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20/32

20:22歳の誕生日

 1月18日火曜日。

この日は、廣田くんが予定を埋めてくれる前からバイトを休みにしていた。誕生日だもん。


昨日家に帰ってすぐのタイミングで連絡をもらった。


[晩飯、予約した]


どんなお店かは聞かなかった。その方が楽しみだから。


[ありがとう、楽しみ]と返した。


日付が変わってすぐに[誕生日おめでとう]と送ってくれた。


 お昼にS駅で待ち合わせをした。今回も我楽多前。少し早めに着くように家を出た。バス停から向かう私と、改札から出てきた廣田くんが、ぴったり我楽多前で会えた。2人ともちょっぴりせっかちだね。まだ待ち合わせ時間まで10分はあるよ。


「伊藤さん、誕生日おめでとう」


「ありがとう」


会ってすぐお祝いの言葉をもらった。昨日美夕からもらって、今朝家族からももらった言葉。何度もらっても嬉しい。特に廣田くんからの「おめでとう」は何度聞いても嬉しい。


「あのさ、行きたい店があって」


珍しい。廣田くんのお買い物に付き合うなんて初めてだ。もちろん喜んでお付き合いするよ。


「うん、付き合うね」


 目の前に建っている駅ビルの中に向かう。ここは友達ともよく買い物に来る場所。けれど廣田くんはそのビルの地下に降りて、地下街を抜けて別のビルへ向かった。そこは、幅広い年齢層が訪れる駅ビルより若い人向けって言うのかな、私たちのような20代がターゲット層って感じのお店がたくさん入っている。私のお気に入りのお店も何軒か入っているの。


エスカレーターで3階に行った。廣田くんは迷うそぶりもなく、目指すお店に向かっている様子。でも、気がついてしまったかも。3階は男の子が買うようなものを置いている店はないんだもの。


真っ白な壁に、キラキラしたシャンデリアが下がったジュエリーショップだ。入り口手前で一度立ち止まった廣田くんは少し恥ずかしそうにしている。


「空気から聞いてきて」


それが廣田くんのお友達のことだと気がつくまで数秒かかった。きっと5人組の空気AくんとBくん以外の人、のことだね。


「プレゼント、一緒に選びたい」


それだけ言うと、廣田くんはお店の中に入った。私と手を繋いで。


「いらっしゃいませー」


 店員さんの高い声が店中に響き渡る。店内に他のお客さんはいなかった。


「何がいい?」


廣田くんは私に選ばせてくれるんだね。どうしよう、指輪はちょっと恥ずかしい。ピアスは、失くしたら悲しいからやめておこうかな。何度もお気に入りを片方だけ落としてしまって後悔しているから。ネックレスなら毎日つけられる。ネックレス、がいいかな。


そう伝えたら、小さく笑って「うん、選ぼうか」と言ってくれた。


ショーケースを2人で覗き込む。それだけで嬉しい。

けれど、今日こうしてアクセサリーを見に来るなんて全く想定もしていなかったから、何がいいのか、どの石が好きなのかすら自分でもわからない。


しばらく私たちの様子を見守っていた店員さんが、ニコニコと声をかけてきた。


「気になるものがありましたら、お声がけくださいね」


それがわからないから困っているんですー!とも言えずに、困った笑みを返す。その時、一段高くなった陳列台に[本日の誕生石]というコーナーがあるのを見つけた。今月じゃなくて今日の誕生石!


1月の誕生石はガーネット。真っ赤な石で綺麗だけれど、あまり自分には似合う気がしなくて、私はガーネットを持っていない。1月18日の誕生石があるんだ。気にしたこともなくて知らなかった。


[本日の誕生石]のところに飾られていたのはローゼライト、というピンク色をした石だった。ガーネットの一種と書いてある。


私がそれをじっと眺めていたことに気がついたのか、店員さんが「もしかして今日お誕生日ですか?」と聞いてきた。小さく「はい」と頷くと、「おめでとうございますー!」と、これまた盛大な店中に響き渡る声でお祝いの言葉をいただいた。


陳列台の鍵を開けて、ローゼライトの一式を取り出して目の前に置いてくれる。


「可愛いお石ですよね。誕生石というのは複数あるんですけれど、当店では1月18日はローゼライトを採用しているんですよ」


正直なお姉さんだ。確かに、誕生花なんかもサイトによって違うもんね。


そこには数種類のデザインのイヤリングやピアス、指輪にネックレス。一通りのものが揃っていた。廣田くんの顔をちらっと見てみる。


「似合うと思う」


そう言ってくれた。嬉しい。ピンクも私の好きな色。私は一番気になったピンクゴールドのチェーンの先にスクエアカットの石が付いたものに触れてみた。


「お付けになってみますか?」


笑顔のお姉さんが私の指したネックレスを外して首元にあてがってくれる。可愛い。一緒に鏡を覗き込んでいる廣田くんと目が合った。


「これにしようか」


「ありがとう!」


ネックレスは可愛い箱に収められて、丁寧にラッピングされていく。お姉さんの流れるような手つきを見ているだけで嬉しくなった。ありがとう廣田くん。今年は間違いなく22年の間で一番の誕生日。


小さな紙袋を片手に持った廣田くんとお店を出る。今日は私も少し大きな紙袋を下げている。夜に渡そうと思っているお土産の入った紙袋。



 その後は、ぷらぷらといろんなお店を見て歩いた。男の子とこんな風に街をぷらつくのも初めてで、どんなお店に入っても楽しかった。途中、そのビルの中に入っているカフェで休憩した。そのカフェでの時間はいつもと反対で、廣田くんがいろんなことを聞いてくれた。


「台湾、楽しかった?」


「うん、食べ物がすっごく美味しかったんだよ」


廣田くんは聞き上手。それはチーム横山の頃から知っていたこと。いろんな話をさり気なく引き出してくれるから、私はたくさん話してしまって、最後にはコンビニで買ったお茶の話までしていた。



 今日の夕食はM駅近くのお店を予約しているんだと教えてくれた。帰りのことを気にしてくれたのかな。M駅からだと私の家まで近いから。


夕方になってM駅へ移動した。駅から5分もかからなかったと思う。廣田くんが予約してくれていたお店は、私も名前だけは知っていた素敵な和食屋さんだった。チーム横山でお祝いしてくれた時も、私の誕生日は和食だったよね。そして廣田くんの時も和食だった。嬉しいね、すごく嬉しい。


 入り口で廣田くんが名前を告げると、笑顔の店員さんに案内された。

このお店、カウンター以外は全部半個室になっているんだ。完全に閉ざされていなくて、けれど他の人の視線が視界に入らない、とても落ち着く感じ。


コートを預かっていただき、私たちは席についた。

お料理はコースを予約済だって教えてくれた。私たちがドリンクメニューを覗き込んでいると、先程案内してくれた店員さんがシャンパングラスを2つ運んできた。


「本日はお誕生日とお伺いしております。こちらは当店からのお祝いでございます。よろしければお楽しみください」


前菜が3種類盛り付けられた器と一緒にシャンパンが置かれた。


「ありがとうございます」


ありがたくシャンパンで乾杯させてもらった。


「改めて誕生日おめでとう」


「今日はありがとう」


美味しい。とっても美味しいシャンパンだった。


 お料理も全て美味しくて、2人で感動しながら食べた。最後にデザートの抹茶ゼリーと温かいお茶を一口飲んだところで、廣田くんからプレゼントを渡された。


「ありがとう。すごく嬉しい。明日から毎日つけるね」


廣田くんが小さく笑ってくれる。今のうちに私も渡さなきゃ。


「これね、旅行のお土産なの」


持ち歩いていた紙袋の中には、ネクタイの他に凍頂烏龍茶とパイナップルケーキ、それからオクラの乾物と、ごはんのお供にピッタリな瓶詰が1つ。

烏龍茶は、初詣の時に廣田くんが中国茶のカフェで選んでいたから好きなのかなと思って選んだ。1人暮らしだからラクなものがいいかも、とティーパックにした。乾物屋さんで怒涛の試食攻撃を受けた時に、一番美味しかったオクラの乾物。それと、これも試食して抜群に美味しかった瓶詰。全部私のお墨付き。


廣田くんはごちゃごちゃと入っている袋の中をそっと覗いて、少し驚いたみたいだった。


「随分たくさん入ってる」


自分の好みだらけのお土産が急に恥ずかしくなってきて、早口で伝える。


「試食をね、いっぱいさせてもらって同じものを買っちゃった」


自分でも何を言ってるのかと思う。意味、伝わっているかなぁ。


「ありがとう。帰ったらじっくり開ける」


そう言って笑ってくれた。


 M駅までの道を2人で歩く。お互いにさっきまでとは反対の紙袋を持って。足を進める度にキュッキュッと真冬の音が聞こえる。私は少しだけ歩くスピードを落とした。すぐに廣田くんが気がついてくれる。「ん?」という感じに顔を覗き込まれた。


「あのね、最後にひとつだけおねだりしてもいいかな」


手を繋いだままの廣田くんが「なに?」とゆっくり聞いてくれる。今日どうしても言いたかったこと――


「これからは名前で呼んでほしいな……呼んでほしいです」


ほんの僅かの間があった。


「沙樹」

「うん」


「――沙樹」


「はい!」


嬉しい。どうしようもなく心が満たされていく。


 M駅で、バスの時間まで廣田くんは一緒にいてくれた。


「今日は素敵な1日をありがとう。すごくいい誕生日でした」


なぜか最後はまた敬語になっちゃうんだ。


「俺も嬉しかった」


その言葉が家に帰るまで、ずっと何度も頭の中で繰り返し聞こえていた。

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