17:年越し、初詣
大晦日の夜。
私はおせちのお重と宅配のお寿司が並んだ食卓を写真に撮った。毎年恒例の我が家の年末風景。おせち料理も少しだけれど、毎年手伝っている。なますの千切り作業と、煮物用の里芋の皮むきはいつも私の担当だ。
家族4人で乾杯して、お寿司をつまむ。今年はいい1年だったな。最後に特大のご褒美をもらえた。きっと来年もいい年。未来がどこまでも明るく感じた。
食事が終わってから、さっき写した写真を送った。
数分後に返ってきた返信には、廣田くんの実家の食卓が写っていた。おせちが並んでいて、豪華なお刺身が大皿に盛りつけられている。それを見て嬉しくなった。私たち、同じような年越しをしているね。
日付が変わると、一斉にスタンプが届き始めた。友達からのあけおめスタンプだ。私も同じようにスタンプを返す。美夕からもブサうさのスタンプが届いた。
それがひと段落した頃、ぷるんとスマホが鳴った。
[あけましておめでとう。今年もよろしく]
廣田くんらしい文字が送られてきた。私は用意していた画像を送る。
こけしの写真にフレームをつけて、加工したもの。お正月用の[賀正][あけましておめでとうございます]という文字付きのフレームだ。
[こちらこそ、よろしくお願いします]
と付け加えた。廣田くんが使わないから、私も絵文字はつけなかった。
一晩経って、元旦の朝。
家族でお雑煮を食べる。お雑煮の写真も食べる前に撮った。我が家のお雑煮は焼いた角餅にしょうゆベースの出汁。具材はシンプル。食べ慣れたお雑煮を食べているところに、ポケットの中でスマホがぷるんと鳴った。廣田くんからかな、気になったけれど、食事の時間にスマホはNG。我が家のルールだ。
食事を終えると、お父さんが食器を洗っている。これも我が家のルール。元旦はお母さんの休業日。お雑煮の出汁を温めて、お餅を焼くのもお父さんがやってくれた。なんとなくお父さんが洗い終わるまでは待とうと思って、スマホは見なかった。
食器を洗い終えて手を拭いているお父さんを確認してからスマホを開く。そこにあったのは予想外の写真だった。
[兄貴と作った]
雪だるまが写っていた。背景から察するにかなり大きい。廣田くんとお兄さんが元旦の朝から雪だるまを作っている光景が、不思議すぎて私は返信を返す前に少し笑ってしまった。
お兄さんの彼女さんは関西に住んでいるんだって。それで大きな雪だるまを見せてあげたんだね。遠い場所で雪のないお正月を迎えている彼女さんに、雪だるまを見せてあげよう!って思うお兄さんも優しいし、それを手伝ってあげる廣田くんも優しい人だなと思った。
夜にはお雑煮の写真が届いた。廣田くんのおうちのお雑煮もしょうゆ味みたいだ。またひとつ、廣田くんのことが知れた。
[明日の夜に帰る。3日何時がいい?]
初詣、何時がいいだろう。きっと何時に行っても混み具合はさほど変わらないよね。それならちょっと支度する時間をもらってもいい、かな。
[お昼からでどうかな]
[わかった。M駅の方がいい?]
S市で神社といえば、最初に浮かぶのがM駅近くの大きな神社だ。廣田くんはその神社に行くつもりみたい。そして私の家からだと、S駅を経由するより直接M駅に行く方が近かった。
[うん、M駅だと助かります。ただ、すごく混んでいるかもしれない]
三が日という言葉もある。明日も初詣で客は多いだろう。きっとM駅は人でごった返しになっているはずだ。そこで私はM駅の構造を思い出してみる。神社へ向かう人は1番出口を使う。1番出口方面が大渋滞していたら、次に向かうのはきっと5番出口。反対側にある2番出口なら、少しは人が少ないかもしれない。
[2番出口がいいかも]
すぐに返信が返ってきた。
[それじゃ、12時半にM駅2番出口でどう?]
[わかった。12時半に2番出口で]
スマホを置いて、すぐお母さんにお願い事をした。
翌日、M駅まではお父さんが送ってくれた。予想通りすごい人出だ。駅までの道は渋滞していたので、少し手前で降りて歩くことにした。その方が早く着きそうなんだもの。
「いってきます」
車を降りて、M駅までの数分の道を歩く。すごくドキドキしていた。変、じゃないかな。滑って転ばないように、逸る心を抑えて慎重に歩いた。
M駅に着くと、ちょうど廣田くんが階段を上って来るところだった。予想が当たって、この出口を使う人は多くなかった。
「廣田くん!あけましておめでとう」
階段あと数段のところで声をかけると、視線を上げた廣田くんと目が合った。廣田くんの足がそこでピタリと止まる。驚いたような顔をして、そのまま固まっている。着物、着てきて失敗だったかな。少し後悔し始めたところで、廣田くんが私の側まで駆け上がってきた。
「あけましておめでとう。着物着てくれたんだ」
小さく笑うその表情が、似合っているよと言ってくれているようで、嬉しくて「うん」と頷いた。
これは成人式にも着た振り袖。昔はお母さんのものだった、ママ振り袖。白地で裾にかけてピンク色が広がるグラデーションになっていて、辻が花って言うんだそう。お母さんが大切に残しておいてくれた振り袖。それを今朝お母さんに着付けてもらった。
廣田くんが、迷っていた左手を伸ばしてくる。
「転ぶといけないから」
手を繋いで神社に向かった。
神社までの道程は、超がつくほど大混雑だった。ブーツを履いてきて正解だった。成人式の時は草履を履いた。雪道用の草履だったけれど、とても歩きにくかったことを憶えていて、今日は迷わずブーツにしたの。それに全然前に進めなくても並んでいるだけで満足だった。右手だけがぽかぽかしている。
神社にたどり着くまで、お正月の出来事を伝え合った。とは言ってもほとんどのことはLINEで送ってしまっていたから、同じ話の繰り返しだ。「あの雪だるま大きかったね」とか「こけし気に入ってくれていてありがとう」とか。
ようやくお賽銭箱までたどり着いた。2人で鈴を鳴らしてお辞儀をする。
(今年も元気に過ごせますように。無事卒業して就職できますように。廣田くんとずっと一緒にいられますように)
今年の私は欲張りだ。お願いしたいことがたくさんあって、ひとつに絞れない。全部大事な願い事。
お参りを終えておみくじを引いた。廣田くんも私も[吉]だった。
「わっ!一番いいのが引けたね」
「うん」
廣田くんのお友達は「大吉出るまで帰りませんガチャ」だったらしいけれど、おみくじで一番の当たりは[吉]だ、って聞いたことがある。[大吉]はそれ以上最高のことが残っていないから~というような理由だったと思う。こういうことは思い込みも大事。今年はいいことがたくさん起こる!そう信じるためにおみくじはあるのだ。そう納得して、このおみくじは大切に持ち帰ることにした。
おみくじを引いた後は、また自然に手を繋いでいた。
帰りの道も大混雑。来た時と同じくらい時間がかかった。それでもどんどん駅に近づいてしまって、まだ一緒にいたいなと思ってしまう。
日暮れまでにはまだ時間がある。もう少し、一緒にいたいって言ってもいいかな。
「あのね、空いているかわからないけれど、近くのカフェが今朝臨時で店開けるってSNSで見たの。よかったら行ってみない?」
美夕ほどではないけれど、私もそこそこ市内のカフェのアカウントをフォローしていて、そこで仕入れた最新情報。どうか多くの人の目に留まっていませんように。
「うん、連れて行ってもらえる?」
よかった。廣田くんもまだ時間あるみたい。そのまま手を繋いで、駅へ向かう人波から狭い路地へ脱出した。
一度だけ行ったことのある、小さなカフェ。看板がCDジャケットほどの大きさしかなくて、しかも美容院の裏側にある、ちょっと隠れ家みたいな場所。
30代半ばほどの男性が1人でやっているそのカフェは、期待通り空席が残っていた。
「すごい、すぐ入れた」
廣田くんが驚いている。だよね、あの人混みだったから。メイン通りのお店はどこも大行列だったっけ。
「あけましておめでとうございます」
笑顔のオーナーさんが、メニューと白湯を運んできた。冷えた身体に嬉しいサービス。
メニューを2人で開く。ここは中国茶のカフェで、難しい漢字の名前のお茶がずらりと並んでいる。でも、そのひとつひとつに丁寧な説明がついているから、中国茶初心者にも優しいお店。
本当はスイーツも美味しいのだけれど、今日はスイーツメニューのところに[お休み]と紙が貼ってあった。臨時で店を開けてくれたんだもんね。スイーツはまたいつかのお楽しみに。
[ポットでお出しします。足し湯はお声がけください]の記載に廣田くんも気がついたようで、「2種類頼もうか」と言ってくれた。凍頂烏龍と、茉莉花茶を注文する。私はジャスミン茶が好きなの。
数分で、ガラスのポットに入ったお茶が2つ届けられた。形の違う2つのポット。
「どうぞ、ごゆっくり」
さっきまでは隣にいたから、向かい合って座るのは今年初めて。前は少し気まずくて恥ずかしかったのに、今はそれがとても自然に思える。廣田くんにとってもそうだと嬉しいなと思った。
「寒くなかった?着物」
「うん、たくさん重ねているから案外暖かいんだよ」
廣田くんは多くは言わない。可愛いね、とか似合ってるね、とか。それでも伝わってくる。どうしてわかるのか、自分でもわからないけれど、それでも'伝わる'んだ。それが嬉しかった。




