24:廣田 律.2
「お帰り律くん。楽しかった?」
助手席に沙樹を乗せて、車を走らせる。
「うん」そう答えるので精一杯だった。沙樹は楽しそうに帰省の話を尋ねてくるけれど、俺はどこか上の空だった。尤も沙樹も口数が多い方ではないから、矢継ぎ早に質問してきたりはしなかった。
俺の住むマンションを少し越えたところにある、広い公園の駐車場で車を停めた。雪が降りだす前のこの季節、陽は既に落ち、公園はすっぽりと闇に包まれている。もう少し早い時間に来たかった。
せめても、と街灯近くに停めてエンジンを切る。
「沙樹、お土産買ってきたんだ。今渡していい?」
声が震えそうだった。だが沙樹に俺の緊張はまるで伝わっていないらしい。いつもの沙樹らしい笑顔が向けられる。
「ありがとう」
後部座席に置いていた紙袋に手を伸ばす。中には大切に持ち帰ったペアのマグカップと、珈琲豆が一袋入っている。
「これ」
「今見てもいい?」
沙樹があまりにも嬉しそうな顔をするから、黙って頷きルームライトを点けた。
「珈琲?」
むき出しの袋のままの珈琲を持ち上げた沙樹の反応は、まあそう思うよなと内心苦笑いだ。名産でもないただの珈琲だ。
「それさ、中学の頃の同級生が店開いてて、そこで買ってきた」
より正確に言えばそいつは親父の後を継いでいた、んだけれど詳しい説明は必要ないだろうと思い、最小限の説明に留める。
「律くんのお友達が焙煎してるんだ、すごいね」
沙樹が嬉しそうにラベルを眺めている。きっと沙樹も気に入るよ。半日前に飲んだ珈琲を思い出しながら、俺は黙って頷いた。
それから沙樹は箱を取り出した。敢えて包装は頼まなかった。厚手の箱のふたをそっと持ち上げる。
「あっ!」
中を覗き込んだ沙樹の言葉がそこで止まる。沈黙の理由がわからず、俺の心臓は外まで聞こえるのではないかと思うほど、大きく音を立てていた。
「これ、馬渕 守さんのカップ」
驚いた。まさか沙樹に当てられるとは思ってもいなかった。けれど嬉しかった。沙樹は目の前のカップを見て間違いなく喜んでいる。俺は、ゆっくり上ずらないように気を付けながら声を出した。
「よく知ってたね、好きなの?」
「うん!ずっと憧れていたの。実物を見たのは初めて!嬉しい!ありがとう律くん」
3ヵ月前の俺、よくやった。今日のために選んだものが、このマグカップでよかった。沙樹は本当に嬉しかったらしく、1客取り出してハンドルに指を通し、両手で包み込んで感触を楽しんでいる。もう少し待とう。驚かせて、うっかり落としてしまわぬように。
一通りカップを堪能した沙樹が、大切に箱の中にそれを戻す。「後ろに置いておくよ」と言って一度カップを受け取った。
さあ、言え!俺。
緊張で口の中が渇いている。外に出ようか?いや、もう散歩を楽しむような時間じゃない。今、ここで――
「沙樹」
ハンドルの先に置いていた視線を、ゆっくりと沙樹に向ける。沙樹も俺を見ていた。
「沙樹、結婚しよう」
沙樹の瞳が少しずつ煌めいていく。溢れた滴がツーと一粒流れ落ちた。
「うん」
「よろしくお願いします」
そっと沙樹の頭を引き寄せ、唇を重ねた。そして彼女をギュッと抱きしめる。やっと言えた。沙樹も頷いてくれた。長かった。色々な想いが押し寄せてくる。
少しして、俺の頭も再び動き始めた。抱きしめていた腕を離し、少しだけ距離を戻す。狭い、よな。ごめん。
「飯、行こうか」
「はい」
その返事を聞いて思わず笑みがこぼれた。未だにたまに敬語が出る愛しい恋人。この先もずっと沙樹には笑っていてほしい。その為にできることならなんだってする。
約束する。必ず幸せだと思ってもらえるように努力するから。




