15:クリスマス
また会おうと約束したのに、なかなかその'また'は訪れてくれなかった。
会う時間は取れなかったけれど、廣田くんは時々LINEを送ってくれた。例えば今朝――
[根雪になりそう]
朝の静かな住宅街の写真。遠くには、葉を落としそびれた銀杏の木が真っ黄色に空を染めていて、足元は白い雪に覆われていた。私も今朝、出がけに庭で撮った写真を送った。
[真っ白]
雪の上に雀の足跡が点々と残っている。ただ、それだけを撮った写真。
たったこれだけのやり取りなのに、とても心が満たされていた。そんな風にお互いの景色を送り合う日が続いた。きっと廣田くんは気を使ってくれている。「会おう」と言われたら、私が断れないと思っているんだ。でも、やっぱり私から誘う勇気もなかった。廣田くんも今追い込みで忙しいはずだから。
そうして会話とも言えないようなやり取りだけを続けているうちに、12月も終わりが近づいてきた。
その時私は自分の部屋でPCに向かって格闘していたところで、ふと息抜きも兼ねてスマホを開いた。カメラを立ち上げて、机の上にちょこんと座っているこけしの写真を1枚撮る。そのままその写真を廣田くんに送った。
送った瞬間に既読がついた。廣田くんも画面を開いていたんだね。何が返って来るのかなと、少し楽しみに待っていた。
待ってみたのだけれど、返信は返ってこなかった。私はスマホを机の上に置いたまま、台所へ向かった。お湯を沸かして、紅茶のティーパックをマグカップに入れる。
紅茶を片手に部屋に戻ると、廣田くんからの返信が届いていた。
[クリスマスの予定はありますか?]
カレンダーを開かなくても憶えていた。予定は入っている。
[アルバイト]
また、しばらく返信は来なかった。私はドキドキしながらスマホから目が離せないでいた。
[何時まで?少しでいいから会いたい]
[私も会いたい]
そう返事を送ってしまった。
クリスマスの書店なんて、暇もいいところだ。
なんて思っていたら大間違いだ。普段は滅多に発生しないラッピング業務が激増して、大忙しだった。「プレゼントならもっと早く買いにくればいいのに」と心の中で愚痴ってしまったことは、どうか大目に見てください。
閉店時間が普段と変わらないことだけは救いだった。それからほんの少しだけど支給される[クリスマス手当]これがなければ休みたかったよ。
エプロンと名札を外してロッカーに戻す。鞄を持って私は急いで店を出た。
廣田くんとの待ち合わせは、隣のビルの1階にあるコーヒーショップ。従業員口から出てぐるりと建物を半周する。私は走るように向かっていた。
廣田くんは入り口から見える壁側の席で、こちらを向いて本を読んでいた。飲み物を頼む前に声を掛けに行こう。
「遅くなってごめんなさい」
待たせるのは苦手。叱られた記憶があるわけではないのだけれど、とても罪悪感を感じてしまう。少し縮こまってしまう私に、廣田くんは本を閉じてテーブルの上に置くと、「お疲れ様」と言ってくれた。ネーヴェフレスカではお互い何十回とかけてきた言葉なのに、今日かけられた言葉はその時とは違って聞こえる。
「座ってて。何飲む?お腹空いてるよね。何か買って来る」
「ううん、一緒に行く」
いつも満席のこのコーヒーショップも、今日ばかりはゆったりとしていて、あちらこちらに空席がある。だけど私は廣田くんが座っていた席の向かいの椅子にマフラーをかけた。
2人で飲み物とホットドッグを買って席に戻る。
「いただきます」
ホットドッグを食べ終えると、卒論の話になった。私はつい数日前に提出したところ。廣田くんも無事提出済みだった。これで、ちょっと安心してお正月を迎えられるね、なんて話したりした。
年末年始には実家に顔を出すと聞いた。廣田くんの実家は電車で2時間半くらいの距離にある。遠くはないけれど、近くもない。今までもあまり帰省できていないんじゃないかな?ネーヴェフレスカにいた頃の廣田くんは、一年中アルバイトしていたもの。
「帰省、気を付けて。楽しんで来てね」
「うん」とだけ返事があった。
コーヒーショップを出て駅へ向かう。今年もイルミネーションが綺麗。駅前の通りは白いイルミネーションがキラキラと今夜のために輝いていた。いつものバイト帰りにはゆっくり見ることすらなかった。こんなに綺麗だったんだね。
「私は向こうのバス停なの」
「――待って」
2歩ほど離れた距離。少し俯いて立っている廣田くん。彼がゆっくりと視線を上げて目が合った。
「伊藤沙樹さん、ずっと好きだった。俺と付き合ってもらえませんか」
自惚れじゃなくて、けれど「もしかしたら」とは期待していた。間違えじゃなかった、そう思っていいんだね。私は2歩、廣田くんに近づく。彼のすぐ前。手を伸ばさなくても届く距離。
「ありがとう。私も廣田くんが好きです」
今日はクリスマス、サンタさんは人生で一番素敵なプレゼントを贈ってくれた。




