物園よく行ってたりする?」
運転しながら横山さんが話しかけてきた。
「全然行かないですねー、沙樹は?」
「私も。小学校の遠足以来」
カラッと横山さんが満足げに笑っている。「俺たちも初めてなんだわ。ここの動物園」
2人はS市の出身ではない。廣田くんの地元は電車で2時間半ほどの地方都市で、横山さんは神奈川から来たと聞いている。
「へー、横山さん動物園好きなんですか?」
あっ、私もそれが気になったの。でも直接聞いていいのかわからなくて、美夕が聞いてくれてちょっぴり助かった。こういう話ってストレートに聞いていいものなんだ。
「えー、いやとりあえずみんなで出掛けるって言えば動物園でしょ」
「なんですかそれ」
横山さんも美夕も笑ってる。つられて私も笑っていた。
男の子と遊びに行くってこういうことなんだな、少しずつそれを教えてもらっている気がした。
西門の駐車場に車を停めて、入場券の列に並ぶ。S市在住の学生には学割があるんだって。これも昨日横山さんが教えてくれていたので、全員学生証を持ってきている。何から何まで横山さんに頼りっぱなしだね。
園内に入り、最初に出迎えてくれたのはライオンだった。さすがは動物園の華!と言いたいところだけれど、木陰で四肢を投げ出し寝そべっている姿には、百獣の王の欠片も見当たらない。
「寝てるな」
「起きる気ないな、あれ」
廣田くんと横山さんが恨めしそうな声を出す。
ライオンを起こすことを早々に諦めたらしい2人は、隣のキリンに目を向けた。美夕も置き物化しているライオンには興味がないようで、やっぱりキリンめがけて足を向けていた。
「おう!キリンはやる気あるじゃん」
「草食だからな」
横山さんと廣田くんの会話は面白い。噛み合っていないようで、ギリギリ通じ合ってる感じがする。
キリンをしばらく観察した後は向かいのサル山、象、と王道ルートを見て回った。そうそう、サル山の前で4人で写真を撮った。そこで撮ろうと言ったのは横山さん。
「なんでサル山バックに撮るんですか?」
って美夕が聞いたら、「俺らのご先祖様じゃん」だって。理学部とは思えない返答だった。
「よし!今日の目玉見に行くぞ!次は白クマだ!」
横山さん的イチオシ動物は白クマみたい。園内マップを片手に白クマ館を指差しずいずいと歩いていく。
「タツ、ちょいたんま」
タツと呼ばれた横山さんの足が止まった。
「はしゃぎすぎ。1回休もう」
あちゃー、とわかりやすく両手でゴメン!のポーズをした横山さんが戻って来る。
「ごめん、疲れた?よし!アイス買って来るわ。伊藤ちゃんたち席探しておいて。律、行くべ」
「まだまだ歩けますよ」と返事をする間もなく、2人は売店へ向かってしまった。
それじゃ、言われた通りベンチを探そうか。
「美夕、あの辺り日陰でよさそう」
「だねー。空いてるしあそこで待ってようか」
2人が向かった売店からもよく見える木陰の丸いテーブル席に腰を下ろした。椅子も人数分確保。
その時美夕と私の鞄から同時に着信音が聞こえた。
横山:ソフトクリームだった
横山:バニラ・チョコ・ミックス
横山:どれがいい?
美夕が即レスする。私も急いで返信した。
池内:ミックス!
伊藤:ミックスお願いします
横山:(柴侍のスタンプ~お任せあれ)
両手にソフトクリームを持った2人が小走りで戻って来る。
「伊藤さん」
「ありがとう」
廣田くんからソフトクリームを受け取る。そのまま廣田くんが私の隣に、美夕に渡した横山さんがその隣に座った。
「旨っ!生き返るな」
「死んでたんですか?横山さん」
間髪入れずツッコミを入れる美夕に、廣田くんがクスッと笑った。私も笑っていた。
この3人と過ごす時間は、とても優しく時間が流れていく。試されたり、裏切られたり、そういう心配をしなくてもいい大切な居場所。4人で会ったのはまだ2回目。けれど私にとってはもう欠くことの出来ない場所になりつつあった。
9月の終わりには美夕の誕生日会をした。横山さんの発案で、美夕をイメージするお店を3人で決めて予約することになった。タイ料理屋さんに招待された美夕は大喜びしてくれた。
10月はブドウ狩りに行った。そこでまた4人でソフトクリームを食べた。濃い赤紫色をしたブドウ味のソフトクリームが珍しくて、横山さんは何枚も写真を撮っていた。「溶けてますって!」と言ったのはもちろん美夕だ。11月、12月――誕生日を祝い合って、気がつけば季節は一回りしていた。私の誕生日は和食の小料理屋さん、廣田くんの誕生日も和食のちょっと素敵な居酒屋、そして最後の横山さんの誕生日はメキシコ料理でお祝いした。
8月には恒例の海キャンプがあり、翌月2度目の美夕の誕生日祝いで集まった少し後、美夕と2人でご飯を食べに行った時のことだった。
「沙樹、私彼氏できた」
言い終えると、グビグビとビールを一気飲みし始めた美夕。私は慌ててそれを止めた。
「美夕、そんな一気に飲まない!それよりおめでとう!」
ようやくジョッキから唇を離した美夕が、ハァーッ!と長い息を吐いた。赤い顔をして笑っている。
「ありがとう沙樹。同級生でさ――」
美夕との初めての恋バナに、私はうんうんと何度も頷く。美夕、幸せそう。よかった、いい人が美夕のことを見つけてくれて。
「でね、ネーヴェフレスカ辞めようと思うんだ。彼氏のバイト先で1人募集してるらしくて、そこに移ろうと思ってる」
美夕は美容専門学校に通っている。彼氏さんは美容室で受付のアルバイトをしているらしい。
「その方がいいよ。美夕も勉強になりそう」
「ありがとう沙樹。ごめんね、辞めないって言ってたのに」
あの時の約束、まだ憶えていたんだ。働き始めた頃は、不安で美夕に頼りっきりだったもんね。
「ねえ美夕、私も一緒に辞める」
今の私は美夕がいなくてもネーヴェフレスカで働くことは怖くない。けれど、美夕がいなくなったネーヴェフレスカに残る意味も見いだせなかった。どうせもうすぐ就活で忙しくなる。辞めるにはいい時期かもしれない。
来週、チーム横山で集まる予定が入っている。そこで言おうかな。あの2人には先に言っておきたいと思うから。
「チーム横山も次で抜けるね、彼氏は気にしないって言うと思うんだけどさ、やっぱいい気しないっしょ」
誠実な美夕らしい言葉だと思った。あの場所は居心地がよいけれど、他人から見れば男女4人組だ。彼氏さんにとっては不安な関係に見えるだろう。
形あるものはいつか壊れる。
形のないものにも終わりは訪れるんだ。




