16:見送り
年の瀬が迫った29日、私たちは初めてデートをした。
それまでにも何回か2人で会っていたけれど、廣田くんが私の彼、と思うとやっぱりこの日が初デート。
その日の夕方の便で帰省すると聞いていたので、S駅近くでお昼ごはんを食べた。街の至る所に門松が飾られている以外は、それまでに会った時と何も変わらない。変わったのは私たちの距離、それだけ。
2人の足は、自然と初めて2人で行ったあのカフェに向かっていた。カランという音を立てて扉を開く。
「いらっしゃい」
マスターの低く通る声が出迎えてくれた。年末のごった返すような忙しさとは無縁の、静かな空間が心地よかった。
廣田くんは少し大きな鞄を椅子の上に置いて、その上にコートを乗せる。5日間の帰省にしては小さな鞄。
今日も2人で'本日のまかない'を注文した。
料理が届くまでの間は、廣田くんの故郷の街の話を聞かせてもらった。どんな言葉も新鮮だった。チーム横山で過ごしていた頃、廣田くんの話を聞くことはほとんどなかったから。彼はいつでも聞き役だった。そして私もたいていは聞き役だった。その2人がこうやって、次々と溢れるように言葉を紡いでいることが楽しくてたまらない。
「おまちどう、まかない2つね」
白木のプレートの上にカラフルな料理がたくさん乗っている。大きなお皿の中央に2本鎮座しているのが、メインの湯葉巻きエビフライだ。カリカリとしていて美味しそう。エビフライの周りには、一口サイズにカットされた昆布巻きや、ガラスの小鉢に入った栗きんとん、クワイの煮物や、飾り切りされたかまぼこなんかが並んでいて、一足先にお正月を迎えたみたいだ。
「今日も美味しそう、お正月みたいだね」
「うん」
「いただきます」
おいしい料理をいただきながら、次に会うのは来年なんだなって考えていた。年が明けたら台湾旅行が待っているのに、それよりも廣田くんとどこへ行くのかな、何が待っているのかな、そんなことばかり想像してしまう。いつの間にか、こんなにも廣田くんは私の心の真ん中にいたんだね。
「初詣行かない?3日になってしまうけれど」
「行きたい」
早速来年の予定が1つできた。嬉しい。
「元旦はすごく混みそうだから、3日はちょうどよさそう」
廣田くんは2日の夜にS市に帰って来る。最初に聞いた時は短い帰省だなって思ったのに、今はそれを喜んでいる。
そのまま初詣の話になった。廣田くんは1年前、今年のお正月に行った初詣の話をしてくれた。
「大吉出るまでおみくじ引いてた奴がいた」
その時頭に浮かんだのは、以前このカフェで見かけた5人組の方たち。その5人と廣田くんで初詣に行ったのかな。大吉が出るまで何度もおみくじを引いている姿を想像したら、おかしくって笑ってしまった。
「変な奴だろ」
そう言って廣田くんもクスッと笑っている。
「楽しいお友達だね」
あの時の5人組は、全員地方出身なんだ、と教えてくれた。みんなそれぞれの街で生まれ育って、S市で出会った。きっと廣田くんと同じように、大学の近くで暮らしているんだろうね。それで仲良くなったのかな。私の親友は、中学からずっと同じ顔触れだけれど、廣田くんはこの街で新しい親友との出会いがあった。
そして交わるはずのなかった廣田くんと私は、ネーヴェフレスカから始まった。いろんなことを経験したアルバイトだったけれど、今は感謝している。
夕方になって、2人でS駅に向かった。私は入場券を買って、一緒にホームへ昇った。電車は全席指定で、廣田くんは3号車の停まる場所へ向かっていく。そこには既に数人の人が並んでいた。
「LINEする」
「うん、私も送るね」
電車が静かにホームへと入ってきた。次々と中に乗り込んでいく人たち。この人たちもどこかの街へ帰っていくのかな。
「じゃ、ちょっと帰って来る」
「いってらっしゃい」
廣田くんが電車の中に消えていく。それを見送った後で気がついた。廣田くんは実家に帰るところじゃない!なのになんで「いってらっしゃい」なんて言っちゃったんだろう。思い出して私はホームで1人恥ずかしくなっていた。電車が動き出すのを見送って、家に帰ろうと歩き出す。その時ぷるんとスマホが鳴った。
[いってきます]
今、別れたばかりの廣田くんからだった。




